鬼や悪魔に捕まったときってこんな気持ちなんだと思う。
生存本能、刺激されまくり。
生き残るためになりふり構っていられない。
「み、みなみだぁ……!」
「オレを呼ぶな!」
情けない声で俺は助けを求めた。
しかし、あっさりと見捨てられる。
そもそもお前が発端だろうになんて薄情な奴なんだ。
「へえ、やっぱりお前は南田と仲良いね」
「い、いや……その……」
「僕の目を盗んで食堂で逢引とは——」
「んなことしてねえよ!」
「黙れ南田。お前に発言権は与えてない」
しかも、何故だか久城の機嫌が急降下している。
ただでさえ、上機嫌なところを見たことないのに。
俺はどうにかしてこの場を乗り切ろうと足掻いた。
「南田には相談していただけだ」
「へえ、何の?」
「お前の相手役を、代わってもらえないかと……」
俺としては上手く話題を変えたつもりだった。
実際、俺の肩を掴んでいる久城の手は緩んだ。
そして、視界の端で真っ青になった南田が今にも吐きそうな顔をしている。
「——僕の相手役を代わる?」
地獄の底を這うような声が響いた。
「聞き間違いかな?」
「いたたたッ!」
再び肩を掴まれたと思えば、先程とは比べ物にならないほどに強い力を込められた。肉という肉が抉り取られて骨すらも粉々になりそうな勢い。
「く、久城ッ……手が……! 肩が……!」
「よくもまあ、そんなことが言えるね?」
「おおおお、落ち着け! 久城! オレは断った!」
「当たり前だ。お前は黙ってろ!」
空いている方の手で南田の顔を掴んでアイアンクローを喰らわせる久城を見て、ようやく俺は久城がキレていると気付いた。
しかし、どうしてここまでブチギレているのか。
「何が不満なのかな? 僕が演技も教えているのに」
「俺に教えるより上手いやつに演らせたほうがいい」
「今の時点で台詞を暗記している奴がいないのに?」
「俺が覚えているのは俺が書いた脚本だからだ!」
「ますますちょうどいい。役も分かっているだろう」
「それを言うならお前が出た舞台のほとんどが俺の脚本だぞ!? それも演じるべきだったと?」
「ああ、そうだとも!」
久城は南田の顔から手を離すと俺の両肩を掴んだ。
「お前は俺の隣に立つべきだった!」
その悲痛な叫びは、天井の高い食堂に響き渡った。
その場が静まり返る。
舞台だったら、ここで暗転するところだ。
しかし、これは現実。
照明の代わりに傾いた陽の光が食堂の窓から俺たちを照らす。
苦しそうに眉を寄せる久城蒼の顔が目の前にある。
青い瞳に影が落ちてグレーに潤んでいる。
「久城……?」
なんと声をかけていいか分からず、名前を呼んだ。
すると久城はゆっくりと肩を落として、苦々しく笑う。
「……お前はもっと舞台に立つべきだった」
はっきりとそう言い直した。
久城は、俺の肩から手を離す。
そして、俺の胸ぐらを掴み直し——
……ん? 胸ぐら?
「それなのに、脚本に逃げやがって——」
溶岩のようにどろりと熱く、低い声。
潤んだ瞳はどこへやら。
蛇のように開き切った瞳孔。
「たかが一回の失敗で臆病風を吹かせるなんて良い度胸だね」
——あ、悪魔だ。
悪魔が、俺の胸ぐらを掴んだままブチ切れている。
「そんなに舞台が怖い?」
「く、久城……?」
「それなら僕がもっと恐ろしいものを見せてあげようか!?」
「待て待て待て! 暴力沙汰はせめて卒業してからにしろ!」
切実なツッコミを入れる南田の声も届いていないようだった。
久城は射殺さんばかりに俺を睨みつけ、鼻息荒く威嚇する。
「——いい加減しなよ、神野?」
これのどこが好かれているのか教えてくれ!
「ち、違う! 俺はお前のためを思って——」
「逃げるための言い訳に僕を使うなんて死にたい?」
「久城! 気持ちは分かるけど殺すな〜ッ!」
久城に胸倉を掴まれたまま揺さぶられる俺。
瞳孔開きっぱなしでイカれた笑顔を浮かべる久城。
そんな久城を後ろから必死に羽交締めにする南田。
混沌とした三つ巴が放課後の食堂の隅に出来上がっている。
もはやこれを誰も止めることが出来ない。
少なくとも俺はそう思っていた。
しかし第三勢力ならぬ第四勢力は静かに口を開いた。
「——おや、さっきから煩いのですが」
そのねっとりとした声には聞き覚えがあった。
俺たちはゆっくりと視線を声の主に向ける。
そいつはわざとらしく眼鏡のフレームを指の腹で押した。
「本当に演劇部って下品で迷惑ですねえ」
食堂のテーブルで優雅に参考書を広げていたソイツは俺たちを見て左側の口角だけをニヒルに持ち上げる。
「まるでサーカスの猿のようだ」
頬杖を突いてニヤニヤと笑う男に久城が目を細めた。
「……なにか文句でもあるのかな、逆井?」
久城はようやく俺の胸倉から手を離すと背筋をピンと伸ばして美しく起立し、逆井を睨みつける。
そうして食堂の真ん中で対立する二人を呆然と眺めたまま、俺はこっそり南田に耳打ちする。
「……サーカスって猿もいるのか? ライオンだと思ってた」
「お前マジで黙ってろ」
南田絢斗にどつかれながら神野洸太は久城蒼の背中を見つめていた。
生存本能、刺激されまくり。
生き残るためになりふり構っていられない。
「み、みなみだぁ……!」
「オレを呼ぶな!」
情けない声で俺は助けを求めた。
しかし、あっさりと見捨てられる。
そもそもお前が発端だろうになんて薄情な奴なんだ。
「へえ、やっぱりお前は南田と仲良いね」
「い、いや……その……」
「僕の目を盗んで食堂で逢引とは——」
「んなことしてねえよ!」
「黙れ南田。お前に発言権は与えてない」
しかも、何故だか久城の機嫌が急降下している。
ただでさえ、上機嫌なところを見たことないのに。
俺はどうにかしてこの場を乗り切ろうと足掻いた。
「南田には相談していただけだ」
「へえ、何の?」
「お前の相手役を、代わってもらえないかと……」
俺としては上手く話題を変えたつもりだった。
実際、俺の肩を掴んでいる久城の手は緩んだ。
そして、視界の端で真っ青になった南田が今にも吐きそうな顔をしている。
「——僕の相手役を代わる?」
地獄の底を這うような声が響いた。
「聞き間違いかな?」
「いたたたッ!」
再び肩を掴まれたと思えば、先程とは比べ物にならないほどに強い力を込められた。肉という肉が抉り取られて骨すらも粉々になりそうな勢い。
「く、久城ッ……手が……! 肩が……!」
「よくもまあ、そんなことが言えるね?」
「おおおお、落ち着け! 久城! オレは断った!」
「当たり前だ。お前は黙ってろ!」
空いている方の手で南田の顔を掴んでアイアンクローを喰らわせる久城を見て、ようやく俺は久城がキレていると気付いた。
しかし、どうしてここまでブチギレているのか。
「何が不満なのかな? 僕が演技も教えているのに」
「俺に教えるより上手いやつに演らせたほうがいい」
「今の時点で台詞を暗記している奴がいないのに?」
「俺が覚えているのは俺が書いた脚本だからだ!」
「ますますちょうどいい。役も分かっているだろう」
「それを言うならお前が出た舞台のほとんどが俺の脚本だぞ!? それも演じるべきだったと?」
「ああ、そうだとも!」
久城は南田の顔から手を離すと俺の両肩を掴んだ。
「お前は俺の隣に立つべきだった!」
その悲痛な叫びは、天井の高い食堂に響き渡った。
その場が静まり返る。
舞台だったら、ここで暗転するところだ。
しかし、これは現実。
照明の代わりに傾いた陽の光が食堂の窓から俺たちを照らす。
苦しそうに眉を寄せる久城蒼の顔が目の前にある。
青い瞳に影が落ちてグレーに潤んでいる。
「久城……?」
なんと声をかけていいか分からず、名前を呼んだ。
すると久城はゆっくりと肩を落として、苦々しく笑う。
「……お前はもっと舞台に立つべきだった」
はっきりとそう言い直した。
久城は、俺の肩から手を離す。
そして、俺の胸ぐらを掴み直し——
……ん? 胸ぐら?
「それなのに、脚本に逃げやがって——」
溶岩のようにどろりと熱く、低い声。
潤んだ瞳はどこへやら。
蛇のように開き切った瞳孔。
「たかが一回の失敗で臆病風を吹かせるなんて良い度胸だね」
——あ、悪魔だ。
悪魔が、俺の胸ぐらを掴んだままブチ切れている。
「そんなに舞台が怖い?」
「く、久城……?」
「それなら僕がもっと恐ろしいものを見せてあげようか!?」
「待て待て待て! 暴力沙汰はせめて卒業してからにしろ!」
切実なツッコミを入れる南田の声も届いていないようだった。
久城は射殺さんばかりに俺を睨みつけ、鼻息荒く威嚇する。
「——いい加減しなよ、神野?」
これのどこが好かれているのか教えてくれ!
「ち、違う! 俺はお前のためを思って——」
「逃げるための言い訳に僕を使うなんて死にたい?」
「久城! 気持ちは分かるけど殺すな〜ッ!」
久城に胸倉を掴まれたまま揺さぶられる俺。
瞳孔開きっぱなしでイカれた笑顔を浮かべる久城。
そんな久城を後ろから必死に羽交締めにする南田。
混沌とした三つ巴が放課後の食堂の隅に出来上がっている。
もはやこれを誰も止めることが出来ない。
少なくとも俺はそう思っていた。
しかし第三勢力ならぬ第四勢力は静かに口を開いた。
「——おや、さっきから煩いのですが」
そのねっとりとした声には聞き覚えがあった。
俺たちはゆっくりと視線を声の主に向ける。
そいつはわざとらしく眼鏡のフレームを指の腹で押した。
「本当に演劇部って下品で迷惑ですねえ」
食堂のテーブルで優雅に参考書を広げていたソイツは俺たちを見て左側の口角だけをニヒルに持ち上げる。
「まるでサーカスの猿のようだ」
頬杖を突いてニヤニヤと笑う男に久城が目を細めた。
「……なにか文句でもあるのかな、逆井?」
久城はようやく俺の胸倉から手を離すと背筋をピンと伸ばして美しく起立し、逆井を睨みつける。
そうして食堂の真ん中で対立する二人を呆然と眺めたまま、俺はこっそり南田に耳打ちする。
「……サーカスって猿もいるのか? ライオンだと思ってた」
「お前マジで黙ってろ」
南田絢斗にどつかれながら神野洸太は久城蒼の背中を見つめていた。
