Dating reality shows really do happen.

「ふー、疲れたな」
「なんでそんなに涼しい顔ができるんだ礼司」

今日はあの学校全体で行われる登山の日だった。朝早くに学校に集合して、気がつけば夕方。学校にバスが到着して各々解散となる。基本はみんな疲れているからそのまま電車やバスで帰ったり、家族に来るまで迎えに来てもらったりして帰る。そう、基本はみんな帰るはずである。

「じゃあ俺、バレー部の練習参加してくるから」
「待って、それは体力オバケすぎないか?」
「もうすぐ予選始まるから休んでられないし、登山がいい体力づくりになったからモチベーション高いしさ」

気をつけてという爽やかな声と笑顔に見送られ、俺は学校を後にする。ここから家に電車に乗って帰るのか・・・といつもより足取りが重い。というか足が痛いし、足だけではなくて全身が重い。さっさと帰ってシャワーを浴びて寝たいところ。そんなことを考えながら歩いているといきなりぐいっと右手を引かれた。突然引かれるものだから足がもつれて地面にそのまま倒れそうになるけれど、おっとという声とともに全身を包みこまれた。

「蒼くんお疲れだね?大丈夫?」
「美月!?え、なんで?」
「今日登山レクの日って言ってたでしょ?疲れてるだろうし家まで車で送るよ」

そう言って後ろの車の運転手さんにアイコンタクトをとると、運転手さんは席から立ち、後部座席のドアを開けてくれた。俺の肩を抱きながら「さぁ帰ろ」と進もうとする美月に待ってと声をかけた。

「気持ちはありがたいけどさ、俺今めっちゃ砂まみれだよ」

登山中に砂埃を直に受けたし、山頂で写真を取るときに男子はみんな床に寝っ転がっていたからジャージは見事に汚い。美月に抱えられたのも申し訳ないし、車に疎い未成年の俺にもわかる、あの車は高級外車メーカーの車だ。エンブレム一つでも俺では払えない価値があるのを知っている。以前のリムジンに比べたら見た目のインパクトは少ないかも知れないけれど、それでも俺が想像もできないほどの価値がある車で。俺が乗ったら汚してしまいそうで怖い。

「蒼くんがそんな心配すると思ってね、内装にカバーつけたし、むしろこのカバー前からほしいなって思ってたから助かったんだよ!さぁ乗って!」

そこまで言われると体力が限界に近づきつつある俺は、その言葉に「ありがとう」とだけ言葉を発し、あとは美月にされるがまま車に乗り込んだ。

「蒼くん住所は?」
「さすがに俺が打ち込むよ、っと、こんな感じ。よろしくお願いします」
「着くまで寝てていいよ」
「いやそこまで甘えるわけには」
「いいから!俺子守唄上手いし聞いてよ?」

美月は目を瞑って、ある歌を歌いだした。柔らかく染み込むバラードは、母さんが好きなあの歌に似ている・・・いや同じ歌だった。俺が生まれるよりも前にヒットしたとある女性シンガーソングライターの有名曲。そういえばこの歌、たつきくんも好きだと言って番組中に歌い、見届人と呼ばれる番組MCに「趣味古い」と突っ込まれていたことを思い出した。甘くすこしだけほろ苦さを感じる美月の歌い方は初めて聞いたはずなのにどうしてこんなに聞き馴染みがあるのだろう。意識が遠のいていく中、美月のおやすみという声だけが届いた。


「ごめん家まで送ってもらっちゃって」
「全然いいよ!」
「というか本当に一人で帰るんか?迎えの車帰してよかったの?」
「蒼くんの家までの道順を覚えるため・・・いやたまには電車とかで帰りたいからさ」
「前言撤回、ストーカーに住所教えるべきじゃなかったわ。お前匍匐前進で帰れよ」
「そしたら蒼くんの家にお邪魔するけど!」

笑えねぇよ・・・と引き気味な俺にごめんごめんと笑いながらリュックから一冊のノートを取り出した美月。はい、と俺に手渡してくれる。それを受け取り、中身を確認しようとページをパラパラと捲って見ればドンピシャで次のテストの範囲を解説してくれている。

「え、これって」
「次のテスト範囲これで合ってる?蒼くんの力になりたくてさ」
「いやお前忙しいって言ってたし、大体そっちの学校はもうこの範囲終わってるからこれまとめても自分のテスト勉強にならなくない?俺の得にしかならない」
「いいの、俺が蒼くんの助けになりたかったし。蒼くんさ、今日登山するってのに夜中まで勉強してたでしょ?」
「う、それは・・・」
「人の心配する前に自分の心配してよね」
「ごめん・・・助かるありがとう」

確かに最近追い詰められていて眠る時間があまりとれなかった。だから登山も5回目なはずなのに今日が一番疲れていて。それすらも美月にはお見通しだったというわけだ。あーあ、という声を心のなかで吐き、もらったノートを胸に抱く。

「テストのモチベ出たわ、絶対良い成績残してやる」
「その意気だよ」

そう言ってふわりと笑う美月に、心のなかでうまく言葉にはできないけれどあたたかい何かが広がっていく。じーんと染み込むそのなにかにコントロールされて、唐突に思いついたことを彼に言った。喜んでくれることを願いながら。

「テスト終わったら着いてきてほしいところがあるんだけど大丈夫?」
「もちろんだけどどういうところ?」
「アクセサリーが作れる工房なんだけど・・・」
「え、あ、うん俺アクセサリー大好きだから絶対行きたい!」

少し美月の歯切れが悪い気がしたのは俺の考えすぎだろうか。でも、ピアスを付けていたのを考えるとアクセサリーは好きな部類には入るだろう。
蒼くんゆっくり休んで、という声を残してひらひらと手を振りながら美月は遠ざかっていく。こんなことされたら心臓が少し変な動きをして遠くなる背中をずっと見てしまう。もらったノートをリュックに大切にしまうと、ドアの鍵を開け、浴室へと足を急がせた。



***
「テスト終わったー!」
「お疲れ様!」

俺の学校の最寄り駅と、美月の学校の最寄り駅のほぼ中間にある駅の改札付近に集合した。お互いの中継地点で会えることができれば負担の割合が偏らないから、というのは付加的な理由で、本当は別の目的がある。
というか、久しぶりに会った美月は学ランではなく、白いシャツ姿なのが新鮮で少しそこに目がいってしまう。シャツ姿を見るとひょろいというよりかは少し鍛えていそうなのが目に見えて「どうかした?」

美月は俺の顔を覗き込んでくる。それがあまりにも近くて2、3歩後退りしてしまう。いちいち距離が近くて心臓が持たない。ドッドッと変な音を立てる心臓落ち着けるために咳払いを一つする。

「今日は俺がずっと行きたかったところに行くから着いてきて!」

スマホで地図アプリを開いて最初に出る出口から調べる。そんな俺の後ろにちょこちょこと着いてくる美月は、あいあいさー!とゆるく返事をした。たしか、駅から徒歩2分でこの出口から出てコンビニを背にして歩いて行けばあるはず・・・あった、何度も見たあのお店はすぐに外観でわかってしまう。ここだ!と後ろを振り返ると、美月はお店を見た瞬間笑顔が消え、どんな感情か読み取れないような表情でそのお店を凝視していた。

「美月?どうかした?」
「ううん!楽しみ!俺初めてこういう所来るからさ」

その声を聞いて、俺はお店のドアを開ける。開けた瞬間ベルが鳴り、大学生くらいのポニーテルにした女性店員さんが俺達を出迎えてくれる。

「いらっしゃいませ!ご予約されてますか?」
「17時から予約した仲見です」
「仲見様2名様ですね?ご案内します!」

そう言って通されたのは、ブレスレットにつけるチャームが選べる場所だ。俺達が来たのは自分たちでチャームを選んでそれをシルバーブレスレットにつけてオリジナルアクセサリーが作れる工房である。なぜ俺がそこに来たかと言うと、ここから見えるレジカウンターに飾られているポスターサイズの写真。そこには俺の推しカップルであるたつあやの写真が飾られている。そう、ここはたつあやの聖地である。

「あやちゃんの名前に入ってるこの矢のモチーフを選ぼうかな」
「じゃあ私はたつきくんの名前のたつをイメージしてこのドラゴンのモチーフ入れる!」

放課後デートを勝ち取ったあやりちゃんは、たつきくんを誘ってこのお店におそろいのブレスレットを作りに来ていた。二人で同じモチーフを見て可愛いと笑い合ったり、選んだモチーフがほぼ一緒でびっくりしたり、相性の良さはもうこの時からわかっていたから見ていてすごく癒された。お互いの名前からとったモチーフを真ん中にさせ、残りのモチーフの位置を揃えて意図せずお揃いになっている二人が俺にはとてもまぶしく感じた。別に美月とそういう関係になりたいかと言われたらその、上手く答えは出せないけれど、でもあの二人はとても楽しそうだった。聖地巡礼の意味もあるけど、男子でも楽しそうなアクセサリー作りって貴重だし、アクセサリー好きそうな美月なら多分気に入ってくれると思ってここを選んだ。ゲーセンのぬいぐるみといい、この間のノートといい、俺ばっかりもらってるから美月が楽しんでくれるといいなと思っている。

「美月はなんのモチーフをいれる?」
「俺は・・・蒼くんとおそろいがいいかな」
「いや、自分が付けたいやつ選べよ!?ここは俺が払うからさ気にせず選べって!」
「それならなおさら選べないよ・・・ここ高いんだよね?」
「ばか!店員さんの前でそんなこと言うなよ!えっと、テスト期間中に父さんが帰ってきてお小遣いくれたんだ」

家にある資料を取りに来ようとした父さんは、俺が勉強しているのを目の当たりにすると酒を飲んでいたこともあって万札を数枚俺によこしてくれた。ここの工房の代金はこっそり隠しておいた裏貯金箱から払おうと思っていたが、臨時収入にこの札を使わざるを得ないと思って今俺の財布にはその万札が眠っている。
ちなみに父さんはそのお金を交通費に充てようとしていたみたいで、在来線で何時間もかけて大学に帰ったみたいだ。

「というか、ここのこと知ってるみたいな口ぶりだけど来たことあるの?」
「あ、いやそういうんじゃないよ!?アクセサリー作る系って高いイメージあるからさ」
「気にしないで選べよ、美月へのお礼でもあるんだからさ」
「だったら俺は蒼くんとおそろいが欲しいの!蒼くん選んでよ」

俺の後ろからぴったりくっついて離れない美月に苦笑いをすると、店員さんに向かってある質問を投げかけてみた。

「すみません、矢とかドラゴンのモチーフとかってありますか?」
「それが半年前位から在庫の確保が難しくて今ないんです」
「じゃあ、えっとこの写真の他のモチーフはありますか?」
「すみません、そのモチーフも全然あったんですけど先週くらいに別のお客様に買い占められて在庫がないんです」
「そうなんですね・・・」

一つでもたつあやと同じチャーム付けたかったけれど仕方がない。吟味しながら選んでいると、目を引くモチーフがあった。三日月のモチーフだ。美月の名前が入っているこのモチーフはすっと手に取ってしまう。俺の様子を見た美月はそれ選ぶの?と声をかけた。

「おう、だってお前の名前に入ってるし」
「え、えー!!蒼くん好き!俺もそれ入れる!」

美月もそのチャームを手に取り、手元のカルトンに入れた。月といえばキラキラしているし、それ関連でモチーフを組み合わせていけばいいかと考え、星とかキラキラしたモチーフを入れているとあっという間にカルトンの中が上限数に達していた。

モチーフを選び、ブレスレットの本体を選ぶ。俺がオーソドックスなシルバーのチェーンブレスレットを選ぶと、美月も同じものを選んだ。店員さんは裏から俺達が選択したブレスレットを持ってきてくれたけれど、トンカチのようなものと一緒にやってきた。

「実は今、開店1周年を記念して留め具のところに刻印ができるサービスを期間限定でやってるんですけどしてみますか?」
「はい!」

もちろん、番組で見たときはそんなサービスはしていなかった。前までの俺だったら断っていただろうけど、今日のこの思い出を刻むのもいいなと思って二文字で返事をした。俺が乗り気なのを見て、美月もそそくさと後ろに着いてきた。ナチュラルな椅子に誘導されると、たくさんの文字がかかれたはんこのようなものを用意され、エプロンも一人一つ渡された。

「蒼くん、エプロンの後ろ結んで!俺結び方わからない!」
「は!?ありえないだろどうやって靴紐結んでるんだよ」

と言葉が出たけれど、こいつの家は引くほど金持ちだから使用人さんに紐結んでもらっている可能性もあるか。しかも今美月はローファーを履いていることもあって妙に信憑性がある。「早く!」と俺に背中を見せつけてくる美月と、待たされている店員さん。俺達を見ながらも笑顔を崩さない店員さんに申し訳なさが出てきて、はぁとため息を吐いて美月のエプロンの紐に手をかけた。

「蒼くんありがとう!よし刻印を入れよー!」
「はいはい」

俄然やる気になった美月の隣に座って、入れる文字を最初に考える。相場こういうのって自分の名前とか相手の名前とかなんだろうな・・・ってそれはカップルで来た人たちがやるものだろうから、俺は記念ということで今日の日付を入れることに決めた。俺が数字のはんこをとろうとしたら美月がえ?という素っ頓狂な声を上げた。

「蒼くんアルファベットじゃなくて数字なの?なんで?」
「いや、今日の日付をいれようと思ってさ」
「もしかして今日を俺たちの記念日にしようと思ってるってこと?
不束者ですが、よろしくお願いします!」
「違うから!名前とか入れるより今日行った日付入れたほうが思い出にもなるんだろうなと思って!
それ言うお前は何入れるんだよ」
「え?蒼くんのAとOとIだけど」
「せめて自分の名前入れろよ!」
「仲良いんですね!」
「え?仲良さそうに見えます?」
「ですよね!?さすが店員さん!ね?蒼くん俺たち仲良しに見えるってラブラブだって!」
「周りを取り込んで事実無根のこと言うのやめろ」

俺の知らないところで勝手に店員さんには俺と美月が仲良しに見えているみたいだった。美月はその言葉があまりにも嬉しかったらしく、どんどんと刻印を進めていく。俺の真似をすると意気込んだ以上、俺のテリトリーにあったハンコとトンカチを取って打ち込む。

「できた!」
「じゃあ俺も入れるからハンコとトンカチちょうだい」
「はい!」

こういった工作系は苦手で、中学の時も美術とか技術などの教科はそこまで成績が振るわなかった苦い思い出がある。でもこれは失敗したくない。慎重に刻印を入れたいところに狙いを定めてトンカチを打った。


「蒼くんってどうやってここを知ったの?」

チャームとブレスレットをくっつけ、焼き入れるのを待っている間に美月はそんなことを聞いてきた。今日は平日なのもあってこの場にいるのは俺と美月の二人きりだった。美月は少し伏し目がちに俺に訪ねてくるものだから、なんだかそれが移って俺も歯切れが悪くなってしまう。

「それは・・・恋リアで・・・お前にお礼をしたかったのもあるけどちょっと聖地巡礼したい気持ちもあったから」
「別に責めてないし、俺すっごく楽しいから聞いてみただけだよ」

言葉はそれほど気にしていないというのに、俺の肩に頭を寄せて首元に顔を寄せる。時折動く美月の長い髪の毛がくすぐったくて思わず身をよじろうとするけれど美月は俺のそばから離れようとしない。上手く言えないけれど、何かにおびえているかのように努めて大丈夫なふりをする美月を初めて見た。美月の頭に手を置き、ぽんぽんと2回叩く。そうしていると、タイミングよくあの店員さんが俺達の前に現れた。

「お客様お疲れ様でした!あの、できたにはできたんですけど、この状態のままお持ち帰りいただくよりかは保存加工してからお使いいただいたほうが長くお使いいただけるんですけどどうされます?」
「もちろん長く使いたいので加工お願いしてもいいですか?」

俺がそう言うと、店員さんは工房の裏の棚からちいさい紙を2枚取り出し、レジに置いてあったペンを2本取り、俺達の前に差し出してきた。

「郵送させていただきたいので、お名前と携帯番号とご住所をこちらに書いていただけますか?」
「はい!」
「これって蒼くんの住所はだめなの?」
「自分のやつ書いておいて!」
「わかったよ〜」

渋々美月は自分の個人情報を書くと、俺の肩に頭を埋める。やっぱりくすぐったくて敵わないけれど、俺よりもだいぶ大きな図体をしているやつが俺に甘えているのがなんだか誇らしくてそのままでいたら腹のあたりに手を回されてなんだか逃げられない気がしてならない。

「加工は1日か2日で終わりますので、市内にお住まいのお客様方なら今週中にはお届けできると思います!」

店員さんは笑顔でそう言い、そのあと決済をして店を出た。


「なぁ美月、届いたらさ一緒に写真撮らないか?」
「もちろん!俺達の初めてのおそろいアイテムだもんね!」
「なんかその言い方ちょっとあれだけど、でもお前とお揃いって嬉しいからさ、届いたらすぐに連絡するからお前も頼むわ!」
「蒼くんのお願いなら、全然聞くよ!あ、ごめん急遽打ち合わせ入っちゃってさ」
「また部活みたいなもん?打ち合わせってどういうことだよ」
「俺もよくわからないんだ〜駅まで送れなくてごめんね」
「全然!忙しそうなのに俺のわがままに付き合ってくれてありがとう!」
「またブレスレット届いたら連絡するね!蒼くん気をつけて!」

そう言ってアプリで呼んだタクシーに乗って美月はすぐに去っていってしまった。今日の美月はなんだか少しだけしおらしく見えたり俺に甘えたりしてまるで何かにすがっているように見えた。やはりアクセサリーってお守りの意味もあるから、俺にピアスを預けたから別のアクセサリーにすがりたいんだろうか。なおさら早く届いてほしい。

(「やべぇ!俺も早く移動しないと」)


駅に移動し、目的の駅まで揺られてそこから歩くこと数分、すっかり疲れた顔を見せる我が母上と合流をした。母さんの大きなカバンからは俺の愛しのパソコンが見えていて、待ち合わせをした場所はなんと、携帯ショップである。今から俺にかけたフィルタリングを解除する手続きをしてもらうのだ。

酒に酔った父さんが母さんに俺がとても勉強していることを熱弁され、テストが終わったあとにフィルタリングを解除することを伝えられて今日に至る。今日という日をどれほど待ち望んでいたか。

「どうですか?他のサイト開けます?」
「開けます!ありがとうございます!」
「これからはオンとオフをしっかり区別してやるときはしっかりやるのよ。じゃないとわかってるよね?」
「き!気をつけます!」

フィルタリングが解除されたばかりの携帯を撫でる。この状態でよくやってくれたと労うと、母さんがタクシーを手配してくれていた。

「早く家に帰るわよ、私も疲れたし蒼も疲れたでしょう。私疲れて御飯作る余裕がないんだけれど、ピザとお寿司とチキンどれがいい?」
「うーん、母さんが選んでよ」
「いいの?私今すーっごくうどんが食べたい、おだしが効いてるやつね」
「じゃあうどんの出前取ろう、俺が頼んでおくね」
「蒼ありがとうね」

タクシーの中でうどんを頼み、家についた数分後にはデリバリーされていた。母さんと食卓を囲み、色々な話をした。ここ最近母さんとはすれ違うライフスタイルが多かったから、それはそれは積もる話が多かった。勉強を頑張っていたこと、遠足の登山をしたこと、そして美月という男と出会ったこと。

「蒼はさ、その美月くんって子が好きなの?」
「ブッ!ゲッガハッ、違う!」
「でもあっちはそういう素振りを見せてくるんでしょう?」
「そうだけど・・・」
「蒼気をつけなさいね?」
「え?」
「まぁ上手くは言えないけれど、ちゃんと自分を大切にしてくれる人を選べるのが人生の幸せにつながるんだから」

そう言って母さんは油揚げにかぶりついた。じゅわっとスープが滲み出ている。俺もそんな風にアタックされて自分の気持ちが溢れ出てくれればいいのに、なかなか難しいものがある。

「(次会えたら、今の気持ちをしっかり言おう」)

心に決めた俺は、うどんを丁寧に味わって言葉を吟味し始めた。


お風呂に入って歯磨きをして、自室で数カ月ぶりにSNSを開いてみた。リアルタイムに動いているSNSに感動をしていると、俺がフォローしているたつあやファンの方で割と大手な方を探してみていると、最近の投稿が悲しそうな文面が並んでいるのが見えた。

「今週のカップル投稿一つだけか」
「いや、あるだけありがたいけど・・・」

彼女が悲しみ出す前の最後の投稿を見たら、岸ちゃんがオールする日の少し前の投稿だった。そこにはあやりちゃんの配信のキャプチャーが載っていて、たつあやの大手垢の人は「どういうこと?」とだけ投稿している。気になる俺は、その動画をタップしてみる。どうやら、あやりちゃんがティーン雑誌の専属モデルに選ばれた記念生配信だったらしく、おめでとうコメントをよく読んでいた。

[あやりちゃん専属おめでとう]
「ありがとう!がんばるね!」
[あやりちゃんのおすすめしてたコーデ揃えちゃった]
「ほんと!?うれしいよー!」

ここまではあやりちゃんはいつもの日本美人風なおしとやかな表情とそれに反比例する明るい声色で配信を盛り上げていた。コメント欄もあやりちゃんのビジュアルをほめるいつもの和気あいあいとした雰囲気った。しかし、次の質問で一変する。

[雑誌でたつきくんが大切な人にあのピアスあげたって言ってるけどもしかしてあやりちゃんがもらったの?]
「え、?」

彼女は心底驚いたかのようにフリーズした。まるで自分がまるで知らなかったかと言わんばかりに。そこから慌てていつものように優しく笑うけれど、どことなく引きつっているような笑顔だった。

「えっとねー、お母さんにあげたんだって!ピアスを家族にあげるってなんだかロマンチックだよね?」

このフリーズした瞬間が切り取られ、YNRL界隈ではたつあやがうまくいっていない説がまことしやかに語られ始めたという。大手垢の人も応援はするけれど、少し事実確認をしたいというような旨が他にも綴られていた。
俺がSNSを見ることができない間に一悶着があっただなんて、テストを今まで頑張っていなかった自分に腹が立つ。

他の人の投稿をサーフィンしていると、とある興味深い書き込みを見つけた。

「ぴかゆって絶対たつあや贔屓だよね、かいとくんが炎上した日と同じ日にあやりちゃんの配信も炎上したのにあの日の配信でたつあやの不穏取り上げないとかこう思うほかないでしょ」

ぴかゆと言えば、岸ちゃんが悩んでいたあの恋リア暴露系配信者だ。俺は名前とどういう人かしか知らないけれどここまで恋リアファンの人にマイナスイメージ持たれているのならどういう人なのか気になるところではあるけれど。でも、カップルとか恋リア出演者が世間から嫌な目を向けられるきっかけがその人起源なら好きにはなれない。

色々と考えすぎてモヤモヤとする気持ちをたつあやのSNS投稿を見てなんとかしようとフィードを見る。

一番最近のデート投稿はどうやらドライブデートだったようだ。たつきくんの家の車でドライブしてそこから公園を少し歩いたという微笑ましい投稿で見ている俺も幸せになる。二人ともカップルとしての仕事の他に個人での仕事が増えているのもあって忙しいのだろう。あやりちゃんは少し離れた地方から仕事のあるときに通っているから忙しいのにきちんと通学していて偉い。自称同じ学校に通っている人いわくあまり授業を休まないとのこと。たつきくんはどこの学校かわかっていないらしく、相当口の固い芸能高校に行っているのではないかと言われている。高校だけでなく、小学校、中学校の情報も何一つないからどこか掴みどころがない王子だと言われているのはまさしく情報があまり出てこないのも関係している。

「たつきくんってどういう高校生活してるんだろうな」

ぼーっとその投稿を見ながらそんなことを呟くと、とある写真が目に止まった。二人が車の中で微笑んでいる写真の中に、少しだけ見切れているものが見えた。上手く目を凝らさないと見えない何か。グレーの上着のようなものだった。グレーの上着と言ったら、グレーの学ランを着ているあいつ。たつあやの写真を見て美月のことを考えてしまうだなんて、俺はかなり重症なのかもしれない。でも何となく気づいてしまった気持ちには抗えない。ベッドに寝転ぶと、美月から連絡が来た。

「蒼くん、今日はありがとう!早く写真撮ろうね!」

いつもだったら少し置いてから返してしまうメッセージだけど、すぐに返事をしたくなった。俺も同じ気持ちだってことを伝えたくて。

「俺こそありがとう」



***


「美月、ブレスレット届いた!」
「俺も多分届いたのかな?」
「返事が曖昧すぎるだろ」
「ごめん、忙しくてあんまり家のポスト見られてなくてさ」

2日後、放課後家に帰ると美月から電話がかかってきた。暇電かよと突っ込むと声が聴きたかったと言われてしまえば何も言えなくなってしまった。
話していくうちにブレスレットの話になり、俺が届いたことを伝えると美月はまだ確認していないとのことで少し寂しくなるけれど、美月はあ、と大きな声を上げた。

「俺もうすぐ家に着くからさ、家でブレスレットとってから蒼くんち行くよ!記念写真撮りたいもん」
「いや、帰って休んだほうが・・・」
「いいの!蒼くんはこれから用事ない?」
「ないけど!決まりね!」

美月はテンション高く、車の運転手さんの他に車に乗り込んでいた人に「黒井さんに銀と時間のブレスレットの入ってる箱を取ってきてもらうように言っていただけますか?」と言った。銀と時間は俺達が行った工房の名前だ。梱包はとてもシンプルだが丁寧だった。白地に黒い文字で店の名前の書かれた小さな箱を開けると、まさに俺が描いていたその姿のブレスレットが出てきた。美月はその感動を知らないんだ。俺がその美月の驚く顔を目の当たりにできるのは少し楽しみというか。
というか、なぜ美月は梱包が店の名前が書かれた箱だということを知っているんだろう。初めて来たと言っていたのだから知らないはず。いや、もしかしたらSNSでこのお店の投稿を見たのかも知れないし、考えすぎはよくない。

「じゃあまた後で!」

そう言って美月に切られた電話。バイバイの一つも言えなかったことがなぜかモヤモヤとしてしまい、心の中に何か深い棘のようなものが刺さったかのように感じた。こんな気持ちで美月の前に立つのは申し訳ないし、そうだ気分転換にSNSを見よう。

「え!?」

「ショッピングモールを貸し切って、夏のデートプラン対決!」という、YNRLの企画生配信の情報が解禁された。

この配信はたつきくんを始めとした直近のシーズンでカップル成立した4人の男子が出演する。その4人が女装した人気お笑い芸人をエスコートして1位は彼女との豪華旅行がプレゼントされるというものだった。しかもそのショッピングモールは俺と美月が偶然会ったあのショッピングモールでなんとも言えない気持ちが湧いてくる。好きな人と歩いたモールで推しが企画に使う。まさに俺が得をする企画。通知をオンにしてひたすらどういう結果になるだろうか、と考えていると美月から連絡がきた。


「蒼くん!おまたせ!」
「いや待ってないから全然良いよ」

家まで来てもらうのはなんだか申し訳なく、近場の公園で待ち合わせをした。遠くの砂場では子どもたちが遊んでいるのが見える。俺達はベンチに腰掛けてお互いが持ち寄ったブレスレットを開ける。

「俺はもう開けちゃったんだけどさ、美月開けてみてって」
「開ける!でも俺蒼くんに最初に見てもらいたいからさ、蒼くんに向けて開けるね!」
「同じ物なんだって!まぁお前がそういうんなら全然見るけど」

美月はワクワクしながら、箱を開けていく。綺麗に包装された箱を開けると、そこには俺と全く同じデザインのブレスレットが出てくる。まぁ、何回見てもこの瞬間はときめくからいいんだけど、と思っていたら、俺の持っているブレスレットと全く違うものだった。

「ん?」
「え?蒼くんどうかした?」
「なんか違くない?俺の持っているモチーフ、」

そこまで言って気づく。真ん中にやけに存在感のある矢のモチーフ。あやりちゃんが好きだと言っているハートと鍵のモチーフ、全体的に女子が好きそうなチャームと俺が選んだチェーンのブレスレットよりも鎖一個一個が大きいタイプのもの。間違いない、これはたつきくんのブレスレットだ。店員さんから聞いていたモチーフの在庫状況からして確実にこのチャームを付けている時点で他のお客さんと取り違えている可能性はほぼない。
俺が黙ると、美月は自分の持っているブレスレットを見る。

「本当だ!お店の人もしかして間違えちゃったのかな、今から連絡「違う」
「蒼くん?」
「お店の人は間違えてなんかない」
「でも蒼くんのと全然違うよ」
「これは、たつきくんのブレスレットだから。このデザイン、間違えることない」

俺がそこまで言うと、美月はやっと何かに気づいたかのように黙った。本当はどこかで気づくべきだったのかも知れない。たつきくんと同じピアスをつけていたり、そのピアスを俺にくれたと思しき後からたつきくんがピアスをつけなくなったり、たつきくんが表紙の雑誌の購入を勧めてきたり。加えて一般の高校生にしたら不自然に忙しそうなスケジュール。

「お前が、たつきくんなんだよな」
「蒼くんちょっと待って」
「俺がわからないわけないじゃん、これはあやりちゃんとペアルックのブレスレットだから。何回も見た。それで何度も何度もときめいたし、生きる活力みたいなのももらったんだよ」

少し目頭が熱いような気がするけれど止まらない。

「お前はあんなにかわいい彼女がいるのにそれだけじゃ飽き足らず、どこで知ったのか知らないけど自分のファンに手を出して、満足か?」
「蒼くん、」
「お前最低だよ。あやりちゃんの気持ち考えてみろよ」

そう言って目の前の男の顔に手を伸ばし、眼鏡を外す。そのあとに上に手をやった。黒い髪の毛の下のネットごと思いっきり引っ張ると、何度見ても素敵だと思っていたあの金色の頭が見えた。

「お前のせいで、俺までおかしくなっちゃったのに。お前のこと、いいなとか思っちゃったのに。もう、お前とはいれない」

眼鏡とウィッグをあいつめがけて投げると、一目散に家の方へと走り出した。走っている途中で涙が出て止まらなかった。一瞬だけちらっと振り返るけれど、あいつは追ってきていない。家に着いてドアを開け、すぐに鍵をかけてドアを背に、ダムが決壊したかのように涙がとめどなく溢れた。推しに好きだと言われて嬉しいはずなのに、好きな人に会えておそろいのものができて飛び上がりたいほどなのに。脳裏にいるのはあの大和撫子のような優しい女の子だ。あいつが俺にピアスを渡してできてしまったたつあやの不穏なイメージ。俺がいるだけで二人に迷惑がかかるなら、いくら好きな人であろうともう会えない。会ってはいけない。

「好き、だから」

そう呟いた俺の声は誰の耳にも届かなかった。