幼馴染でも友達でもない、いけすかない男と可愛いあの子

 そうして、どのくらい黙ってくっついていただろう。天海がそっと、俺の手を握って、抱きついていた腕をほどいた。
 腕の中にあった体温が離れていくのは寂しいけれど、拒絶されてる感じはしない。
 ああ、天海、少し気持ちが凪いだんだって。それが伝わって安心して、俺も半歩後ろに下がる。たこちゃんも、同じようにぴたりとくっつけていた身体を離して、天海のつま先に顎を乗せて寝転んだ。
「悪りぃ……取り乱して、みっともねえとこ見せたな」
「ううん」
 ちょっと鼻声で謝る天海に、なにか気の利いたことを言えればいいけれど、思い浮かばない。
 こんな時、ドラマなんかだと「話してくれて嬉しい」なんて言ってる気がするけど、それも傲慢な感じがして違うと思った。
「俺……お前のこと羨ましかったって言ったけど、妬んでるわけじゃねえんだ。お前とサッカーしてた、あの頃の思い出が今でも特別ってだけで」
「ん。わかってる。それは俺も一緒だよ」
「……でも、お前には、俺以外にだって、たくさんあるだろ……」
「そりゃ、いろんな奴に会ったし、いろんなことがあったよ。でも、お前より強烈な奴なんていねえ」
 拗ねたように言う天海の背中を、軽く握った拳で小突く。
「なあ、覚えてるか? 天海、初対面で俺に『俺がお前だったら、諦めるかなぁ』って言ってきたんだぜ。悔しいなんてもんじゃなかったし、あんなん、忘れられねえよ」
「え。そんな言い方したっけ。お前の記憶違いじゃねえの」
 天海が振り返って俺を見る。意外そうに眉を上げているけど、覚えてねえのかよ、こいつ。
「したよ。そっからも、ことあるごとに俺のこと馬鹿にしてきやがって。ほんっと、ムカつくガキだった」
「だってさお前、煽るとムキになって俺のことだけ睨んでくるじゃん。それがいい気分だったんだ」 
 なにが面白いのか、クスクス笑っていやがる。この野郎と睨もうとしたところで、天海の目の端に、まだほんの少し涙が溜まっているのに気づいた。
「もぉ……でも、お前がさ、俺に『自分の武器を活かせ』って言ってくれたじゃん。あれのお陰で今の俺があるって感謝してるし、お前はずっと憧れだからなあ」
「え……」
「お前のボレーと弾丸シュート、超カッコよくてさ。真似したくてめっちゃ練習したけど、できなくて悔しかったなあ……」
 夢に見るほど憧れてたんだぜと笑うと、天海の顔が真っ赤になる。
 今なら、部活の奴らとやるような悪ノリを装って絡んでも、不自然じゃないかもしれない。
「おやおやぁ。なあに照れてんだよ」
 さっき下がった半歩分、近づいて天海の髪の毛をガシガシ撫でる。こいつの髪の毛、猫みたいだな。細くて、柔らかくて。
「俺、お前から見てそんなカッコよかった……?」
「おう。マジで、ムカつくくらいな」 
 にぃっと笑うと、天海は顔を赤くしたまま落ち着かない様子で視線を彷徨わせて、意を決したように俺を睨んできた。
 え? 怒った? そこまで怒らせる要素はなかった気がするけど、もしかして、俺、殴られたりすんの?
 怖い顔すんなよー、なんて茶化そうとしたら天海がいきなり俺を抱きしめてきた。
「うえっ? あまみ? どした?」 
「うるせえ、バカ。人の気も知らねえで」
 頬に天海のふわふわの髪が触れて、ドキドキする。ちくしょう、こいつ、男の癖になんでこんないいにおいなんだよ。
 あと、なんでこんな馬鹿力なんだよ。おかしいだろ、天海の顔を見たくても首が全然動かねえ。
 っていうか、この状況は、どう反応すればいいのだろう——まず、宙を泳ぐ俺の両腕はどうするのが正解なんだよ。
 だめだ、好きな奴にぎゅっとされるとか、もう無理じゃん。正気でいられるわけないじゃん。
 自分の気持ちをバラすつもりで、抱きしめ返す?
 甘えたいのかと揶揄って笑う?
 回らない頭で色々考えるが、どれも違う気がする。だから、俺は黙ってされるがままで天海の背中をぽんぽんと叩いた。
 派手に上がる心拍数に釣られて手が震えていたのは、俺と、下から見上げていたタコちゃんだけの秘密だ。