幼馴染でも友達でもない、いけすかない男と可愛いあの子

 ——え、うそ……
 こいつの、諦められない好きな人って……。
 これまでの思い出が駆け巡る。トップチームに入れなくて泣いてた俺にわざわざ話しかけにきたのも、再会してすぐに見せてきた面倒見の良さも、甘えてハグを求めてくるのも、リハビリを手伝ってくれたのも、今日のことも。
 全部全部、俺のことが、好き、だったからなのか……? 
 
 そう思ったら、嬉しいとか、そんな気持ちの前に俺は手が出ていた。
「じゃあ諦めんなよ! あの頃が全部だって言うなら、俺のことくらい、本気でとりに来いよっ。じゃないと、お前のこと、ずっと好きな俺がバカみてえだろうがよ!」
 天海の胸ぐらを掴みあげて怒鳴る。甘さの欠片もない告白だけど、これが一番、本気だって天海に届くと思った。
「ゆきむら……が、俺のこと、好き……」
 天海の瞳がみるみる大きく開いて、キラ、と小さな光が煌めく。 
「……ほんとに?」
「ほんとだよ。好きな人がいるなんてお前が言うからさ。諦めようとしたんだけど、どうしても無理で。どうにかしてお前の気を惹こうと、家庭的アピールとかしてたんだぞ」
 胸ぐらを掴んでいた手を離して、天海の背中にゆっくり腕をまわす。
 逃げるなよと祈りながらシャツにしがみつくと、天海も少しだけ躊躇ってから俺を抱きしめ返してきた。
「家庭的ってお前、俺のシャツ切って、なにをアピるつもりだったんだよ」
 俺の肩口に顔を埋めて、くぐもった声で天海が笑う。うるせえよと言いながら、天海の頭に自分の頬を擦り付けてやった。
「責任取れよ、雪村。俺、お前以外に気持ちをぶつけられる相手がいねえんだからな」
「望むところだよ。俺がずっと、見張っててやるから。だから、頼むからっ……もう、自分を顧みないこと、しないでくれよ……」
 うん、と小さく返事をして天海がゆっくり俺から離れる。
 それから、温かくて大きな手で俺の両頬をそっと包んできた。
 リビングの掃き出し窓から西日が差し込み、部屋がオレンジ色に染まって、天海の輪郭が淡い金色に彩られる。白い頬もうっすら赤い。
 本当に綺麗な顔してんなあ……と呑気に見惚れていたら、ゆっくり天海が近づいてきて唇が触れ合う。
 ——は? え、え、俺たちさあ、今、告白し合ったばっかじゃん。両思いなの確認したばっかじゃん。
 手ぇ出すの早すぎでは? 抗議する間も無く、天海はもう一度キスをしてくる。
「雪村、かわいい。ほんと、好き」
 さっきみたく、ちょっと触れるだけのキスじゃなくて、俺の上唇を柔らかく食んだり、舌先で舐めたりしてくる。
 頭がぼうっとして力が抜けたところで、天海の舌が唇の隙間から入ってきて、俺の舌を舐めてきた。
 愛おしいといわんばかりに、ぬるついた舌先で何度も舐められて、付き合ったばっかりなのにとかどうでもよくなって、なんか気持ちいい……幸せ……としか考えられなくなってしまう。
「あー……だめ。これ以上はやめないとな。大丈夫か、雪村」
 もうどうにでもなれ、なんて流されかけたところで、天海が離れる。
 色素が薄い瞳がはちみつ色に溶けているのを見て、俺のポンコツな脳みそがまたしてもまともな思考を放棄しようとしているのに気づく。手の甲で口をガードしつつ、急いで天海から離れた。
「だいじょばない……なんなの、お前……」
 怖い怖い、なんなんだよこいつ。
 だいたい、たこちゃんだっているでしょうが。ハッとなって見ると、さっきまで天海の横にいたたこちゃんは、ソファの上で寝ていた。ほんとにこの子、自分のベッドを使わないなあ。
「もうしないから怒んなよ。ほら、こっち」
 たこちゃんのいるソファを背に、リビングのラグに座って手を広げる。
 ええー、とか少し嫌そうな顔を作って立てた天海の両脚の間に収まり、緩くだきつく。仕方なく言うことを聞いてやってる風を装いたいのに、天海にくっつくと嬉しくて「ふふ」なんて浮かれた声が漏れてしまう。
「ところでさ、ママ活って、ほんとに飯食ったり、一緒に出かけたりしただけなの? キスとか、それ以上とかはしてねえんだよな?」
「してねえよ。キスも、さっき生まれて初めてしたし」
 恋人になったからかな。相変わらず口は悪いのに、天海の声はずっとふわふわ甘い。
「ええ……初めてであんな、唇とか舌とか、はむはむするエロいキスすんの……」
「はむはむって……お前さあ、ほんといい加減にしろよ。どこまで可愛かったら気が済むんだよ」
 俺の耳を指で挟んですりすりとくすぐっていた天海が、急にぐいっと横に耳を引っ張った。
「痛い、痛い! だって、あんなんしたらさ、もっとエロいことすんのかと思うじゃん」
「あのなあ、んなこと、今日の今日でできるわけねえだろ。この、ノンデリ」
 引っ張られた耳をさすりながら言うと、溜め息をつかれてしまった。
「お前の脚が治るまで、この先はお預け。早くよくなれよ?」
 まあ、そっか。キスより先のことについては、どこをそうするか程度の知識は俺にも薄らあるものの、すげえ痛そうだし大変そうだし、暴れて膝が爆発する危険性もあるもんな。
 じゃあ、この話は終わりってことで、俺は気になっていたことを天海に聞いてみる。
「なあ、天海ってさ、俺のどこを好きになったわけ? 子供の頃の俺、顔が可愛かったとか?」
「んー、これってタイミングがあったわけじゃねえけど。お前ってさ、ちょっと揶揄っただけでムキになるじゃん。俺のことしか見えてなくて、ぎゃんぎゃん言い返してくるのがなんか面白くて。気がついたらちょっかい出すのが楽しくて、目が離せなくなってた」 
 キュートアグレッションってやつ? なんて天海は笑っているが、とんだ構ってちゃんじゃねえかよ。
 ちょっと呆れてたら「お前は? なんで好きになってくれたの?」って聞かれる。 
「気がついたのは最近だけど、好きになったのは小三の時だと思う。お前、俺に『自分の武器を見ろ』って言ってくれただろ。あれから、どんどんお前のちょっとした言葉とか、すげえプレーとか、優しさとか少しずつ養分にして、今の大好きまで育てたんだと思うよ。会ってない間も、行き詰まった時に浮かぶのは、いつでもお前のことだったし……」
 お前への気持ちって、自然に俺の中で芽吹いて、育って、気がついたらどうしようもなく大きく根を張ってたんだ。こんな風に花が咲くなんて、夢みたいだけど。
 うまく伝えられてるかなあと思いながら、つっかえながら話し終えると、天海は目の縁を真っ赤にして口を歪めていた。
「変な顔。俺、なんかマズイこと言ったか?」
 一応、心配で聞いたんだけど、赤い顔の天海に「うるせえよ、バカ」と睨まれる。
「行、お前さあ……脚が治ったら、覚えとけよ……」
 天海——いやあっちが〝行〟って名前で呼んでくるなら、俺も〝雄飛〟って呼んでいいよな——雄飛は、わざとらしく大きな溜め息をついてから、少し震える手で俺の顎を掴むと、もう一度キスしてきた。