幼馴染でも友達でもない、いけすかない男と可愛いあの子

「誰、さっきの奴」
 並んで歩き始めてすぐ、天海が聞いてきた。杖が取れても、天海は俺の歩調を観察しながら、ゆっくり歩いてくれる。こいつのさりげなく優しくしてくれるとこ、好き。
「部活の先輩。こないだお前がたこちゃんのもの買いに行って、留守番してた時にも電話くれた人なんだけどさ、なんつーか、サッカーはうまいけど考え方とか発言にちょっと問題アリな人で。今までそんな、絡んだことなかったんだけどさ」
「考え方とか発言に問題アリって、なんだよ」
「んー? あの人、女好きでさ。うちのマネージャーが男なのが不満らしくて、練習に参加できないんだから、俺にドリンク作り来いって。自分の世話して、チームに貢献しろって。おかしくね? なんか、すっげえ馬鹿にされた気分」
 天海が眉を顰め、なにか言いたげに片っぽだけ頬を少し膨らませて、俺の方を横目で見てくる。続きを促しているようだ。
「おまけに、デートするはずだった女の子の代わりに、これから一緒に遊び行こうとか言われて。意味わかんねえし、ほんっとゲスくて、話が通じねえなら金的してやろうかと思ったら、お前が来てくれたの」
「おい。お前、どういう目で見られてんだよ。ちゃんと断ったんだよな?」
「断ったよ。てか、どういう目で見てきてんのかなんて、俺も知らねえよ」
 溜め息が出る。山城先輩って、普通に男前と呼ばれる顔だとは思うんだよね。黙ってたらキリッとした塩顔で。しかし、性格の気持ち悪さを知ってしまった今では、とてもカッコよく見えない。
「なんかさ、試合に出らんないなら他の方法でアシストしろとか言われたのも、もちろんムカつくんだけど。俺さ、妹がいるんだよね。だから美月、あ、俺の妹ね。将来的に、美月にああいうのが近づいてきたらって、カッとなったってとこもある」
「お前、妹いるんだ。いくつ? やっぱ、妹って可愛いもん?」
「小六。ちょっと前までは文句なしに可愛かったけど、今は反抗期真っ只中で生意気。でも、やっぱ可愛いよ。ぶっちゃけ顔も可愛いから、兄としては心配」
「ふうん。ま、お前も可愛い顔してるもんな。生意気な猫みてえで」
 ずっと仏頂面だった天海の表情が緩む。美人ってのは、ほんとに花が咲くように笑うんだなよあ。自然光の下だと、天海の瞳って少し黄緑がかった色に見える。キラキラして、思わず触れたくなるほど綺麗。
「んで、お前はどのくらい動いて良くなったんだ? 普通に歩いてて、痛くねえのか?」
「うん。普通にしてるぶんにはへーき。でもロードワークはまだダメだってさ。なんか俺、太った気がすんだよなあ」
 無意識にお腹の肉を摘まむと、横から天海が俺の顔を覗き込んでくる。
「まあ、顔は丸くなったかもな」
「嘘だろ! 俺、そんなにデブ……?」 
「嘘だよ。お前と会って、まだ一週間も経ってねえんだから。なんも変わってねえよ。でも、おめでと。頑張ったな、雪村」
 そう言って、天海が目を細めて俺の頭を撫でる。
 ずりぃよ、お前。美人は三日見ると飽きるとか言うけど、こいつには青天井で惹かれてしまう。 
 天海のことは、知れば知るほど、一緒にいる時間が長くなるほど、どんどん魅力的に見える。
 だってこいつ、不意打ちでとんでもなく優しくしてくるんだもん。言葉も、声も、表情もいっぺんに優しくなるから、嘘がないってわかる。
 俺、こいつと一緒にいて心臓持つかな、心肺機能には自信があるんだけど……なんにも考えてなさそうな天海の横を、少しふらつく足で家まで歩いた。
 
 
 それからも俺たちは、変わらないような、少し近づいたような、じりじりした距離を保っていた。
 依然として毎日、天海はハグをしてくるし、俺からくっついてみても文句は言われない。
 相変わらず日常的な小競り合いはあるが、仲はいいし、天海は宣言した通りに俺のストレッチも手伝ってくれている。
 それどころか本や専門医のブログなんかを見て、俺のためにリハビリの知識まで仕入れてくれて「次の診察の時、家でこれもやっていいか聞いといて」と、メモを渡してくるほどだ。
 それを見せたら、主治医の先生も「うんうん、いい友達を持ったね。すごく勉強してくれてる。雪村君は一人だと、ストレッチも筋トレもやりすぎる危険があるからね」と、満足そうに頷いていた。
 そのメモを書いてるのは、この病院の院長の息子なんだけども。先生は当然、そんなことは知らない。
 俺、思うんだけど、天海って医者に向いてるんじゃないのかなあ。
 本人は父親に対する複雑な感情が先にきてしまうのか、医者という職業に興味がない様子だけど、観察力もあって冷静だし。
 あと、実は器用なんだよな。俺が切ってしまった制服を、いつの間にか綺麗に直していた。
 でもなあ、将来のことなんて、俺が口を出せることじゃないよなあ……床に胡座をかいてたこちゃんにブラシをかけている天海を眺めながら、つらつらと思う。
「よし、綺麗になったな。じゃあ、そろそろ出るぞ、雪村」
「あ、うん。待って待って、靴下履く」
 天海がブラシに絡まった毛をビニール袋にまとめながら立ち上がるのを見て、俺も慌ててソファから立つ。
 今日はこれから、たこちゃんの病院だ。たこちゃんは薬もきちんと飲んでくれるし、ご飯も散歩も大好きで、すごく元気だ。
 最近の困りごとといえば、散歩中に犬を見ると吠えかかってしまうことか。
 遊びたいのかもしれないが、たこちゃんは身体が大きいから、相手の犬にも飼い主さんに怖がられてしまう。病院でもほかの犬に吠えてしまうのではないかと心配だ。
 外に出ると、モコモコとした入道雲が夕陽のオレンジ色に染まって、襲いかかってくるような迫力で空を埋めていた。
 子供の頃から、夏の夕暮れって少し怖く感じちゃうんだよな。綺麗なんだけどさ。
 俺がそう言うと、たこちゃんを連れた天海が「わかる。昼間でもさ、建物の陰から見える入道雲って、デカすぎて化け物みたいに見えることあるよな。圧倒的な無力感を覚えるっつうか」と同意してくれた。
「でも一日でこんなに変わるのかってくらい、空がドラマチックだから、夏って特別な感じがすんのかもな。俺、季節は冬が一番好きだけど、それでも夏って毎年、気持ちがざわつく」
「ははっ、それもなんかわかる。暑い暑いって文句ばっか言ってるのに、過ぎてくのが寂しいの。不思議だよな」
 たこちゃんが電信柱のにおいをかぎ終えるのを待ちながら、二人で夕焼け空を見上げてだらだら喋る。
 シャワシャワ、シャワシャワというセミの鳴き声がうるさい。あんまり自然豊かな場所ではないのに、どこにいるんだろう。
「セミ、すげえうるさいな」
「ああ、クマゼミだろ。温暖化の影響で増えてるんだってよ。あのマンションにいると、ほとんど外の音が聞こえねえもんな。あ、たこ、気が済んだか?」
 へえ。きっと今年になって急に増えたってわけじゃないんだろうけど、今までは部活ばっかりで気にならなかった。
 いいな、こうして天海とたこちゃんと、のんびり歩くのって。