「おー、蒼」
「岸ちゃんじゃん」
放課後、進路希望帳票を職員室に出しに行ったら窓際の席で紙パックジュースを飲んでいる岸ちゃんがいた。クラスのみんなは帰るか部活に行っていて彼女以外はがらんとしている教室。
岸ちゃんは紙パックから出ているストローから口を離すと、唐突に口を開いた。
「蒼、今から言う事嫌だったら嫌って言ってほしいんだけどさ」
「岸ちゃんどうしたの?」
「あの・・・元カノがさぁ、蒼に会いたいんだって」
「え!?は!?」
「嫌だよね。ごめんこんなこと言って」
「いや・・・なんで会いたいのか聞いた?」
「仲の良い友だちに戻りたいって。あの子から聞いたけどあっちが振ったんだよね?今更虫が良すぎるって言ったんだけどでもなんとかお願いって言われてさ」
「そうなんだ・・・」
正直、もう会いたくはない。好きなものを否定してくるような人はいくら以前仲がよかったとはいえ前のように笑いあえる自信があるとはいえない。しかし、そこまで彼女が言ってくるのはきっとなにか理由があるのかも知れない。
「わかった」
「本当に良いの?」
「何か理由があるのかもしれないし、俺がここで断ると岸ちゃんに諦めずにずっと頼んできそうな気がするし」
「よくわかってるね」
「岸ちゃんもでしょ」
そう言って二人で笑って、岸ちゃんは元カノに連絡をとった。返事を送ればすぐに返ってきて、予備校の無い2日後に会おうと決めた。会うまでの時間は、どんなテストよりも、どんな母さんの雷よりも苦しい時間だった。承諾したことを後悔する気持ちが湧いてしまうほどに。
連絡しないほうがいいと思うはずなのに、どうしてもこういうときに美月の声が聴きたくなってしまう。彼は今、何個かファッション雑誌の撮影をしているだろうから出るはずはないのに。何コールかしたあとに「もしもし」と聞こえた。
「蒼くん?珍しいね電話してくるなんて」
「え?今撮影中なんじゃ・・・」
「うん!そうなんだけど、ちょっと今休憩中だからちょうどよかった!なんかあった?」
「いやなんでもないけど・・・」
「ただ声が聴きたかったとか?蒼くんかわいいね〜」
「う!ま、まぁそう、だよ!」
「やけに今日の蒼くん素直でいつもこうだったら助かるんだけどな〜」
電話越しでも俺を見てくるあの甘ったるい表情が目に浮かぶ。甘い王子様フェイスが俺のことを認識して俺の電話を受けてくれる、これ以上の幸せはない。
そして、運命の時間はやってくる。待ち合わせ場所はうちの学校近くの公園。中高一貫だから彼女にも馴染みのある場所で、そこに来てくれるということだった。
「蒼?久しぶり」
「久しぶり」
元カノこと、日置由佳。ワンレンボブが特徴的な彼女は、最後に会った時のことなんかまるで忘れているかのように俺に笑いかけてくれた。その笑顔につられて俺も少しだけ表情が和らぐ。
「私今日車で送ってもらっててさ、そこに停めてもらってるんだよね。車の中で話さない?」
「あ、あぁ、うん」
勢いに気圧されて、すぐに了承の返事を送ってしまう。その俺の返事を聞いた由佳は、満足そうにうんと頷いて、車を停車させている場所へと案内してくれた。彼女の両親は確か電車通勤で彼女の家に車はなかった気がするけれど、新しく買ったんだろうか。そう思ってたどり着いた自動車はどこにでもあるような白い乗用車だった。
「お邪魔します」
「はいどーぞ!」
中から聞こえてきた声は、由佳の声でも岸ちゃんの声でもない。しかし、やけに聞き覚えがあるその声。出どころを探ってその方向を見ると、俺は自分の目を疑った。画面越しでずっと見てきていた、いや一度近い席とは言っても出演者からは遠くに見える席から見ていたこの女性は、俺が好きなカップルの一人だった。
「仲見蒼くん、だよね?」
「は、はい!」
「私が由佳ちゃんに頼んで蒼くんのこと呼んでもらったんだ。私あやり。わかるかな?」
あ、車出してください、とあやりちゃんは運転手さんに声をかけて、ゆっくりと車が動き出した。この状況を上手く飲み込めない俺は、なんでここにあやりちゃんがいるんだとか、どうして由佳とあやりちゃんがつながっているんだと聞けずに、黙ることしかできなかった。
「何がなんだかわからないって顔してるよね、じゃあ一から説明していこうかな。
まず、由佳ちゃんのことから説明していこうかなって思うんだけど・・・由佳ちゃんあのこと言っていい?」
「もちろんです」
「じゃあ言っちゃうね、蒼くん知ってるかわからないけれど、由佳ちゃんは[ぴかゆ]っていう配信者さんなんだよね」
「多分蒼は知ってると思います」
「はい・・・知ってます」
まさか元カノがあの界隈を震撼させ続けていたあの恋リアの暴露をしている配信者だと誰が思うだろうか。話を聞いていると色々と目を見開いてしまうような事実が次々と明かされていく。由佳は元々あやりちゃんのファンで、暴露系配信をしていくうちにあやりちゃんの目に止まってそこから何回かやり取りをする関係になったということ。恋リアの暴露をしていくうちに恋リアが好きな人を信じられなくなってしまった時期があるということ。
つまりぴかゆが配信でたつあやを取り上げなかったのはあやりちゃんのファンだったというのは当たりで、俺が由佳にこっぴどく振られた原因もそういった理由から来ているということを知った。まぁ、その理由を知った時点で今更寄りを戻すつもりもないが。
色々と話していくうちに、わかったことがある。
「たつきくんってそんなこと言ってたんだ」
「へー、イメージつかないかも」
あやりちゃんが何を考えているのかわからないということだった。美月はあやりちゃんともう少しで別れることを彼女に提案して承諾を受けたはずではないのか。では、なぜ彼女にこのように呼び出されたのだろう。俺が疑問に思っていると、由佳は助手席から一枚の写真を取り出した。その写真は、俺と美月が俺の家の前で抱き合っている写真で見覚えがある。美月が俺にくれた写真と同じ構図だったから。でも撮った人間が違う。美月に写真を送ってくれたであろう人物がこの写真に映り込んでいたのだから。
「たつきくんが仕事をほっぽりだしてどこかに行ったというタレコミがあって偵察しに行ったらさ、驚いたよ。まさか行き先が蒼のところだったとは」
「こ、これは・・・」
「私ね、ビジネスカップルなのは否定しないの。たつきくんが私のことを好きだと思って成立していないのは知っているし。でもね、こうやってバレちゃうようなことが今後もあったら私の仕事も大変になるんだ。
あ!圧力とかじゃないよ!?あと山に捨てるとかじゃないからね!?今あなたの家まで送ってるから」
なんかこの状況で家まで送られるのは怖すぎる!と言いたかったけれどぐっと我慢する。自分のせいで大好きなカップルに迷惑をかけてしまっている事実が苦しくてたまらない。でもあやりちゃんのほうがもっと苦しい。
「今日はお話聞いてくれてありがとう!またね!」
そう言って車を走らせたあやりちゃんにぺこりとお辞儀をして家に入った。何も考えずに自室の椅子に座る。天井をぼーっと見ているとあやりちゃんの出演するであろうドラマの最新映像の告知が出てきた。約束通りであれば、来週の初放送のあとに破局報告することになってるんだよ・・・な?このモヤモヤももしかしたらそれで晴れるのだろうか。
来週の初放送前、急にあやりちゃんに呼び出された。指定されたのは芸能人が使っていそうな静かな個室のカフェ。こんな雰囲気のカフェには来たことがなくて少々心が落ち着かない。目の前で飲み物を嗜んでいる彼女に対しても。
「あの・・・美月が言っていたことなんですけど」
前回、怯えすぎて聞けなかったあのことを持ち出してみた。もうすぐ破局報告が上がるだろう今のタイミングで聞くのは少しナーバスな話題なことも重々承知だが、本当にされるのかなあなあにされている気がして聞いてみた。その言葉を聞いた途端、あやりちゃんはカップをカチャッと置いた。
「私は、たつきくん・・・いや、美月くんとは別れないよ?」
あやりちゃんはいきなり豹変した。彼女の端正な目からは友好的な色は全く無くなり、俺を責め立てようと言わんばかりに目の端を釣り上げた。そのあやりちゃんの姿に俺は動揺しつつも、事実確認をしようと言葉を発した。
「え、いや美月が・・・」
「美月くんの言葉には承諾したけど、あなたが引けば美月くんは引いてくれるんじゃない?」
「そんなことは、」
「だって私と別れて、引いたあなたと付き合えないなら彼にメリットないじゃない。
私はなくしたものをすべて自分の影響力を増やして全部元に戻したいの!お金に困らなくて家族みんなが幸せそうだったあの頃に、こんな嫌な考えして生活してなかったあの頃に、大好きな子の隣で笑い合えた日々に!」
「あやりちゃん・・・」
「すべてを失ったことのないあなたに、私の道は邪魔してもらいたくないの」
俺を邪険に見ていた目から一転して、宝石のような目から涙がポロポロと溢れた。あやりちゃんを自分のせいで泣かせてしまったことにオロオロとしていると、彼女は持っていた品の良さそうなピンクのハンカチで目元を拭う。
「SNSも軌道に乗ってきて、何個もメディアのお仕事をいただくようになって、お父さんたちの借金を返せる目処がついてきた。だけど、私の目的はそれだけじゃないの。本当は許婚を探したかったの」
好きなカップルの彼氏は俺のことが好きで、はたまた彼女は別の人が好きという事実にまた頭を何かで叩かれたかのような衝撃。ビジネスカップルとは美月が言っていたけれど彼女のあやりちゃんも別の人が好きだったのか。でも、正直内心ホッとしてしまう嫌な自分もいる。罪悪感が少しマシになったような。
「今自分のせいで私が心に大ダメージ負ってなくてよかったって思ってるでしょ」
「(ギク!)」
衝撃で思わずいつもより大きな動きで唾を飲み込んでしまう。それを図星だと感じ取ったあやりちゃんはため息を一つ吐いた。
「なんか美月くんと同じくらい抜けててほんっとに嫌になるわ、お似合いすぎて腹立つのよ。でもこのまま別れてあげたくない、あ、良いこと考えた!」
どんよりしていた顔を、いきなりパッと目をキラキラにさせて俺を見る。表情がコロコロと変わっていて読めない。あやりちゃんはもう少し落ち着いているイメージがあったけれど、こういう明るいキャラクターをしているんだと知ることができたのはシンプルに嬉しい。推しの新しい一面を知ってギャップ萌えする気持ちってまさにこういうことなんだと思う。しかし、
「あなたが私の許嫁を探してくれない?見つけてくれたら美月くんとちゃんと破局報告を投稿するから」
「は、!?え!?」
「返事は?は?とかえ?じゃなくて[はい]か[いいえ]なんだけど?」
無理に決まってるだろう!と叫びたくなる気持ちを押さえて、言葉は発さず、小さく一回コクンとためらいながらもリアクションをした。不可能だと思う気持ち7割、あやりちゃんに頼られて嬉しい気持ち3割。若干、いや大分不可能だと思うけれど、俺の脳内と彼女の脳内には「いいえ]の選択肢は用意されていなかった。
俺のリアクションをしっかりと受け取ったお姫様は、決まりねと言いながらルンルンで残りのアイスティーを飲みながらその許嫁とやらの特徴を教えてくれた。
わがままなお姫様と別れた帰り道。ハッと気がついて足を止めた。それほど難しい交換条件を出してくるということは、「別れるのは絶対に認めない」という意味が隠れているのではないだろうか。そんなに回りくどい表現をしてくるのならこちらだって燃える、と少し闘志が出てきたところで美月から電話が来た。
「もしもし蒼くん本当にごめんあやちゃんが「わー!でかい声で矢継ぎ早に喋るな!」
応答ボタンを押した瞬間に美月は大きな声で早口で謝ってくる。この様子を見る限り、おそらくあやりちゃんから先程俺との邂逅のことを聞いたのだろう。美月から前に聞いたあやりちゃんのことの生い立ちのあらましを聞いたときは許婚のことを聞いたことがなかったからまさかこんなにこじれていることになっているとは夢にも思わなかっただろう。
「蒼くんほんっとにごめーん!」
なぜか電話越しじゃなくて俺の後ろを走っている車のほうが鮮明に聞こえる。後ろを振り返ると見慣れた車が見えた。どれだけ大きな声で電話してるんだよ、と突っ込みたくなったけれど、俺が車に振り向いたのを確認した美月がすでに開いていた窓から顔を出してくる。
「蒼くん!送るよ乗って!」
「お、お邪魔します」
一声かけて運転手さんに会釈をしながら乗り込むと、あの時に香った香水の匂いがする。おそらく、俺と会うときは香水をせずに他のときにしていたからなんだか美月ではなく、「たつきくん」に会っている気分になる。
「あれ、蒼くんなんか遠くない?」
「そんなに離れてないと思、う!」
「よいしょっと」
「わー!ちっかいんだよお前!」
お尻一つ分近づいてきて、腕がぴったりと触れ合う。その触れ合った腕を、美月は逃さずとって恋人つなぎをしてきた。絡み合った指のせいで俺が緊張しているのがすぐにバレてしまいそうで解きたかったけれど、このままでもいたい。
「蒼くん、あやりちゃんが無理なお願いをしちゃったみたいでごめん、俺がもう少し上手く言っていればこんなことにはならなかったかもしれない」
「お前のせいじゃないよ、これは俺の問題でもあるし、それに推しカプのあやりちゃんが困ってたらそれはもう、どんなに難しくても断る選択肢はないかな」
「蒼くん頼もしいね、俺もできることがあったらやってみる、会社の力を使ってその人探してみる」
「いや、いいよ。できる限り自分でやってみたいから」
「ほんとに?」
「うん、お前は自分のことだけ考えて。もうすぐお前の学校もテスト近いんだろっ!」
「アテッ」
綺麗な顔にデコピンを食らわす。食らわせたあとは少し爽快感があったけれど、コンマ数秒後には後悔をした。推しにデコピンを食らわすだなんて。しかも顔が資本の芸能人に向かって。
「わ!ごめんごめん!」
「ちょ、蒼くんフーフーしないで!近い!」
「お前が近づいてきたんだろ!」
こういう幸せな時間が、何のしがらみもなく続いていければいいのにと思った。
「岸ちゃんじゃん」
放課後、進路希望帳票を職員室に出しに行ったら窓際の席で紙パックジュースを飲んでいる岸ちゃんがいた。クラスのみんなは帰るか部活に行っていて彼女以外はがらんとしている教室。
岸ちゃんは紙パックから出ているストローから口を離すと、唐突に口を開いた。
「蒼、今から言う事嫌だったら嫌って言ってほしいんだけどさ」
「岸ちゃんどうしたの?」
「あの・・・元カノがさぁ、蒼に会いたいんだって」
「え!?は!?」
「嫌だよね。ごめんこんなこと言って」
「いや・・・なんで会いたいのか聞いた?」
「仲の良い友だちに戻りたいって。あの子から聞いたけどあっちが振ったんだよね?今更虫が良すぎるって言ったんだけどでもなんとかお願いって言われてさ」
「そうなんだ・・・」
正直、もう会いたくはない。好きなものを否定してくるような人はいくら以前仲がよかったとはいえ前のように笑いあえる自信があるとはいえない。しかし、そこまで彼女が言ってくるのはきっとなにか理由があるのかも知れない。
「わかった」
「本当に良いの?」
「何か理由があるのかもしれないし、俺がここで断ると岸ちゃんに諦めずにずっと頼んできそうな気がするし」
「よくわかってるね」
「岸ちゃんもでしょ」
そう言って二人で笑って、岸ちゃんは元カノに連絡をとった。返事を送ればすぐに返ってきて、予備校の無い2日後に会おうと決めた。会うまでの時間は、どんなテストよりも、どんな母さんの雷よりも苦しい時間だった。承諾したことを後悔する気持ちが湧いてしまうほどに。
連絡しないほうがいいと思うはずなのに、どうしてもこういうときに美月の声が聴きたくなってしまう。彼は今、何個かファッション雑誌の撮影をしているだろうから出るはずはないのに。何コールかしたあとに「もしもし」と聞こえた。
「蒼くん?珍しいね電話してくるなんて」
「え?今撮影中なんじゃ・・・」
「うん!そうなんだけど、ちょっと今休憩中だからちょうどよかった!なんかあった?」
「いやなんでもないけど・・・」
「ただ声が聴きたかったとか?蒼くんかわいいね〜」
「う!ま、まぁそう、だよ!」
「やけに今日の蒼くん素直でいつもこうだったら助かるんだけどな〜」
電話越しでも俺を見てくるあの甘ったるい表情が目に浮かぶ。甘い王子様フェイスが俺のことを認識して俺の電話を受けてくれる、これ以上の幸せはない。
そして、運命の時間はやってくる。待ち合わせ場所はうちの学校近くの公園。中高一貫だから彼女にも馴染みのある場所で、そこに来てくれるということだった。
「蒼?久しぶり」
「久しぶり」
元カノこと、日置由佳。ワンレンボブが特徴的な彼女は、最後に会った時のことなんかまるで忘れているかのように俺に笑いかけてくれた。その笑顔につられて俺も少しだけ表情が和らぐ。
「私今日車で送ってもらっててさ、そこに停めてもらってるんだよね。車の中で話さない?」
「あ、あぁ、うん」
勢いに気圧されて、すぐに了承の返事を送ってしまう。その俺の返事を聞いた由佳は、満足そうにうんと頷いて、車を停車させている場所へと案内してくれた。彼女の両親は確か電車通勤で彼女の家に車はなかった気がするけれど、新しく買ったんだろうか。そう思ってたどり着いた自動車はどこにでもあるような白い乗用車だった。
「お邪魔します」
「はいどーぞ!」
中から聞こえてきた声は、由佳の声でも岸ちゃんの声でもない。しかし、やけに聞き覚えがあるその声。出どころを探ってその方向を見ると、俺は自分の目を疑った。画面越しでずっと見てきていた、いや一度近い席とは言っても出演者からは遠くに見える席から見ていたこの女性は、俺が好きなカップルの一人だった。
「仲見蒼くん、だよね?」
「は、はい!」
「私が由佳ちゃんに頼んで蒼くんのこと呼んでもらったんだ。私あやり。わかるかな?」
あ、車出してください、とあやりちゃんは運転手さんに声をかけて、ゆっくりと車が動き出した。この状況を上手く飲み込めない俺は、なんでここにあやりちゃんがいるんだとか、どうして由佳とあやりちゃんがつながっているんだと聞けずに、黙ることしかできなかった。
「何がなんだかわからないって顔してるよね、じゃあ一から説明していこうかな。
まず、由佳ちゃんのことから説明していこうかなって思うんだけど・・・由佳ちゃんあのこと言っていい?」
「もちろんです」
「じゃあ言っちゃうね、蒼くん知ってるかわからないけれど、由佳ちゃんは[ぴかゆ]っていう配信者さんなんだよね」
「多分蒼は知ってると思います」
「はい・・・知ってます」
まさか元カノがあの界隈を震撼させ続けていたあの恋リアの暴露をしている配信者だと誰が思うだろうか。話を聞いていると色々と目を見開いてしまうような事実が次々と明かされていく。由佳は元々あやりちゃんのファンで、暴露系配信をしていくうちにあやりちゃんの目に止まってそこから何回かやり取りをする関係になったということ。恋リアの暴露をしていくうちに恋リアが好きな人を信じられなくなってしまった時期があるということ。
つまりぴかゆが配信でたつあやを取り上げなかったのはあやりちゃんのファンだったというのは当たりで、俺が由佳にこっぴどく振られた原因もそういった理由から来ているということを知った。まぁ、その理由を知った時点で今更寄りを戻すつもりもないが。
色々と話していくうちに、わかったことがある。
「たつきくんってそんなこと言ってたんだ」
「へー、イメージつかないかも」
あやりちゃんが何を考えているのかわからないということだった。美月はあやりちゃんともう少しで別れることを彼女に提案して承諾を受けたはずではないのか。では、なぜ彼女にこのように呼び出されたのだろう。俺が疑問に思っていると、由佳は助手席から一枚の写真を取り出した。その写真は、俺と美月が俺の家の前で抱き合っている写真で見覚えがある。美月が俺にくれた写真と同じ構図だったから。でも撮った人間が違う。美月に写真を送ってくれたであろう人物がこの写真に映り込んでいたのだから。
「たつきくんが仕事をほっぽりだしてどこかに行ったというタレコミがあって偵察しに行ったらさ、驚いたよ。まさか行き先が蒼のところだったとは」
「こ、これは・・・」
「私ね、ビジネスカップルなのは否定しないの。たつきくんが私のことを好きだと思って成立していないのは知っているし。でもね、こうやってバレちゃうようなことが今後もあったら私の仕事も大変になるんだ。
あ!圧力とかじゃないよ!?あと山に捨てるとかじゃないからね!?今あなたの家まで送ってるから」
なんかこの状況で家まで送られるのは怖すぎる!と言いたかったけれどぐっと我慢する。自分のせいで大好きなカップルに迷惑をかけてしまっている事実が苦しくてたまらない。でもあやりちゃんのほうがもっと苦しい。
「今日はお話聞いてくれてありがとう!またね!」
そう言って車を走らせたあやりちゃんにぺこりとお辞儀をして家に入った。何も考えずに自室の椅子に座る。天井をぼーっと見ているとあやりちゃんの出演するであろうドラマの最新映像の告知が出てきた。約束通りであれば、来週の初放送のあとに破局報告することになってるんだよ・・・な?このモヤモヤももしかしたらそれで晴れるのだろうか。
来週の初放送前、急にあやりちゃんに呼び出された。指定されたのは芸能人が使っていそうな静かな個室のカフェ。こんな雰囲気のカフェには来たことがなくて少々心が落ち着かない。目の前で飲み物を嗜んでいる彼女に対しても。
「あの・・・美月が言っていたことなんですけど」
前回、怯えすぎて聞けなかったあのことを持ち出してみた。もうすぐ破局報告が上がるだろう今のタイミングで聞くのは少しナーバスな話題なことも重々承知だが、本当にされるのかなあなあにされている気がして聞いてみた。その言葉を聞いた途端、あやりちゃんはカップをカチャッと置いた。
「私は、たつきくん・・・いや、美月くんとは別れないよ?」
あやりちゃんはいきなり豹変した。彼女の端正な目からは友好的な色は全く無くなり、俺を責め立てようと言わんばかりに目の端を釣り上げた。そのあやりちゃんの姿に俺は動揺しつつも、事実確認をしようと言葉を発した。
「え、いや美月が・・・」
「美月くんの言葉には承諾したけど、あなたが引けば美月くんは引いてくれるんじゃない?」
「そんなことは、」
「だって私と別れて、引いたあなたと付き合えないなら彼にメリットないじゃない。
私はなくしたものをすべて自分の影響力を増やして全部元に戻したいの!お金に困らなくて家族みんなが幸せそうだったあの頃に、こんな嫌な考えして生活してなかったあの頃に、大好きな子の隣で笑い合えた日々に!」
「あやりちゃん・・・」
「すべてを失ったことのないあなたに、私の道は邪魔してもらいたくないの」
俺を邪険に見ていた目から一転して、宝石のような目から涙がポロポロと溢れた。あやりちゃんを自分のせいで泣かせてしまったことにオロオロとしていると、彼女は持っていた品の良さそうなピンクのハンカチで目元を拭う。
「SNSも軌道に乗ってきて、何個もメディアのお仕事をいただくようになって、お父さんたちの借金を返せる目処がついてきた。だけど、私の目的はそれだけじゃないの。本当は許婚を探したかったの」
好きなカップルの彼氏は俺のことが好きで、はたまた彼女は別の人が好きという事実にまた頭を何かで叩かれたかのような衝撃。ビジネスカップルとは美月が言っていたけれど彼女のあやりちゃんも別の人が好きだったのか。でも、正直内心ホッとしてしまう嫌な自分もいる。罪悪感が少しマシになったような。
「今自分のせいで私が心に大ダメージ負ってなくてよかったって思ってるでしょ」
「(ギク!)」
衝撃で思わずいつもより大きな動きで唾を飲み込んでしまう。それを図星だと感じ取ったあやりちゃんはため息を一つ吐いた。
「なんか美月くんと同じくらい抜けててほんっとに嫌になるわ、お似合いすぎて腹立つのよ。でもこのまま別れてあげたくない、あ、良いこと考えた!」
どんよりしていた顔を、いきなりパッと目をキラキラにさせて俺を見る。表情がコロコロと変わっていて読めない。あやりちゃんはもう少し落ち着いているイメージがあったけれど、こういう明るいキャラクターをしているんだと知ることができたのはシンプルに嬉しい。推しの新しい一面を知ってギャップ萌えする気持ちってまさにこういうことなんだと思う。しかし、
「あなたが私の許嫁を探してくれない?見つけてくれたら美月くんとちゃんと破局報告を投稿するから」
「は、!?え!?」
「返事は?は?とかえ?じゃなくて[はい]か[いいえ]なんだけど?」
無理に決まってるだろう!と叫びたくなる気持ちを押さえて、言葉は発さず、小さく一回コクンとためらいながらもリアクションをした。不可能だと思う気持ち7割、あやりちゃんに頼られて嬉しい気持ち3割。若干、いや大分不可能だと思うけれど、俺の脳内と彼女の脳内には「いいえ]の選択肢は用意されていなかった。
俺のリアクションをしっかりと受け取ったお姫様は、決まりねと言いながらルンルンで残りのアイスティーを飲みながらその許嫁とやらの特徴を教えてくれた。
わがままなお姫様と別れた帰り道。ハッと気がついて足を止めた。それほど難しい交換条件を出してくるということは、「別れるのは絶対に認めない」という意味が隠れているのではないだろうか。そんなに回りくどい表現をしてくるのならこちらだって燃える、と少し闘志が出てきたところで美月から電話が来た。
「もしもし蒼くん本当にごめんあやちゃんが「わー!でかい声で矢継ぎ早に喋るな!」
応答ボタンを押した瞬間に美月は大きな声で早口で謝ってくる。この様子を見る限り、おそらくあやりちゃんから先程俺との邂逅のことを聞いたのだろう。美月から前に聞いたあやりちゃんのことの生い立ちのあらましを聞いたときは許婚のことを聞いたことがなかったからまさかこんなにこじれていることになっているとは夢にも思わなかっただろう。
「蒼くんほんっとにごめーん!」
なぜか電話越しじゃなくて俺の後ろを走っている車のほうが鮮明に聞こえる。後ろを振り返ると見慣れた車が見えた。どれだけ大きな声で電話してるんだよ、と突っ込みたくなったけれど、俺が車に振り向いたのを確認した美月がすでに開いていた窓から顔を出してくる。
「蒼くん!送るよ乗って!」
「お、お邪魔します」
一声かけて運転手さんに会釈をしながら乗り込むと、あの時に香った香水の匂いがする。おそらく、俺と会うときは香水をせずに他のときにしていたからなんだか美月ではなく、「たつきくん」に会っている気分になる。
「あれ、蒼くんなんか遠くない?」
「そんなに離れてないと思、う!」
「よいしょっと」
「わー!ちっかいんだよお前!」
お尻一つ分近づいてきて、腕がぴったりと触れ合う。その触れ合った腕を、美月は逃さずとって恋人つなぎをしてきた。絡み合った指のせいで俺が緊張しているのがすぐにバレてしまいそうで解きたかったけれど、このままでもいたい。
「蒼くん、あやりちゃんが無理なお願いをしちゃったみたいでごめん、俺がもう少し上手く言っていればこんなことにはならなかったかもしれない」
「お前のせいじゃないよ、これは俺の問題でもあるし、それに推しカプのあやりちゃんが困ってたらそれはもう、どんなに難しくても断る選択肢はないかな」
「蒼くん頼もしいね、俺もできることがあったらやってみる、会社の力を使ってその人探してみる」
「いや、いいよ。できる限り自分でやってみたいから」
「ほんとに?」
「うん、お前は自分のことだけ考えて。もうすぐお前の学校もテスト近いんだろっ!」
「アテッ」
綺麗な顔にデコピンを食らわす。食らわせたあとは少し爽快感があったけれど、コンマ数秒後には後悔をした。推しにデコピンを食らわすだなんて。しかも顔が資本の芸能人に向かって。
「わ!ごめんごめん!」
「ちょ、蒼くんフーフーしないで!近い!」
「お前が近づいてきたんだろ!」
こういう幸せな時間が、何のしがらみもなく続いていければいいのにと思った。
