カップ麺のほかにサラダチキンやカット野菜、卵、豆腐、バナナ、煮魚、食パン、ハムなんかを買って、コンビニを出る。
今年は梅雨明けが遅くて、七月も半ばを過ぎたのに、陽が落ちると少し涼しい。夕方とも夜とも呼べない、夜の始まりを思わせる群青色の空の下を天海と歩いていると、不思議な気持ちになる。
久しぶりに会ったこいつと、犬を保護して、今夜は家に泊めてもらう——ずいぶんな急展開だ。
信号待ちをしている天海の横顔を、何気なく見上げる。こいつ、どこから見ても綺麗な顔してんな。
「そういえば雪村、お前って一人で風呂入れんのか?」
「あー、うん。濡れないようにすれば。へーき」
信号が青になったので、渡り始める。
「ふうん。洗うの、手伝ってやろっか」
「はぁ? いいい、いらねえよ!」
前を向いたまま変なことを言われて、心臓がぎゅんと飛び跳ねる。
手伝うってなんだよ、手伝うって。焦って言い返すと、天海が噴き出す。
「ぷはっ。なあにムキになってんだよ。冗談に決まってんだろ」
「笑えねえし、そういうこと真顔で言うんじゃねえよ……」
「まあまあ、難しそうなら、髪くらいは洗ってやるよ」
なぜか上機嫌な様子でクスクス笑う天海に、何がそんなのおかしいのか聞いてみたら「お前の顔が変で面白い」と答えてきやがった。
こいつ、ほんっとに憎たらしいな。そう思うのだが、邪気のない天海の笑顔が妙に可愛いらしく感じられて、見惚れていたら言い返すタイミングを逸してしまった。
買い物から戻って玄関のドアを開けると、天海のスニーカーを咥えたたこちゃんが、腹ばいになって土間にいた。
じっとこちらを見上げている、真っ黒でまんまるな瞳と、目が合う。
「あれ? たこちゃん……?」
話しかけると、たこちゃんはふいと目を逸らした。なんだか、悲しそうだ。
「もしかして、起きたら誰もいなくて、寂しくなっちまったのか?」
天海がしゃがんで、たこちゃんの頭を撫でる。
「置いてかれたと思っちゃったのか。ごめんね、たこちゃん」
不満げに目を伏せて撫でられているタコちゃんを見て、寝ているから静かなほうがいいだろうなんて、安易に考えてしまったことを後悔した。
俺も撫でたい。謝りたい。そっと松葉杖を壁に立てかけてから、天海の横に屈んで、手を伸ばす。
嫌がられてしまったらと不安だったが、たこちゃんは俺の手のにおいを嗅いだ後、おとなしく頭を撫でさせてくれた。
狭い玄関で男二人密接して、しばらくたこちゃんを撫でる。天海の髪の毛からはほんのりシトラスの香りがして、なぜかドキドキしてしまう。
「さてと。そんな体勢でいると、膝に悪いだろ」
しばらくして、天海が俺の右腕を支えて、まっすぐ立ちたせる。
それから満足した様子のたこちゃんに続いて、リビングに入って——俺たちは、愕然とした。
ソファにかかっていたカバー用の布は剥がされて床に落ち、ゴミ箱は倒れて中身が散らかり、ローテーブルに置いてあったリモコン類は電池のカバーが外れた状態で散乱し、ラグも、天海が敷いていたペットシーツもぐちゃぐちゃに捲れ上がって、爪で引っ掻いた形跡がある。
キッチンのゴミ箱もひっくり返されていて、噛まれてボロボロになった空のペットボトルや紙ゴミが散らばっていた。
強盗でも入ったのかと思うほど荒れている部屋を前に、俺たちは唖然とする。
「これ……たこがやったのか……?」
「目が覚めたら誰もいなくて、パニックになった……とか?」
たこちゃんを見ると、いかにも気まずそうに定位置とも呼べるソファの陰に座っている。タコのタオルも一緒だ。
悪いことをした自覚がある様子だ。申し訳なさそそうに泳ぐ黒目の横に、ほんの少し白目が見える。その顔を見て、犬ってこんなに表情が豊かなんだ、と感心してしまう。
これって怒るべきなんだろうか? 反省している様子だし怒るのも違う気がして、天海の様子を窺う。
「まあ、たこにはすぐ帰ってくるとか、人間の事情はわかんねえもんな」
不機嫌になったらどうしようと思ったが、天海はまったく気にしたふうもなく、ゴミを拾い始めた。
あ、そうか。買い物に出ていたのは、ほんの一〇分、一五分程度だ。けど、犬のたこちゃんにはそんなこと、わからない。目の前にあることがすべてだ。
怒られないことがわかったのか、たこちゃんは天海に近づいてきゅんきゅんと甘えるような声を出した。
「たこちゃん、天海のこと大好きだね」
「お前だって、さっき撫でてただろ」
「うん。撫でさせてもらえて、嬉しかった。でもさ、天海、たこちゃんに優しいじゃん。好かれるのも当たり前かなあって」
「好きっていうか、たぶん自分に似てると思ってるんだろうな。優しいのは、こいつの方だよ」
ポツリと呟いて、天海はたこちゃんの背中をガシガシと撫でる。
「? どゆこと?」
たこちゃんと似てる、とは……? 聞いてみたけれど答えは返ってこなくて、こちらに背を向けてしゃがんでいる天海がどんな表情をしているのかも、わからなかった。
今年は梅雨明けが遅くて、七月も半ばを過ぎたのに、陽が落ちると少し涼しい。夕方とも夜とも呼べない、夜の始まりを思わせる群青色の空の下を天海と歩いていると、不思議な気持ちになる。
久しぶりに会ったこいつと、犬を保護して、今夜は家に泊めてもらう——ずいぶんな急展開だ。
信号待ちをしている天海の横顔を、何気なく見上げる。こいつ、どこから見ても綺麗な顔してんな。
「そういえば雪村、お前って一人で風呂入れんのか?」
「あー、うん。濡れないようにすれば。へーき」
信号が青になったので、渡り始める。
「ふうん。洗うの、手伝ってやろっか」
「はぁ? いいい、いらねえよ!」
前を向いたまま変なことを言われて、心臓がぎゅんと飛び跳ねる。
手伝うってなんだよ、手伝うって。焦って言い返すと、天海が噴き出す。
「ぷはっ。なあにムキになってんだよ。冗談に決まってんだろ」
「笑えねえし、そういうこと真顔で言うんじゃねえよ……」
「まあまあ、難しそうなら、髪くらいは洗ってやるよ」
なぜか上機嫌な様子でクスクス笑う天海に、何がそんなのおかしいのか聞いてみたら「お前の顔が変で面白い」と答えてきやがった。
こいつ、ほんっとに憎たらしいな。そう思うのだが、邪気のない天海の笑顔が妙に可愛いらしく感じられて、見惚れていたら言い返すタイミングを逸してしまった。
買い物から戻って玄関のドアを開けると、天海のスニーカーを咥えたたこちゃんが、腹ばいになって土間にいた。
じっとこちらを見上げている、真っ黒でまんまるな瞳と、目が合う。
「あれ? たこちゃん……?」
話しかけると、たこちゃんはふいと目を逸らした。なんだか、悲しそうだ。
「もしかして、起きたら誰もいなくて、寂しくなっちまったのか?」
天海がしゃがんで、たこちゃんの頭を撫でる。
「置いてかれたと思っちゃったのか。ごめんね、たこちゃん」
不満げに目を伏せて撫でられているタコちゃんを見て、寝ているから静かなほうがいいだろうなんて、安易に考えてしまったことを後悔した。
俺も撫でたい。謝りたい。そっと松葉杖を壁に立てかけてから、天海の横に屈んで、手を伸ばす。
嫌がられてしまったらと不安だったが、たこちゃんは俺の手のにおいを嗅いだ後、おとなしく頭を撫でさせてくれた。
狭い玄関で男二人密接して、しばらくたこちゃんを撫でる。天海の髪の毛からはほんのりシトラスの香りがして、なぜかドキドキしてしまう。
「さてと。そんな体勢でいると、膝に悪いだろ」
しばらくして、天海が俺の右腕を支えて、まっすぐ立ちたせる。
それから満足した様子のたこちゃんに続いて、リビングに入って——俺たちは、愕然とした。
ソファにかかっていたカバー用の布は剥がされて床に落ち、ゴミ箱は倒れて中身が散らかり、ローテーブルに置いてあったリモコン類は電池のカバーが外れた状態で散乱し、ラグも、天海が敷いていたペットシーツもぐちゃぐちゃに捲れ上がって、爪で引っ掻いた形跡がある。
キッチンのゴミ箱もひっくり返されていて、噛まれてボロボロになった空のペットボトルや紙ゴミが散らばっていた。
強盗でも入ったのかと思うほど荒れている部屋を前に、俺たちは唖然とする。
「これ……たこがやったのか……?」
「目が覚めたら誰もいなくて、パニックになった……とか?」
たこちゃんを見ると、いかにも気まずそうに定位置とも呼べるソファの陰に座っている。タコのタオルも一緒だ。
悪いことをした自覚がある様子だ。申し訳なさそそうに泳ぐ黒目の横に、ほんの少し白目が見える。その顔を見て、犬ってこんなに表情が豊かなんだ、と感心してしまう。
これって怒るべきなんだろうか? 反省している様子だし怒るのも違う気がして、天海の様子を窺う。
「まあ、たこにはすぐ帰ってくるとか、人間の事情はわかんねえもんな」
不機嫌になったらどうしようと思ったが、天海はまったく気にしたふうもなく、ゴミを拾い始めた。
あ、そうか。買い物に出ていたのは、ほんの一〇分、一五分程度だ。けど、犬のたこちゃんにはそんなこと、わからない。目の前にあることがすべてだ。
怒られないことがわかったのか、たこちゃんは天海に近づいてきゅんきゅんと甘えるような声を出した。
「たこちゃん、天海のこと大好きだね」
「お前だって、さっき撫でてただろ」
「うん。撫でさせてもらえて、嬉しかった。でもさ、天海、たこちゃんに優しいじゃん。好かれるのも当たり前かなあって」
「好きっていうか、たぶん自分に似てると思ってるんだろうな。優しいのは、こいつの方だよ」
ポツリと呟いて、天海はたこちゃんの背中をガシガシと撫でる。
「? どゆこと?」
たこちゃんと似てる、とは……? 聞いてみたけれど答えは返ってこなくて、こちらに背を向けてしゃがんでいる天海がどんな表情をしているのかも、わからなかった。
