幼馴染でも友達でもない、いけすかない男と可愛いあの子

 リビングのソファに座ると、たこちゃんは大丈夫が聞きたくて、週末の間、山城先輩の電話を受けてからあまり触らずにいたスマホを取り出す。
 メッセージアプリに連絡が来ていることに気づいてはいたが、部活関係のトークグループが賑わっているのだとわかっていたから、わざと確認しなかった。
 顧問の先生には金曜の受診結果を報告したし、今の俺は、リアルタイムで進んでいる練習の蚊帳の外にいる。
 それが惨めで、焦りばかりが募るから、天海と一緒にいる間は現実逃避したくて目を逸らしていた。
 けど、今の練習のメニューも確認しなきゃとアプリを開くと、クラスのほぼ全員が入っているトークグループにも通知がたまっていることに気づく。
 なにがあったのかと開いて、俺は目を疑った。
 盛り上がりの発端になっていたのが、昨日の昼、たこちゃんを連れて歩いている天海と俺を隠し撮りした写真だったからだ。
 たこちゃんの毛が短くなっているから、動物病院から帰るところを撮影したのだろう。
 二人で連れ立っているところ、信号待ちの時間に天海がたこちゃんを撫でているところ、それからマンションに入っていくところまで、合計五枚ほどの写真がトークルームにアップされている。
 誰が、なんのためにこんなものを撮ったのかとスクロールすると、クラスの女子が偶然、土曜日に天海が住む駅の近くにいて、写真を撮っていたことがわかった。

『ねえ、京王線のS駅前で、雪村君がどちゃくそメロいイケメンと一緒にいたんだけど!』
『うちの生徒じゃないよね? 雪村、一生のお願いだから、この人紹介して!』
『顔ちっさ! めっちゃスタイルいいけど、一般人? おイケすぎん?』 
『なんかイク、学校と顔が違くね。すげえ笑ってんじゃん』
『それな。ダチとしてはちょっとショックなんですけど。てかイク、このマンションなに?』
『え、もしかして、そういう関係とか? 笑』
 
 全部のメッセージをざっと確認すると、天海がカッコいい、紹介してほしい、どういう関係なのかという女子の声が九割って感じで、陰湿な内容のものはなかった。
 強いて言えば、『え、もしかして、そういう関係とか? 笑』ってアホ男子のコメントがムカついたが、これについては既に女子たちから『それ、ウケると思ってんの?』『おもんな』と容赦のないツッコミがされていたので、俺が蒸し返す必要もないだろう。
 というか、木原ぁ。お前も混ざってんじゃねえよ。ダチなら止めろよ。
『今気づいたんだけど、盗撮はダメっしょ。写真消して』
 写真をアップした女子をメンションしてメッセージを送る。すると、待ってましたと言わんばかりに『で、この人は誰なの?』という返事が来た。
『幼馴染みたいなもん。高校とか名前とかは、勝手に教えらんない』
 そう返すと、ほかのクラスメイトからも『ああ、なるほど』とか、納得したようなメッセージが次々と来る。
 写真を撮った女子からも『そうなんだ。ごめん。雪村君と一緒にいた人がビジュ良すぎて、つい興奮しちゃった。消すね』というメッセージが届いて、全部の写真が削除された。
 穏便に済んでよかったけど、天海ってわりとこういうこと、日常的にされてるんじゃないかと不安になる。
 だって、女子たちは悪気なく盛り上がっていた。
 イケメン無罪とかいうけど、実際は美形のほうが大変なのかもしれない。天海は男らしいのにどこか儚くて、本当に綺麗な顔をしているし。
 あ、そうだ。天海。俺、あいつに電話しようと思ってたんだ。
 俺は気持ちを切り替えて、交換したばかりの天海の連絡先をタップする。
「雪村?」
 天海はすぐに出てくれた。
 電話の声って、話している本人に近い合成音声だっていうけれど、なんか普段の天海の声と少し違う。普通に話すよりも揺らいでいるというか、甘いというか。
 俺の声は天海にどう聞こえてるのかな、なんて少し気になってしまう。
「あ、天海? 俺、雪村。たこちゃん、どう?」
「ん。元気。散歩も行って、飯も食ったよ。でも、お前がいないの気になるみたいで、玄関にいることが多い」
「うそぉ……なんか、不謹慎だけどちょっと嬉しい……」 
「ところで俺も、お前がいないのが気になって玄関にいる」
 至って真面目な感じにそう言われて、ドキッとする。天海、お前、どうした?
「え。それに対して、俺はなんて言ったらいいの?」 
「まあ、それはさ、くそおもんない嘘なんだけど。やっぱちょっと静かで、んん……なんでもねえ」
 ああ、もしかして寂しいのか。だって、一人暮らしだもんな。俺だって家族はうるさいと思うけど、じゃあ明日から一人で暮らせって言われたら、三週間くらいで寂しくなると思う。
 だから、少しでも元気になればと思って、「たこちゃんの世話を頑張ってる天海に、いいニュースがあるよ」なんておどけてやる。
「俺、豚の角煮作る練習する。水曜、お前んち行った時に作ってやるよ」
「え、マジか……」
「だからさ、たこちゃんのこと天海ひとりに任せちゃうけど、もうちょっとだけ頑張って」 
「ん。わかった。なあ雪村、明日も電話くれ」 
「なんだよお前、しおらしい声出しちゃって。頼まれなくても、するつもりだから」
 最後におやすみを言い合って、通話を終える。
 電話だと、天海ってちょっと可愛いな。なんだか名残惜しくて、俺はソファに寝転んで、ホーム画面に戻ったスマホをしばらく見ていた。