天海に連れてこられたのは駅の近くにある、カウンター席しかない小さな店だった。
煮干しラーメンが有名でチャーシューがデカいんだと天海が説明してくれたが、なんだか意外だ。イケメンで、しかも進学校に通う病院の息子が、こういう店を好むなんて。
店員さんたちの「いらっしゃいやせー」という声に出迎えられて、席に進む。
ランチタイムは過ぎていて、かつ仕事帰りの人が寄るにはまだ早い時間のせいか、店内には一人しか客が居ない。俺は店員さんに勧められて、隣の椅子に杖を立てかけさせてもらった。
杖を置いて座ろうとしたら、天海が椅子を引いて自然に腰を支えてくれる。お礼を言うと、ぶっきらぼうに「おう」とだけ返された。
「なに食う? 食券、買ってくるよ」
天海がそう言ってくれたので、文字だけのメニューから『当店の一番人気!』と赤文字でアピールされている醤油ラーメンに決めて、代金を渡す。
……なんか優しいな、こいつ。そんなことを思いながら、入り口の券売機で買ってきた食券を店員さんに渡す天海を、つい目で追ってしまう。
「この辺はラーメン屋が多いんだけどさ。丸イスじゃなくて、美味い店って言ったらここ」
俺の横に戻ってきた天海が、椅子に座りながら言う。
丸イスじゃないって、そこ大事か? と、首を傾げてから気づく。
こいつ、もしかして俺の脚のことを考えて、背もたれのある椅子を置いている店を選んだのか?
そういえば床も、凹凸のあるタイルが貼られていて滑りにくかった。思わず天海の横顔をじっと見てしまう。
「なんだよ、変な顔して」
「いや、天海もさ、成長したんだなあって。昔のお前って嫌味なクソガキだったじゃん」
「俺が? 嘘だろ。すげえいい子だっただろうが。ウゼエのは雪村じゃん。シュートもドリブルも下手なくせに俺に噛みついてきて」
テーブルに頬杖をつき、天海は小馬鹿にしたように片眉を上げてニヤニヤ俺の顔を見る。
「そういうとこがムカつくんだよ。コーチとか大人には『わかりました』とか『俺がやっときます』なんつっていい顔するくせに、俺にだけ『ちょろちょろすんな、チビ』とか馬鹿にした態度とりやがって」
「キャンキャン騒ぐお前が面白いのが悪い。ところで雪村、高校は相模原城南?」
天海が俺の着ているポロシャツに視線をやる。校章が入っているとはいえ、よくわかったなと思いつつ頷く。
あれ? そういえばこいつ私服だけど、試験休みなのかな。聞いてみようとしたら、先に天海が話を続けた。
「すげえじゃん。神奈川トップのサッカー強豪校。んで、一年から試合に出てんだろ?」
「出たのは練習試合だけどな。この怪我のせいで、インハイどころか、選手権にも出らんないかもしれないし」
「そっか……悔しい、な。けど、治るんだろ? 難しいだろうけど、来年もあるくらいの気持ちで治すことに集中しろよ」
……え。なに、その顔。お前、そんな顔できるのかよ。労わるような目でギプスの巻かれた俺の脚を見る天海に、心臓が跳ねる。
だって、そんな優しい顔で、穏やかな声で、寄り添うようなことを言える奴じゃなかった。
なんだよ、綺麗な顔しやがって。丸くなりやがって。ほんと、ムカつく。
——でも、でも
俺は、誰かに〝悔しい〟って気持ちを受け止めて欲しかったのかもしれない。
焦るな、落ち込むな。周りからはそればかり言われたし、正しいことだと思う。けど、そう言われてしまうと今の苦しさはどうしたらいいのか、ずっとわからなかった。
大丈夫だから、前向きになんて先に言われてしまうと、怪我をしたことに対して、ネガティブなことは言えなかった。
「あ、あま……」
「はい、醤油二つ! お待ちどうさま」
天海の言葉に不思議なほど気持ちが昂って、なにかを言いたいと見切り発車で口を開いたところで、カウンターの上にラーメンが入った黒い丼が二個、どどんと置かれた。
天海が言っていた通り、チャーシューが二枚も入っているうえに、大きすぎて丼のふちからはみ出している。これでもかと盛られた白髪ネギや、具の隙間から見える透き通った醤油色のスープ、煮干しの香りに、涎が垂れそうだ。
「ん? なに? なんか言いかけなかったか?」
「あ、いや、なんでもない。うまそー、食おーぜ」
俺もだけど、麺が伸びる前に天海も食べたいだろうから、言いかけたことは有耶無耶にして割り箸を二膳とって、片方を天海に渡す。
なにを言いたいのか、自分でも整理できていないまま話しかけちゃったし、流しとこ。
天海もとくに気にならないようで「ふうん」とだけ言って、手を合わせて箸を持ち、食事を始めた。
煮干しラーメンが有名でチャーシューがデカいんだと天海が説明してくれたが、なんだか意外だ。イケメンで、しかも進学校に通う病院の息子が、こういう店を好むなんて。
店員さんたちの「いらっしゃいやせー」という声に出迎えられて、席に進む。
ランチタイムは過ぎていて、かつ仕事帰りの人が寄るにはまだ早い時間のせいか、店内には一人しか客が居ない。俺は店員さんに勧められて、隣の椅子に杖を立てかけさせてもらった。
杖を置いて座ろうとしたら、天海が椅子を引いて自然に腰を支えてくれる。お礼を言うと、ぶっきらぼうに「おう」とだけ返された。
「なに食う? 食券、買ってくるよ」
天海がそう言ってくれたので、文字だけのメニューから『当店の一番人気!』と赤文字でアピールされている醤油ラーメンに決めて、代金を渡す。
……なんか優しいな、こいつ。そんなことを思いながら、入り口の券売機で買ってきた食券を店員さんに渡す天海を、つい目で追ってしまう。
「この辺はラーメン屋が多いんだけどさ。丸イスじゃなくて、美味い店って言ったらここ」
俺の横に戻ってきた天海が、椅子に座りながら言う。
丸イスじゃないって、そこ大事か? と、首を傾げてから気づく。
こいつ、もしかして俺の脚のことを考えて、背もたれのある椅子を置いている店を選んだのか?
そういえば床も、凹凸のあるタイルが貼られていて滑りにくかった。思わず天海の横顔をじっと見てしまう。
「なんだよ、変な顔して」
「いや、天海もさ、成長したんだなあって。昔のお前って嫌味なクソガキだったじゃん」
「俺が? 嘘だろ。すげえいい子だっただろうが。ウゼエのは雪村じゃん。シュートもドリブルも下手なくせに俺に噛みついてきて」
テーブルに頬杖をつき、天海は小馬鹿にしたように片眉を上げてニヤニヤ俺の顔を見る。
「そういうとこがムカつくんだよ。コーチとか大人には『わかりました』とか『俺がやっときます』なんつっていい顔するくせに、俺にだけ『ちょろちょろすんな、チビ』とか馬鹿にした態度とりやがって」
「キャンキャン騒ぐお前が面白いのが悪い。ところで雪村、高校は相模原城南?」
天海が俺の着ているポロシャツに視線をやる。校章が入っているとはいえ、よくわかったなと思いつつ頷く。
あれ? そういえばこいつ私服だけど、試験休みなのかな。聞いてみようとしたら、先に天海が話を続けた。
「すげえじゃん。神奈川トップのサッカー強豪校。んで、一年から試合に出てんだろ?」
「出たのは練習試合だけどな。この怪我のせいで、インハイどころか、選手権にも出らんないかもしれないし」
「そっか……悔しい、な。けど、治るんだろ? 難しいだろうけど、来年もあるくらいの気持ちで治すことに集中しろよ」
……え。なに、その顔。お前、そんな顔できるのかよ。労わるような目でギプスの巻かれた俺の脚を見る天海に、心臓が跳ねる。
だって、そんな優しい顔で、穏やかな声で、寄り添うようなことを言える奴じゃなかった。
なんだよ、綺麗な顔しやがって。丸くなりやがって。ほんと、ムカつく。
——でも、でも
俺は、誰かに〝悔しい〟って気持ちを受け止めて欲しかったのかもしれない。
焦るな、落ち込むな。周りからはそればかり言われたし、正しいことだと思う。けど、そう言われてしまうと今の苦しさはどうしたらいいのか、ずっとわからなかった。
大丈夫だから、前向きになんて先に言われてしまうと、怪我をしたことに対して、ネガティブなことは言えなかった。
「あ、あま……」
「はい、醤油二つ! お待ちどうさま」
天海の言葉に不思議なほど気持ちが昂って、なにかを言いたいと見切り発車で口を開いたところで、カウンターの上にラーメンが入った黒い丼が二個、どどんと置かれた。
天海が言っていた通り、チャーシューが二枚も入っているうえに、大きすぎて丼のふちからはみ出している。これでもかと盛られた白髪ネギや、具の隙間から見える透き通った醤油色のスープ、煮干しの香りに、涎が垂れそうだ。
「ん? なに? なんか言いかけなかったか?」
「あ、いや、なんでもない。うまそー、食おーぜ」
俺もだけど、麺が伸びる前に天海も食べたいだろうから、言いかけたことは有耶無耶にして割り箸を二膳とって、片方を天海に渡す。
なにを言いたいのか、自分でも整理できていないまま話しかけちゃったし、流しとこ。
天海もとくに気にならないようで「ふうん」とだけ言って、手を合わせて箸を持ち、食事を始めた。
