幼馴染でも友達でもない、いけすかない男と可愛いあの子

 天海の部屋は広めの2LDKで、廊下の突き当たりがリビングとダイニングキッチンになっていて、遮光スクリーンが上げられた掃き出し窓から、外の景色が見えた。
 リビングの中心にはダークグレーの二人掛けソファとグレーのラグ、木製の天板にスチール脚を組み合わせた無骨なローテーブル。壁沿いにテレビとテレビボードがある。
 綺麗に片付いてるんだけど、なんか、物が少なくねえ? ていうか、生活感が薄い。 
 俺の部屋なんて、よくわからないプリント、修学旅行のお土産で買った木刀、ゲーセンで獲ったフィギュア、小学生の時に集めたカード、捨ててもいいのにどういう分別でゴミに出したらいいのかわからない細々とした物なんかでぐちゃぐちゃなのに。
 とりあえずこれに物を入れなさい、と母さんに押し付けられたラタン製のカゴも、小学生の時に家庭科で作ったダサいナップザックや壊れたゲーム機のコントローラー、なにに付属していたのか不明なケーブルなど雑多なもので溢れかえって、まるごとゴミみたいになっているというのに。
 ガキの頃は一緒に泥まみれになってサッカーやってたけど、天海って実は潔癖症なんだろうか。あ、でも、潔癖症だったら汚れた犬を家に連れ帰ったりしないよな。なんか、よくわかんねえ奴だな。
「部屋はフツーだろ。俺、もっと低層階のがよかったよ。ここで停電が起きたらと思うとゾッとする」
「あー、確かに。エレベーターが止まったら困るかも。でも、すごい。俺、生まれて初めてタワマンに入ったけど、やっぱ見晴らしいいな。憧れる人が多いのもわかる」
 景色が気になって掃き出し窓に近づくと、背後から冷めた感じで天海が言う。
「そうかあ? 俺は将来住むなら、やっぱ戸建がいい。家はちっちゃくても、庭が広いところがいい」
「あは。お前、意外に子供とバーベキューとかやりたいタイプなん?」 
 肉眼でも、遠く県境にある山の稜線まで見える。
 電車の吊り広告でも、『連休は家族で登山にチャレンジ!』とかレジャースポットとして紹介されている山だ。
 窓に張り付いていたら「雪村、ゆっくりでいいから脱衣所からタオル持ってきて、犬の脚拭いてもらっていいか?」と言われて、慌ててタオルを濡らして犬の足を拭く。
 足の先を触られるのは嫌なようで、犬は何度か逃げようとした。その度に撫でて宥めて、なんとか四本とも拭き終える。
「よーし、もう好きにしてていいぞ」
 天海がリビングの床に犬を下ろす。自由になった犬は床に鼻をつけて、くんくんとにおいを嗅いで回る。
「餌、やらねえと。なんか使える食器あったかな」
「あ、水も必要だよな。俺も手伝う」
 キッチンに着いていって、天海がキャビネットから出してくるボウルや皿に対して、深さが良さそうとか、すぐ割れそうとか、意見を交わしながら選別する。
「な、これって深さも重さもよさそうだけど、お前がシチューとか、なんかそういうもん食う時に使うんじゃないの? 犬にあげちゃっていいの?」
 陶器製のスープボウルを手に取って聞くと、天海はちらっと見てから答えた。
「ああ。食器は全部同じの二個ずつあるし。一個は使わないから」
「え、なにそれ。天海、一人暮らしって言ってなかった?」
「あー……それは……って、ああっ!」
 リビングを見て天海が大声を上げる。つられて見ると、犬が同じ場所で床のにおいを嗅ぎながらくるくる回り出して、あろうことか排尿していた。
 あー、あー、あー、あー。俺と天海はハモるように高低差をつけて「あー」を連呼して、犬が出し切るのを、ただただ眺める。
 すっきりした犬が少し離れた場所にちょこんと座るのを見てから、天海が溜め息をついて掃除を始める。
 手伝いたいけれど、ギプスのせいで床に膝をつくのは厳しいから、俺はただ見ていることしかできない。すまん、天海。
「出そうなら外でやって欲しかったけど……共有スペースでしなかっただけマシかあ」
「なあ、天海。こいつ、もしかして躾とかされてない感じなのかなあ。トイレ、覚えさせないとやばいよね?」
「かもなあ。飯食わせたら、駅の反対口にあるディスカウントショップでペットシーツ買ってくる。雪村は家で犬見てて」
「わかった。待ってる」
 留守番くらいなら任せろ。こくりと頷く。
 じゃあ餌やっちまうかと、天海がさっきのスープボウルにコンビニで買ったドッグフードをザラザラ皿に入れて、くぅくぅ鳴いて待ちきれない様子の犬の前に出す。
 タコの柄のタオルを身体の下に隠すようにして犬は腹ばいになり、ボウルに鼻を突っ込んで食事を始めた。
 その様子を上から眺めながら、天海の服の裾を引っ張る。
「なあなあ。こいつ、名前あったほうがいいよな。〝たこちゃん〟って呼ぼうぜ」
「たこちゃんだぁ? んで、そんな名前なんだよ」
「だって、こいつタコの絵がついてるタオル持ってるし。座ってんの上から見たらさ、タコみたいじゃね?」
 可愛いじゃん、たこちゃん。興奮気味にそう言うと、天海は眉間に皺を寄せて呆れたように俺を見てきた。
「いや、上から見ても横から見ても犬にしか見えねえだろ。なんだ、たこって」
「たこじゃなくて、たこちゃんだから。ちゃんまで名前だから」
「へーへー。しっかし、たこって結構年寄りの犬なのかもしれねえな……もっと、ガツガツ食べてもよさそうなもんなのに……」
「うん……俺も思った。でもさ、たこちゃん顔は子犬みたいにふにゃふにゃしてて、可愛いよな」
 犬、もといたこちゃんは腹が減っているように見えるのに、一口食べて、もそもそ口を動かしてもう一口と、食事のペースがゆっくりだ。