「雪村君、ごめん! 雪村君て、ネットとかにも顔出てるし、こっそり撮ってもいいかなあ、みたいな甘えがありました。写真は消したから、本当にごめん」
週が明けて登校すると、教室に入ると同時に例の写真をトークグループに流した女子が、両手を頭の上で合わせて謝ってきた。
こっそり撮ってもいいかなあって、なんだ、その理屈は。呆れるが、中学以降、クラスメイトからの俺の扱いなんて、だいたいこんなもんだ。
サッカー部の雪村、サッカーやってる人としてしか、見てもらえない。別にいいけど、さすがに盗撮はやめてほしい。今回のことなんて、天海に迷惑がかかるんだから。
「別にクラスの奴らしか見てないし、消してくれたんならもういいよ。てかさ、隠し撮りなんかしないで、声かけてくれればよかったのに」
「いや、話しかけようと思ったんだよ? でもさ、なんか雪村君とあの男の子の間に、邪魔しちゃいけない空気を察知したといいますか。幼馴染だったんだね」
許されたーと言いながら、友達の元に駆け寄る女子を見送り、自分の席に着く。
次いで、勝手に隣の席に座ってきた木原が「週末は大変でしたねえ」などと言ってきたので、睨んでやる。
「お前さあ、ああいうの、止めてくれよ」
「いやあ、すまんすまん。だってお前、俺の誘いは断るのに、仲良さげに遊んじゃってさ。どんな関係なのか気になるじゃん。一緒にいた奴、超一軍って見た目だったし」
「超一軍……なあ、木原。あいつと俺が一緒に歩いてんのって、変だと思った? 俺、一軍って感じじゃねえじゃんか」
背が高いわけでも、おしゃれなわけでもなく、凝った髪型をしているわけでもない。
顔だって、不細工ではないという自負こそあれど、天海の横にいたら記憶にも残らないだろう平凡さだ。
俺に興味を持ってくれる女の子だって、あくまでサッカーありきだ。ただの俺にはさほど興味なんてないだろう。
サッカー雑誌やウェブサイトに写真が掲載されたり、次世代の注目株なんて紹介されたりすることはあれど、俺はキラキラした一軍ではない。
そんな俺って、天海と並んでいて釣り合うのだろうか。友達にさえ見えないから、クラスの奴らにどういう関係? なんて言われたんじゃないかと思うと、ちょっと落ち込む。
「いやお前、花形部活のスーパールーキーが、なに弱気なこと言ってんだよ。っていうかイクはさ、カーストとかの外で生きてる感じじゃん?」
「んまあ……確かにクラスの何軍とか、あんま考えたことない、かも……」
「だろ? 俺さ、有名な美大に通ってる従兄弟がいるんだけど、そいつもイクみたいなタイプでさ。集団の中でどの位置にいるかじゃなくて、なんつーか、自分の目標に対して自分がどこにいるのかにしか、興味ねえの。周りなんか、目に入ってないって感じで」
木原は背もたれに腕を引っ掛けて、椅子をガタガタ揺らしながら話す。
「いや、目に入ってなくはないよ。俺はお前のことダチだと思ってるし……って、ダチだよな? 俺たち」
「ほらあ、そういうとこだよ! ダチに決まってんじゃん。でもお前、俺が『友達じゃなくね?』とか返したら『そうなのかあ』で済ますだろ?」
「いやいや、酷くね? そんなん言われたら、流石にショック受けるよ。俺だって」
苦笑いで返すと、木原は「それは失礼しました」とヘラヘラ笑う。
「でも、マジな話ね。お前とか、従兄弟みたいなの見てると、羨ましいって思う反面、いつか消えちまいそうで怖えなって思うんだよね」
どういう意味だろうと思って、首を傾げる。
「いや、お前らみたいなさあ、自分しかいない世界で生きてる奴って、なんかのきっかけで、いなくなっちまいそうじゃん。だから、お前にも恋人とかちゃんとできたら、安心するわけ。それでせっせと、女の子を紹介しようとしてるのよ、俺は。おわかり?」
「嘘つけ。お前は女の子に俺を紹介して、見返りにその子の友達かなんか紹介してもらうのが狙いだろ」
図星らしく、木原はゲラゲラ笑っている。
でも、さっきの話はなんなんだよ。珍しく真剣なトーンで話してたけど、意味がわからん。
木原の従兄弟は美大生だというから、儚げな人なのかもしれない。なんか芸術家って、男女問わず気難しい美人って印象があるし。
けど、俺はそこらの男子高校生よりよほど筋肉量もスタミナもあって、見るからに健康優良児なわけで。どこに消えてしまいそうな要素があるのか、理解できない。
なにかに打ち込んでいる奴が危ういみたいな話なのかなと思い、部活の仲間や先輩、他校の選手を思い受かべても、誰一人として消えそうな雰囲気はない。 むしろ、いつまでも居座りそうな生命力の塊みたいなのばかりだ。
消えそうっていったら、むしろ、あいつだ。
——天海 雄飛。すべてを持っているように見えるのに、自分のことを「空っぽで、いっぱい」と言う、あいつ。
なぜか電話では、少しだけ幼い感じになる、あいつ。
今はたこちゃんがいるから、あの部屋にいるのが想像できるけど、たこちゃんに新しい飼い主ができたら? 天海がいなくなって、空っぽになった部屋が容易に想像できて、薄ら寒い気持ちになった。
月曜の夜も天海に電話をして、火曜は終業式が終わって帰宅してから、天海の家に泊まりに行くための荷造りをした。
がっつり居候するつもりだから、あれもこれもと詰めていたら荷物が増えてしまって、宅急便で送ることにした。天海も別にいいって言ってくれたし。
母さんもはりきって、料理に使う調味料一式やら保存の効く食材やら、レシピノートやら、お礼のお菓子やらを用意してくれたから、段ボールは二箱に膨れ上がった。
俺、すごい浮かれてる。こんなに夏休みが楽しみなことって、いつぶりだろう。
つい数日前まで、今年の夏はリハビリしか予定がなくて、インターハイのライブ配信を見て、勝っても負けても悔しさで眠れなくなる、どんよりした日々が続くのだと思っていた。
明日、たこちゃんと駅まで迎えに来てくれるという天海に、だいたい何時くらいに到着する予定かを電話越しに伝えながら、ワクワクが止まらない。
「俺さ、こんなに夏休みが楽しみなのって、お前とサッカーやってたガキの頃以来かも」
「……」
こんなこと言ったら、きっとこいつは鼻で笑う。
そう思ったけど、天海は黙り込んでしまって、なかなか返事をしない。
まずい。〝お前とサッカーやってた〟なんて強調したから、気持ち悪がられたかも。
なんとか誤魔化そうと「あー……あのさ、」と言いかけたところで、耳にあてたスマホから小さな声が届いた。
「……俺も」
恋に落ちるっていうけどさ、とっくに落ちてたのに遅れて気付くこともあるんだな。
離れた場所にいる天海の、ほんの小さな呟きみたいな声ひとつで、やっと自分の気持ちを知った。
俺、天海 雄飛のことが、好きだ。
たぶんガキの頃からずっと、天海のことが好きだったんだと思う。
どうして、今の今まで気づかなかったんだろう。
だって普通じゃないだろ。五年以上も前に言われたこいつの言葉が忘れられなくて、ずっと指針にしているなんて。
確かに天海の言ったことは正しくて、適性を見つけられずに腐っていくだけだったかもしれない俺を、救ってくれた。
でも言葉って、なにを言われたかも大切だけど、誰に言われたかでも、重さが変わってくる。
たとえばコーチに同じことを言われたとして、思い出すたびに胸が疼いたりなんて、絶対しない。
天海が俺を見てくれていたのが、変えてくれたことが、特別だったんだ。
ずっと天海の背中が忘れられなかったのも、憧れだけじゃなくて、恋をしていたからだ。
——けど天海には、好きな相手がいる。
恐ろしく一途に、その人のことだけを想っている。
同性だとか、変な関係だとか、喧嘩ばかりとか、そんなことを差っ引いても俺が入る隙なんてどこにもない。
マヌケだな。長年燻らせていた気持ちが恋だったとようやく気がついて、その直後に失恋かあ。
その後も、たこちゃんのこととか、病院に行く予定とか、いろんなことを話したが、俺は気づいたばかりの恋心と失恋のことで頭がいっぱいで、ひんやりした心を持て余しながら、反射だけで口を動かしていた気がする。
週が明けて登校すると、教室に入ると同時に例の写真をトークグループに流した女子が、両手を頭の上で合わせて謝ってきた。
こっそり撮ってもいいかなあって、なんだ、その理屈は。呆れるが、中学以降、クラスメイトからの俺の扱いなんて、だいたいこんなもんだ。
サッカー部の雪村、サッカーやってる人としてしか、見てもらえない。別にいいけど、さすがに盗撮はやめてほしい。今回のことなんて、天海に迷惑がかかるんだから。
「別にクラスの奴らしか見てないし、消してくれたんならもういいよ。てかさ、隠し撮りなんかしないで、声かけてくれればよかったのに」
「いや、話しかけようと思ったんだよ? でもさ、なんか雪村君とあの男の子の間に、邪魔しちゃいけない空気を察知したといいますか。幼馴染だったんだね」
許されたーと言いながら、友達の元に駆け寄る女子を見送り、自分の席に着く。
次いで、勝手に隣の席に座ってきた木原が「週末は大変でしたねえ」などと言ってきたので、睨んでやる。
「お前さあ、ああいうの、止めてくれよ」
「いやあ、すまんすまん。だってお前、俺の誘いは断るのに、仲良さげに遊んじゃってさ。どんな関係なのか気になるじゃん。一緒にいた奴、超一軍って見た目だったし」
「超一軍……なあ、木原。あいつと俺が一緒に歩いてんのって、変だと思った? 俺、一軍って感じじゃねえじゃんか」
背が高いわけでも、おしゃれなわけでもなく、凝った髪型をしているわけでもない。
顔だって、不細工ではないという自負こそあれど、天海の横にいたら記憶にも残らないだろう平凡さだ。
俺に興味を持ってくれる女の子だって、あくまでサッカーありきだ。ただの俺にはさほど興味なんてないだろう。
サッカー雑誌やウェブサイトに写真が掲載されたり、次世代の注目株なんて紹介されたりすることはあれど、俺はキラキラした一軍ではない。
そんな俺って、天海と並んでいて釣り合うのだろうか。友達にさえ見えないから、クラスの奴らにどういう関係? なんて言われたんじゃないかと思うと、ちょっと落ち込む。
「いやお前、花形部活のスーパールーキーが、なに弱気なこと言ってんだよ。っていうかイクはさ、カーストとかの外で生きてる感じじゃん?」
「んまあ……確かにクラスの何軍とか、あんま考えたことない、かも……」
「だろ? 俺さ、有名な美大に通ってる従兄弟がいるんだけど、そいつもイクみたいなタイプでさ。集団の中でどの位置にいるかじゃなくて、なんつーか、自分の目標に対して自分がどこにいるのかにしか、興味ねえの。周りなんか、目に入ってないって感じで」
木原は背もたれに腕を引っ掛けて、椅子をガタガタ揺らしながら話す。
「いや、目に入ってなくはないよ。俺はお前のことダチだと思ってるし……って、ダチだよな? 俺たち」
「ほらあ、そういうとこだよ! ダチに決まってんじゃん。でもお前、俺が『友達じゃなくね?』とか返したら『そうなのかあ』で済ますだろ?」
「いやいや、酷くね? そんなん言われたら、流石にショック受けるよ。俺だって」
苦笑いで返すと、木原は「それは失礼しました」とヘラヘラ笑う。
「でも、マジな話ね。お前とか、従兄弟みたいなの見てると、羨ましいって思う反面、いつか消えちまいそうで怖えなって思うんだよね」
どういう意味だろうと思って、首を傾げる。
「いや、お前らみたいなさあ、自分しかいない世界で生きてる奴って、なんかのきっかけで、いなくなっちまいそうじゃん。だから、お前にも恋人とかちゃんとできたら、安心するわけ。それでせっせと、女の子を紹介しようとしてるのよ、俺は。おわかり?」
「嘘つけ。お前は女の子に俺を紹介して、見返りにその子の友達かなんか紹介してもらうのが狙いだろ」
図星らしく、木原はゲラゲラ笑っている。
でも、さっきの話はなんなんだよ。珍しく真剣なトーンで話してたけど、意味がわからん。
木原の従兄弟は美大生だというから、儚げな人なのかもしれない。なんか芸術家って、男女問わず気難しい美人って印象があるし。
けど、俺はそこらの男子高校生よりよほど筋肉量もスタミナもあって、見るからに健康優良児なわけで。どこに消えてしまいそうな要素があるのか、理解できない。
なにかに打ち込んでいる奴が危ういみたいな話なのかなと思い、部活の仲間や先輩、他校の選手を思い受かべても、誰一人として消えそうな雰囲気はない。 むしろ、いつまでも居座りそうな生命力の塊みたいなのばかりだ。
消えそうっていったら、むしろ、あいつだ。
——天海 雄飛。すべてを持っているように見えるのに、自分のことを「空っぽで、いっぱい」と言う、あいつ。
なぜか電話では、少しだけ幼い感じになる、あいつ。
今はたこちゃんがいるから、あの部屋にいるのが想像できるけど、たこちゃんに新しい飼い主ができたら? 天海がいなくなって、空っぽになった部屋が容易に想像できて、薄ら寒い気持ちになった。
月曜の夜も天海に電話をして、火曜は終業式が終わって帰宅してから、天海の家に泊まりに行くための荷造りをした。
がっつり居候するつもりだから、あれもこれもと詰めていたら荷物が増えてしまって、宅急便で送ることにした。天海も別にいいって言ってくれたし。
母さんもはりきって、料理に使う調味料一式やら保存の効く食材やら、レシピノートやら、お礼のお菓子やらを用意してくれたから、段ボールは二箱に膨れ上がった。
俺、すごい浮かれてる。こんなに夏休みが楽しみなことって、いつぶりだろう。
つい数日前まで、今年の夏はリハビリしか予定がなくて、インターハイのライブ配信を見て、勝っても負けても悔しさで眠れなくなる、どんよりした日々が続くのだと思っていた。
明日、たこちゃんと駅まで迎えに来てくれるという天海に、だいたい何時くらいに到着する予定かを電話越しに伝えながら、ワクワクが止まらない。
「俺さ、こんなに夏休みが楽しみなのって、お前とサッカーやってたガキの頃以来かも」
「……」
こんなこと言ったら、きっとこいつは鼻で笑う。
そう思ったけど、天海は黙り込んでしまって、なかなか返事をしない。
まずい。〝お前とサッカーやってた〟なんて強調したから、気持ち悪がられたかも。
なんとか誤魔化そうと「あー……あのさ、」と言いかけたところで、耳にあてたスマホから小さな声が届いた。
「……俺も」
恋に落ちるっていうけどさ、とっくに落ちてたのに遅れて気付くこともあるんだな。
離れた場所にいる天海の、ほんの小さな呟きみたいな声ひとつで、やっと自分の気持ちを知った。
俺、天海 雄飛のことが、好きだ。
たぶんガキの頃からずっと、天海のことが好きだったんだと思う。
どうして、今の今まで気づかなかったんだろう。
だって普通じゃないだろ。五年以上も前に言われたこいつの言葉が忘れられなくて、ずっと指針にしているなんて。
確かに天海の言ったことは正しくて、適性を見つけられずに腐っていくだけだったかもしれない俺を、救ってくれた。
でも言葉って、なにを言われたかも大切だけど、誰に言われたかでも、重さが変わってくる。
たとえばコーチに同じことを言われたとして、思い出すたびに胸が疼いたりなんて、絶対しない。
天海が俺を見てくれていたのが、変えてくれたことが、特別だったんだ。
ずっと天海の背中が忘れられなかったのも、憧れだけじゃなくて、恋をしていたからだ。
——けど天海には、好きな相手がいる。
恐ろしく一途に、その人のことだけを想っている。
同性だとか、変な関係だとか、喧嘩ばかりとか、そんなことを差っ引いても俺が入る隙なんてどこにもない。
マヌケだな。長年燻らせていた気持ちが恋だったとようやく気がついて、その直後に失恋かあ。
その後も、たこちゃんのこととか、病院に行く予定とか、いろんなことを話したが、俺は気づいたばかりの恋心と失恋のことで頭がいっぱいで、ひんやりした心を持て余しながら、反射だけで口を動かしていた気がする。
