一週間、約束のトライアル期間が過ぎて、たこちゃんは、そのまま黒沢さん夫婦のお家の子になることが決まった。
最初は初めて来た家に馴染めず、俺たちがいないことに戸惑っていた様子だったらしいが、徐々に新しい環境に慣れて来ていると犬堂先生から聞いた。
写真も見せてもらったが、大きなベッドの上で、たこのぬいぐるみとたこのタオルを抱えて安心し切った顔で寝ている様子が映っていた。
一度マンションに帰すかと聞かれたが、そんなことをしたら離れ難くなってしまう。それに、二つの家の間で振り回されるタコちゃんだって、可哀想だ。
そう答えると、犬堂先生は「たこちゃんは、本当に幸せな子だね」と微笑んでいた。
犬堂先生を通じて、「たこちゃんのこと、よろしくお願いします」と伝えたところ、「もう少し落ち着いたら、たこちゃんと会ってあげてください。湊も、雪村君に会いたがっているので」と返事が来た。
それを聞いて、俺はハッとなる。そうか、別に暮らすことになったからって、会えなくなるわけじゃないんだ。
また会えることが嬉しくて嬉しくて、その日はずっと締まりのない笑顔をしていて、雄飛に散々いじられた。
それからトライアルの結果を待つ間に、もうひとつ出来事があった。山城先輩から、電話がかかってきたのだ。
純粋になんの用事だろうかと思って電話に出ると、出てくれるとは思わなかったと驚かれてしまった。
『あの、さ……うちのチーム、今のままだと、お前だったり、個人の力に依存しすぎだろ』
「まあ……たしかに、そういうところはあると思います」
気まずそうな山城先輩に、なにを言いたいんだろう? と、訝しんで返事をする。
路地裏での件以降、山城先輩はすっかりおとなしくなっていて、直接俺に連絡してこなくなったのはもちろん、部活のトークグループでの反応も鈍かった。
『だからさ、監督に今後試してみたいフォーメーションとか相談したいと思ってて……。今、他の奴らから出てる案をまとめて送るから、行もなんかアイディアあったら、出してほしい』
「……わかりました」
『ごめん。謝って、済むことじゃないんだけど、この前のこと。お前と、お前の友達の言う通りだ。インハイで負けて、点を取るにはお前が必要だって、どうしても行が欲しいって思って、それで、あんな酷いことした。ダセエことして、ほんと、ごめん……』
「……正直、すぐに忘れるとかは、無理ですけど……。先輩の気持ちも、少しはわかります。俺も九月からは練習見に行くんで、これまで通りにしてもらえるなら、もういいっすよ」
大きく自尊心を傷つけられたことを、忘れたわけじゃない。
だけど、俺も雄飛も結構な火力のことを言って煽った自覚はあるし、これを引きずることが、自分の成長につながるとも思えない。だから、もういい。
そう言ったら、山城先輩は小さい声でもう一回『ごめん』と謝ってきた。
たこちゃんに新しい家が決まった後も、俺は夏休みが終わるまで雄飛のマンションで暮らした。
雄飛が帰るなって言うし、俺も一緒にいたかったし。
そうして、ついに来てしまった八月も最後の週。
学校からも部活からも、家からも切り離された、俺たちだけの夏が終わってしまう直前に、たこちゃんと会わせてもらえることになった。
「ゆきむらー、おーい!」
約束の河川敷に着くと、すでにたこちゃんを連れた黒沢さん一家が来ていて、俺の姿を見つけた湊くんが大きく手を振ってきた。
湊くんはご両親から少し離れた場所にいる。
この河川敷には古いサッカーゴールが置きっぱなしになっていて、その近くでボールを蹴っていたみたいだ。周りにも何人か同じようにボールを持った子がいる。
子供の練習場所として、ちょうどいいんだろうな。雄飛に憧れて練習をした頃のことを思い出して、懐かしくて俺も自然と笑顔になった。
湊くんの大声に釣られるようにして、たこちゃんが後ろ脚で立ちあがり、バウバウッと大きく吠える。
近くまで行くとたこちゃんは天海に飛びかかり、そのまま押し倒してベロベロ顔を舐め始めた。プロペラのように尻尾を振り回して喜んでいる。それから俺のところにも来て、飛びついて鼻と鼻を擦り合わせてから、頬を舐めてくれた。
うーん、やっぱり、たこちゃんは天海が好きだよなあ。羨ましいと言ったら、「お前が怪我してるの、こいつはわかってるからな」と天海にフォローされた。
俺の怪我は驚くべき早さで回復していて十月には部活に復帰できる見込みだし、走ったり、少しドリブルができる程度にまで持ち直したから、飛びついてくれてもいいんだけどな。ロードワークにも出てるし。
それにしてもたこちゃん、すごく元気そうだ。首輪は、雄飛が買ったものをつけている。たこちゃんにとっては宝物だからと、変えずにいてくれているのだ。
引き取った時に名前を変える里親さんも多いらしいが、黒沢さんは可愛いからと言って、名前もたこちゃんのままにしてくれている。
黒沢さん夫婦に挨拶をして、少し落ち着いたたこちゃんを撫でていると、湊くんが走って来た。
あれ、一緒に後ろから走ってくる子供たちは? もしかして、別々に遊んでたわけじゃなくて、みんな湊くんのツレなのか?
「なんか、随分とキッズが大勢いるけど……」
「同じチームの奴ら。雪村のドリブルが見たいって言うから、連れて来た!」
湊くんが胸を張る。
「ええー、マジか。俺、そんな人気ある感じ? それなら俺も誰か、同じチームの奴に来てもらえばよかったな……あ、雄飛! ちょっと手伝えよ」
俺が一人でドリブルしてるのを見ても、あんまり面白くないだろう。せっかくだし、久しぶりに一緒にサッカーがしたくて雄飛を巻き込む。
「え? 俺? ガキの頃みたいには動けねえぞ」
そう言いながらも、羽織っていたオープンカラーシャツを脱いで、雄飛はTシャツ姿になる。
へえ、やる気じゃん。俺も興奮で口の端が上がってしまう。
その場で何回かジャンプして、軽くストレッチをしてから、俺たちはコートに入る。
「俺、なにしたらいいの。さすがに現役とワンオンワンはできねえからな」
「なんだよ、情けねえなあ。じゃあ、俺がこっちから上がってって、このお兄さんにパス出すから、みんなで協力して途中で止めてみ。雄飛は俺が出したら、シュート決めろよ」
口では「ええー」なんて文句を言ってるけど、雄飛はきっと俺のパスを受けてくれる。
「んじゃ、いくぞ!」
ホイッスルなんてないから、俺は一度手をあげてからコートがあったらセンターラインの二、三メートルくらい手前かな、というあたりからドリブルを始める。
子供たちが攻め込んでくるのをかわしながら、前にボールを運び、最後にカットインして湊くんを抜いて雄飛の位置を確認する。
五年以上サッカーから離れてるなんて知るか。お前なら、俺が追いかけ続けた天海 雄飛なら俺が何をして欲しいか、わかってくれるだろ。
足を振り抜かず、威力を落としたパスを出す。雄飛は後ろから来たボールに素早く反応して、トラップしながら体を180度回転させ、 弾丸シュートを撃ち込んだ。ゴールネットが激しく揺れる。
——ああ、やっぱり。やっぱりお前のシュートはかっこいいよ、雄飛。
胸に熱いものが込み上げて来て、なぜだか泣きそうになる。
「雄飛! ゴラッソ!」
俺はそのまま走って、雄飛に飛びついた。
「へへ、やっぱすげえなお前」
雄飛の背中に両脚をがっちり絡めて、首にしがみつく。
「お前が、ドンピシャのところに出すからだろ。行のパスじゃなきゃ、あんなん撃てねえよ」
落とさないようにしっかり俺の背中を抱きしめて、雄飛が笑う。
「なにそれ。俺じゃなきゃダメってこと?」
「……言わせんなよ、馬鹿野郎」
言えよ、バカ。俺だって、お前じゃなきゃ嫌だよ。
夏が終わったら俺たち、違う場所でやりたいことを追いかけていく。
けど、どこにいても特別なのはお前だけだよ。
誓うよ。ずっとずっと、お前だけだよ。
「雄飛」
大好き、と言おうとしたら、ワッと子供たちが走ってきて、揉みくちゃにされる。
雄飛のシュートに魅了されたらしく、どうやったらできるようになるのか、教えてくれと大興奮だ。
みんな、俺のファンじゃなかったのかよ。まあ、仕方ないか。雄飛、カッコいいもんな。
抱きついていた俺のことを地面に下ろした後も、名残惜しそうに、指の先だけは絡めたままでいる、雄飛。
可愛いやつ。大好きだよ。
幼馴染にも、友達にも、収まらない。
世界でたった一人の、俺の恋人。
最初は初めて来た家に馴染めず、俺たちがいないことに戸惑っていた様子だったらしいが、徐々に新しい環境に慣れて来ていると犬堂先生から聞いた。
写真も見せてもらったが、大きなベッドの上で、たこのぬいぐるみとたこのタオルを抱えて安心し切った顔で寝ている様子が映っていた。
一度マンションに帰すかと聞かれたが、そんなことをしたら離れ難くなってしまう。それに、二つの家の間で振り回されるタコちゃんだって、可哀想だ。
そう答えると、犬堂先生は「たこちゃんは、本当に幸せな子だね」と微笑んでいた。
犬堂先生を通じて、「たこちゃんのこと、よろしくお願いします」と伝えたところ、「もう少し落ち着いたら、たこちゃんと会ってあげてください。湊も、雪村君に会いたがっているので」と返事が来た。
それを聞いて、俺はハッとなる。そうか、別に暮らすことになったからって、会えなくなるわけじゃないんだ。
また会えることが嬉しくて嬉しくて、その日はずっと締まりのない笑顔をしていて、雄飛に散々いじられた。
それからトライアルの結果を待つ間に、もうひとつ出来事があった。山城先輩から、電話がかかってきたのだ。
純粋になんの用事だろうかと思って電話に出ると、出てくれるとは思わなかったと驚かれてしまった。
『あの、さ……うちのチーム、今のままだと、お前だったり、個人の力に依存しすぎだろ』
「まあ……たしかに、そういうところはあると思います」
気まずそうな山城先輩に、なにを言いたいんだろう? と、訝しんで返事をする。
路地裏での件以降、山城先輩はすっかりおとなしくなっていて、直接俺に連絡してこなくなったのはもちろん、部活のトークグループでの反応も鈍かった。
『だからさ、監督に今後試してみたいフォーメーションとか相談したいと思ってて……。今、他の奴らから出てる案をまとめて送るから、行もなんかアイディアあったら、出してほしい』
「……わかりました」
『ごめん。謝って、済むことじゃないんだけど、この前のこと。お前と、お前の友達の言う通りだ。インハイで負けて、点を取るにはお前が必要だって、どうしても行が欲しいって思って、それで、あんな酷いことした。ダセエことして、ほんと、ごめん……』
「……正直、すぐに忘れるとかは、無理ですけど……。先輩の気持ちも、少しはわかります。俺も九月からは練習見に行くんで、これまで通りにしてもらえるなら、もういいっすよ」
大きく自尊心を傷つけられたことを、忘れたわけじゃない。
だけど、俺も雄飛も結構な火力のことを言って煽った自覚はあるし、これを引きずることが、自分の成長につながるとも思えない。だから、もういい。
そう言ったら、山城先輩は小さい声でもう一回『ごめん』と謝ってきた。
たこちゃんに新しい家が決まった後も、俺は夏休みが終わるまで雄飛のマンションで暮らした。
雄飛が帰るなって言うし、俺も一緒にいたかったし。
そうして、ついに来てしまった八月も最後の週。
学校からも部活からも、家からも切り離された、俺たちだけの夏が終わってしまう直前に、たこちゃんと会わせてもらえることになった。
「ゆきむらー、おーい!」
約束の河川敷に着くと、すでにたこちゃんを連れた黒沢さん一家が来ていて、俺の姿を見つけた湊くんが大きく手を振ってきた。
湊くんはご両親から少し離れた場所にいる。
この河川敷には古いサッカーゴールが置きっぱなしになっていて、その近くでボールを蹴っていたみたいだ。周りにも何人か同じようにボールを持った子がいる。
子供の練習場所として、ちょうどいいんだろうな。雄飛に憧れて練習をした頃のことを思い出して、懐かしくて俺も自然と笑顔になった。
湊くんの大声に釣られるようにして、たこちゃんが後ろ脚で立ちあがり、バウバウッと大きく吠える。
近くまで行くとたこちゃんは天海に飛びかかり、そのまま押し倒してベロベロ顔を舐め始めた。プロペラのように尻尾を振り回して喜んでいる。それから俺のところにも来て、飛びついて鼻と鼻を擦り合わせてから、頬を舐めてくれた。
うーん、やっぱり、たこちゃんは天海が好きだよなあ。羨ましいと言ったら、「お前が怪我してるの、こいつはわかってるからな」と天海にフォローされた。
俺の怪我は驚くべき早さで回復していて十月には部活に復帰できる見込みだし、走ったり、少しドリブルができる程度にまで持ち直したから、飛びついてくれてもいいんだけどな。ロードワークにも出てるし。
それにしてもたこちゃん、すごく元気そうだ。首輪は、雄飛が買ったものをつけている。たこちゃんにとっては宝物だからと、変えずにいてくれているのだ。
引き取った時に名前を変える里親さんも多いらしいが、黒沢さんは可愛いからと言って、名前もたこちゃんのままにしてくれている。
黒沢さん夫婦に挨拶をして、少し落ち着いたたこちゃんを撫でていると、湊くんが走って来た。
あれ、一緒に後ろから走ってくる子供たちは? もしかして、別々に遊んでたわけじゃなくて、みんな湊くんのツレなのか?
「なんか、随分とキッズが大勢いるけど……」
「同じチームの奴ら。雪村のドリブルが見たいって言うから、連れて来た!」
湊くんが胸を張る。
「ええー、マジか。俺、そんな人気ある感じ? それなら俺も誰か、同じチームの奴に来てもらえばよかったな……あ、雄飛! ちょっと手伝えよ」
俺が一人でドリブルしてるのを見ても、あんまり面白くないだろう。せっかくだし、久しぶりに一緒にサッカーがしたくて雄飛を巻き込む。
「え? 俺? ガキの頃みたいには動けねえぞ」
そう言いながらも、羽織っていたオープンカラーシャツを脱いで、雄飛はTシャツ姿になる。
へえ、やる気じゃん。俺も興奮で口の端が上がってしまう。
その場で何回かジャンプして、軽くストレッチをしてから、俺たちはコートに入る。
「俺、なにしたらいいの。さすがに現役とワンオンワンはできねえからな」
「なんだよ、情けねえなあ。じゃあ、俺がこっちから上がってって、このお兄さんにパス出すから、みんなで協力して途中で止めてみ。雄飛は俺が出したら、シュート決めろよ」
口では「ええー」なんて文句を言ってるけど、雄飛はきっと俺のパスを受けてくれる。
「んじゃ、いくぞ!」
ホイッスルなんてないから、俺は一度手をあげてからコートがあったらセンターラインの二、三メートルくらい手前かな、というあたりからドリブルを始める。
子供たちが攻め込んでくるのをかわしながら、前にボールを運び、最後にカットインして湊くんを抜いて雄飛の位置を確認する。
五年以上サッカーから離れてるなんて知るか。お前なら、俺が追いかけ続けた天海 雄飛なら俺が何をして欲しいか、わかってくれるだろ。
足を振り抜かず、威力を落としたパスを出す。雄飛は後ろから来たボールに素早く反応して、トラップしながら体を180度回転させ、 弾丸シュートを撃ち込んだ。ゴールネットが激しく揺れる。
——ああ、やっぱり。やっぱりお前のシュートはかっこいいよ、雄飛。
胸に熱いものが込み上げて来て、なぜだか泣きそうになる。
「雄飛! ゴラッソ!」
俺はそのまま走って、雄飛に飛びついた。
「へへ、やっぱすげえなお前」
雄飛の背中に両脚をがっちり絡めて、首にしがみつく。
「お前が、ドンピシャのところに出すからだろ。行のパスじゃなきゃ、あんなん撃てねえよ」
落とさないようにしっかり俺の背中を抱きしめて、雄飛が笑う。
「なにそれ。俺じゃなきゃダメってこと?」
「……言わせんなよ、馬鹿野郎」
言えよ、バカ。俺だって、お前じゃなきゃ嫌だよ。
夏が終わったら俺たち、違う場所でやりたいことを追いかけていく。
けど、どこにいても特別なのはお前だけだよ。
誓うよ。ずっとずっと、お前だけだよ。
「雄飛」
大好き、と言おうとしたら、ワッと子供たちが走ってきて、揉みくちゃにされる。
雄飛のシュートに魅了されたらしく、どうやったらできるようになるのか、教えてくれと大興奮だ。
みんな、俺のファンじゃなかったのかよ。まあ、仕方ないか。雄飛、カッコいいもんな。
抱きついていた俺のことを地面に下ろした後も、名残惜しそうに、指の先だけは絡めたままでいる、雄飛。
可愛いやつ。大好きだよ。
幼馴染にも、友達にも、収まらない。
世界でたった一人の、俺の恋人。
