信じられないことに雄飛と俺は恋人になったわけだけども、普段の生活が大きく変わることはなかった。
たこちゃんの世話をして、リハビリをして。変わったことといえば、お互いを名前で呼ぶようになったことと、ちょっとイチャイチャするようになったこと。あとは雄飛が勉強をするようになったことだ。
二学期からは真面目に学校に通って、二年から特進クラスを目指すそうだ。俺たちまだ一年なのに、雄飛は普通に数学ⅡBの問題集を解いていて、こいつのこういうとこ、ほんとムカつく。俺は中学の数学でドロップアウトしてるのに。
あんなことがあって、しかも山城先輩の話し方から察するにクラスメイト以外にも停学理由がバレてて、行きづらくないのかなあと気になったんだけど、雄飛は「自分が蒔いた種だし。学校には勉強しに行くだけだから、別に平気」と、こともなげに言う。
本当に肝が据わってるというか、心臓に毛が生えているというか、堂々としている。まあ、この前話しかけてきた女の子の感じからして、それでも雄飛と仲良くしたいという人も、それなりにいそうではあるけど。
なにもかもがどうでもいいと、退学でいいと投げやりなことを言っていた雄飛に目的ができたのは嬉しいし、当然応援している。
だけど、雄飛は勉強する時にはリビングでも寝室でもない、おそらくお母さんが住んでくれたらとなにも置かずにいたのであろう、空いている個室に籠もってしまう。そうなると俺は、買い物に行くとか病院に行くとか、そんな報告がある時に覗きに行くだけ。
一人で集中したいのは理解できるが、勉強をした先に、どうなりたいのかも教えてくれない。それが寂しい。
つい先日まで両思いが夢のまた夢だと思っていたくせに、恋人になったらもっと一緒にいたい、ずっと近くで同じものを共有したいだなんて、我ながら欲深いことだと溜め息が出る。
さっきなんて、雄飛が勉強する時に使っているクッションにすら、こいつ、いつも俺の男と密室に一緒にいやがって……と嫉妬してしまった。メンヘラか、俺は。
雄飛には雄飛の道があるのに、そこに自分の入る隙がないことを勝手に悲しむなんて——
今日は夕食後、珍しく雄飛は個室に籠もることなく、たこちゃんにブラシをかける俺の後ろに陣取って、べったりくっついてサブスクで配信されている海外のドラマを観ている。
視聴しているのは一話完結型のSFオムニバスドラマで、サスペンステイストの回や、ダークコメディの回なんかがあるらしい。
今、流れているのは、完璧な相性の恋人を斡旋するマッチングシステムで出会った男女の話だ。
恋愛ものに興味がない俺は、主人公たちが気になる相手との相性やら次のデートのことやらばかりを考えて生活しているのが薄っぺらく、つまらない話だなと思いながら、たこちゃんの毛並みを整える片手間に観ていた。
生きていれば、ほかに考えることなどいくらでもあるだろうに。恋に脳を焼かれてバカになったとしか思えない主人公カップルが、魅力も現実味もない人物に感じられる。
しかし、最後まで観ると、登場人物の生活の描かれ方が不自然だったのも計算づくのことで、終盤で作中の世界がひっくり返るような種明かしがされて、へええと唸ってしまった。
観終わってから雄飛に「面白かったな」と言われて、頷く。
「うん。途中までは正直、パッとしない話だなあと思ってたけど。だって、あんなに全部の優先順位の上に好きな人がくるとか、変じゃん」
「そうか? 俺は普通に主人公カップルがどうなるのかも気になったけど。まあ、行みたいなのは、生活や思考が恋愛で占められてるのって現実味がないって思うんだろうな」
「俺みたいなのって……雄飛だってそうだろ。そんな恋愛脳みたいなとこ、ないじゃん」
「俺? 俺は意外と恋愛脳だよ」
そんなこと言って俺に抱きついてくるけど、お前こそ最近は一人で勉強してばっかじゃん。やっと両思いになれたのに。気が向いた時にしか構ってくれない。
って、ああ、やだやだ。こんなことを思ってモヤモヤしてしまう自分が嫌だ。
ウジウジした気分を切り替えたくて、俺は「風呂、行ってくる」とだけ言って、立ち上がる。
すると、雄飛がくいくいっとTシャツの裾を引っ張ってきた。
「行、股関節、硬くなってんじゃねえ? 風呂から出たら、ストレッチするか?」
「あ。うん……手伝ってくれんの?」
「おう、待ってるから、行ってこいよ」
雄飛がにっこり笑う。今日はまだ一緒にいられる。そう思うと頬が緩んでしまうのを隠しつつ、俺は少し早足でバスルームに向かった。
「さすが現役、柔らけえな」
俺のベターっとした開脚を見て、雄飛が唸る。
急いで風呂から出てきて、ストレッチをしているわけだけど、やっぱり少し動きが悪くなってる気がする。
そう申告すると、雄飛は仰向けに寝転ぶように言い、俺の膝の間に入り込んできた。それから片方の膝を曲げた状態で上体に向けて押し込みながら、もう片方の膝を床に向けて広げる。
「痛くねえ?」
「ん、へーき」
そう答えると、もうちょい力入れるぞと言われ、じわじわ股関節を広げられる。
少し痛くて、気持ちいい。痛気持ちいってやつだ。
「うぅん、気持ちいぃ……あ、これ、いいな……いぃ」
深く吐いた息と一緒に声が漏れる。俺はリラックスして緩み切った表情をしてたと思う。
俺の上にいる雄飛と目が合うと、だらしなく、へらっと笑ってしまった。
すると雄飛は猫のように目をまん丸に開いた後、ぎゅっと眉を吊り上げて俺の上から離れた。
変なことしてしまったのかと思い、慌てて俺も上体を起こすと「センシティブ判定だよ、このバカ!」と、雄飛に頭をはたかれる。ええ、意味がわからん。
「雄飛、なんでやめんの? もっと、気持ちいのやってよ」
「うるせえよ、このノンデリ! ちょっと黙ってろ」
雄飛の腕に絡みついて続きを催促したら、また怒られた。意地でもこっちを見ないと言わんばかりに顔を背ける雄飛の、耳と少し見える頬が真っ赤だ。様子がおかしい。
「なあ、どうしたんだよ。怒ってんの? なんで?」
こっちを向いて欲しくて腕を引っ張るが、無視される。気に入らないことがあるのなら、はっきり言えよとしつこく引っ張り、それに対して雄飛がうるさいとか言って、揉み合っていたら、ローテーブルの上で雄飛のスマホが震えた。
こんな時間になんだよ、とイライラしたまま手を伸ばして、スマホを取る。
「あれ、犬堂動物病院からだ。こんな時間に、なんだろ」
急に普通のテンションになって、雄飛が電話に出た。
『あ、天海君? 犬堂動物病院の犬堂です。遅い時間にごめんね。実は、うちの妹一家が、たこちゃんを家族に迎えたいって言ってるんだ。写真を見せたら、優しそうで可愛いって、すごく気にいっちゃってさ。妹の旦那さんが子供の頃に飼ってた犬に似てるらしくて、旦那さんも里親の話に前向きで。前に雪村君には、甥っ子が彼のファンだって話をしたんだけど、その子と、僕の妹と、旦那さんの三人家族なんだけどね』
スマホをスピーカー設定にして、天海がどうする? と俺のほうを窺ってくる。
ずいぶんと急な話に気持ちがついていかなくて、ソファで寝ているたこちゃんを見る。
安心し切った様子で寝ているけれど、今の俺たちでは、夏休みが終わってもこの暮らしを続けさせてあげられるだけの力はない。
一方で、犬堂先生の妹さん一家。子供はジュニアサッカーのチームに所属できる年齢、つまりある程度の分別がつく年齢で、大人が二人いる。そして、病気と年齢を承知のうえで、たこちゃんのことを可愛いと思ってくれている。
おまけに主治医である先生の身内だなんて、これ以上ないほど理想的な里親候補だ。
俺は雄飛の目をまっすぐ見て、頷く。それを確認した雄飛は目を細めて、俺の頭をくしゃっと一度だけ撫でた。
「ありがとうございます。ただ、たこも、まだしっかり躾ができているとは言えません。実際に一緒に暮らし初めて、想像と違うこともあるんじゃないかな、という不安もあります」
『うん、そうだよね。トライアルというかたちで一週間、たこちゃんを妹家族の家でお預かりしてみて、相性に問題がなかったら正式に話を進めたらどうかな? と思うんだけど』
「わかりました。ぜひ、よろしくお願いします」
電話を切るのを確認してから、雄飛の腕に抱きつく。間違いなく嬉しいのに、我慢していた涙が堰を切ったようにぽたぽた流れて、雄飛のシャツの袖を濡らした。
「行、よかったのか……?」
「よかったもなにも……さ、これ以上ないくらいの話だろ」
ぐずぐずと情けない鼻声で返すと、雄飛が上体を傾けて、俺の頭にコツンと頭を預けてきた。
「でも、それでも寂しいだろ……俺は、寂しいよ……」
雄飛の声も、震えている。
たこちゃんと一緒にいられるのは、きっと、あと少し。ずっと一緒にいたいけど、笑って送り出してあげなきゃいけない。
たこちゃんは、さっき俺たちが小競り合いをしている間も、いびきをかいて寝ていた。
もう、心配しなければいけない喧嘩と、日常のちょっとした言い争いや戯れ合いの区別が、たこちゃんのなかではしっかりついているみたいだ。
出会ってからの時間は決して長くないけれど、たこちゃんはそれだけ、俺たちのことを観察して、理解してくれた。
きっと今、大きな声を出して泣けば、きっとたこちゃんは目を覚ましてしまう。そして、ソファから降りて俺たちの横に来て、寄り添おうとしてくれるだろう。
起こされたことに文句のひとつも言いたくなるような立場なのに、たこちゃんはいつも優しい。
優しくて、可愛いたこちゃん。もっともっと、幸せになるべきだ。
俺たちは、そう遠くない日に訪れるであろう別れを想像して、声を出さないで静かに泣いた。
たこちゃんの世話をして、リハビリをして。変わったことといえば、お互いを名前で呼ぶようになったことと、ちょっとイチャイチャするようになったこと。あとは雄飛が勉強をするようになったことだ。
二学期からは真面目に学校に通って、二年から特進クラスを目指すそうだ。俺たちまだ一年なのに、雄飛は普通に数学ⅡBの問題集を解いていて、こいつのこういうとこ、ほんとムカつく。俺は中学の数学でドロップアウトしてるのに。
あんなことがあって、しかも山城先輩の話し方から察するにクラスメイト以外にも停学理由がバレてて、行きづらくないのかなあと気になったんだけど、雄飛は「自分が蒔いた種だし。学校には勉強しに行くだけだから、別に平気」と、こともなげに言う。
本当に肝が据わってるというか、心臓に毛が生えているというか、堂々としている。まあ、この前話しかけてきた女の子の感じからして、それでも雄飛と仲良くしたいという人も、それなりにいそうではあるけど。
なにもかもがどうでもいいと、退学でいいと投げやりなことを言っていた雄飛に目的ができたのは嬉しいし、当然応援している。
だけど、雄飛は勉強する時にはリビングでも寝室でもない、おそらくお母さんが住んでくれたらとなにも置かずにいたのであろう、空いている個室に籠もってしまう。そうなると俺は、買い物に行くとか病院に行くとか、そんな報告がある時に覗きに行くだけ。
一人で集中したいのは理解できるが、勉強をした先に、どうなりたいのかも教えてくれない。それが寂しい。
つい先日まで両思いが夢のまた夢だと思っていたくせに、恋人になったらもっと一緒にいたい、ずっと近くで同じものを共有したいだなんて、我ながら欲深いことだと溜め息が出る。
さっきなんて、雄飛が勉強する時に使っているクッションにすら、こいつ、いつも俺の男と密室に一緒にいやがって……と嫉妬してしまった。メンヘラか、俺は。
雄飛には雄飛の道があるのに、そこに自分の入る隙がないことを勝手に悲しむなんて——
今日は夕食後、珍しく雄飛は個室に籠もることなく、たこちゃんにブラシをかける俺の後ろに陣取って、べったりくっついてサブスクで配信されている海外のドラマを観ている。
視聴しているのは一話完結型のSFオムニバスドラマで、サスペンステイストの回や、ダークコメディの回なんかがあるらしい。
今、流れているのは、完璧な相性の恋人を斡旋するマッチングシステムで出会った男女の話だ。
恋愛ものに興味がない俺は、主人公たちが気になる相手との相性やら次のデートのことやらばかりを考えて生活しているのが薄っぺらく、つまらない話だなと思いながら、たこちゃんの毛並みを整える片手間に観ていた。
生きていれば、ほかに考えることなどいくらでもあるだろうに。恋に脳を焼かれてバカになったとしか思えない主人公カップルが、魅力も現実味もない人物に感じられる。
しかし、最後まで観ると、登場人物の生活の描かれ方が不自然だったのも計算づくのことで、終盤で作中の世界がひっくり返るような種明かしがされて、へええと唸ってしまった。
観終わってから雄飛に「面白かったな」と言われて、頷く。
「うん。途中までは正直、パッとしない話だなあと思ってたけど。だって、あんなに全部の優先順位の上に好きな人がくるとか、変じゃん」
「そうか? 俺は普通に主人公カップルがどうなるのかも気になったけど。まあ、行みたいなのは、生活や思考が恋愛で占められてるのって現実味がないって思うんだろうな」
「俺みたいなのって……雄飛だってそうだろ。そんな恋愛脳みたいなとこ、ないじゃん」
「俺? 俺は意外と恋愛脳だよ」
そんなこと言って俺に抱きついてくるけど、お前こそ最近は一人で勉強してばっかじゃん。やっと両思いになれたのに。気が向いた時にしか構ってくれない。
って、ああ、やだやだ。こんなことを思ってモヤモヤしてしまう自分が嫌だ。
ウジウジした気分を切り替えたくて、俺は「風呂、行ってくる」とだけ言って、立ち上がる。
すると、雄飛がくいくいっとTシャツの裾を引っ張ってきた。
「行、股関節、硬くなってんじゃねえ? 風呂から出たら、ストレッチするか?」
「あ。うん……手伝ってくれんの?」
「おう、待ってるから、行ってこいよ」
雄飛がにっこり笑う。今日はまだ一緒にいられる。そう思うと頬が緩んでしまうのを隠しつつ、俺は少し早足でバスルームに向かった。
「さすが現役、柔らけえな」
俺のベターっとした開脚を見て、雄飛が唸る。
急いで風呂から出てきて、ストレッチをしているわけだけど、やっぱり少し動きが悪くなってる気がする。
そう申告すると、雄飛は仰向けに寝転ぶように言い、俺の膝の間に入り込んできた。それから片方の膝を曲げた状態で上体に向けて押し込みながら、もう片方の膝を床に向けて広げる。
「痛くねえ?」
「ん、へーき」
そう答えると、もうちょい力入れるぞと言われ、じわじわ股関節を広げられる。
少し痛くて、気持ちいい。痛気持ちいってやつだ。
「うぅん、気持ちいぃ……あ、これ、いいな……いぃ」
深く吐いた息と一緒に声が漏れる。俺はリラックスして緩み切った表情をしてたと思う。
俺の上にいる雄飛と目が合うと、だらしなく、へらっと笑ってしまった。
すると雄飛は猫のように目をまん丸に開いた後、ぎゅっと眉を吊り上げて俺の上から離れた。
変なことしてしまったのかと思い、慌てて俺も上体を起こすと「センシティブ判定だよ、このバカ!」と、雄飛に頭をはたかれる。ええ、意味がわからん。
「雄飛、なんでやめんの? もっと、気持ちいのやってよ」
「うるせえよ、このノンデリ! ちょっと黙ってろ」
雄飛の腕に絡みついて続きを催促したら、また怒られた。意地でもこっちを見ないと言わんばかりに顔を背ける雄飛の、耳と少し見える頬が真っ赤だ。様子がおかしい。
「なあ、どうしたんだよ。怒ってんの? なんで?」
こっちを向いて欲しくて腕を引っ張るが、無視される。気に入らないことがあるのなら、はっきり言えよとしつこく引っ張り、それに対して雄飛がうるさいとか言って、揉み合っていたら、ローテーブルの上で雄飛のスマホが震えた。
こんな時間になんだよ、とイライラしたまま手を伸ばして、スマホを取る。
「あれ、犬堂動物病院からだ。こんな時間に、なんだろ」
急に普通のテンションになって、雄飛が電話に出た。
『あ、天海君? 犬堂動物病院の犬堂です。遅い時間にごめんね。実は、うちの妹一家が、たこちゃんを家族に迎えたいって言ってるんだ。写真を見せたら、優しそうで可愛いって、すごく気にいっちゃってさ。妹の旦那さんが子供の頃に飼ってた犬に似てるらしくて、旦那さんも里親の話に前向きで。前に雪村君には、甥っ子が彼のファンだって話をしたんだけど、その子と、僕の妹と、旦那さんの三人家族なんだけどね』
スマホをスピーカー設定にして、天海がどうする? と俺のほうを窺ってくる。
ずいぶんと急な話に気持ちがついていかなくて、ソファで寝ているたこちゃんを見る。
安心し切った様子で寝ているけれど、今の俺たちでは、夏休みが終わってもこの暮らしを続けさせてあげられるだけの力はない。
一方で、犬堂先生の妹さん一家。子供はジュニアサッカーのチームに所属できる年齢、つまりある程度の分別がつく年齢で、大人が二人いる。そして、病気と年齢を承知のうえで、たこちゃんのことを可愛いと思ってくれている。
おまけに主治医である先生の身内だなんて、これ以上ないほど理想的な里親候補だ。
俺は雄飛の目をまっすぐ見て、頷く。それを確認した雄飛は目を細めて、俺の頭をくしゃっと一度だけ撫でた。
「ありがとうございます。ただ、たこも、まだしっかり躾ができているとは言えません。実際に一緒に暮らし初めて、想像と違うこともあるんじゃないかな、という不安もあります」
『うん、そうだよね。トライアルというかたちで一週間、たこちゃんを妹家族の家でお預かりしてみて、相性に問題がなかったら正式に話を進めたらどうかな? と思うんだけど』
「わかりました。ぜひ、よろしくお願いします」
電話を切るのを確認してから、雄飛の腕に抱きつく。間違いなく嬉しいのに、我慢していた涙が堰を切ったようにぽたぽた流れて、雄飛のシャツの袖を濡らした。
「行、よかったのか……?」
「よかったもなにも……さ、これ以上ないくらいの話だろ」
ぐずぐずと情けない鼻声で返すと、雄飛が上体を傾けて、俺の頭にコツンと頭を預けてきた。
「でも、それでも寂しいだろ……俺は、寂しいよ……」
雄飛の声も、震えている。
たこちゃんと一緒にいられるのは、きっと、あと少し。ずっと一緒にいたいけど、笑って送り出してあげなきゃいけない。
たこちゃんは、さっき俺たちが小競り合いをしている間も、いびきをかいて寝ていた。
もう、心配しなければいけない喧嘩と、日常のちょっとした言い争いや戯れ合いの区別が、たこちゃんのなかではしっかりついているみたいだ。
出会ってからの時間は決して長くないけれど、たこちゃんはそれだけ、俺たちのことを観察して、理解してくれた。
きっと今、大きな声を出して泣けば、きっとたこちゃんは目を覚ましてしまう。そして、ソファから降りて俺たちの横に来て、寄り添おうとしてくれるだろう。
起こされたことに文句のひとつも言いたくなるような立場なのに、たこちゃんはいつも優しい。
優しくて、可愛いたこちゃん。もっともっと、幸せになるべきだ。
俺たちは、そう遠くない日に訪れるであろう別れを想像して、声を出さないで静かに泣いた。
