それから部屋を元通りに片付けて、食事にした。
なんとなくつけたテレビからはバラエティ番組が流れてきて、出演者の骨格と、似合うファッション診断をやっている。
「これだと、お前はストレートになんのか? いいなああ。バランス良く筋肉がつきやすい、だって」
買ってきたものを食べながら、向かいに座った天海の体型を観察する。
こいつ、もうスポーツしてないうえに食生活も乱れてるはずなのに、胸板とか、上半身にしっかり厚みがあるし、筋肉質なんだよな。こういうのって、遺伝なんだろうか。俗に言う恵体ってやつだよな、羨ましい。
「雪村はウェーブじゃねえの? 身体、薄いよな。あ、骨格ウェーブは肉質が柔らかいだってさ」
むに。天海が手を伸ばして、俺の頬をつまんできた。
「うわ、柔かっ。男とは思えねえな」
天海は面白がって椅子からケツを浮かせて、両手で俺の顔を包んでほっぺの肉を捏ね回す。
「んが! やーめーろ! 痛い!」
「そっかあ、お前ってやっぱり筋肉がつきにくいんだ。ガキの頃から細かったもんなあ」
なにが楽しいのか、天海はケラケラ笑う。馬鹿にしてるのかと思って頬をさすりながら睨む。
「なんだよ。子供の頃よりは、仕上がってるだろ。トレーニング頑張ってんだから」
そう言い返したら、天海がにんまりと人の悪そうな笑顔を浮かべて、椅子から立ち上がった。
しまった、墓穴を掘ったかも。そう思った時は既に遅く、背後に回った天海の腕が椅子の背もたれ越しに伸びてきて、身体をぺたぺた触られる。
「いやお前、腹うっすいな。 胸筋もちょっとあるくらいか? さすがに太腿はしっかり筋肉ついてるけど、お前、このペラペラの胸でボール受けられんのか? 跳ね飛ばされるんじゃねえの」
「うるせえ! バカにしやがって、お前のも触らせろ!」
この野郎……人が気にしてることをズケズケと。天海だってパッと見はバランスが良くても、触ってみたら腹がぶよぶよしていたり、欠点があるに違いない。
俺は立ち上がると天海と向かい合い、余分な肉を探すべく手を伸ばした。
……十分後。俺はうつ伏せに転がって、拳で床をゴンゴン叩いていた。
「嘘だろ! なんなんだよ、お前! こんなんインチキだろうが。独自の筋トレとかやってんだろ。教えろよ。筋肉の秘訣をよォ」
ここぞとばかりに触りまくったが、天海の身体には無駄な肉などなかった。
触り心地に納得がいかず、天海のTシャツをガバッと捲り上げて観察すると、さすがにガッツリではないが腹筋もうっすら割れてるし、なにより大胸筋が俺の理想のそれだった。
しっかり厚みがあって、触ると柔らかい。妬みと憧れで、ぎゅうぎゅう揉んでしまった。
「いってぇ! ちょ、やめろ雪村、目がヤバい! 怖い!」
最終的には俺の奇行に恐怖を感じたらしい天海に引き剥がされ、今に至る。
「うう、ずりぃだろ……上質で理想的な肉質じゃねえかよ……」
「お前は肉屋かよ……」
天海がTシャツの裾を入念に部屋着のハーフパンツにしまいながら、ぼやく。
ウエストの紐まできっちり結びやがって。お前が始めたことなのに、俺を痴漢扱いしてんじゃねえよ。
おいおい泣いている俺に同情したように、頭上から天海の溜め息が聞こえる。
「揶揄って悪かったって。体格のハンデがあるのに、すげえよ、雪村は。ずっとサッカー続けて、強豪校でも潰れないで」
天海が急に真面目なトーンで静かに言う。なんか、他ならぬ天海にそんなふうに言われると、照れ臭いけど、すげえ嬉しい。
あまみ……と、わざとらしい上目遣いで見詰めたら、思い切り眉間に皺を寄せて嫌な顔をされた。感じ悪りぃな。
「お前だって、すげえじゃん。俺たちが好きなことばっかしてる間に勉強して、トップレベルの進学校に通って」
ほんとは、どんな形でも天海にはサッカーを続けていてほしかった。でも、それは俺のワガママだ。
病院で再会した直後は、もう競技を離れていることがショックで嫌な態度をとってしまったけれど、こいつのちょっとスカした、でも繊細な雰囲気は変わっていなくて、一緒にいるとどうしてか浮かれた気分になる。
テーブルの上の食事は味気ないものなのに、笑って大騒ぎして。
この流れなら、俺が褒めたことに対しても可愛げのない嫌味が返ってくるだろうと思ったのだ。
だけども、天海から出た言葉は、予想を大きく外れたものだった。
「俺? 俺はもう、空っぽだよ。空っぽで、いっぱい」
「え……」
目を伏せて口の端をきゅっと吊り上げる天海に、戸惑う。
なんだよ……その顔。お前、笑ってるつもりなのかもしれないけど、全然楽しそうじゃない。
さっきまでと全然違う。寂しそうな顔が、路地裏で会った時のたこちゃんと重なって苦しくなる。
痛々しくて見ていられなくて、ウザい進路指導みたく余計なお世話な言葉が、口をついて出た。
「な、天海さ。今、好きなこととか、夢中になれることとか、ねえの……?」
「好きなこと、かあ……。俺ね、ずっと好きな奴がいるんだよ。忘れたくて足掻いたけど、そいつのことしか考えられないくらい好き。そのくらいかな」
緩やかに細めたひまわりの瞳に、ふんわりと長いまつ毛が被る。誰かを思い浮かべているのであろうその顔に、ヒュと息を飲んだ。
綺麗な顔にドキドキしたわけじゃない。そんな、高揚感や熱なんて、これっぽっちもない。
胸の辺りに冷たい針が刺さって、そこからじわじわと体内に冷気が侵食していくみたいだ。
天海には、好きな人がいる。
ずっと一番と唯一を捧げている人がいる。
どうして、その事実に思い切り頭を殴られたようなショックを受けているのかわからなくて、感情と向き合うことから逃げるように話の穂を継ぐ。
「ま……じかよ。お前、そんな、一途なんだ……へえー……なんか、意外なんだけどぉ。でもさ、お前なら、告っちまえばうまくいくだろ」
絞り出した声は、震えていなかっただろうか。
「ん。無理だから。見てるだけでいい」
天海は席に戻ると、テレビに視線をやって、この話は終わりとばかりに静かな声で言った。
だから俺も、興味なさげに振る舞って、食事を再開する。
けれど、喉元に、胸に、苦い塊が詰まったような嫌な感覚がずっとあって。
さっきまであんなに楽しかったのに、なにを口に入れても味を感じられなかった。
なんとなくつけたテレビからはバラエティ番組が流れてきて、出演者の骨格と、似合うファッション診断をやっている。
「これだと、お前はストレートになんのか? いいなああ。バランス良く筋肉がつきやすい、だって」
買ってきたものを食べながら、向かいに座った天海の体型を観察する。
こいつ、もうスポーツしてないうえに食生活も乱れてるはずなのに、胸板とか、上半身にしっかり厚みがあるし、筋肉質なんだよな。こういうのって、遺伝なんだろうか。俗に言う恵体ってやつだよな、羨ましい。
「雪村はウェーブじゃねえの? 身体、薄いよな。あ、骨格ウェーブは肉質が柔らかいだってさ」
むに。天海が手を伸ばして、俺の頬をつまんできた。
「うわ、柔かっ。男とは思えねえな」
天海は面白がって椅子からケツを浮かせて、両手で俺の顔を包んでほっぺの肉を捏ね回す。
「んが! やーめーろ! 痛い!」
「そっかあ、お前ってやっぱり筋肉がつきにくいんだ。ガキの頃から細かったもんなあ」
なにが楽しいのか、天海はケラケラ笑う。馬鹿にしてるのかと思って頬をさすりながら睨む。
「なんだよ。子供の頃よりは、仕上がってるだろ。トレーニング頑張ってんだから」
そう言い返したら、天海がにんまりと人の悪そうな笑顔を浮かべて、椅子から立ち上がった。
しまった、墓穴を掘ったかも。そう思った時は既に遅く、背後に回った天海の腕が椅子の背もたれ越しに伸びてきて、身体をぺたぺた触られる。
「いやお前、腹うっすいな。 胸筋もちょっとあるくらいか? さすがに太腿はしっかり筋肉ついてるけど、お前、このペラペラの胸でボール受けられんのか? 跳ね飛ばされるんじゃねえの」
「うるせえ! バカにしやがって、お前のも触らせろ!」
この野郎……人が気にしてることをズケズケと。天海だってパッと見はバランスが良くても、触ってみたら腹がぶよぶよしていたり、欠点があるに違いない。
俺は立ち上がると天海と向かい合い、余分な肉を探すべく手を伸ばした。
……十分後。俺はうつ伏せに転がって、拳で床をゴンゴン叩いていた。
「嘘だろ! なんなんだよ、お前! こんなんインチキだろうが。独自の筋トレとかやってんだろ。教えろよ。筋肉の秘訣をよォ」
ここぞとばかりに触りまくったが、天海の身体には無駄な肉などなかった。
触り心地に納得がいかず、天海のTシャツをガバッと捲り上げて観察すると、さすがにガッツリではないが腹筋もうっすら割れてるし、なにより大胸筋が俺の理想のそれだった。
しっかり厚みがあって、触ると柔らかい。妬みと憧れで、ぎゅうぎゅう揉んでしまった。
「いってぇ! ちょ、やめろ雪村、目がヤバい! 怖い!」
最終的には俺の奇行に恐怖を感じたらしい天海に引き剥がされ、今に至る。
「うう、ずりぃだろ……上質で理想的な肉質じゃねえかよ……」
「お前は肉屋かよ……」
天海がTシャツの裾を入念に部屋着のハーフパンツにしまいながら、ぼやく。
ウエストの紐まできっちり結びやがって。お前が始めたことなのに、俺を痴漢扱いしてんじゃねえよ。
おいおい泣いている俺に同情したように、頭上から天海の溜め息が聞こえる。
「揶揄って悪かったって。体格のハンデがあるのに、すげえよ、雪村は。ずっとサッカー続けて、強豪校でも潰れないで」
天海が急に真面目なトーンで静かに言う。なんか、他ならぬ天海にそんなふうに言われると、照れ臭いけど、すげえ嬉しい。
あまみ……と、わざとらしい上目遣いで見詰めたら、思い切り眉間に皺を寄せて嫌な顔をされた。感じ悪りぃな。
「お前だって、すげえじゃん。俺たちが好きなことばっかしてる間に勉強して、トップレベルの進学校に通って」
ほんとは、どんな形でも天海にはサッカーを続けていてほしかった。でも、それは俺のワガママだ。
病院で再会した直後は、もう競技を離れていることがショックで嫌な態度をとってしまったけれど、こいつのちょっとスカした、でも繊細な雰囲気は変わっていなくて、一緒にいるとどうしてか浮かれた気分になる。
テーブルの上の食事は味気ないものなのに、笑って大騒ぎして。
この流れなら、俺が褒めたことに対しても可愛げのない嫌味が返ってくるだろうと思ったのだ。
だけども、天海から出た言葉は、予想を大きく外れたものだった。
「俺? 俺はもう、空っぽだよ。空っぽで、いっぱい」
「え……」
目を伏せて口の端をきゅっと吊り上げる天海に、戸惑う。
なんだよ……その顔。お前、笑ってるつもりなのかもしれないけど、全然楽しそうじゃない。
さっきまでと全然違う。寂しそうな顔が、路地裏で会った時のたこちゃんと重なって苦しくなる。
痛々しくて見ていられなくて、ウザい進路指導みたく余計なお世話な言葉が、口をついて出た。
「な、天海さ。今、好きなこととか、夢中になれることとか、ねえの……?」
「好きなこと、かあ……。俺ね、ずっと好きな奴がいるんだよ。忘れたくて足掻いたけど、そいつのことしか考えられないくらい好き。そのくらいかな」
緩やかに細めたひまわりの瞳に、ふんわりと長いまつ毛が被る。誰かを思い浮かべているのであろうその顔に、ヒュと息を飲んだ。
綺麗な顔にドキドキしたわけじゃない。そんな、高揚感や熱なんて、これっぽっちもない。
胸の辺りに冷たい針が刺さって、そこからじわじわと体内に冷気が侵食していくみたいだ。
天海には、好きな人がいる。
ずっと一番と唯一を捧げている人がいる。
どうして、その事実に思い切り頭を殴られたようなショックを受けているのかわからなくて、感情と向き合うことから逃げるように話の穂を継ぐ。
「ま……じかよ。お前、そんな、一途なんだ……へえー……なんか、意外なんだけどぉ。でもさ、お前なら、告っちまえばうまくいくだろ」
絞り出した声は、震えていなかっただろうか。
「ん。無理だから。見てるだけでいい」
天海は席に戻ると、テレビに視線をやって、この話は終わりとばかりに静かな声で言った。
だから俺も、興味なさげに振る舞って、食事を再開する。
けれど、喉元に、胸に、苦い塊が詰まったような嫌な感覚がずっとあって。
さっきまであんなに楽しかったのに、なにを口に入れても味を感じられなかった。
