八月に入って、犬堂先生に相談したうえ、警察と保健所に連絡をして本格的にたこちゃんの里親探しを開始することになった。
結局、保護してから二週間待ってもたこちゃんの飼い主が出てくることはなく、似た犬を探しているという問い合わせさえ保健所にはなかった。
迷子犬の情報を載せているサイトや、保護犬についての情報を拡散してくれているSNSのアカウントにもたこちゃんの写真と保護した日時、場所を掲載してもらったが、どちらにもこれといった反応はない。
こんなにいい子なのに、元の飼い主は探していないんだ……もはや怒りや悲しみを通り越して、心底不可解だ。俺たちは、ずっとこの子と一緒にいたいのに。
だけど、二学期が始まれば留守番が増える。できるだけ早く新しい家を探すことが、たこちゃんの幸せなのだ。
そう自分に言い聞かせて、犬堂動物病院と、天海と調べて厳選した里親募集サイトで里親探しを始めたが、やはり応募は少ない。
サイト経由での問い合わせは僅かにあるが、『こんな老犬を手放すなんて酷い、二度と生き物を飼わないでください!』と、お気持ち表明だけをするものや、『雑種は欲しがる人いませんよ。十万くれれば引き取ります』『吠えますか? 吠えない犬ならください』という意味不明かつムカつくものなど、碌なものがない。
「こんなに可愛いのになあ……」
メッセージをチェックしていたら悲しくなってしまい、腹ばいになってホネの形のおもちゃを前脚で抱えて齧っているたこちゃんに覆いかぶさる。
たこちゃんの首に鼻を埋めると、温かい日向のにおいと、甘栗のような香ばしいにおいが混ざった独特の体臭がした。
俺が纏わりついても、たこちゃんはおもちゃに夢中で振り返ってもくれない。ちなみに齧っているおもちゃは通販で天海が買ったもので、いつも抱えている大好きなタコのタオルは、窓際に吊るされている。新しいおもちゃに興味を示している間に、ようやく洗濯ができたのだ。
「本命は、犬堂動物病院に貼らせてもらってるチラシだから。もともとネットにはそんなに期待してねえよ」
ローテーブルにタブレットを置いて、天海が組んだ腕を頭上に伸ばす。
たしかに、動物病院に来ている人なら信頼がおけるし、たこちゃんに興味を持ってくれる人もいるだろう。しかも、犬堂先生が窓口になってくれるという安心感もある。
ただ、動物病院に来るのはすでに生き物と暮らしている人だから、このうえ新しく老犬を迎え入れようと考える割合は決して多くないと思われる。
それでも、保護犬の飼育を考えている人を紹介してもらえるかもしれないから、やっぱり犬堂動物病院の掲示板に貼ったチラシの効果に期待してしまう。
「ほんとはこのまま、うちに置いておきたいけどな……」
「天海……」
「もちろん、たこも大事なんだけどさ。たこがいれば、お前もここにいるだろ。毎日、美味い飯が食える」
俺の家庭的アピールは順調にいっていた。角煮を作って以降、生姜焼き、カレー、肉豆腐、豚キムチ、と作っては食べさせ、天海を喜ばせてきた。
ハードルが高くて魚料理には挑戦できていないが、男子高校生の旺盛な食欲を満たせる食事を提供できていると思う。
まだまだ要領が悪くて夜ご飯しかちゃんとしたものを作れてないけど、天海がいっぱい食べてくれるから、もっと頑張って喜ばせたいなあ、なんて。
たこちゃんの首のにおいを吸いながら、今日はたこちゃんにもおすそ分けをしたいから、冷凍しておいたササミを使おうかなあなんて考えてたら、斜め上の方から天海の声が聞こえた。
「あれ? 犬堂先生からだ」
電話みたいだ。俺も話の内容を聞きたくて、天海の横に座る。
『あ、天海君ですか? 犬堂動物病院の犬堂です。今、少し時間もらっても大丈夫?』
スピーカー設定にしながら天海が返事をすると、犬堂先生が「実はね」と話を始める。
『うちが協力してる保護団体のボランティアさんが、たこちゃんに似た犬を飼っていたお家を知ってるって言うんだ』
「え……たこ、帰れるってことですか?」
『いや、それがね……』
犬堂先生が言い淀む。なんだろう? 天海と顔を見合わせる。
『ちょっと、事情があって。ボランティアさんの知っている家がたこちゃんのお家なら、たこちゃんは、もう育った家には帰れない。ただ、ボランティアさんの知ってる犬と、たこちゃんが同じ犬だと決まったわけじゃないから、一度会って確認してもらいたくて。できたら、今日の午前の診療が終わった後にうちの病院に来てもらえないかな? たこちゃんを連れて』
「わかりました。伺います」
通話終了ボタンを押してから、天海が俺の方を向いた。
「だって。いいよな、あとで病院」
「うん。今日、あんまり暑くないし、たこちゃんも外歩けると思うし……でも『もう育った家には帰れない』って、なんだろう」
「んー……。あんまりいい話じゃないかもしれないけど、里親が決まってから元飼い主が名乗り出て来たりしたら、面倒だからなあ。元飼い主のことをはっきりさせられるなら、ありがたいよな」
天海と一緒に、おもちゃの虜になっているたこちゃんを見る。たこちゃんの飼い主と、接触できるかもしれない。もうたこちゃんと一緒に暮らす気がなくて、いなくなっても探してもいなかったって、どんな人間なんだろうか。
前に天海は「たこってやっぱり、それなりに大事に飼われてたんだと思う」と言っていた。でも、今の犬堂先生の話を聞く限り、善良な人と暮らしていたとは、どうしても思えなかった。
結局、保護してから二週間待ってもたこちゃんの飼い主が出てくることはなく、似た犬を探しているという問い合わせさえ保健所にはなかった。
迷子犬の情報を載せているサイトや、保護犬についての情報を拡散してくれているSNSのアカウントにもたこちゃんの写真と保護した日時、場所を掲載してもらったが、どちらにもこれといった反応はない。
こんなにいい子なのに、元の飼い主は探していないんだ……もはや怒りや悲しみを通り越して、心底不可解だ。俺たちは、ずっとこの子と一緒にいたいのに。
だけど、二学期が始まれば留守番が増える。できるだけ早く新しい家を探すことが、たこちゃんの幸せなのだ。
そう自分に言い聞かせて、犬堂動物病院と、天海と調べて厳選した里親募集サイトで里親探しを始めたが、やはり応募は少ない。
サイト経由での問い合わせは僅かにあるが、『こんな老犬を手放すなんて酷い、二度と生き物を飼わないでください!』と、お気持ち表明だけをするものや、『雑種は欲しがる人いませんよ。十万くれれば引き取ります』『吠えますか? 吠えない犬ならください』という意味不明かつムカつくものなど、碌なものがない。
「こんなに可愛いのになあ……」
メッセージをチェックしていたら悲しくなってしまい、腹ばいになってホネの形のおもちゃを前脚で抱えて齧っているたこちゃんに覆いかぶさる。
たこちゃんの首に鼻を埋めると、温かい日向のにおいと、甘栗のような香ばしいにおいが混ざった独特の体臭がした。
俺が纏わりついても、たこちゃんはおもちゃに夢中で振り返ってもくれない。ちなみに齧っているおもちゃは通販で天海が買ったもので、いつも抱えている大好きなタコのタオルは、窓際に吊るされている。新しいおもちゃに興味を示している間に、ようやく洗濯ができたのだ。
「本命は、犬堂動物病院に貼らせてもらってるチラシだから。もともとネットにはそんなに期待してねえよ」
ローテーブルにタブレットを置いて、天海が組んだ腕を頭上に伸ばす。
たしかに、動物病院に来ている人なら信頼がおけるし、たこちゃんに興味を持ってくれる人もいるだろう。しかも、犬堂先生が窓口になってくれるという安心感もある。
ただ、動物病院に来るのはすでに生き物と暮らしている人だから、このうえ新しく老犬を迎え入れようと考える割合は決して多くないと思われる。
それでも、保護犬の飼育を考えている人を紹介してもらえるかもしれないから、やっぱり犬堂動物病院の掲示板に貼ったチラシの効果に期待してしまう。
「ほんとはこのまま、うちに置いておきたいけどな……」
「天海……」
「もちろん、たこも大事なんだけどさ。たこがいれば、お前もここにいるだろ。毎日、美味い飯が食える」
俺の家庭的アピールは順調にいっていた。角煮を作って以降、生姜焼き、カレー、肉豆腐、豚キムチ、と作っては食べさせ、天海を喜ばせてきた。
ハードルが高くて魚料理には挑戦できていないが、男子高校生の旺盛な食欲を満たせる食事を提供できていると思う。
まだまだ要領が悪くて夜ご飯しかちゃんとしたものを作れてないけど、天海がいっぱい食べてくれるから、もっと頑張って喜ばせたいなあ、なんて。
たこちゃんの首のにおいを吸いながら、今日はたこちゃんにもおすそ分けをしたいから、冷凍しておいたササミを使おうかなあなんて考えてたら、斜め上の方から天海の声が聞こえた。
「あれ? 犬堂先生からだ」
電話みたいだ。俺も話の内容を聞きたくて、天海の横に座る。
『あ、天海君ですか? 犬堂動物病院の犬堂です。今、少し時間もらっても大丈夫?』
スピーカー設定にしながら天海が返事をすると、犬堂先生が「実はね」と話を始める。
『うちが協力してる保護団体のボランティアさんが、たこちゃんに似た犬を飼っていたお家を知ってるって言うんだ』
「え……たこ、帰れるってことですか?」
『いや、それがね……』
犬堂先生が言い淀む。なんだろう? 天海と顔を見合わせる。
『ちょっと、事情があって。ボランティアさんの知っている家がたこちゃんのお家なら、たこちゃんは、もう育った家には帰れない。ただ、ボランティアさんの知ってる犬と、たこちゃんが同じ犬だと決まったわけじゃないから、一度会って確認してもらいたくて。できたら、今日の午前の診療が終わった後にうちの病院に来てもらえないかな? たこちゃんを連れて』
「わかりました。伺います」
通話終了ボタンを押してから、天海が俺の方を向いた。
「だって。いいよな、あとで病院」
「うん。今日、あんまり暑くないし、たこちゃんも外歩けると思うし……でも『もう育った家には帰れない』って、なんだろう」
「んー……。あんまりいい話じゃないかもしれないけど、里親が決まってから元飼い主が名乗り出て来たりしたら、面倒だからなあ。元飼い主のことをはっきりさせられるなら、ありがたいよな」
天海と一緒に、おもちゃの虜になっているたこちゃんを見る。たこちゃんの飼い主と、接触できるかもしれない。もうたこちゃんと一緒に暮らす気がなくて、いなくなっても探してもいなかったって、どんな人間なんだろうか。
前に天海は「たこってやっぱり、それなりに大事に飼われてたんだと思う」と言っていた。でも、今の犬堂先生の話を聞く限り、善良な人と暮らしていたとは、どうしても思えなかった。
