エアコンの効いたリビングで三角座りをして、唸りながらスマホを眺める俺の手元を、背後から抱きついている天海が覗き込む。
ソファは長く伸びたたこちゃんが占拠していた。顔の横に、タコのタオルが置いてある。そろそろ洗いたいんだけど、取ろうとすると隠してしまうから手を出せない。
たこちゃんは夢を見ているのか、たまに犬かきのように前脚を動かしたり、尻尾を振ってソファを打ったりしながら、ワフワフッと寝言を言っている。
「なに、熱心に見てんだよ?」
最近、こいつは正面からだけじゃなくて後ろからも抱きついてくるようになったんだけど、こうやって天海の膝の間に挟まって後ろから腕を巻き付けられるのって、密着度がエグい。
しかも今は俺の肩に顎を乗せてスマホを覗き込んでるから、耳元で天海の声が聞こえるんだよなあ。手のひらにかいた変な汗のせいで、スマホが滑りそうだ。
「これから、サブスクでインハイの中継があるんだよ。うちの学校が出るの」
「へえ。じゃあ、ミラーリングしてテレビで観るか? スマホじゃ見づらいだろ」
「やたっ。ありがと」
天海がスマホの設定をいじって、テレビ画面にインターハイの中継を映してくれる。
ちょうど試合が始まるところだ。天海も俺の横に移動して、一緒に観戦する。
「お前んとこの左サイドバックの選手、右利きだよな? 完全に狙われてんな」
試合中は顎に手を当ててじっと画面を観ていた天海が、ハーフタイムになって口を開く。
前半から相模原城南は押され気味で、相手高校に一点の先制を許してしまった。しかも、こちらはまったく攻めることができていない。
相模原城南は左サイドバックから守備を崩され、相手のストライカーを過剰に警戒してディフェンスラインが下がりすぎていた。それが原因で、隙を突かれて相手のボランチにロングシュートを決められた。
守備の綻びとなった左サイドバックは——本来なら俺がいるポジションだ。
「うん……俺が、怪我したから……」
基本的に左サイドバックは、左利きの方が向いている。単純にタッチラインと自分の間に他の選手が入るスペースがなければ、軸足でブロックしながら相手のプレスをかわせるし、その状態からパスを出すことも、自分でボールをキープしたまま走り抜けてクロスをあげることもできる。
もちろん右利きの選手を左サイドバックに育成することは可能だし、優秀な選手もいる。が、うちの部では俺が入ってからは、他の選手が左サイドバックに起用されることはなかった。
「別に、雪村のせいじゃねえだろ。お前が出られない場合の戦略を立てられてなかったのが悪いんだから。つうか、これで去年までどうしてたんだよ」
「去年の相模原城南は偽サイドバックですげえ先輩がいたんだ。でも、その先輩が卒業したから……」
「ふうん……。話聞いてると、監督が勝ちパターンに固執しすぎるのが問題っぽいけど。 あ、こいつ、こないだお前と一緒にいた奴……」
カメラが、ハーフタイムを終えてピッチに戻る山城先輩を捉える。先輩は露骨に苛立っていた。眉間に皺を寄せて相手側のゴールを睨みつける姿に、実況者の声が被る。
『え、今、画面に映っているのは相模原城南の二年、山城 陽生ですね。シュート力とフィジカルコンタクトに優れた選手ですが、今日はまだ活躍を見せていません』
山城先輩に言われたことは許せていないし、人としては嫌いだ。
だけど実力があるのは確かだから、二年のインターハイで見せ場がない悔しさと焦りは、理解できるつもりだ。
俺がいれば、もっとこの人を活かせる試合ができたかもしれない。それは人としての好き嫌いとは関係なく、同じチームの人間として考えてしまうことで、俺は強く唇を噛んだ。
結局、後半まで終わってみれば相模原城南は〇対一で負け、敗退。
後半も相手のペースで試合は進み、点を取り返すことができなかった。
『いやあ、優勝候補の一角、相模原城南がここで散るとは』
『相模原城南はね、実は一年に動きが俊敏でレフティの雪村っていう選手がいるんですよ。左サイドバックのね。ただ、彼は怪我で出場ができなくて、このような……』
実況者たちの話を聞いていられなくて、リモコンを手繰り寄せてテレビを切る。
自分抜きで快勝しているところを見たら、俺がいなくたっていいんじゃんって拗ねて、いじけて、惨めな気持ちになると思っていた。
けど、こんな負け方をしているところを見るほうが、ずっと辛い。
身体の中で、後悔が渦になって暴れる。
——どうして俺は、怪我なんかしたんだ。どうして、あの場所にいけなかったんだ。
真っ暗になった画面を前にぼとぼと涙をこぼす俺の頭を、天海がそっと抱き寄せる。その手が温かくて、優しくて、取り繕うことができなくなってしまう。
「ちくしょうっ……俺はっ……俺は!」
俺は天海にしがみついて、声を上げて泣いた。
「出たかった……っ……」
天海はなにも言わずに、俺の気がすむまで泣かせてくれた。
「なんか、ごめん。俺、めっちゃ取り乱して。お前のシャツ、ぐしょぐしょにしちゃった」
泣き過ぎて頭が痛いけど、気持ちはすっきりしている。ゆっくり天海にしがみついていた手を離して、隣に座り直す。
いつの間にか、たこちゃんもソファから床に移動して、俺の側に寝転んでいた。心配かけてごめんね、という気持ちを込めてたこちゃんの頭を撫でると、ゆっくりと尻尾で床を打って返事をしてくれる。
それから、天海。みっともないところを見せたことが恥ずかしくて、けど落ち着くまで一緒にいてくれたことが嬉しくて、洟をすすりながら照れ笑いをして天海を見上げる。
「そんなの、お互い様だろ」
天海はそれだけ言うと、困ったように眉を下げて俺の頭をぐしゃりと乱暴に掻き回した。
それを鬱陶しがるフリをしながら、まだ少し甘えていたくて天海の肩に頭を乗せる。
「俺さ、俺が出てたら絶対勝てたのになんて、そんな傲慢なことは……いや、思ってるな。うん、みんなに申し訳ないことをしたって。俺がいたら勝てたって。山城先輩だってさ、ほんとはもっとやれる人なんだよ。空中戦が強くて。人としては、アレだけどさ」
「へえ。なんか、ムカつくな。お前が、あいつを褒めてんの」
天海が頬を膨らませて不機嫌そうに瞼を落とす。子供っぽい拗ね方が可愛くて、笑ったら頭を小突かれた。
そのやりとりがどこか甘くて、俺たちって、付き合っているのでは? と勘違いしそうになる。脳がバグる。
幼馴染ってなに? 友達ってこんなんだっけ? 天海と俺の関係って、ますますカテゴライズできないものになっている気がする。
誰かに相談したいけど、この場には俺たちの他にたこちゃんしかいない。黒くて丸い、邪気のない瞳と目が合う。どんな時も、この部屋の中で、たこちゃんの可愛さだけは揺るがない。
天海との関係についてはさておき、やっぱり俺、少しでも早く復帰したい。必要とされるときに、その場にいられるプレイヤーでありたい。
そのためには、明日からもっとリハビリを……と、考えていたら天海が俺の肩に腕を回して自分の方に引き寄せて来た。
え……なに、急に……。目を丸くして天海の顔を見る。天海の顔が近づいて、キラキラした瞳に視界が占拠され、え、え、どういうこと? と、焦ったところで、肩に回した手で思い切り頬を引っ張られた。
「いてっ。あにすんだよ」
「お前さあ、明日からもっとリハビリ増やそうとか思ってるだろ。駄目だからな? やりゃあいいってもんじゃ、ねえんだよ。ちゃんと医者の言うこと聞け」
なんで、考えてたことがバレたんだよ。頬をさすりながら睨むと、天海は「お前の考えてることなんてお見通しなんだよ」と呆れた顔をされた。
くそ。俺が好きなことには気がつかない癖に、偉そうにするな。お前の言葉や動きひとつを養分にして、どんどん肥大化してる俺の好意には気づかないのに、いらんことばっか察しやがって。
天海のバカ、バカバーカ。声に出したら怒られるので、心の中で文句を言ってやった。
本当は優しくしてくれたことに、ちゃんとお礼が言いたかったのに。すぐ手を出すDV男。お前みたいなの、俺くらい心身ともに丈夫な奴がお似合いなんだよ。バーカ。
ソファは長く伸びたたこちゃんが占拠していた。顔の横に、タコのタオルが置いてある。そろそろ洗いたいんだけど、取ろうとすると隠してしまうから手を出せない。
たこちゃんは夢を見ているのか、たまに犬かきのように前脚を動かしたり、尻尾を振ってソファを打ったりしながら、ワフワフッと寝言を言っている。
「なに、熱心に見てんだよ?」
最近、こいつは正面からだけじゃなくて後ろからも抱きついてくるようになったんだけど、こうやって天海の膝の間に挟まって後ろから腕を巻き付けられるのって、密着度がエグい。
しかも今は俺の肩に顎を乗せてスマホを覗き込んでるから、耳元で天海の声が聞こえるんだよなあ。手のひらにかいた変な汗のせいで、スマホが滑りそうだ。
「これから、サブスクでインハイの中継があるんだよ。うちの学校が出るの」
「へえ。じゃあ、ミラーリングしてテレビで観るか? スマホじゃ見づらいだろ」
「やたっ。ありがと」
天海がスマホの設定をいじって、テレビ画面にインターハイの中継を映してくれる。
ちょうど試合が始まるところだ。天海も俺の横に移動して、一緒に観戦する。
「お前んとこの左サイドバックの選手、右利きだよな? 完全に狙われてんな」
試合中は顎に手を当ててじっと画面を観ていた天海が、ハーフタイムになって口を開く。
前半から相模原城南は押され気味で、相手高校に一点の先制を許してしまった。しかも、こちらはまったく攻めることができていない。
相模原城南は左サイドバックから守備を崩され、相手のストライカーを過剰に警戒してディフェンスラインが下がりすぎていた。それが原因で、隙を突かれて相手のボランチにロングシュートを決められた。
守備の綻びとなった左サイドバックは——本来なら俺がいるポジションだ。
「うん……俺が、怪我したから……」
基本的に左サイドバックは、左利きの方が向いている。単純にタッチラインと自分の間に他の選手が入るスペースがなければ、軸足でブロックしながら相手のプレスをかわせるし、その状態からパスを出すことも、自分でボールをキープしたまま走り抜けてクロスをあげることもできる。
もちろん右利きの選手を左サイドバックに育成することは可能だし、優秀な選手もいる。が、うちの部では俺が入ってからは、他の選手が左サイドバックに起用されることはなかった。
「別に、雪村のせいじゃねえだろ。お前が出られない場合の戦略を立てられてなかったのが悪いんだから。つうか、これで去年までどうしてたんだよ」
「去年の相模原城南は偽サイドバックですげえ先輩がいたんだ。でも、その先輩が卒業したから……」
「ふうん……。話聞いてると、監督が勝ちパターンに固執しすぎるのが問題っぽいけど。 あ、こいつ、こないだお前と一緒にいた奴……」
カメラが、ハーフタイムを終えてピッチに戻る山城先輩を捉える。先輩は露骨に苛立っていた。眉間に皺を寄せて相手側のゴールを睨みつける姿に、実況者の声が被る。
『え、今、画面に映っているのは相模原城南の二年、山城 陽生ですね。シュート力とフィジカルコンタクトに優れた選手ですが、今日はまだ活躍を見せていません』
山城先輩に言われたことは許せていないし、人としては嫌いだ。
だけど実力があるのは確かだから、二年のインターハイで見せ場がない悔しさと焦りは、理解できるつもりだ。
俺がいれば、もっとこの人を活かせる試合ができたかもしれない。それは人としての好き嫌いとは関係なく、同じチームの人間として考えてしまうことで、俺は強く唇を噛んだ。
結局、後半まで終わってみれば相模原城南は〇対一で負け、敗退。
後半も相手のペースで試合は進み、点を取り返すことができなかった。
『いやあ、優勝候補の一角、相模原城南がここで散るとは』
『相模原城南はね、実は一年に動きが俊敏でレフティの雪村っていう選手がいるんですよ。左サイドバックのね。ただ、彼は怪我で出場ができなくて、このような……』
実況者たちの話を聞いていられなくて、リモコンを手繰り寄せてテレビを切る。
自分抜きで快勝しているところを見たら、俺がいなくたっていいんじゃんって拗ねて、いじけて、惨めな気持ちになると思っていた。
けど、こんな負け方をしているところを見るほうが、ずっと辛い。
身体の中で、後悔が渦になって暴れる。
——どうして俺は、怪我なんかしたんだ。どうして、あの場所にいけなかったんだ。
真っ暗になった画面を前にぼとぼと涙をこぼす俺の頭を、天海がそっと抱き寄せる。その手が温かくて、優しくて、取り繕うことができなくなってしまう。
「ちくしょうっ……俺はっ……俺は!」
俺は天海にしがみついて、声を上げて泣いた。
「出たかった……っ……」
天海はなにも言わずに、俺の気がすむまで泣かせてくれた。
「なんか、ごめん。俺、めっちゃ取り乱して。お前のシャツ、ぐしょぐしょにしちゃった」
泣き過ぎて頭が痛いけど、気持ちはすっきりしている。ゆっくり天海にしがみついていた手を離して、隣に座り直す。
いつの間にか、たこちゃんもソファから床に移動して、俺の側に寝転んでいた。心配かけてごめんね、という気持ちを込めてたこちゃんの頭を撫でると、ゆっくりと尻尾で床を打って返事をしてくれる。
それから、天海。みっともないところを見せたことが恥ずかしくて、けど落ち着くまで一緒にいてくれたことが嬉しくて、洟をすすりながら照れ笑いをして天海を見上げる。
「そんなの、お互い様だろ」
天海はそれだけ言うと、困ったように眉を下げて俺の頭をぐしゃりと乱暴に掻き回した。
それを鬱陶しがるフリをしながら、まだ少し甘えていたくて天海の肩に頭を乗せる。
「俺さ、俺が出てたら絶対勝てたのになんて、そんな傲慢なことは……いや、思ってるな。うん、みんなに申し訳ないことをしたって。俺がいたら勝てたって。山城先輩だってさ、ほんとはもっとやれる人なんだよ。空中戦が強くて。人としては、アレだけどさ」
「へえ。なんか、ムカつくな。お前が、あいつを褒めてんの」
天海が頬を膨らませて不機嫌そうに瞼を落とす。子供っぽい拗ね方が可愛くて、笑ったら頭を小突かれた。
そのやりとりがどこか甘くて、俺たちって、付き合っているのでは? と勘違いしそうになる。脳がバグる。
幼馴染ってなに? 友達ってこんなんだっけ? 天海と俺の関係って、ますますカテゴライズできないものになっている気がする。
誰かに相談したいけど、この場には俺たちの他にたこちゃんしかいない。黒くて丸い、邪気のない瞳と目が合う。どんな時も、この部屋の中で、たこちゃんの可愛さだけは揺るがない。
天海との関係についてはさておき、やっぱり俺、少しでも早く復帰したい。必要とされるときに、その場にいられるプレイヤーでありたい。
そのためには、明日からもっとリハビリを……と、考えていたら天海が俺の肩に腕を回して自分の方に引き寄せて来た。
え……なに、急に……。目を丸くして天海の顔を見る。天海の顔が近づいて、キラキラした瞳に視界が占拠され、え、え、どういうこと? と、焦ったところで、肩に回した手で思い切り頬を引っ張られた。
「いてっ。あにすんだよ」
「お前さあ、明日からもっとリハビリ増やそうとか思ってるだろ。駄目だからな? やりゃあいいってもんじゃ、ねえんだよ。ちゃんと医者の言うこと聞け」
なんで、考えてたことがバレたんだよ。頬をさすりながら睨むと、天海は「お前の考えてることなんてお見通しなんだよ」と呆れた顔をされた。
くそ。俺が好きなことには気がつかない癖に、偉そうにするな。お前の言葉や動きひとつを養分にして、どんどん肥大化してる俺の好意には気づかないのに、いらんことばっか察しやがって。
天海のバカ、バカバーカ。声に出したら怒られるので、心の中で文句を言ってやった。
本当は優しくしてくれたことに、ちゃんとお礼が言いたかったのに。すぐ手を出すDV男。お前みたいなの、俺くらい心身ともに丈夫な奴がお似合いなんだよ。バーカ。
