幼馴染でも友達でもない、いけすかない男と可愛いあの子

 夕食はササミでのり塩チキンを作った。疲れただろうから無理しなくていいよ、と天海に言われたけれど、解凍してから出かけたし、簡単だったから。
 天海はたくさん食べてくれて、一本だけ別に味をつけていないササミを茹でて、ご飯にのせてあげたら、たこちゃんも大喜びで食べてくれた。
 俺の糖質制限にもなるし、もっとササミは取り入れたいな、なんて思いながら片付けようとしたら「片付けは俺がしとくから、風呂入ってきちゃえよ」と、天海に言われる。
 じゃあ、お言葉に甘えてと着替えを取りに行くと、ベッドサイドで充電していたスマホが振動した。
 なんだか嫌な予感がして見たら、案の定、山城先輩だ。先日の試合のことで、なにか俺に言いたいことがあるのかもしれない。
 病院でのことを思うと警戒心と嫌悪感は拭えないが、無視をするわけにもいかず、俺は通話ボタンをタップした。
『あ、行? 今、へーき?』
「はい。お疲れ様です。インハイ、配信で見ました」
『おー、ダッセエよな。マジ、消化不良だわ』
 明らかに機嫌が悪い。やっぱり俺が怪我をしたのが悪いと、恨みごとを言いに電話をかけてきたのかと暗い気持ちになる。しかし、山城先輩はまったく関係のない話を始めた。
『実はさあ、お前のことが心配で電話したんだけど。ああ、でもこれって、言っていいことなのかなあ?』
「……なんすか?」
『なあ、行、こないだ病院にお前を迎えにきてたお友達さあ、ちょっと、問題がある奴なんじゃねえの?』
 気を引こうという意図が見え見えの、まどろっこしい話し方に煩わしさを感じたところで、天海のことを出されてドキリとする。問題がある、って、なんだよ。
「どういう、意味ですか?」 
『あいつ、星霜だろ? 実は俺がちょっと手ェ出してる子が星霜でさ、いろいろ聞いちゃったんだよねえ。いや、でもこれは実際に見てもらった方がいいかなあ。顧問から聞いたけど、お前、明日も病院なんだろ。俺、待ってるからさあ、S駅の近くのバーガーショップに来いよ』
 この人とは学校の外では会わない方がいい。
 そう思っているけれど、どうしても気になって「わかりました」と返事をしてしまった。
 
 電話を切ってからも山城先輩の言葉が頭から離れなくて、あまり眠れないまま朝を迎えた。
 天海のこと、天海が問題——ぐるぐる考えても、なにも思い当たることがない。毎日一緒にいるけど、天海はたこちゃんと俺のことばかりで、顔に似合わず、すこぶる地味な生活を送ってるし。
 けど俺は、学校での天海のことをなにも知らないから、先輩の情報源が学校となると……。
 考えに沈みながらふやけてしまったグラノーラをスプーンでつついていたら、とっくに食事を終えた天海が、キッチンカウンターの向こうから心配そうな視線を送ってきた。
「雪村、なんかぼうっとしてるけど、具合悪い? 体調がよくないなら、今日の診察はキャンセルしたら?」
「え? あ、ううん、大丈夫、ちょっと寝不足なだけだし……」
「寝不足ねえ。やっぱお前、変。病院、一緒に行こっか?」
「は? いやいやいや、平気だから! ほんと、なんでもないから」
 ぶよぶよのグラノーラをぬるくなった牛乳と一緒にかきこむ。今日ばかりは、天海について来られるわけにはいかない。
 ごまかそうと作り笑いを向けると、ますます天海の眉間の皺が深くなった。
 腕を組み、イライラと人差し指で肘を叩く天海の気配を背中に感じながら、スニーカーに足を突っ込む。
「んじゃ、行ってくるから」
「へーへー。気をつけてな」
 へらへら笑いで手を振って廊下に出ると、玄関ドアを背に息を吐く。ごめん、天海。こそこそお前のことを探るようなことをして。
 こんなこと思われてもお前は困惑するだろうけど、俺はどんな話が出てきてもお前の味方だから。
  怪我の経過は良好で、診察とリハビリを終えて病院を出る。
 それから真っ直ぐ、山城先輩に指定されたハンバーガーショップへ向かった。
 空は晴れているのに、診察結果も嬉しいものだったのに、胸にはモヤモヤとした不安が広がる。オレンジ色と赤でハンバーガーのロゴをデザインした看板に近づくにつれ、息苦しさまで感じた。
「行、こっち、こっち」
 自動ドアをくぐると、壁沿いのソファ席から山城先輩が呼んできた。頭を下げてから、注文をして先輩のもとに向かう。
 いつもは美味しそうに見える、パティを何枚も挟んだハンバーガーにも黄金色のポテトにも食欲をそそられなくて、トレイの上にはアイスティだけ。
「え、お前、腹減ってねえの? 体重落とさないように気をつけろよ」
「だいじょぶっす。先輩、さっそくですけど、天海の話ってなんですか?」
 あまり長居もしたくなくて話を切り出すと、先輩は「そんなに気になんの?」とニヤニヤしながらテーブルにあった自分のスマホを手に取り、俺の方に立てて見せてきた。
 画面の中央には、新緑の街路樹が美しい煉瓦造りの道を歩いている男女が写っている。ハイブランドのフラッグシップショップが建ち並ぶ通りを、腕を組んで親しげに歩いてる写真だ。
 なにこれ? なんかの広告? 意味がわからなくて先輩の顔を見ると、ピンチして写真を拡大してきた。
「……え」
 写っていたのは、天海……と、知らない女の人だった。