幼馴染でも友達でもない、いけすかない男と可愛いあの子

「じゃあ、行ってくるから。昼前には帰るよ」
「ん」
 病院に行く俺を見送りに来た天海が、玄関で両腕を広げている。なので、俺は天海を抱き締めて背中を叩いてやる。
 昨日の夜、俺を抱き締めたことに幾許かのセラピー効果を感じたらしい天海は、なぜか一晩明けたらハグを求めてくるようになった。
 これは脈アリなのでは? などという勘違いはしない。
 なぜなら、天海はたこちゃんにも同じことをしているからだ。
 エレベータに乗っている間に、スマホを取り出して『恋人じゃない ハグ 心理』と検索窓に入れて調べてみたら〝ハグフレ〟なるものを紹介しているネット記事がヒットした。ハフレとも呼ぶらしい。
 身も蓋もない言い方をすれば、セフレのセックス抜きハグのみ足しみたいなもんらしい。なんか、ラーメンの注文みたいだな。
 ハグをするとオキシトシンが出てストレスが軽減するとか、癒されるとかなんとかで、ハグフレを作る人が増えているのだという。
 そう、なのか……? 俺は天海が好きだから、どっちかって言ったらドーパミンとアドレナリンがドパドパ出てる気がするけど。
 詳しく知りたくてスクロールすると、『ハグフレがいる女子にアンケート★』という見出しが出てきて、ハグフレには恋愛感情がない相手を選ぶという人が多数! という文章が目に入ってきた。ご丁寧に黄色いアンダーラインが引かれてて、円グラフまでついている。
 くそがよ。口の端が引き攣る。そんなこと、言われなくても知ってるっつうの。
 話してて楽しいとか、波長が合うとか、そういうのはあいつも感じてるはずだ。
 だって、一緒にいると実際お互いよく笑うし、同じ部屋にずっといても窮屈とか、気を使うとか、そういうのがない。
 俺は合宿とか遠征で共同生活を強いられることも多いし慣れているけど、たぶん天海はパーソナルスペースが広いタイプだと思う。
 あいつ、ジュニアサッカーのチームでも、他の奴がシュートした時に絡みにいったりしなかったし。自分が絡まれるのも、うざったそうにしてたし。
 それが俺とはハグをしたがるってことは、かなり深く懐に入り込めているのだろう。
 けど、ここからどうやったら天海に意識してもらえるまで、昇格できるんだ? 
 さっぱりわからない。道を行くカップルは、なにをどうやって、付き合えるまでに至ったんだろうか。
 考えれば考えるほど、好きな人に好かれるっていうのは奇跡的な確率なのではないか、もしかして努力でどうこうできることではないのでは……? という不安に襲われ、俺は肩を落とした。
 
 そんな暗い気持ちで向かった病院だったが、今日の診察結果は良好で、期待した通り松葉杖も取っていいことになった。
 主治医の先生からも「予想より術後の経過がいいですね。リハビリの計画、出し直しておくね」と言ってもらえたし、家でストレッチを始めていいという許可が出たし、気分がいい。
 診察室を出てすぐに、天海にも連絡を入れると『よかったな。気をつけて帰ってこいよ』と秒で返信が来た。
 その後、整形外科の受付で借りていた松葉杖の返却手続きをしたのだが、受付の職員さんからも「よかったですね」と言ってもらえて、気分がいい。
 次回の予約もして、会計を済ませて帰ろうとしたら、自動精算機の列に見覚えのある大柄な高校生の姿を見つけた。
「山城先輩? どうしたんすか?」
 支払いを終えるのを見計らって話しかける。目が合うと、やっぱりうちのエースストライカー、二年の山城先輩だった。
 この前の電話ぶりだ。なんで病院? と思ってよくよく見たら、足首にサポーターを巻いている。
「お、行。ぐうぜーん。ちょっと靭帯やっちゃってな。たいしたことないんだけど、インハイ前だし、有名なとこで診てもらおうと思ってさ。そういや、お前は杖取れたのかよ」
「はい。今日、取れたんです」
 立ち話をしても邪魔にならないような壁際に移動してから、話を続ける。
「マジか! おめでとう」
 山城先輩に頭をぐしゃりと撫でられた。この人、背も天海よりデカいし、手もデカくて分厚いしで、頭を触られるのがちょっと怖いんだよなあ。本人にそんなこと言えないんだけど。
 あと、うちの主砲なだけあってモテるというか、女遊びが派手で他校の女子にも手を出してるって有名なんだけど、俺に対してもスキンシップが過剰。
 こういう、物理的な距離の近さがチームワークに貢献すると信じてる先輩とかって、珍しくはないんだけど、ちょっと疲れる。
「久しぶりに見ると、お前ってやっぱ可愛い顔してるよなあ。でかい吊り目で鼻が小さくて、女子だったら俺の好みドンピシャ。ほらあ、うちの部さあ、マネージャーも男じゃん。華がねえんだよなあ」
 山城先輩は腕を組んで屈み、ニヤニヤと俺の顔を覗き込んでくる。
 うちの学校の運動部には、男子の競技のマネージャーは男子が務めるという鉄の掟がある。
 数年前に、体育会系の部活で男子部員による女子マネージャーへの暴行という、卑劣極まりない事件があったらしい。それで、再発防止のために女子マネージャーの起用が禁止になったそうだ。
 目の前にいる先輩なんかは、マネージャーが可愛い女子じゃないとモチベが上がらないなんて言っているが、俺はきっちり仕事をこなしてくれるなら性別はどうでもいいと思う。
 むしろ重いものを運んでもらうこともあるから、男の方が適任だと感じるくらいだ。
「なあ、行ぅ、マネージャーの手伝いに来いよ。練習に出れねえんだから、少しはチームに貢献しろって。ドリンク作るだけでいいからさ。俺、男でもお前ならマネージャーやっても許せるな。他の奴のことはいいから、専属で俺の世話してくれよ」
 口の端が引き攣る。うーん……この人……いろいろと酷いな。一対一で話す機会が少なかったから、知らなかった。
 今のマネージャーに感謝が足りない、マネージャーを選手より下だと思っている、俺のことを舐めている。スリーアウトだ。
「え。嫌っすよ。それ、サポートしてくれてるマネージャーにも失礼だし。冗談でも、まったく笑えないです」
「んな、怒んなよぉ。試合に出れねえんだから、別の方法で俺のアシストしてくれって言ってるだけじゃん。なあ、行。俺、今日は練習休みにしてるんだよね。どっか遊びに行かねえ?」
 すげえな。はっきりとムカついていることが伝わるように、不機嫌丸出しの返しをしたが、まるで効果がない。
 それどころか、この流れで遊びに誘ってきやがった。意味不明過ぎて俺は黙って首を横に振る。
「なんでだよ。どうせ、お前も暇だろ? 今日さあ、ほんとは女の子と遊ぶつもりだったんだけど、その子が生理になっちゃってさあ」
 それじゃあ、会う意味ねえじゃん? と大声で言い、俺の二の腕をバンバン叩きながら、山城先輩はゲラゲラ笑う。
 もう、本当に嫌だ。なんなんだよ、こいつ。先輩とか関係ねえよ。なにが目的でそんな話をしてくるのかわかんねえけど、視界から退場してくれねえかな。
 レッドカードを叩きつけてやろうと俺は口を開く。エースでもある先輩に楯突くのは立場的に避けるべきだが、もう構うもんか。俺は完全に頭に血がのぼっていた。
「あのなあ……」
「雪村ぁ、なにしてんの」
 その時、病院の出口方面から声がした。見ると、ポケットに手を突っ込んで不機嫌そうな顔をした天海が立っている。
 山城先輩をその場に残して、俺は引き寄せられるように天海のもとに向かう。
「あれ、天海。どしたの?」
「どしたの、じゃねえよ。お前がなかなか帰ってこねえから、なんかあったんじゃねえかと思ったんだよ。杖取れたばっかだし。なんもねえなら、帰るぞ」
 ええ、心配して迎えにきてくれたの? 嬉しい。天海の顔を見たら、先輩への怒りもしゅるしゅる萎んでいって、こいつと一緒に帰ることしか考えられなくなる。俺ったら本当に現金だ。
「うん。あ、山城先輩。俺、こいつと約束してるんで。失礼します」
 愛想笑いを浮かべて山城先輩に頭を下げ、天海と一緒に病院を後にした。