「岸ちゃんおはよう」
「蒼おはよう」
「え、岸ちゃんリュックにキーリングつけてるね!?」
「よく気づいたじゃん、蒼ってこういう変化に疎いかと思ってたんだよね」
隣の席の岸ちゃんはいつもギリギリめに登校してくるバイト戦士のギャルだ。中等部から何回か同じクラスになる女子で、高校からバイトを掛け持ちで何箇所かやっているのにもかかわらず成績を真ん中あたりでキープできている一目置かれる人物だ。
岸ちゃんは中等部のときに俺の元カノと含めて仲が良かったけれど、元カノが他の高校を受験したあとからなんとなく俺達と距離を取り、俺と元カノが別れたのを知ってまた以前のように絡めるようになった。彼女なりにあの子に配慮していたんだと思う。
それよりも肝心なのは、岸ちゃんのつけているキーリングだ。これは恋リアYNRLの公式キャラクターであるクマのヨニと、うさぎのリンリーがくっついているぬいぐるみチャームだ。正直家にこの子達の大きなぬいぐるみがあるくらい好きだし、たつあやがこのキャラクターのぬいぐるみを持っている写真を結構アップしていたからお気に入りだ。
SNSが見れなくなったとはいえ、このチャームがUFOキャッチャーに登場するのは随分前からわかっていたはずなのに、具体的な日時を知らなかったのはまずい。とにかくそのぬいぐるみがどこで手に入るのか情報を集めないと。
「いや、えーーーっと、そのキャラ元カノが好きだったから」
「あー、確かにあの子恋リア好きだったよね」
自分がこの番組が好きだからという理由を伝えられずにそれっぽい理由つけて話をつなげるのどうにかしたい。でもギャルは何となく合点がいったみたいで、胸にちくりと広がる罪悪感を押し殺すようにして、話題を少しだけ広げてごまかしつつ情報を集めてみる。
「どこのゲーセンにあったの?」
「もしかしてあの子とバッティングするの避けてる?だよね〜えっとね、学校のすぐ近くのゲーセンにあったはずだよ。あの子路線違う公立に行ったはずだからわざわざ乗り換え必要なこっちまで来ないでしょ」
「ありがとう」
そんなの、そんなの・・・
「(やるしかないだろー!)」
授業が終わったあと、教室で少し寝ているふりをして教室を伺う。あのゲームセンターに行く人がいないか探るためだ。中高一貫だからか成績でクラスが振り分けられるため、あまりクラス替えで大きく変わることがないから、大体の知り合いは固定されつつある。だから知らない同じ学校の人にゲームセンターでバッティングしてもダメージはない。問題なのは同じクラスの人に見つかったときが問題だ。
「佐藤、部活行くぞ」
「若林ちゃーん、俺と一緒に塾行こう」
「朝ぴ早く行って基礎練始めなきゃ」
リサーチしたところ、大半が部活か予備校に行くらしく、これならバレないかも知れないと顔を起こしゲーセンに向かう。道中コンビニのトイレでブレザーを脱ぎ、黒のカーディガンスタイルで向かう。うちの学校を象徴する茶色のブレザーは他の学校に比べてとにかく目立つが、これならズボンが黒だし、万が一同じ学校の人と遭遇しても一瞬は気をそらすことができる。
「(よし、行こう)」
そうしてコンビニでお茶を買い、外でぐびっと一回飲んでから戦地であるゲームセンターへと向かった。
ゲームセンターのUFOキャッチャーをぐるっと回ると目当ての筐体を見つけた。その前には先客がいるようでああ、と肩を落としかけたけれど、先客の姿に見覚えしかなかった。
「匂坂、お前何やってんの?」
「え!蒼くん!」
あのグレーに伸びた髪の毛は間違いなく匂坂美月だ。お金を入れた匂坂が俺の方を振り返ると、最初に動かすべきレバーをふいに動かしてしまったらしく、少し情けない「あ」という声が聞こえた。
「何やってんだよ」
「だ、だってこれが欲しくて・・・」
しゅんと項垂れる匂坂。そのまま2番目に動かすレバーをやっつけで動かすけれどキャッチャーは空気しか掴めず、そのまま元居た場所へと戻っていく。あぁとため息をつきながらまた財布から100円を取り出して入れる姿は哀愁が漂う。
「いつになったら取れるんだろう。手持ちはこれで最後だからこれで取れないと困るのに・・・」
「お前いつからこれやってたの?」
「昨日の放課後から。でも全く成果なくて途中で来た人が一発でもって行って泣きそうになりました。この景品調べたら取り扱いのある最寄りのゲーセンがここだったのに」
「あぁ・・・」
途中で来た人、おそらく岸ちゃんだろうな。岸ちゃんは勉強の要領もいいし、UFOキャッチャーも得意そうだ。去年やってたバイトはゲームセンターだったらしいし。移転したからそこはやめたらしいけれど。
「お前そんなにこれ欲しいの?」
「欲しい!欲しいです!」
匂坂はキラキラした目で俺を見る。なんだかこいつといると調子が狂う。俺がいつも引かれた白線を歩いているとしたら、その白線の歩みを乱す存在。小さい子みたいに俺の周りにうろついて俺の手を引っ張って白線から下ろそうとする問題児だ。それなのに今日だって声をかけてしまうのは、なんだかんだ憎めないやつだと否定できないからだ。ただ、告白の方法はもう少し勉強したほうがいいと思うけれど。
「お前って頭いい学校のくせしてUFOキャッチャーのやり方すらわからないのかよ」
「学校では習わないから!」
「学校でUFOキャッチャーのやり方を授業で取り上げたらそれは問題ものだけど」
「ん?蒼くんなんて・・・?ってえ!?」
「もう少しターゲットを見たほうが良いよ」
景品のゲット口の近くにぬいぐるみを寄せると、それだけで大事かのようにジャンプしてはしゃぐ匂坂。さきほど匂坂のことを小さい子供みたいに俺の周りをうろつくって形容したけれど、こうして見ればなんだか本当に小さい子供みたいだ。
「大げさだろ・・・」
「でも!俺全然動かなかったし、こんなに進捗があったのなんて初めてで」
「お前相当このぬいぐるみのこと好きなの?」
「え、あ!うん!大好き!欲しい!」
そう言った匂坂の後ろで、見覚えがある高校生3人組がこのゲームセンターに入ってくるのが見えた。去年同じクラスだった外部生だ。最初こそは成績を上げようとしていたらしいけど、首位が不動の礼司なのを目の当たりにすると礼司の悪口ばかり言って成績が右肩下がりの人たちだ。礼司の幼馴染である俺のことも目の敵にしだしていたらしく、一年の最初の頃は割と話していたけれど終わり頃にはすれ違うたびに嫌な視線を投げかけていた苦手な部類の人たち。
「え、蒼くんどうしたの?」
「言う事聞いて」
匂坂の学ランの首元を掴み、顔を俺の下に寄せる。匂坂の眼鏡が俺のまつ毛に当たりそうなほど近づける。状況が掴めないといった感じで「え?蒼くん?」と言った声が聞こえたけれど、「我慢しろ」としか言えない俺。もしここで俺が恋リアのUFOキャッチャーでぬいぐるみを獲得することに必死になっていたことを知ったら、あいつらはすぐ学校中に広める。だから不本意だけれどこの背が高く背幅が大きいこいつで隠れるほかないのだ。匂坂は少し倒れそうになって、俺の顔の横に右手を置いた。もちろん俺の背面はUFOキャッチャーの筐体で、はたから見れば。
「なぁあいつら見ろよ、UFOキャッチャーでキスなんかしてるけど」
「はぁ!?しかも男同士かよ」
「気持ち悪いもの見てないで行こうぜ、今日は音ゲーやるんだろ」
うえぇと3人が吐き捨てる声が聞こえてから匂坂の肩を掴んで離すと、頬が真っ赤になった匂坂がいた。確かにあんなにいきなり人と近くなればびっくりするしうまく息も吸えなくなるよな。
「あ、ごめんびっくりしたよな」
「ちちち、ちがくて、そんな大胆な蒼くんに嬉しくなっちゃって」
「どういうこと!?とにかくあいつらが来る前にさっさと退散するからな!」
「蒼くんってUFOキャッチャーの才能もあるんだね」
「おう、好きなジャンルが結構UFOキャッチャーで景品出すからな」
ゲーセンの近くの公園で匂坂が俺が取ったぬいぐるみチャームを見ながら蒼くんってすごいねと何回も言うものだから思わず照れてしまう。あのあと、UFOキャッチャーの獲得口付近まで寄せたぬいぐるみをしっかりと次の順番で回収し、俺の分のぬいぐるみは匂坂が何回かやっていたからか獲得確定に入り、2回で手に入ることができた。
「彼氏さんは俺と一緒にいたら怒らないの?」
「彼氏?」
「この前、予備校の」
「あぁ〜あれ違うよ」
「え!?」
座っていたベンチからガバっと起き上がると、俺を見下ろしているけれどその視線は覇気一つもない。おろおそろと両足を動かしている。その様子がおかしくてつい笑ってしまうと、怪訝そうな顔をする匂坂が腕を組んで俺を見る。
「俺あの日結構落ち込んだんだからね!?」
「悪い、でもお前があんな夜にライト光らせてこっちに来たらどう思う?死ぬほど勉強して疲れて帰りたいのにめんどくせぇなって思わない?」
「うぅ・・・」
「礼司は俺の幼馴染で、俺が早く帰りたいのわかってたからあんなことしたんだと思うよ」
「でも、あの目は」
「俺のことが好きなように見えたってか?お前は俺の近くにいる人間が全員俺のこと好きとか思うわけ?」
「思うよ!だって蒼くん魅力的だから!俺さっき本当はこれしたくて」
そう言って俺の肩に手を置いて、自らの口を近づけようとしたやつに、俺は自分の分のぬいぐるみを口元にお見舞いした。匂坂の唇にヨヌの顔がクリーンヒットして、びっくりしてのけぞったやつにケラケラと笑みを見せてみる。
「え、えー!?」
「大体俺達友達でもないだろ、だから付き合ってもいないしキスなんて無理」
「そ、そうでした」
「というか、なんでお前このぬいぐるみチャームとろうとしてたわけ?ただ欲しかっただけなの?」
キーチャームをぶらぶらと振りながら聞く。普通に男子高校生をしていたらこれの存在を知る機会って結構限られるだろうから。恋リアって女子が見るものだろうから、恋リアのグッズだなんて男子がやけになってとろうと思えないし。これをじっと見ながら匂坂は意思がこもっていそうな真剣な眼差しになった。
「蒼くんにあげようと思って」
「え?なんで?」
「蒼くんこれ好きだよね?」
「え。いや、え?好きじゃないよ」
「蒼くんこのキャラクター好きだから
「なんで知ってるわけ!?お前俺のストーカー?」
「違うよ!えっと、うーんと、なんとなくかな」
「なんとなくか〜・・・で済むか!吐け!なんで知ってるんだよ!」
俺は立ち上がってやつの胸ぐらを掴んで問いただす。前後に揺さぶってみるものだからギブギブと言いながら俺の手をペチペチと叩き始める匂坂。
「この前のピピチャンネルのイベントの会場で蒼くん見かけたんだよ!」
「え?」
びっくりして胸ぐらから手を離すと、ゲホゲホと息を整えながら匂坂は話を続けていく。ピピチャンネルは、俺が好きな恋リアとかを放送しているインターネット放送局である。つまりそのイベントは塾をサボったきっかけのイベントだ。基本は土曜日は予備校が入っているけれど、どうしてもたつあやの成立をイベントで祝いたかった。リアルに成立おめでとうと叫びたかったのである。
「そこで君のこと見かけてさ。一生懸命応援してる君のことが気になって気になって仕方がなかったんだ。それでカフェで君から声かけてもらって運命感じちゃったんだよね」
「え?あのイベントって観客女子ばっかりじゃなかったっけ」
「いや?全然男子いたけど」
「そっか・・・俺あんまり周り見れてなかったのかもしれん、すまん。2回目も偶然会えたときは運命だと思ったってカフェのことだったのか。てっきりID見て学校で待ち伏せするやべーやつだと思ってたわ。
そこまでする理由はよくわかんないけど、まぁ事情はわかった」
「蒼くんから見たら俺はやべーやつに映ってたのか、ちょっと反省しないとな」
「いや、まぁそうだけど!そこまで落ち込むなって!言い過ぎたわごめん。どこで恋に落ちるかなんて人間にはコントロールできないから。好意を踏みにじるように言った俺も悪いと思う」
奴は座っていて、俺は立っているこの状況。お互いが立てば俺が見下される側のはずなのに、奴の少し涙目の表情を覗き込むと、奴は少し口角をニィっと上げたのがわかった。嫌な予感がする。体は俺の思考とリンクしていて、3回ぐらい小刻みに肩が震えたのを感じる。
「じゃあ、お願い一個しちゃおうかな。そしたら罪悪感とか消えるでしょ」
「お願い?まさか、付き合ってとか」
「違うよ!蒼くん俺に対して信用なさすぎない?俺のお願いはね、蒼くんも俺のこと名前呼びしてほしいんだよね」
心して匂坂のお願いとやらがどんなものかと考えていたら、ずこっと転げてしまうようなほど軽いものだった。というか本当に芸人みたいに転ぶ。俺のそんな様子を楽しむように彼はケラケラと笑う。
「お前、そんな簡単なこと」
「だって名前呼びって仲良くなった感じがしない?」
「そういえばお前、この前予備校に来たときいきなり名前呼びだったよな」
「それは!蒼くんの隣に男がいたから!仲いいアピールしたかったんだし!」
匂坂は高音で「誰よあの男」と言った。誰よまでは問題なく言えていたのだが、あの男の「あ」の部分で声が裏返ってしまう。その瞬間彼は両手で口を押さえて恥ずかしそうに頬を真っ赤にする。そんな様子が面白おかしくて、腹を抱えて笑ってしまう。
「その誰よあの男って言いたかっただけだろ」
「そーです!だから蒼くんも俺の名前呼んでよ」
「わかったよ・・・って匂坂の下の名前何だっけ?」
「あんなに語感がいいって褒めてたのにもう忘れたの?蒼くんどうなってんの!?美月だよ俺!」
「さぎさかみつき、さぎさかみつき、確かに語感いいな」
「もう忘れない?」
「忘れない努力はする」
そう言うと、美月は困ったと言って笑った。
「もっと蒼くんのことが好きになっちゃった、どうしよう」
美月は少し熱を帯びたように赤くなった顔で俺を見るから、なんだか俺もその熱が移ってしまったかのように少しだけ頬が赤くなる。それをなんとか隠したくて少し冷たい言葉を努めて彼にかけた。
「どうにも、俺はお前と付き合うつもりはないよ」
「じゃあ、願掛けしてもいい?」
「俺に?するだけならタダだからどーぞ」
やった!と声を上げる美月は、左耳を両手でさわさわと動かすと、「とれた」と声を出す。取れたそれを右手で握り、左手で俺の手を掴んだかと思うとそれを見せてきた。俺の視界に映ったのは、土曜日に美月の耳を見てたつきくんのことを思い出したあのハイブランドのピアスだった。
「これ持っててくれない?」
「えこれって」
「なくされたら結構凹むからなくさないでほしいかも」
俺の推しであるたつきくんがいつも撮影のときにつけているピアスと全く同じものだ。ハイブランドのピアスで、俺の手に数え切れないほどの大金が乗っている気がする。
「これってあのハイブラの!いやいや!そんな大事なもの受け取れない」
「大事な蒼くんに持っててもらいたいからさ、あ、そうだいいこと考えた」
美月は俺のリュックに近づき、さっきゲットしてつけたばかりのヨヌとリンリーのチャームのヨヌの左耳にこのピアスをつけた。ファンシーなデザインであるヨヌがなんだかピアスをつけるだけで一気にパンクな印象になって思わず笑ってしまう。
「ちょっと蒼君笑わないでよ、俺本気なのに」
「悪い、だってヨヌがいきなりパンクロッカーみたいな雰囲気になるからちょっとじわじわきちゃって」
「確かにそうかもね」
そう言って笑う美月は、ピアスをつけたヨヌとその隣のリンリーを一体ずつ撫でる。その目はどこか優しげだった。美月は、関われば関わるほどよくわからない人間だった。子どもみたいにやけになる姿だけではなくて今みたいにどこか大人みたいな表情をする。そんなよくわからない人物だからか、一緒にいてもっと彼のことを知りたいと思ってしまうのは。
「ちなみにこれはさ、俺蒼くんに俺のこと好きになってほしい願掛けじゃないよ」
「え?じゃあどういう意図があるんだよ」
「俺を気づいてもらえるように、って意味」
「何いってんだよ、お前みたいなどこいてもすぐわかるようなへちゃむくれすぐにわかるのに」
「そうだったらいいのにね?」
「さっきからお前何言ってんのかさっぱりわかんねーけど」
「うーん?まあそのうちわかると思うよ。俺はね、欲張らないって決めたから」
そう言って笑う美月があまりにも大人びたように儚く笑った。俺は、美月の気持ちに応えることはできない。俺の恋リア趣味を理解してくれているといってもあの元カノに与えられた課題はクリアできていないから恋リアを卒業できないうちはきっと人と付き合うことができないだろうし、それに俺はパーフェクトな推しであるたつきくんを半年以上も見てきたから付き合うならあんな感じに優しく優雅に笑って俺の気持ちがわかってくれる人がいい・・・と思ってしまった。あれ、もしかして俺たつきくんにリアコでもしてたのだろうか。それは多分、ない、と信じたい。
***
そこから数週間が経った。すっかり世間は暑くなり、ブレザーでは暑いとカーディガンで過ごす生徒も増えていった。そんな俺も例にもれず、ブレザーは少し前にクリーニング屋に預けて寒くなるまではもう出番がないだろうから引き取ったあとはクローゼットの奥に入れておくつもりだ。
あのゲームセンターの日に最寄り駅で解散する前、美月が「連絡先を交換したい」と言った。メッセージアプリにはフィルタリングがかかっていないから一つ返事で承諾して美月といつでもやり取りできるようになった瞬間、あいつはいつどこでも連絡をよこしてくる。やれ今度の週末は空いているかだの、放課後はどこどこに行こうだの、俺が返答する前にやっぱりここに行きたいとメッセージを送る。その度、俺が「テスト終わるまで無理」と返すと終わったら行こうと返してくるのが定石で、気がつけば片手では数え切れないほどその返事が来ていた。話しているときも大分変なやつだったけれどメッセージアプリ上でも変わらずおかしくてついつい頬が緩んでしまう。ちなみに予備校にはあれ以来美月は来ていないから礼司はすっかり彼の事を忘れたようだった。
昼休憩の時間にもメッセージが来ていてついつい見てしまう。
「蒼、どうした?おーい」
「ああ、ごめん礼司」
「今日予備校ないよね?遠足の荷物買いに行かない?」
「遠足、あーー!あったなそういえば。もちろんOK。俺もトレッキングポール壊れたから新しいの買いに行きたかったし」
この学校は毎年初夏がすぎると遠足という名の登山をする。それも割とガチで行うものだから、持ち物をシビアに先生たちは確認する。中高一貫だから今年で5年目になる俺は、父から譲り受けていたトレッキングポールを去年だめにしてしまい、さすがに新しいものがほしいと思っていたところだ。
「放課後ショッピングモールに行こうぜ、俺限定ポイント欲しいし。礼司いいか?」
「もちろん」
爽やかに笑う幼馴染を見て、持つべきものはこんな友達!と心のなかで声を張り上げた。もし、礼司じゃなくて美月を誘ったらどんな風に返信をするのだろうか。一つ返事で承諾するか、進学校もそろそろテスト期間だろうし勉強を理由に断るのか、それとも、彼女はいるのか。
「蒼?どうかした?」
「いや?」
もし美月に彼女がいたら・・・いや、あいつは俺のことが好きだと言ってるからそれはないと思うけれど、もしそうだとしたら、この膨らみつつある感情はどうやって食べて飲んで消化すればいいのだろうか。真面目な風に見えて軽薄なやつだとしたら・・・もうこれ以上考えたくない。なんでもないと幼馴染に笑ってみせた。
「うわー、久しぶりだ!」
「蒼ここ最近ここに来てないの?」
「そうなんだよ、前回いつ来たっけかなって考え込んじゃうくらいには来てないかも」
平日の放課後の時間なのに人は結構いる。もちろん客層は俺達のように制服を着ている学生が多いけれど。いたるところに店があってついつい360度回転して見回してしまう。
「スポーツ系のショップってどこだっけ?」
「たしか2階だったきがするよ、蒼はトレッキングポールがほしいんだっけ」
「そう!道案内よろしく頼んだ!」
礼司に着いて入口近くのエスカレーターに乗り、あたりを見回す。どこもキラキラとしていて、ついつい広告も見てしまう。目的地のスポーツアイテムを取り扱う店を目指す道中で、俺はつい足を止めてしまった。シューズショップの広告が目に入ったからだ。
「蒼?」
「あ、ごめん」
「蒼ってこの人好きだっけ?」
「い、いや?なんかこの靴いいなぁって思っただけ」
シューズショップの入口の隣に飾られたポスターサイズの広告には、俺の推しであるたつきくんがアンニュイなメイクをされてキメているものがあった。あの眩しい金髪も毛先が遊ぶようにはね、靴を見せるために目線をかがませるポーズがなんともかっこいい。そしてあのピアスだって・・・「ん?」
「どうしたの蒼?」
「な、なんでもない、さぁ行こうか」
礼司の背中を押し、広告の前から立ち去る。割と顔がしっかりと映るポーズなだけに顔の横に見えるであろうあのハイブランドのピアスが見えなかった。たつきくんが履いていたスニーカーと同モデルは新入荷というポップがつけられて店の前にでかでかと陳列されていることから、おそらく最近解禁された仕事なんだと思う。
俺が記憶してる中では、たつきくんがあのピアスを外している所を見たことがない。
「本当は学校でピアスはめるのだめなんだけど、俺の分身みたいなものだから外すの忘れることがよくあるんだよね」
そう言ってあやりちゃんに笑っているところが思い出される。そんな大事なピアスを広告でつけない・・・いや、スポンサーの意向があれば外すのか、だってあのピアスはこのスポーツブランドとは関係のないブランドなのだから。そうだ、俺は考えすぎだと思う。
「あのスニーカーって遠足のときに履いたらイケてるかな」
「何言ってるの蒼・・・登山にスニーカーは外道だよ」
「あ、そうだった」
俺がそう言って笑うと、礼司は俺の視線を追ってたつきくんの広告を見る。その目は儚そうな目をしている。
「この人、俺たちと年が近そうだよね。俺なんかよりもずっと自分への自信が満ち溢れていているように見える。俺もこんな風になりたい。誰の目にも留まるような人間になれれば自信を持ってあの子にふさわしい男になれるのかな」
「幼馴染だっけ?」
礼司には前に住んでいたところで好きだったという幼馴染の女の子がいたという。親同士が仲良くて、物心付く前からずっと一緒にいたというその少女。ある日突然親に連れられてこの街に来たという。好きだった女の子に別れを告げられなかったことと気持ちを伝えられなかったことがずっと心に残っているとのこと。出会った時から今日までモテ人生を更新し続けている礼司がここまで弱っているのはきっと何かあったんだろう。
「お前、まさか今日の授業寝て、そのときにあの子の夢でも見てたんだろう」
「バレた?」
「お前の幼馴染何年やってると思ってるんだよ」
「そうだな!あ、ごめん電話だ」
そう言って礼司はスマホを取り出して操作をした。何回か相槌をした礼司は「わかったよ」、と一言声をかけるとスマホを切って俺に説明してきた。
「ほんっとにごめん蒼!」
「仕方ないよ、早く行ってあげな」
その内容はどうやら新体操をしている年の離れた弟が怪我をして接骨院にいるという内容だった。礼司の家も俺の家と同様、両親が共働きで拘束時間が長い仕事をしているようで急いで弟を迎えに行った。
俺も目当てのものを買えたし、少し歩いてみようかな、と当てもなく歩いてみる。今他に欲しいものと考えればあのたつきくんがやっていたモデルのスニーカーだけれど、いい値段なため今日買うのは現実的ではない。来月のお小遣いを前借り・・・いや、減っているお小遣いでやりくりは難しいから来年までお預けにするべきだろうかと考えていたら、書店の前に来ていた。今日は勉強のことを一旦考えないようにしていたのに、家と学校と塾の次くらいに安心する場所である書店に入ると、同い年くらいの女子たちが入口付近の雑誌を見て声を上げていた。
「見て!たつきくんのピン表紙!やばくない?」
「たつあやのたつきくんでしょ?こんな王子様みたいな顔面で超がつくお金持ちとか彼女さん羨ましすぎるって!」
「ねぇ、この雑誌買ったら抽選でたつきくんのポロライドもらえるって!」
「まじ!?買うわ」
女子高生たちはそう言って2冊お買い上げ。俺もその声に乗せられ、先程まで女子高生たちが屯していた場所を見ると、確かに金髪イケメンが黒縁眼鏡姿でキメている表紙の雑誌があった。金髪だから少しやんちゃなイメージをもたれるたつきくんの真面目な内面を表すように装着された眼鏡はまさにインテリプリンス。でもこの目元どっかで見たことある気がするんだけど・・・。
「(あ)」
あれかな、あのYNRLのイベントのファッションショーコーナーのときに眼鏡していたのかもしれない。くそう、すぐに出てこない自分がもどかしくなる。ここ数ヶ月たつきくんしか見てこなかったというのに。というか、そんな言い方するとまるで俺が本当にたつきくんのリアコなんじゃないかと確信がついてしまう。相手は俺なんか相手にしてくれないスーパー高校生で彼女持ち。純粋にファンとして応援するべきだ。
そう考えて気持ちを切り替えるため目を瞑って息を深く吸った瞬間、目のところに誰かの手があてがわれたように体温を感じる。
「だーれだ」
「うわ、」
驚いて声を上げた瞬間、吸いかけた空気を勢いよく飲み込んで、喉元で空気を飲み込む音がやけに響いた。なんだか喉のあたりに少し違和感がある。
この冷たく大きい手に軽薄そうな声、そして少し高い位置から声がするのを考えてみればすぐにその人物は誰かわかる。
「美月だろ」
「御名答〜さすが蒼くんだよね」
やっほーと手を振ってくる美月の頭に背伸びして開口一番チョップをかます。いい位置に入ったのか、少し痛そうに顔を歪ませる美月が見える。そんな彼にお構いなしにもう一発かまそうとしたら美月にぱっと腕を掴まれた。あまりにもぐっと持たれるものだから全く動けない俺の手。
「もう蒼くんやめてよ〜痛いんだよ」
「やめてはこっちのセリフなんだけど!まさかお前またストーキングしてるんじゃないのか?おい俺の位置情報特定アプリでも入れてるんじゃないのか!」
「俺がいつストーカーしたの!」
「ほら、俺の学校で待ち伏せしたとき」
「あ、あれはその・・・でも今回は本当に偶然なの!」
大きな図体をしているのにモジモジしていると思ったら信じて!と言わんばかりに目を輝かせる十面相な美月は相変わらず変なやつだ。
「じゃあなんでここにいたんだ?このショッピングモールってお前の学校から割と離れてるよな?」
「言えないよ」
「じゃあポリスメンに「あああ!違うから!えっとね、打ち合…じゃなくてバイトの面接に来た!」
「変な言い間違えだな、打ち合わせって言っておいてバイトの面接とか」
「でも本当に信じて!蒼くんのことストーカーしてないし、むしろ偶然会えちゃってやっぱり俺達って運命なのかなって再確認しちゃった」
ぽっと顔を赤らめるのを両手で隠すような仕草を見せる美月。そういう仕草は多分あやりちゃんがやったら可愛いの破壊力があるんだろうけど、大男がやってもむさ苦しいだけだった。美月を無視して、先程見ていた雑誌を手に取る。顔をよく見てみると、この写真も彼のアイデンティティの一つであるあのピアスがない。雑誌の撮影なら別にピアスをしていてもいいだろうに(たつあや表紙のときはしっかりとピアスをしていた)今回外されているのがなんとなく気になった。今日見かけた広告2つともそうだからぐるぐると頭の中になにか彼の中であのピアスをしない決断ができたのかと考えてしまう。
「蒼くん、どうかしたの?それ買う?」
「え、あ、違う!」
「えー・・・違うの?」
美月は少ししゅんとした顔を見せる。なんでお前がそんな顔をするんだろう。仮にも好きだと俺に言っているくせに他の男の表紙の雑誌を買うのをよしとはしないだろう。そう言えばこいつは俺が恋リア好きなのをイベント会場で見ている。この表紙は大人気恋リアの人気メンバーだから「買っちゃえばいいのに」というテレパシーが伝わる。それでもやっぱり同い年にこれを買っているのがバレるのは恥ずかしい。
「違う違う!買わない!美月お前そういえば志望校決まってるんだろあれだけ頭のいい学校に通ってれば!その志望大学の赤本見てくれば!?赤本はあっちのほうにあるからさ!」
そう言って人差し指を適当に指すと、美月はくすりと笑った。まるで俺のこれから先の行動を透かしているような表情がやけに俺の腹を立てる。
「はーい、終わったらこっちの方来てね」
そう言った美月に顔の前でしっしっとやってやった。
レジで会計をすまし、参考書のコーナーに行くと赤本の前で唸る美月がいた。参考書の前にいるとやはり進学校の生徒が多く、美月の制服を何人かが見ていた。その美月の視線をたどると、江戸大学のいろんな学部のものが並んでいた。
「お前、江戸大学受けるの?」
「わ、蒼くん。びっくりしたよ」
「悪い、会計終わった。で、そこ受けたいんだ?」
「うーん、今はあんまりそういうの考えてなくて。てか江戸大学ってどんな大学なの?」
美月はケロッとした表情で笑う。ここらへんで一番頭の良い学校の人間がそんな発言をするものだから、美月の近くにいたザ優等生に見える男の子が飲み物を飲んでいるはずがないのに何故かむせていた。
「もう高ニだろ!?さすがに考えないとまずいだろ」
「だって今は蒼くんのことで頭がいっぱいだし」
「そんな恥ずかしいことよく言えるよな!?」
美月はさらっとそんなことを言うと、俺の背後を確認するかのようにもう一度見ると怪訝そうな顔になった。
「あ、てかあのぬいぐるみチャームリュックから外したでしょ」
「仕方ないだろ、俺が可愛いチャームつけてるの似合わないし、というかもう外に出るぞ」
「あ、まってよ蒼くん」
スタスタと歩く俺の後ろをついてくる美月。時間を見ればまだまだゆっくりしても良い時間だから久しぶりに見て回ることを決めた。
「蒼くんってさっきの表紙の人のことが好きなんだよね?」
「ばか、違うって」
「否定しなくてもいいよ、イベント会場でその人のうちわ振ってるの見えたし」
二人並んでショッピングモール内を歩く。広すぎる店内はどうしても一歩進んでもなかなか動いた気がしないほどに自分がちっぽけに感じる。
「まぁ、応援してる、かな」
「でもその雑誌って先週発売されたやつでしょ?そういうの発売当日に買わないタイプ?」
「あー、買いたいには買いたいけどさ、今SNSを見れる状態になくてさ」
「どういうこと?」
「親が俺の成績が悪いのを心配してメッセージアプリ以外なんかイジってSNS使えないようになってるから情報が全く入ってこないんだわ。今日も偶然遠足の買い出しでここに来ないとたつきくんが表紙の雑誌あったのなんて気づかなかった」
俺がそう言うと、美月はなるほどねと相槌をうった。超進学校に通っている美月は勉強の悩みとか無さそうだから羨ましい。
「俺もさ、去年から全然勉強する時間取れなくて結構困ってるんだよね」
「美月も勉強に悩みがあるんだ」
「あるよ普通に!?夜中とか休日とか関係なく呼ばれるからさすがに成績落ち気味なんだよね」
「夜中とか休日に呼ばれる?それって部活とか?」
「あー、そういうもん」
「それ訴えたほうがいいよ!?ブラックすぎない!?」
「それがあるから蒼くんに出会えたようなもんだし」
「何言ってんの!?お前何部なの!?なんでもかんでも俺に終着点見出そうとするなよ」
「ごめん、なんか疲れたかも」
「今見たらお前顔色めちゃくちゃ悪いんだけど!ほらそこのカフェに入るぞ」
美月の肩を支えながらカフェに入る。ショッピンモール内にあるけれどレトロな雰囲気を感じられるこのカフェは入っただけで落ち着きそうだった。空いていたから入り、入口近くの二人席に座る。座った瞬間、美月の尋常じゃないくらい吹き出してきた汗をリュックからハンカチを取り出して拭う。水を届けに来た店員さんがびっくりして「大丈夫ですか」と聞くけれど力ない声で「はい」としか返すことができない美月。こんな風に弱っている彼を見るのが初めてで、俺は緊張しながらも店員さんに話しかける。
「えっと、俺はカフェラテで、彼にはあったかいお茶とかいただけますか?」
「わかりました」
店員さんはすぐさまキッチンのほうへと向かう。俺はまだ美月の汗を拭いつつ、お冷を彼の口へと運ぶ。中途半端に漏れた口から水が滴って、それをまたハンカチで拭う。
「親御さんとかに連絡して迎えに来てもらったほうがいい。すぐ連絡はつきそう?」
「両親は、連絡がつかない」
「そっか、近くに親戚とかいないの?」
「いない、でも運転手さんは地下の駐車場にいる」
「それ早く言ってよ、電話かけなって」
「うーん」
美月はそう言って片手でスマホを操作して、誰かに電話をかける。電話越しに「坊っちゃん終わりましたか?」と品の良さそうなおじいさんの子がした。その時、美月は両まぶたは閉じてしまって声に応答をしそうもなかった。
「坊っちゃん!?どうかしましたか?」
「ごめんなさい、友人の仲見蒼と申します。美月くん体調が悪いみたいので2階のカフェまで来てくださいますか?」
「わかりました!すぐ向かいます!」
そうやって電話を切った。すぐに美月に返そうとしたけれど、電話を切った瞬間に来たメッセージアプリの通知を見て目を疑った。
「次同じ仕事入るのいつだっけ?」
そのメッセージの送り主の名前を見ると「あやちゃん」と書かれていた。おそらく美月が名前を変えたんだろうけど。それを見たとき二つの気持ちが浮かんだ。一つは、たつきくんがあやりちゃんを呼ぶときにあやちゃんと呼んでいたこと。
「あやちゃんって呼んでもいい?」
とおしゃれなカフェで会話したときにそう照れながら聞いていたことが思い出される。それくらい呼び方って特別だなとしみじみする。だけれど、「あや」がつく名前の人ってあだ名が「あやちゃん」になりがちだと思うからただ一緒のニックネームの友達がいるのかもしれない。
もう一つは、俺のこと好きって言ってるのに仲のいい女子がいるんだということ。あれ、なんでこんなことを思うんだろう。別に美月が誰と仲良かろうが知ったことはないのに。なんだか胸のあたりがモヤモヤする。こんなこと考えている場合じゃないはずなのに。
「すみません、さっき注文したお茶って持ち帰り用に変更できますか?」
店員さんにそう声をかけて、目の前の美月を見る。今はそんなことを考えている暇はない。学ランのポケットに電源を落とした携帯を忍ばせ、まだ少しずつだけど汗が出ている美月の額を拭い続けた。
少し経ってから担架を持った数人が入ってきた。その数人、揃いも揃って黒いスーツを来ていて、美月のことを見つけると店内で美月を担架に移乗させる。静かなカフェだったけれど、異様な光景に店内の客はその様子を見る。
「美月様のバイタルサインを運びながら図るから準備しておけ」
「あなたがご友人ですね、ご連絡ありがとうございます」
「あの、飲み物・・・」
「必要ありませんのでそちらで「いや、いるよ」
ぴしゃりと若めのスーツの人にシャットアウトを食らったと思ったら、薄目を開けた美月にそう言われた。その言葉が聞こえたのか、紙カップに入れたホットティーを店員さんは黒いスーツの一人に渡した。ホットティーがスーツの人に手に渡ったのを確認した美月は、俺の方を見た。
「ごめんね蒼くん、先帰るね」
「気をつけて、お大事にな」
「うん、ごめんお茶代後日でもいい?」
「ば、ばか!そんなの気にすんな!さっさと家に帰れって」
美月が小さく頷くと、すぐに担架が動いた。ショッピングモール内にいた人はその担架を見てすっと道を避けている。お茶を持っているスーツの人はこぼさないように別ルートで正面口へと向かっていた。
「大変ですね・・・体調よくなるといいですよねあの子」
「あ、すみませんありがとうございます」
席に戻ると店員さんは俺の席のところに飲み物を用意してくれた。おそらく店内でこういう事態になったのは初めてだと思うのに取り乱さずいれてすごい。俺だったら焦って飲み物ひっくり返しそうになるだろうけれど。
あのあと遠慮がちに美月に大丈夫かという旨のメッセージを入れたら夜中に連絡がきた。大丈夫と心配かけてごめんという予想していたメッセージが来たことに安心した自分と、倒れてしまうくらい辛いのに連絡をさせてしまったことに対する申し訳なさで、「大丈夫お前もゆっくり休めよ」と送って寝ようとしたらけたたましい通知音がベッドサイドにこだまする。
スマホを見れば通話を受信しているとあり、美月のアイコンが表示されている。今見たら胃もたれしそうなステーキの写真がアイコンである。病人が何の用かと出ると、びっくりしたように「えー!」という声が耳を突き抜けて俺は耳を押さえた。
「お前声でけぇよ!」
「だって!蒼くんいつも電話無視するじゃん!」
「そりゃ勉強してるからな」
「今日はしてなかったんだ」
「する気分じゃなかったから」
「ふーん?」
「お前こそ夕方あんなに具合悪そうだったのにいま元気そうじゃん」
「蒼くんの声が聞けたからかな」
そんな風にストレートに言われたら、意識せずには居られないし、電話してくれて正直高揚した気持ちとか色々隠したくて「早く寝ろ」と口に出てしまった自分がいた。
「まーところでさ、蒼くん次いつ空いてる?この埋め合わせしたい」
「今週末は遠足だし、来週から中間試験があるからしばらくは無理」
「えー!蒼くんに会いたいのに」
「馬鹿言うなよ、俺次テストの順位1位でも下がったら外国送りなんだぞ、ただでさえ英語の成績が危ういのに海外に一人に留学させられんだって!」
「やだ!」
「嫌だよなぁ、俺が嫌なんだし」
「俺もついてく!」
「いやそこまでは求めてない」
「俺は地球である限りどこにでもついてくから」
「うーわこわ、それされたらさすがに怖いから本気出して頑張るわ」
そう言うと電話越しに美月は笑った。
次の日の朝学校に行けば、珍しく岸ちゃんが誰よりも早く学校に来ていた。
「あれ?岸ちゃん?おはよう」
「蒼おはよー」
「今日早くない?」
「こんなに早く来てるとさ、早起き頑張ってるとか思うじゃん?実はオールしたんよ」
見てよこのクマと言いながら目の下辺りを右手の人差し指で示す彼女。確かに黒い、というか今日は珍しくメイクをしていなかった。メイクでクマを隠す効果もあるのにしてこなかったということは理由があるのだろう。
「なにかあったの?」
「昨日有名配信者の配信で恋リア出演者が晒されたんだよね、その配信ずっと見てたら寝れなくなっちゃってさ。その出演者好きだったから結構ショック」
恋リア出演者が晒された。ということは何かヤバいことをやらかした人がいるということだ。どうしよう、たつあやだったら。しかし、俺は今SNSを始めとしたネットが見られる環境がない。恐る恐る岸ちゃんに聞いてみようと心に決めた。
「ちなみにどういう人なの?」
「蒼って恋リア好きなんだっけ?あんまりそういうの好きそうにないから多分言ってもわかんないよ」
「いやそれほど・・・だけど、最近ほら、ドラマに出演してる人ってそういうところ出身の人が多いって言うじゃん。言われたらわかるかも」
「Young N Rich or Loveって番組の前のシーズンに出てたかいとくんって子がさ、まだ未成年は入れないクラブに出入りして酒とタバコをしているっていうのが写真とともに暴露されてさ」
「え!?」
かいとくんといえば、たつあやが成立するシーズンの一個前のシーズン、たつきくんが初登場したシーズンで彼と恋のライバルになった子だ。俺達の一個上の現高校三年生で、ご両親はお二人ともオリンピックに出たくらい有名なフェンシング選手で、豪華な稽古場や豪邸が彼の紹介動画として出たときはドラマの世界かと思うほどのありえない規模感のご自宅だった。お母さんはスタイルもお顔も美しく、最近では連ドラの上司役や母親役をやっているイメージがあり、お父さんは後進教育に勤しみ、自分の名前の大会を開いて一人でも多くの選手が輝ける機会を作り、それを動画で配信しているという素敵なご両親に育てられているイメージだった。しかし彼は、高校一年生のときに怪我でフェンシングを引退したらしく、その後に恋リアに出ていたことからそのスポーツに当てていた情熱が芸能のほうに上手くシフトしていたと思っていたからびっくりしすぎて開いた口が塞がらない。そんな俺の様子を見て、岸さんは怪訝そうな顔をしている。
「知ってるの?」
「あ、あの元カノから聞いてたからさ」
本当は全部自分で得た知識です、と言いたかったけれどさすがに言えなさそうだから濁したけれど岸ちゃんは納得してくれたようだった。
「あーね。私この子応援してたから結構ショックでさ」
「もしかして[かいりり]推してたの?」
「バレた?そうなんよ、不器用なかいとくんと、中学の時にヤンキーしてて必死に勉強して進学校に入学したりりちゃんが好きでさ」
「りりちゃんって雰囲気岸ちゃんに似てるよね、ギャルだし」
「そーなんよ、りりちゃんみたいに要領よくて自分のしたいこと胸張ってできるような人間になりたかったけどさー、現実では難しいんだよね」
かいりりはそのシーズンでは一番成立に近いカップルだったが、かいとくんの告白をりりちゃんが勉強を理由に断って成立しなかったカップルだ。不器用なお金持ち男子と努力家のギャルの二人があまりにも人気で、そのりりちゃんに矢印を向けていたたつきくんがあまりにも真摯にりりちゃんを追いかけていた。その姿が胸を打ってたつきくんを追い始めた俺にとっては好きなシーズンだけど本人にとってはあまり思い出したくないかもしれなくてあまり触れられないけれど俺にとっては推しを見つけられた大切なシーズンだ。
岸ちゃんはまだ浮かない顔をしている。岸ちゃんの性格なら他人に吐き出した時点で切り替えていそうなのに気分は晴れていなさそうで。俺は頭の上に他人には見えないはてなマークを浮かべながら彼女に向き直る。他にもなにか暴露があったのだろうか。
「それでもまだ浮かない顔をしているよね?昨日の配信ってもしかしてかいとくんの暴露だけじゃない?」
「御名答ー、ここ最近[ゆにらぶ]の暴露ばっかりだったから立て続けにYoung N Rich or Loveの暴露が一つの配信でされるとは思ってなくてさ」
ゆにらぶとは、都内に上京したばかりの大学生を中心にほろ苦い大人の恋を知っていく恋愛リアリティショー、というよりかは恋愛ドキュメンタリーといったほうが良い気がする。地方から東京に出てきて、遊びの幅が広がり、アングラなことに手を出す学生があとを絶たず、ゆにらぶはしばらくまともに放送ができていない。そのゆにらぶの放送を邪魔している配信者といえば、あの人しか思いつかない。
「その配信者って[ぴかゆ]って人?」
「そー、声を加工してるあの配信者ね」
「かいとくんの他に誰が晒されたの?」
「岸さん、教頭先生が呼んでますよ」
かいとくんの他に誰がこの番組の中で晒されたのか聞こうとしたとき、新卒の先生がこの教室に来て岸ちゃんを呼んだ。岸ちゃんは「またかよだるすぎー」と愚痴をこぼしながら、その先生の後へとついていく。新卒の先生は一度も神を染めたことがなさそうな綺麗な黒髪ボブにジャージを合わせた小柄な先生が彼女を連れて行く。
ぴかゆ・・・恋リアに特化した暴露配信者だ。加工音声を使ってSNSで自分に届いたタレコミを紹介していくのが奴の配信スタイルだ。今のところ俺の推したちは奴に晒されていないから詳しくはわからないけれど、SNSを見ればその配信で涙する人を何人も見てきたし、数人は未だに表舞台には戻ってきていない。
「(岸ちゃんが言おうとしていた話は一体何なんだろう)」
そう思いながらスマホの電源を入れてうるさいほどメッセージをよこしてきている人に返信をした。
「蒼おはよう」
「え、岸ちゃんリュックにキーリングつけてるね!?」
「よく気づいたじゃん、蒼ってこういう変化に疎いかと思ってたんだよね」
隣の席の岸ちゃんはいつもギリギリめに登校してくるバイト戦士のギャルだ。中等部から何回か同じクラスになる女子で、高校からバイトを掛け持ちで何箇所かやっているのにもかかわらず成績を真ん中あたりでキープできている一目置かれる人物だ。
岸ちゃんは中等部のときに俺の元カノと含めて仲が良かったけれど、元カノが他の高校を受験したあとからなんとなく俺達と距離を取り、俺と元カノが別れたのを知ってまた以前のように絡めるようになった。彼女なりにあの子に配慮していたんだと思う。
それよりも肝心なのは、岸ちゃんのつけているキーリングだ。これは恋リアYNRLの公式キャラクターであるクマのヨニと、うさぎのリンリーがくっついているぬいぐるみチャームだ。正直家にこの子達の大きなぬいぐるみがあるくらい好きだし、たつあやがこのキャラクターのぬいぐるみを持っている写真を結構アップしていたからお気に入りだ。
SNSが見れなくなったとはいえ、このチャームがUFOキャッチャーに登場するのは随分前からわかっていたはずなのに、具体的な日時を知らなかったのはまずい。とにかくそのぬいぐるみがどこで手に入るのか情報を集めないと。
「いや、えーーーっと、そのキャラ元カノが好きだったから」
「あー、確かにあの子恋リア好きだったよね」
自分がこの番組が好きだからという理由を伝えられずにそれっぽい理由つけて話をつなげるのどうにかしたい。でもギャルは何となく合点がいったみたいで、胸にちくりと広がる罪悪感を押し殺すようにして、話題を少しだけ広げてごまかしつつ情報を集めてみる。
「どこのゲーセンにあったの?」
「もしかしてあの子とバッティングするの避けてる?だよね〜えっとね、学校のすぐ近くのゲーセンにあったはずだよ。あの子路線違う公立に行ったはずだからわざわざ乗り換え必要なこっちまで来ないでしょ」
「ありがとう」
そんなの、そんなの・・・
「(やるしかないだろー!)」
授業が終わったあと、教室で少し寝ているふりをして教室を伺う。あのゲームセンターに行く人がいないか探るためだ。中高一貫だからか成績でクラスが振り分けられるため、あまりクラス替えで大きく変わることがないから、大体の知り合いは固定されつつある。だから知らない同じ学校の人にゲームセンターでバッティングしてもダメージはない。問題なのは同じクラスの人に見つかったときが問題だ。
「佐藤、部活行くぞ」
「若林ちゃーん、俺と一緒に塾行こう」
「朝ぴ早く行って基礎練始めなきゃ」
リサーチしたところ、大半が部活か予備校に行くらしく、これならバレないかも知れないと顔を起こしゲーセンに向かう。道中コンビニのトイレでブレザーを脱ぎ、黒のカーディガンスタイルで向かう。うちの学校を象徴する茶色のブレザーは他の学校に比べてとにかく目立つが、これならズボンが黒だし、万が一同じ学校の人と遭遇しても一瞬は気をそらすことができる。
「(よし、行こう)」
そうしてコンビニでお茶を買い、外でぐびっと一回飲んでから戦地であるゲームセンターへと向かった。
ゲームセンターのUFOキャッチャーをぐるっと回ると目当ての筐体を見つけた。その前には先客がいるようでああ、と肩を落としかけたけれど、先客の姿に見覚えしかなかった。
「匂坂、お前何やってんの?」
「え!蒼くん!」
あのグレーに伸びた髪の毛は間違いなく匂坂美月だ。お金を入れた匂坂が俺の方を振り返ると、最初に動かすべきレバーをふいに動かしてしまったらしく、少し情けない「あ」という声が聞こえた。
「何やってんだよ」
「だ、だってこれが欲しくて・・・」
しゅんと項垂れる匂坂。そのまま2番目に動かすレバーをやっつけで動かすけれどキャッチャーは空気しか掴めず、そのまま元居た場所へと戻っていく。あぁとため息をつきながらまた財布から100円を取り出して入れる姿は哀愁が漂う。
「いつになったら取れるんだろう。手持ちはこれで最後だからこれで取れないと困るのに・・・」
「お前いつからこれやってたの?」
「昨日の放課後から。でも全く成果なくて途中で来た人が一発でもって行って泣きそうになりました。この景品調べたら取り扱いのある最寄りのゲーセンがここだったのに」
「あぁ・・・」
途中で来た人、おそらく岸ちゃんだろうな。岸ちゃんは勉強の要領もいいし、UFOキャッチャーも得意そうだ。去年やってたバイトはゲームセンターだったらしいし。移転したからそこはやめたらしいけれど。
「お前そんなにこれ欲しいの?」
「欲しい!欲しいです!」
匂坂はキラキラした目で俺を見る。なんだかこいつといると調子が狂う。俺がいつも引かれた白線を歩いているとしたら、その白線の歩みを乱す存在。小さい子みたいに俺の周りにうろついて俺の手を引っ張って白線から下ろそうとする問題児だ。それなのに今日だって声をかけてしまうのは、なんだかんだ憎めないやつだと否定できないからだ。ただ、告白の方法はもう少し勉強したほうがいいと思うけれど。
「お前って頭いい学校のくせしてUFOキャッチャーのやり方すらわからないのかよ」
「学校では習わないから!」
「学校でUFOキャッチャーのやり方を授業で取り上げたらそれは問題ものだけど」
「ん?蒼くんなんて・・・?ってえ!?」
「もう少しターゲットを見たほうが良いよ」
景品のゲット口の近くにぬいぐるみを寄せると、それだけで大事かのようにジャンプしてはしゃぐ匂坂。さきほど匂坂のことを小さい子供みたいに俺の周りをうろつくって形容したけれど、こうして見ればなんだか本当に小さい子供みたいだ。
「大げさだろ・・・」
「でも!俺全然動かなかったし、こんなに進捗があったのなんて初めてで」
「お前相当このぬいぐるみのこと好きなの?」
「え、あ!うん!大好き!欲しい!」
そう言った匂坂の後ろで、見覚えがある高校生3人組がこのゲームセンターに入ってくるのが見えた。去年同じクラスだった外部生だ。最初こそは成績を上げようとしていたらしいけど、首位が不動の礼司なのを目の当たりにすると礼司の悪口ばかり言って成績が右肩下がりの人たちだ。礼司の幼馴染である俺のことも目の敵にしだしていたらしく、一年の最初の頃は割と話していたけれど終わり頃にはすれ違うたびに嫌な視線を投げかけていた苦手な部類の人たち。
「え、蒼くんどうしたの?」
「言う事聞いて」
匂坂の学ランの首元を掴み、顔を俺の下に寄せる。匂坂の眼鏡が俺のまつ毛に当たりそうなほど近づける。状況が掴めないといった感じで「え?蒼くん?」と言った声が聞こえたけれど、「我慢しろ」としか言えない俺。もしここで俺が恋リアのUFOキャッチャーでぬいぐるみを獲得することに必死になっていたことを知ったら、あいつらはすぐ学校中に広める。だから不本意だけれどこの背が高く背幅が大きいこいつで隠れるほかないのだ。匂坂は少し倒れそうになって、俺の顔の横に右手を置いた。もちろん俺の背面はUFOキャッチャーの筐体で、はたから見れば。
「なぁあいつら見ろよ、UFOキャッチャーでキスなんかしてるけど」
「はぁ!?しかも男同士かよ」
「気持ち悪いもの見てないで行こうぜ、今日は音ゲーやるんだろ」
うえぇと3人が吐き捨てる声が聞こえてから匂坂の肩を掴んで離すと、頬が真っ赤になった匂坂がいた。確かにあんなにいきなり人と近くなればびっくりするしうまく息も吸えなくなるよな。
「あ、ごめんびっくりしたよな」
「ちちち、ちがくて、そんな大胆な蒼くんに嬉しくなっちゃって」
「どういうこと!?とにかくあいつらが来る前にさっさと退散するからな!」
「蒼くんってUFOキャッチャーの才能もあるんだね」
「おう、好きなジャンルが結構UFOキャッチャーで景品出すからな」
ゲーセンの近くの公園で匂坂が俺が取ったぬいぐるみチャームを見ながら蒼くんってすごいねと何回も言うものだから思わず照れてしまう。あのあと、UFOキャッチャーの獲得口付近まで寄せたぬいぐるみをしっかりと次の順番で回収し、俺の分のぬいぐるみは匂坂が何回かやっていたからか獲得確定に入り、2回で手に入ることができた。
「彼氏さんは俺と一緒にいたら怒らないの?」
「彼氏?」
「この前、予備校の」
「あぁ〜あれ違うよ」
「え!?」
座っていたベンチからガバっと起き上がると、俺を見下ろしているけれどその視線は覇気一つもない。おろおそろと両足を動かしている。その様子がおかしくてつい笑ってしまうと、怪訝そうな顔をする匂坂が腕を組んで俺を見る。
「俺あの日結構落ち込んだんだからね!?」
「悪い、でもお前があんな夜にライト光らせてこっちに来たらどう思う?死ぬほど勉強して疲れて帰りたいのにめんどくせぇなって思わない?」
「うぅ・・・」
「礼司は俺の幼馴染で、俺が早く帰りたいのわかってたからあんなことしたんだと思うよ」
「でも、あの目は」
「俺のことが好きなように見えたってか?お前は俺の近くにいる人間が全員俺のこと好きとか思うわけ?」
「思うよ!だって蒼くん魅力的だから!俺さっき本当はこれしたくて」
そう言って俺の肩に手を置いて、自らの口を近づけようとしたやつに、俺は自分の分のぬいぐるみを口元にお見舞いした。匂坂の唇にヨヌの顔がクリーンヒットして、びっくりしてのけぞったやつにケラケラと笑みを見せてみる。
「え、えー!?」
「大体俺達友達でもないだろ、だから付き合ってもいないしキスなんて無理」
「そ、そうでした」
「というか、なんでお前このぬいぐるみチャームとろうとしてたわけ?ただ欲しかっただけなの?」
キーチャームをぶらぶらと振りながら聞く。普通に男子高校生をしていたらこれの存在を知る機会って結構限られるだろうから。恋リアって女子が見るものだろうから、恋リアのグッズだなんて男子がやけになってとろうと思えないし。これをじっと見ながら匂坂は意思がこもっていそうな真剣な眼差しになった。
「蒼くんにあげようと思って」
「え?なんで?」
「蒼くんこれ好きだよね?」
「え。いや、え?好きじゃないよ」
「蒼くんこのキャラクター好きだから
「なんで知ってるわけ!?お前俺のストーカー?」
「違うよ!えっと、うーんと、なんとなくかな」
「なんとなくか〜・・・で済むか!吐け!なんで知ってるんだよ!」
俺は立ち上がってやつの胸ぐらを掴んで問いただす。前後に揺さぶってみるものだからギブギブと言いながら俺の手をペチペチと叩き始める匂坂。
「この前のピピチャンネルのイベントの会場で蒼くん見かけたんだよ!」
「え?」
びっくりして胸ぐらから手を離すと、ゲホゲホと息を整えながら匂坂は話を続けていく。ピピチャンネルは、俺が好きな恋リアとかを放送しているインターネット放送局である。つまりそのイベントは塾をサボったきっかけのイベントだ。基本は土曜日は予備校が入っているけれど、どうしてもたつあやの成立をイベントで祝いたかった。リアルに成立おめでとうと叫びたかったのである。
「そこで君のこと見かけてさ。一生懸命応援してる君のことが気になって気になって仕方がなかったんだ。それでカフェで君から声かけてもらって運命感じちゃったんだよね」
「え?あのイベントって観客女子ばっかりじゃなかったっけ」
「いや?全然男子いたけど」
「そっか・・・俺あんまり周り見れてなかったのかもしれん、すまん。2回目も偶然会えたときは運命だと思ったってカフェのことだったのか。てっきりID見て学校で待ち伏せするやべーやつだと思ってたわ。
そこまでする理由はよくわかんないけど、まぁ事情はわかった」
「蒼くんから見たら俺はやべーやつに映ってたのか、ちょっと反省しないとな」
「いや、まぁそうだけど!そこまで落ち込むなって!言い過ぎたわごめん。どこで恋に落ちるかなんて人間にはコントロールできないから。好意を踏みにじるように言った俺も悪いと思う」
奴は座っていて、俺は立っているこの状況。お互いが立てば俺が見下される側のはずなのに、奴の少し涙目の表情を覗き込むと、奴は少し口角をニィっと上げたのがわかった。嫌な予感がする。体は俺の思考とリンクしていて、3回ぐらい小刻みに肩が震えたのを感じる。
「じゃあ、お願い一個しちゃおうかな。そしたら罪悪感とか消えるでしょ」
「お願い?まさか、付き合ってとか」
「違うよ!蒼くん俺に対して信用なさすぎない?俺のお願いはね、蒼くんも俺のこと名前呼びしてほしいんだよね」
心して匂坂のお願いとやらがどんなものかと考えていたら、ずこっと転げてしまうようなほど軽いものだった。というか本当に芸人みたいに転ぶ。俺のそんな様子を楽しむように彼はケラケラと笑う。
「お前、そんな簡単なこと」
「だって名前呼びって仲良くなった感じがしない?」
「そういえばお前、この前予備校に来たときいきなり名前呼びだったよな」
「それは!蒼くんの隣に男がいたから!仲いいアピールしたかったんだし!」
匂坂は高音で「誰よあの男」と言った。誰よまでは問題なく言えていたのだが、あの男の「あ」の部分で声が裏返ってしまう。その瞬間彼は両手で口を押さえて恥ずかしそうに頬を真っ赤にする。そんな様子が面白おかしくて、腹を抱えて笑ってしまう。
「その誰よあの男って言いたかっただけだろ」
「そーです!だから蒼くんも俺の名前呼んでよ」
「わかったよ・・・って匂坂の下の名前何だっけ?」
「あんなに語感がいいって褒めてたのにもう忘れたの?蒼くんどうなってんの!?美月だよ俺!」
「さぎさかみつき、さぎさかみつき、確かに語感いいな」
「もう忘れない?」
「忘れない努力はする」
そう言うと、美月は困ったと言って笑った。
「もっと蒼くんのことが好きになっちゃった、どうしよう」
美月は少し熱を帯びたように赤くなった顔で俺を見るから、なんだか俺もその熱が移ってしまったかのように少しだけ頬が赤くなる。それをなんとか隠したくて少し冷たい言葉を努めて彼にかけた。
「どうにも、俺はお前と付き合うつもりはないよ」
「じゃあ、願掛けしてもいい?」
「俺に?するだけならタダだからどーぞ」
やった!と声を上げる美月は、左耳を両手でさわさわと動かすと、「とれた」と声を出す。取れたそれを右手で握り、左手で俺の手を掴んだかと思うとそれを見せてきた。俺の視界に映ったのは、土曜日に美月の耳を見てたつきくんのことを思い出したあのハイブランドのピアスだった。
「これ持っててくれない?」
「えこれって」
「なくされたら結構凹むからなくさないでほしいかも」
俺の推しであるたつきくんがいつも撮影のときにつけているピアスと全く同じものだ。ハイブランドのピアスで、俺の手に数え切れないほどの大金が乗っている気がする。
「これってあのハイブラの!いやいや!そんな大事なもの受け取れない」
「大事な蒼くんに持っててもらいたいからさ、あ、そうだいいこと考えた」
美月は俺のリュックに近づき、さっきゲットしてつけたばかりのヨヌとリンリーのチャームのヨヌの左耳にこのピアスをつけた。ファンシーなデザインであるヨヌがなんだかピアスをつけるだけで一気にパンクな印象になって思わず笑ってしまう。
「ちょっと蒼君笑わないでよ、俺本気なのに」
「悪い、だってヨヌがいきなりパンクロッカーみたいな雰囲気になるからちょっとじわじわきちゃって」
「確かにそうかもね」
そう言って笑う美月は、ピアスをつけたヨヌとその隣のリンリーを一体ずつ撫でる。その目はどこか優しげだった。美月は、関われば関わるほどよくわからない人間だった。子どもみたいにやけになる姿だけではなくて今みたいにどこか大人みたいな表情をする。そんなよくわからない人物だからか、一緒にいてもっと彼のことを知りたいと思ってしまうのは。
「ちなみにこれはさ、俺蒼くんに俺のこと好きになってほしい願掛けじゃないよ」
「え?じゃあどういう意図があるんだよ」
「俺を気づいてもらえるように、って意味」
「何いってんだよ、お前みたいなどこいてもすぐわかるようなへちゃむくれすぐにわかるのに」
「そうだったらいいのにね?」
「さっきからお前何言ってんのかさっぱりわかんねーけど」
「うーん?まあそのうちわかると思うよ。俺はね、欲張らないって決めたから」
そう言って笑う美月があまりにも大人びたように儚く笑った。俺は、美月の気持ちに応えることはできない。俺の恋リア趣味を理解してくれているといってもあの元カノに与えられた課題はクリアできていないから恋リアを卒業できないうちはきっと人と付き合うことができないだろうし、それに俺はパーフェクトな推しであるたつきくんを半年以上も見てきたから付き合うならあんな感じに優しく優雅に笑って俺の気持ちがわかってくれる人がいい・・・と思ってしまった。あれ、もしかして俺たつきくんにリアコでもしてたのだろうか。それは多分、ない、と信じたい。
***
そこから数週間が経った。すっかり世間は暑くなり、ブレザーでは暑いとカーディガンで過ごす生徒も増えていった。そんな俺も例にもれず、ブレザーは少し前にクリーニング屋に預けて寒くなるまではもう出番がないだろうから引き取ったあとはクローゼットの奥に入れておくつもりだ。
あのゲームセンターの日に最寄り駅で解散する前、美月が「連絡先を交換したい」と言った。メッセージアプリにはフィルタリングがかかっていないから一つ返事で承諾して美月といつでもやり取りできるようになった瞬間、あいつはいつどこでも連絡をよこしてくる。やれ今度の週末は空いているかだの、放課後はどこどこに行こうだの、俺が返答する前にやっぱりここに行きたいとメッセージを送る。その度、俺が「テスト終わるまで無理」と返すと終わったら行こうと返してくるのが定石で、気がつけば片手では数え切れないほどその返事が来ていた。話しているときも大分変なやつだったけれどメッセージアプリ上でも変わらずおかしくてついつい頬が緩んでしまう。ちなみに予備校にはあれ以来美月は来ていないから礼司はすっかり彼の事を忘れたようだった。
昼休憩の時間にもメッセージが来ていてついつい見てしまう。
「蒼、どうした?おーい」
「ああ、ごめん礼司」
「今日予備校ないよね?遠足の荷物買いに行かない?」
「遠足、あーー!あったなそういえば。もちろんOK。俺もトレッキングポール壊れたから新しいの買いに行きたかったし」
この学校は毎年初夏がすぎると遠足という名の登山をする。それも割とガチで行うものだから、持ち物をシビアに先生たちは確認する。中高一貫だから今年で5年目になる俺は、父から譲り受けていたトレッキングポールを去年だめにしてしまい、さすがに新しいものがほしいと思っていたところだ。
「放課後ショッピングモールに行こうぜ、俺限定ポイント欲しいし。礼司いいか?」
「もちろん」
爽やかに笑う幼馴染を見て、持つべきものはこんな友達!と心のなかで声を張り上げた。もし、礼司じゃなくて美月を誘ったらどんな風に返信をするのだろうか。一つ返事で承諾するか、進学校もそろそろテスト期間だろうし勉強を理由に断るのか、それとも、彼女はいるのか。
「蒼?どうかした?」
「いや?」
もし美月に彼女がいたら・・・いや、あいつは俺のことが好きだと言ってるからそれはないと思うけれど、もしそうだとしたら、この膨らみつつある感情はどうやって食べて飲んで消化すればいいのだろうか。真面目な風に見えて軽薄なやつだとしたら・・・もうこれ以上考えたくない。なんでもないと幼馴染に笑ってみせた。
「うわー、久しぶりだ!」
「蒼ここ最近ここに来てないの?」
「そうなんだよ、前回いつ来たっけかなって考え込んじゃうくらいには来てないかも」
平日の放課後の時間なのに人は結構いる。もちろん客層は俺達のように制服を着ている学生が多いけれど。いたるところに店があってついつい360度回転して見回してしまう。
「スポーツ系のショップってどこだっけ?」
「たしか2階だったきがするよ、蒼はトレッキングポールがほしいんだっけ」
「そう!道案内よろしく頼んだ!」
礼司に着いて入口近くのエスカレーターに乗り、あたりを見回す。どこもキラキラとしていて、ついつい広告も見てしまう。目的地のスポーツアイテムを取り扱う店を目指す道中で、俺はつい足を止めてしまった。シューズショップの広告が目に入ったからだ。
「蒼?」
「あ、ごめん」
「蒼ってこの人好きだっけ?」
「い、いや?なんかこの靴いいなぁって思っただけ」
シューズショップの入口の隣に飾られたポスターサイズの広告には、俺の推しであるたつきくんがアンニュイなメイクをされてキメているものがあった。あの眩しい金髪も毛先が遊ぶようにはね、靴を見せるために目線をかがませるポーズがなんともかっこいい。そしてあのピアスだって・・・「ん?」
「どうしたの蒼?」
「な、なんでもない、さぁ行こうか」
礼司の背中を押し、広告の前から立ち去る。割と顔がしっかりと映るポーズなだけに顔の横に見えるであろうあのハイブランドのピアスが見えなかった。たつきくんが履いていたスニーカーと同モデルは新入荷というポップがつけられて店の前にでかでかと陳列されていることから、おそらく最近解禁された仕事なんだと思う。
俺が記憶してる中では、たつきくんがあのピアスを外している所を見たことがない。
「本当は学校でピアスはめるのだめなんだけど、俺の分身みたいなものだから外すの忘れることがよくあるんだよね」
そう言ってあやりちゃんに笑っているところが思い出される。そんな大事なピアスを広告でつけない・・・いや、スポンサーの意向があれば外すのか、だってあのピアスはこのスポーツブランドとは関係のないブランドなのだから。そうだ、俺は考えすぎだと思う。
「あのスニーカーって遠足のときに履いたらイケてるかな」
「何言ってるの蒼・・・登山にスニーカーは外道だよ」
「あ、そうだった」
俺がそう言って笑うと、礼司は俺の視線を追ってたつきくんの広告を見る。その目は儚そうな目をしている。
「この人、俺たちと年が近そうだよね。俺なんかよりもずっと自分への自信が満ち溢れていているように見える。俺もこんな風になりたい。誰の目にも留まるような人間になれれば自信を持ってあの子にふさわしい男になれるのかな」
「幼馴染だっけ?」
礼司には前に住んでいたところで好きだったという幼馴染の女の子がいたという。親同士が仲良くて、物心付く前からずっと一緒にいたというその少女。ある日突然親に連れられてこの街に来たという。好きだった女の子に別れを告げられなかったことと気持ちを伝えられなかったことがずっと心に残っているとのこと。出会った時から今日までモテ人生を更新し続けている礼司がここまで弱っているのはきっと何かあったんだろう。
「お前、まさか今日の授業寝て、そのときにあの子の夢でも見てたんだろう」
「バレた?」
「お前の幼馴染何年やってると思ってるんだよ」
「そうだな!あ、ごめん電話だ」
そう言って礼司はスマホを取り出して操作をした。何回か相槌をした礼司は「わかったよ」、と一言声をかけるとスマホを切って俺に説明してきた。
「ほんっとにごめん蒼!」
「仕方ないよ、早く行ってあげな」
その内容はどうやら新体操をしている年の離れた弟が怪我をして接骨院にいるという内容だった。礼司の家も俺の家と同様、両親が共働きで拘束時間が長い仕事をしているようで急いで弟を迎えに行った。
俺も目当てのものを買えたし、少し歩いてみようかな、と当てもなく歩いてみる。今他に欲しいものと考えればあのたつきくんがやっていたモデルのスニーカーだけれど、いい値段なため今日買うのは現実的ではない。来月のお小遣いを前借り・・・いや、減っているお小遣いでやりくりは難しいから来年までお預けにするべきだろうかと考えていたら、書店の前に来ていた。今日は勉強のことを一旦考えないようにしていたのに、家と学校と塾の次くらいに安心する場所である書店に入ると、同い年くらいの女子たちが入口付近の雑誌を見て声を上げていた。
「見て!たつきくんのピン表紙!やばくない?」
「たつあやのたつきくんでしょ?こんな王子様みたいな顔面で超がつくお金持ちとか彼女さん羨ましすぎるって!」
「ねぇ、この雑誌買ったら抽選でたつきくんのポロライドもらえるって!」
「まじ!?買うわ」
女子高生たちはそう言って2冊お買い上げ。俺もその声に乗せられ、先程まで女子高生たちが屯していた場所を見ると、確かに金髪イケメンが黒縁眼鏡姿でキメている表紙の雑誌があった。金髪だから少しやんちゃなイメージをもたれるたつきくんの真面目な内面を表すように装着された眼鏡はまさにインテリプリンス。でもこの目元どっかで見たことある気がするんだけど・・・。
「(あ)」
あれかな、あのYNRLのイベントのファッションショーコーナーのときに眼鏡していたのかもしれない。くそう、すぐに出てこない自分がもどかしくなる。ここ数ヶ月たつきくんしか見てこなかったというのに。というか、そんな言い方するとまるで俺が本当にたつきくんのリアコなんじゃないかと確信がついてしまう。相手は俺なんか相手にしてくれないスーパー高校生で彼女持ち。純粋にファンとして応援するべきだ。
そう考えて気持ちを切り替えるため目を瞑って息を深く吸った瞬間、目のところに誰かの手があてがわれたように体温を感じる。
「だーれだ」
「うわ、」
驚いて声を上げた瞬間、吸いかけた空気を勢いよく飲み込んで、喉元で空気を飲み込む音がやけに響いた。なんだか喉のあたりに少し違和感がある。
この冷たく大きい手に軽薄そうな声、そして少し高い位置から声がするのを考えてみればすぐにその人物は誰かわかる。
「美月だろ」
「御名答〜さすが蒼くんだよね」
やっほーと手を振ってくる美月の頭に背伸びして開口一番チョップをかます。いい位置に入ったのか、少し痛そうに顔を歪ませる美月が見える。そんな彼にお構いなしにもう一発かまそうとしたら美月にぱっと腕を掴まれた。あまりにもぐっと持たれるものだから全く動けない俺の手。
「もう蒼くんやめてよ〜痛いんだよ」
「やめてはこっちのセリフなんだけど!まさかお前またストーキングしてるんじゃないのか?おい俺の位置情報特定アプリでも入れてるんじゃないのか!」
「俺がいつストーカーしたの!」
「ほら、俺の学校で待ち伏せしたとき」
「あ、あれはその・・・でも今回は本当に偶然なの!」
大きな図体をしているのにモジモジしていると思ったら信じて!と言わんばかりに目を輝かせる十面相な美月は相変わらず変なやつだ。
「じゃあなんでここにいたんだ?このショッピングモールってお前の学校から割と離れてるよな?」
「言えないよ」
「じゃあポリスメンに「あああ!違うから!えっとね、打ち合…じゃなくてバイトの面接に来た!」
「変な言い間違えだな、打ち合わせって言っておいてバイトの面接とか」
「でも本当に信じて!蒼くんのことストーカーしてないし、むしろ偶然会えちゃってやっぱり俺達って運命なのかなって再確認しちゃった」
ぽっと顔を赤らめるのを両手で隠すような仕草を見せる美月。そういう仕草は多分あやりちゃんがやったら可愛いの破壊力があるんだろうけど、大男がやってもむさ苦しいだけだった。美月を無視して、先程見ていた雑誌を手に取る。顔をよく見てみると、この写真も彼のアイデンティティの一つであるあのピアスがない。雑誌の撮影なら別にピアスをしていてもいいだろうに(たつあや表紙のときはしっかりとピアスをしていた)今回外されているのがなんとなく気になった。今日見かけた広告2つともそうだからぐるぐると頭の中になにか彼の中であのピアスをしない決断ができたのかと考えてしまう。
「蒼くん、どうかしたの?それ買う?」
「え、あ、違う!」
「えー・・・違うの?」
美月は少ししゅんとした顔を見せる。なんでお前がそんな顔をするんだろう。仮にも好きだと俺に言っているくせに他の男の表紙の雑誌を買うのをよしとはしないだろう。そう言えばこいつは俺が恋リア好きなのをイベント会場で見ている。この表紙は大人気恋リアの人気メンバーだから「買っちゃえばいいのに」というテレパシーが伝わる。それでもやっぱり同い年にこれを買っているのがバレるのは恥ずかしい。
「違う違う!買わない!美月お前そういえば志望校決まってるんだろあれだけ頭のいい学校に通ってれば!その志望大学の赤本見てくれば!?赤本はあっちのほうにあるからさ!」
そう言って人差し指を適当に指すと、美月はくすりと笑った。まるで俺のこれから先の行動を透かしているような表情がやけに俺の腹を立てる。
「はーい、終わったらこっちの方来てね」
そう言った美月に顔の前でしっしっとやってやった。
レジで会計をすまし、参考書のコーナーに行くと赤本の前で唸る美月がいた。参考書の前にいるとやはり進学校の生徒が多く、美月の制服を何人かが見ていた。その美月の視線をたどると、江戸大学のいろんな学部のものが並んでいた。
「お前、江戸大学受けるの?」
「わ、蒼くん。びっくりしたよ」
「悪い、会計終わった。で、そこ受けたいんだ?」
「うーん、今はあんまりそういうの考えてなくて。てか江戸大学ってどんな大学なの?」
美月はケロッとした表情で笑う。ここらへんで一番頭の良い学校の人間がそんな発言をするものだから、美月の近くにいたザ優等生に見える男の子が飲み物を飲んでいるはずがないのに何故かむせていた。
「もう高ニだろ!?さすがに考えないとまずいだろ」
「だって今は蒼くんのことで頭がいっぱいだし」
「そんな恥ずかしいことよく言えるよな!?」
美月はさらっとそんなことを言うと、俺の背後を確認するかのようにもう一度見ると怪訝そうな顔になった。
「あ、てかあのぬいぐるみチャームリュックから外したでしょ」
「仕方ないだろ、俺が可愛いチャームつけてるの似合わないし、というかもう外に出るぞ」
「あ、まってよ蒼くん」
スタスタと歩く俺の後ろをついてくる美月。時間を見ればまだまだゆっくりしても良い時間だから久しぶりに見て回ることを決めた。
「蒼くんってさっきの表紙の人のことが好きなんだよね?」
「ばか、違うって」
「否定しなくてもいいよ、イベント会場でその人のうちわ振ってるの見えたし」
二人並んでショッピングモール内を歩く。広すぎる店内はどうしても一歩進んでもなかなか動いた気がしないほどに自分がちっぽけに感じる。
「まぁ、応援してる、かな」
「でもその雑誌って先週発売されたやつでしょ?そういうの発売当日に買わないタイプ?」
「あー、買いたいには買いたいけどさ、今SNSを見れる状態になくてさ」
「どういうこと?」
「親が俺の成績が悪いのを心配してメッセージアプリ以外なんかイジってSNS使えないようになってるから情報が全く入ってこないんだわ。今日も偶然遠足の買い出しでここに来ないとたつきくんが表紙の雑誌あったのなんて気づかなかった」
俺がそう言うと、美月はなるほどねと相槌をうった。超進学校に通っている美月は勉強の悩みとか無さそうだから羨ましい。
「俺もさ、去年から全然勉強する時間取れなくて結構困ってるんだよね」
「美月も勉強に悩みがあるんだ」
「あるよ普通に!?夜中とか休日とか関係なく呼ばれるからさすがに成績落ち気味なんだよね」
「夜中とか休日に呼ばれる?それって部活とか?」
「あー、そういうもん」
「それ訴えたほうがいいよ!?ブラックすぎない!?」
「それがあるから蒼くんに出会えたようなもんだし」
「何言ってんの!?お前何部なの!?なんでもかんでも俺に終着点見出そうとするなよ」
「ごめん、なんか疲れたかも」
「今見たらお前顔色めちゃくちゃ悪いんだけど!ほらそこのカフェに入るぞ」
美月の肩を支えながらカフェに入る。ショッピンモール内にあるけれどレトロな雰囲気を感じられるこのカフェは入っただけで落ち着きそうだった。空いていたから入り、入口近くの二人席に座る。座った瞬間、美月の尋常じゃないくらい吹き出してきた汗をリュックからハンカチを取り出して拭う。水を届けに来た店員さんがびっくりして「大丈夫ですか」と聞くけれど力ない声で「はい」としか返すことができない美月。こんな風に弱っている彼を見るのが初めてで、俺は緊張しながらも店員さんに話しかける。
「えっと、俺はカフェラテで、彼にはあったかいお茶とかいただけますか?」
「わかりました」
店員さんはすぐさまキッチンのほうへと向かう。俺はまだ美月の汗を拭いつつ、お冷を彼の口へと運ぶ。中途半端に漏れた口から水が滴って、それをまたハンカチで拭う。
「親御さんとかに連絡して迎えに来てもらったほうがいい。すぐ連絡はつきそう?」
「両親は、連絡がつかない」
「そっか、近くに親戚とかいないの?」
「いない、でも運転手さんは地下の駐車場にいる」
「それ早く言ってよ、電話かけなって」
「うーん」
美月はそう言って片手でスマホを操作して、誰かに電話をかける。電話越しに「坊っちゃん終わりましたか?」と品の良さそうなおじいさんの子がした。その時、美月は両まぶたは閉じてしまって声に応答をしそうもなかった。
「坊っちゃん!?どうかしましたか?」
「ごめんなさい、友人の仲見蒼と申します。美月くん体調が悪いみたいので2階のカフェまで来てくださいますか?」
「わかりました!すぐ向かいます!」
そうやって電話を切った。すぐに美月に返そうとしたけれど、電話を切った瞬間に来たメッセージアプリの通知を見て目を疑った。
「次同じ仕事入るのいつだっけ?」
そのメッセージの送り主の名前を見ると「あやちゃん」と書かれていた。おそらく美月が名前を変えたんだろうけど。それを見たとき二つの気持ちが浮かんだ。一つは、たつきくんがあやりちゃんを呼ぶときにあやちゃんと呼んでいたこと。
「あやちゃんって呼んでもいい?」
とおしゃれなカフェで会話したときにそう照れながら聞いていたことが思い出される。それくらい呼び方って特別だなとしみじみする。だけれど、「あや」がつく名前の人ってあだ名が「あやちゃん」になりがちだと思うからただ一緒のニックネームの友達がいるのかもしれない。
もう一つは、俺のこと好きって言ってるのに仲のいい女子がいるんだということ。あれ、なんでこんなことを思うんだろう。別に美月が誰と仲良かろうが知ったことはないのに。なんだか胸のあたりがモヤモヤする。こんなこと考えている場合じゃないはずなのに。
「すみません、さっき注文したお茶って持ち帰り用に変更できますか?」
店員さんにそう声をかけて、目の前の美月を見る。今はそんなことを考えている暇はない。学ランのポケットに電源を落とした携帯を忍ばせ、まだ少しずつだけど汗が出ている美月の額を拭い続けた。
少し経ってから担架を持った数人が入ってきた。その数人、揃いも揃って黒いスーツを来ていて、美月のことを見つけると店内で美月を担架に移乗させる。静かなカフェだったけれど、異様な光景に店内の客はその様子を見る。
「美月様のバイタルサインを運びながら図るから準備しておけ」
「あなたがご友人ですね、ご連絡ありがとうございます」
「あの、飲み物・・・」
「必要ありませんのでそちらで「いや、いるよ」
ぴしゃりと若めのスーツの人にシャットアウトを食らったと思ったら、薄目を開けた美月にそう言われた。その言葉が聞こえたのか、紙カップに入れたホットティーを店員さんは黒いスーツの一人に渡した。ホットティーがスーツの人に手に渡ったのを確認した美月は、俺の方を見た。
「ごめんね蒼くん、先帰るね」
「気をつけて、お大事にな」
「うん、ごめんお茶代後日でもいい?」
「ば、ばか!そんなの気にすんな!さっさと家に帰れって」
美月が小さく頷くと、すぐに担架が動いた。ショッピングモール内にいた人はその担架を見てすっと道を避けている。お茶を持っているスーツの人はこぼさないように別ルートで正面口へと向かっていた。
「大変ですね・・・体調よくなるといいですよねあの子」
「あ、すみませんありがとうございます」
席に戻ると店員さんは俺の席のところに飲み物を用意してくれた。おそらく店内でこういう事態になったのは初めてだと思うのに取り乱さずいれてすごい。俺だったら焦って飲み物ひっくり返しそうになるだろうけれど。
あのあと遠慮がちに美月に大丈夫かという旨のメッセージを入れたら夜中に連絡がきた。大丈夫と心配かけてごめんという予想していたメッセージが来たことに安心した自分と、倒れてしまうくらい辛いのに連絡をさせてしまったことに対する申し訳なさで、「大丈夫お前もゆっくり休めよ」と送って寝ようとしたらけたたましい通知音がベッドサイドにこだまする。
スマホを見れば通話を受信しているとあり、美月のアイコンが表示されている。今見たら胃もたれしそうなステーキの写真がアイコンである。病人が何の用かと出ると、びっくりしたように「えー!」という声が耳を突き抜けて俺は耳を押さえた。
「お前声でけぇよ!」
「だって!蒼くんいつも電話無視するじゃん!」
「そりゃ勉強してるからな」
「今日はしてなかったんだ」
「する気分じゃなかったから」
「ふーん?」
「お前こそ夕方あんなに具合悪そうだったのにいま元気そうじゃん」
「蒼くんの声が聞けたからかな」
そんな風にストレートに言われたら、意識せずには居られないし、電話してくれて正直高揚した気持ちとか色々隠したくて「早く寝ろ」と口に出てしまった自分がいた。
「まーところでさ、蒼くん次いつ空いてる?この埋め合わせしたい」
「今週末は遠足だし、来週から中間試験があるからしばらくは無理」
「えー!蒼くんに会いたいのに」
「馬鹿言うなよ、俺次テストの順位1位でも下がったら外国送りなんだぞ、ただでさえ英語の成績が危ういのに海外に一人に留学させられんだって!」
「やだ!」
「嫌だよなぁ、俺が嫌なんだし」
「俺もついてく!」
「いやそこまでは求めてない」
「俺は地球である限りどこにでもついてくから」
「うーわこわ、それされたらさすがに怖いから本気出して頑張るわ」
そう言うと電話越しに美月は笑った。
次の日の朝学校に行けば、珍しく岸ちゃんが誰よりも早く学校に来ていた。
「あれ?岸ちゃん?おはよう」
「蒼おはよー」
「今日早くない?」
「こんなに早く来てるとさ、早起き頑張ってるとか思うじゃん?実はオールしたんよ」
見てよこのクマと言いながら目の下辺りを右手の人差し指で示す彼女。確かに黒い、というか今日は珍しくメイクをしていなかった。メイクでクマを隠す効果もあるのにしてこなかったということは理由があるのだろう。
「なにかあったの?」
「昨日有名配信者の配信で恋リア出演者が晒されたんだよね、その配信ずっと見てたら寝れなくなっちゃってさ。その出演者好きだったから結構ショック」
恋リア出演者が晒された。ということは何かヤバいことをやらかした人がいるということだ。どうしよう、たつあやだったら。しかし、俺は今SNSを始めとしたネットが見られる環境がない。恐る恐る岸ちゃんに聞いてみようと心に決めた。
「ちなみにどういう人なの?」
「蒼って恋リア好きなんだっけ?あんまりそういうの好きそうにないから多分言ってもわかんないよ」
「いやそれほど・・・だけど、最近ほら、ドラマに出演してる人ってそういうところ出身の人が多いって言うじゃん。言われたらわかるかも」
「Young N Rich or Loveって番組の前のシーズンに出てたかいとくんって子がさ、まだ未成年は入れないクラブに出入りして酒とタバコをしているっていうのが写真とともに暴露されてさ」
「え!?」
かいとくんといえば、たつあやが成立するシーズンの一個前のシーズン、たつきくんが初登場したシーズンで彼と恋のライバルになった子だ。俺達の一個上の現高校三年生で、ご両親はお二人ともオリンピックに出たくらい有名なフェンシング選手で、豪華な稽古場や豪邸が彼の紹介動画として出たときはドラマの世界かと思うほどのありえない規模感のご自宅だった。お母さんはスタイルもお顔も美しく、最近では連ドラの上司役や母親役をやっているイメージがあり、お父さんは後進教育に勤しみ、自分の名前の大会を開いて一人でも多くの選手が輝ける機会を作り、それを動画で配信しているという素敵なご両親に育てられているイメージだった。しかし彼は、高校一年生のときに怪我でフェンシングを引退したらしく、その後に恋リアに出ていたことからそのスポーツに当てていた情熱が芸能のほうに上手くシフトしていたと思っていたからびっくりしすぎて開いた口が塞がらない。そんな俺の様子を見て、岸さんは怪訝そうな顔をしている。
「知ってるの?」
「あ、あの元カノから聞いてたからさ」
本当は全部自分で得た知識です、と言いたかったけれどさすがに言えなさそうだから濁したけれど岸ちゃんは納得してくれたようだった。
「あーね。私この子応援してたから結構ショックでさ」
「もしかして[かいりり]推してたの?」
「バレた?そうなんよ、不器用なかいとくんと、中学の時にヤンキーしてて必死に勉強して進学校に入学したりりちゃんが好きでさ」
「りりちゃんって雰囲気岸ちゃんに似てるよね、ギャルだし」
「そーなんよ、りりちゃんみたいに要領よくて自分のしたいこと胸張ってできるような人間になりたかったけどさー、現実では難しいんだよね」
かいりりはそのシーズンでは一番成立に近いカップルだったが、かいとくんの告白をりりちゃんが勉強を理由に断って成立しなかったカップルだ。不器用なお金持ち男子と努力家のギャルの二人があまりにも人気で、そのりりちゃんに矢印を向けていたたつきくんがあまりにも真摯にりりちゃんを追いかけていた。その姿が胸を打ってたつきくんを追い始めた俺にとっては好きなシーズンだけど本人にとってはあまり思い出したくないかもしれなくてあまり触れられないけれど俺にとっては推しを見つけられた大切なシーズンだ。
岸ちゃんはまだ浮かない顔をしている。岸ちゃんの性格なら他人に吐き出した時点で切り替えていそうなのに気分は晴れていなさそうで。俺は頭の上に他人には見えないはてなマークを浮かべながら彼女に向き直る。他にもなにか暴露があったのだろうか。
「それでもまだ浮かない顔をしているよね?昨日の配信ってもしかしてかいとくんの暴露だけじゃない?」
「御名答ー、ここ最近[ゆにらぶ]の暴露ばっかりだったから立て続けにYoung N Rich or Loveの暴露が一つの配信でされるとは思ってなくてさ」
ゆにらぶとは、都内に上京したばかりの大学生を中心にほろ苦い大人の恋を知っていく恋愛リアリティショー、というよりかは恋愛ドキュメンタリーといったほうが良い気がする。地方から東京に出てきて、遊びの幅が広がり、アングラなことに手を出す学生があとを絶たず、ゆにらぶはしばらくまともに放送ができていない。そのゆにらぶの放送を邪魔している配信者といえば、あの人しか思いつかない。
「その配信者って[ぴかゆ]って人?」
「そー、声を加工してるあの配信者ね」
「かいとくんの他に誰が晒されたの?」
「岸さん、教頭先生が呼んでますよ」
かいとくんの他に誰がこの番組の中で晒されたのか聞こうとしたとき、新卒の先生がこの教室に来て岸ちゃんを呼んだ。岸ちゃんは「またかよだるすぎー」と愚痴をこぼしながら、その先生の後へとついていく。新卒の先生は一度も神を染めたことがなさそうな綺麗な黒髪ボブにジャージを合わせた小柄な先生が彼女を連れて行く。
ぴかゆ・・・恋リアに特化した暴露配信者だ。加工音声を使ってSNSで自分に届いたタレコミを紹介していくのが奴の配信スタイルだ。今のところ俺の推したちは奴に晒されていないから詳しくはわからないけれど、SNSを見ればその配信で涙する人を何人も見てきたし、数人は未だに表舞台には戻ってきていない。
「(岸ちゃんが言おうとしていた話は一体何なんだろう)」
そう思いながらスマホの電源を入れてうるさいほどメッセージをよこしてきている人に返信をした。
