一人になるとしんとした部屋がどうにも寂しくて、テレビをつける。チャンネルを一巡するが、どこも似たような夕方の情報番組をやっていて、その中のひとつを適当に選んだ。
醤油やら味醂やら、天海が張り切って買ってきていた八角やらを入れて煮込み、さらに茹で卵も入れて煮込み終えたところで、天海とたこちゃんが帰ってきた。
出かけてから一時間以上は経っている。
「ただいま。え、めっちゃいいにおいがするー」
「おかえり。散歩って、いつもこんなに長く歩いてんのか?」
玄関に行くと、天海がたこちゃんの足の裏をペット用のウェットシートで拭いていた。
「ん。こいつ、結構運動量が多いんだよ。散歩が短いとストレスになるみたいで、夜中に暴れたり吠えたりするんだよな。だから、河川敷を一緒に走ったりして疲れさせてる」
「え。たこちゃんって、そんなにタフなんだ。お年寄りって言われたのにね」
たこちゃんはハァハァと息が荒くて、舌も、口の中もいつもより赤い。
「たこは散歩から帰ったらキュウリ食べるから、切って用意しといてくれるか?」
「どのくらい切ればいいんだ?」
「一本を三分の一くらいに切って、皿に入れといて」
わかった、と返事をしてキュウリを用意する。たこちゃんは自分がもらえるものだとわかっている様子で、リビングまでとことこ歩いて行くと、俺の方をじっと見ながらお皿の前に座った。
「なあ、たこちゃん、お腹空いてんじゃねえの? ご飯食べさせた方が、よくねえ?」
たこちゃんは、お皿に鼻を突っ込んでガツガツとキュウリを食べている。
天海は、たこちゃんの食器も新しく買っていた。ステンレスのお皿と、お皿を置くスタンドみたいなのがセットになったやつ。これの方が、首に負担がかからないのだという。
「運動の後、すぐに食事にすると胃捻転になりやすいんだと。だから、食事は散歩から帰って三十分経ったらって決めてる」
天海はそう言いながら、キッチンに入って鍋をのぞきこむ。それから横に置いてあった小皿で勝手に煮汁の味見をする。
「うまっ! すげえ美味い」
「おい、ちゃんと手ェ洗ったのかよ。行儀悪いぞ。お前も散歩の後、三十分待てよ」
そう言って、天海からお玉と小皿を取り上げる。
「ええー。食べたい、食べたい! 今すぐ食べたい」
天海がしつこくお玉を取り返そうとしてくる。お前は猫じゃらしに戯れる猫か。
「ご飯がまだ炊けてないから! てか、手を洗え、手を」
文句を言う天海を引っ張って、洗面所に押し込む。医者の息子のくせに、どういう衛生観念をしてるんだか。
でも、あんなに喜んでくれるのは正直めちゃくちゃ嬉しい。家庭的アピールの効果、バツグンなのでは?
ニヤニヤが止まらずにキッチンに戻ると、今度はコンロの前にたこちゃんが座って、涎を垂らしていた。床に小さな水溜まりができている。
「わー! ダメだって、たこちゃん! 戻りなさい」
抵抗するたこちゃんの身体を押して、リビングに戻す。ダメだよ、キッチンに入っちゃ。ネギとか、犬の口に入ったら危ないものが落ちてるかもしれないんだから。
ぶぅぶぅ不満げに鳴いて抗議するたこちゃんを宥めていたら、「なあ、何時になったら米炊けるんだよ。俺、もう米なくてもいいから、早く食いたいよ」と、これまた不満げな天海が戻ってきた。
なんだよ、そっくりじゃねえかよ。呆れるやら、面白いやら、可愛いやらで、俺はくふくふと笑ってしまう。
それからも天海は食器を並べたり、角煮の入った鍋をちらちら見たりして落ち着かない様子で、炊飯器から炊き上がりのメロディが鳴ると慌てた様子でダイニングチェアから立ち上がった。
急いで二人分の米をよそう姿に、可愛い奴め……と思わずにいられない。
テーブルの下では、自分のご飯を終えたたこちゃんが丸まっている。側にいたいと思ってくれているのか、それとも単におこぼれを狙っているのか。床に食べ物を落とさないようにしないと。
「はい、どうぞ」
キラキラした目で俺を見上げる期待に満ちた顔に笑いを堪えながら、角煮を盛った皿を置く。
「今まで食ったもんの中で一番うめえ……」
ひっきりなしに箸を口に運びながら、天海が呟く。
あ、ちょっと嬉しすぎてダメかも。練習に付き合ってくれた母さんに心の中でお礼をする。ありがとう、あと母さんも間接的にイケメンに餌付けできたよ。おめでとう。
多く作りすぎたかなと思ったけど、天海は男子高校生らしい食べっぷりで完食し、俺は空になった皿を下げる。
「なあ、雪村。明日も同じの作ってくれ」
「えー、どうしようかなあ」
俺の角煮生活は今日で四日目なんだよ。しばらくは食べたくないけど、天海がそう言うなら、あと一日くらいなら……あれ、俺ってば太った? さりげなくお腹を触ると、うっすら柔らかい肉が乗っている気がする。
しまった、動けないのにガツガツ食べたから肉がついたかもしれない。
「片付けは俺がやるから、お前は座ってろよ」
「いいって。動きたいし、俺も手伝う」
洗い物をする天海の横で、綺麗になった調理器具や食器を拭きながら、明日の病院の時間とか、朝は何時にたこちゃんの散歩に行くのかとかを話す。
ちょうどテレビから、新婚夫婦が横に並んで洗い物をしているという設定の洗剤のコマーシャルが流れてきて、今の俺たちみたいじゃんとにやけてしまう。
『え、そこで今回は、血糖値スパイクを防ぐ生活習慣について、専門医の意見を聞いてきました』
コマーシャルが終わって、この時間にやっている健康・医療番組に切り替わる。
食器を拭きながら眺めていると、女性アナウンサーの説明とともに見覚えのある病院が映った。
「あれ、ここって風越記念病院じゃん」
続いて画面の中に、風越記念病院院長・風越雄一というテロップとともに、どことなく天海に似た、俳優と言われても遜色ないような風貌の白衣を着た男の人が登場する。
男の人の顔を見た天海は舌打ちをして、大股でリビングに行き、乱暴にテレビを消した。
醤油やら味醂やら、天海が張り切って買ってきていた八角やらを入れて煮込み、さらに茹で卵も入れて煮込み終えたところで、天海とたこちゃんが帰ってきた。
出かけてから一時間以上は経っている。
「ただいま。え、めっちゃいいにおいがするー」
「おかえり。散歩って、いつもこんなに長く歩いてんのか?」
玄関に行くと、天海がたこちゃんの足の裏をペット用のウェットシートで拭いていた。
「ん。こいつ、結構運動量が多いんだよ。散歩が短いとストレスになるみたいで、夜中に暴れたり吠えたりするんだよな。だから、河川敷を一緒に走ったりして疲れさせてる」
「え。たこちゃんって、そんなにタフなんだ。お年寄りって言われたのにね」
たこちゃんはハァハァと息が荒くて、舌も、口の中もいつもより赤い。
「たこは散歩から帰ったらキュウリ食べるから、切って用意しといてくれるか?」
「どのくらい切ればいいんだ?」
「一本を三分の一くらいに切って、皿に入れといて」
わかった、と返事をしてキュウリを用意する。たこちゃんは自分がもらえるものだとわかっている様子で、リビングまでとことこ歩いて行くと、俺の方をじっと見ながらお皿の前に座った。
「なあ、たこちゃん、お腹空いてんじゃねえの? ご飯食べさせた方が、よくねえ?」
たこちゃんは、お皿に鼻を突っ込んでガツガツとキュウリを食べている。
天海は、たこちゃんの食器も新しく買っていた。ステンレスのお皿と、お皿を置くスタンドみたいなのがセットになったやつ。これの方が、首に負担がかからないのだという。
「運動の後、すぐに食事にすると胃捻転になりやすいんだと。だから、食事は散歩から帰って三十分経ったらって決めてる」
天海はそう言いながら、キッチンに入って鍋をのぞきこむ。それから横に置いてあった小皿で勝手に煮汁の味見をする。
「うまっ! すげえ美味い」
「おい、ちゃんと手ェ洗ったのかよ。行儀悪いぞ。お前も散歩の後、三十分待てよ」
そう言って、天海からお玉と小皿を取り上げる。
「ええー。食べたい、食べたい! 今すぐ食べたい」
天海がしつこくお玉を取り返そうとしてくる。お前は猫じゃらしに戯れる猫か。
「ご飯がまだ炊けてないから! てか、手を洗え、手を」
文句を言う天海を引っ張って、洗面所に押し込む。医者の息子のくせに、どういう衛生観念をしてるんだか。
でも、あんなに喜んでくれるのは正直めちゃくちゃ嬉しい。家庭的アピールの効果、バツグンなのでは?
ニヤニヤが止まらずにキッチンに戻ると、今度はコンロの前にたこちゃんが座って、涎を垂らしていた。床に小さな水溜まりができている。
「わー! ダメだって、たこちゃん! 戻りなさい」
抵抗するたこちゃんの身体を押して、リビングに戻す。ダメだよ、キッチンに入っちゃ。ネギとか、犬の口に入ったら危ないものが落ちてるかもしれないんだから。
ぶぅぶぅ不満げに鳴いて抗議するたこちゃんを宥めていたら、「なあ、何時になったら米炊けるんだよ。俺、もう米なくてもいいから、早く食いたいよ」と、これまた不満げな天海が戻ってきた。
なんだよ、そっくりじゃねえかよ。呆れるやら、面白いやら、可愛いやらで、俺はくふくふと笑ってしまう。
それからも天海は食器を並べたり、角煮の入った鍋をちらちら見たりして落ち着かない様子で、炊飯器から炊き上がりのメロディが鳴ると慌てた様子でダイニングチェアから立ち上がった。
急いで二人分の米をよそう姿に、可愛い奴め……と思わずにいられない。
テーブルの下では、自分のご飯を終えたたこちゃんが丸まっている。側にいたいと思ってくれているのか、それとも単におこぼれを狙っているのか。床に食べ物を落とさないようにしないと。
「はい、どうぞ」
キラキラした目で俺を見上げる期待に満ちた顔に笑いを堪えながら、角煮を盛った皿を置く。
「今まで食ったもんの中で一番うめえ……」
ひっきりなしに箸を口に運びながら、天海が呟く。
あ、ちょっと嬉しすぎてダメかも。練習に付き合ってくれた母さんに心の中でお礼をする。ありがとう、あと母さんも間接的にイケメンに餌付けできたよ。おめでとう。
多く作りすぎたかなと思ったけど、天海は男子高校生らしい食べっぷりで完食し、俺は空になった皿を下げる。
「なあ、雪村。明日も同じの作ってくれ」
「えー、どうしようかなあ」
俺の角煮生活は今日で四日目なんだよ。しばらくは食べたくないけど、天海がそう言うなら、あと一日くらいなら……あれ、俺ってば太った? さりげなくお腹を触ると、うっすら柔らかい肉が乗っている気がする。
しまった、動けないのにガツガツ食べたから肉がついたかもしれない。
「片付けは俺がやるから、お前は座ってろよ」
「いいって。動きたいし、俺も手伝う」
洗い物をする天海の横で、綺麗になった調理器具や食器を拭きながら、明日の病院の時間とか、朝は何時にたこちゃんの散歩に行くのかとかを話す。
ちょうどテレビから、新婚夫婦が横に並んで洗い物をしているという設定の洗剤のコマーシャルが流れてきて、今の俺たちみたいじゃんとにやけてしまう。
『え、そこで今回は、血糖値スパイクを防ぐ生活習慣について、専門医の意見を聞いてきました』
コマーシャルが終わって、この時間にやっている健康・医療番組に切り替わる。
食器を拭きながら眺めていると、女性アナウンサーの説明とともに見覚えのある病院が映った。
「あれ、ここって風越記念病院じゃん」
続いて画面の中に、風越記念病院院長・風越雄一というテロップとともに、どことなく天海に似た、俳優と言われても遜色ないような風貌の白衣を着た男の人が登場する。
男の人の顔を見た天海は舌打ちをして、大股でリビングに行き、乱暴にテレビを消した。
