「——馬鹿なんですかぁ?」
それが逆井宗一郎の第一声だった。
図書館の奥にある自習スペース。
その中でもグループ学習向けに設けられ、私語が可能である個室に俺と逆井は向かい合わせに座っていた。
「そんなくだらないことで悩んでいるとは……我がライバルながら情けない」
俺の〝友人〟の話を聞き終えた逆井は、呆れ返った顔だった。
「ら、ライバル……? よくわからないが、これは俺の友人の話で——」
「神野氏に友人がいらっしゃるんですかぁ?」
容赦無く刺された俺はテーブルに突っ伏す。
「い、いるよ……久城とか……南田とか……」
「お二人はご友人の話に登場してしまいましたねえ」
一瞬で論破された俺は沈黙を余儀なくされる。
「ほんっとに馬鹿なんですねえ」
また言われてしまった。
でもそれもしょうがないのかもしれない。
今、俺は逆井宗一郎と恋バナをしている。
恐ろしい字面ではあるが、理には適っている。
逆井宗一郎は、何かと俺に突っかかってくる男だ。
一方で文芸部として多くの文学に触れ、頭の回転も速い。
脚本コンペの件で俺たちと対立した際も、久城にやり込められたとはいえ、ズバズバと問題点を指摘してみせた。
そんな逆井からアドバイスを貰うのは、いい考えだと思った。
ただ、俺自身の話を赤裸々に語るのも恥ずかしいので、友人の話として聞かせた——が、すぐに嘘だと見抜かれて、余計な恥をかいているところである。
……やはり俺には役者の才能はない。
俺は後悔しつつも、改めて逆井と向き合った。
「……俺の話だ」
「わかっております。それであなたが久城氏と釣り合わない云々と悩んでいるという話でしたよね?」
逆井はメガネを指で押し上げながら目を細めた。
「——馬鹿なんですか?」
三回も同じことを言われた。
言い返す間もなく逆井は畳み掛ける。
「あなたが久城氏と釣り合うわけないでしょう? 見目はともかく演技の才能もなければ、ただ脚本が書けるだけの根暗で傲慢で人の気持ちが分からないクズが」
「そこまで言うか……?」
流れるように、というより濁流レベルでこき下ろされた俺はショックを受ける。
久城の話を聞いていて、自分でもそういう側面があるのかもしれないなと薄々気付きかけていた。
それを真正面からぶつけられるとなかなかキツイ。
しかし、逆井宗一郎が俺に遠慮するはずもない。
「そもそも現時点で対等になろうとするのが烏滸がましいのです。あなたが格上の相手に好意を向けてもらったなら、それに感謝して釣り合うように努力すればいい話ではありませんか」
「ぐ……」
返す言葉もないほど見事な正論に俺は唸る。
「しかも久城氏は、神野氏が自らの隣にいるに相応しいと考えている。これは好意であると同時に存在の肯定です。そこまでしてもらっておいて釣り合わないと拒絶するのは単なる怠惰ではないでしょうか?」
「た、たいだ……」
「要するに——」
丸メガネがかちゃりと音を立てて押し上げられる。
分厚いレンズの奥から鋭い目線が俺を貫く。
「——猛烈にダサい、という結論です」
丸められた台本での一発よりも強烈な一言が俺の心を引っ叩いた。
「は、はは……ははは……」
「泣いている場合ですか?」
空笑いに混じってじんわりと目が潤んでくる。
だが、逆井は冷静である。
「泣きたいのはくだらない理由で告白を保留にされている久城さんのほうだと思いますが?」
「おっしゃる通りで……」
俺はティッシュで鼻をかみながらも頷いた。
こうして逆井に斬り捨ててもらうとようやく自分の甘えが見えてくる。
……そうだ、俺は久城に好意を向けてもらっている立場だ。
久城は俺と釣り合うかなんて考えているどころか、久城の隣に俺が相応しいと信じている。
だからこそ、想いを伝えてくれたし、俺の脚本で主演を演じてくれていたし、最終公演の相手役にも俺を選んでくれた。
それなのに俺が久城と釣り合うかどうか悩んでいるのは、久城に対する侮辱に近い。
俺が日野に謝罪して台本を書いてやろうとしたときと同じだ。
久城は俺を好きになってくれた。
それなのに俺が俺を信じられない。
そのせいで久城の好意まで拒絶しかけている。
俺はまた同じ失敗で久城を傷付けようとしていた。
……なんて情けない。
「俺ってどうしてこんなにダメなんだろうな……」
思わずボソリと呟いた。
逆井に聞かせたいわけではなかった。
ただの独り言。
けれども逆井はそれを聞いていた。
「——久城氏は、そう思っていないと思いますけれどね」
その言葉に俺は呆然とする。
「……え?」
「マヌケ顔をこちらに向けないでください」
逆井は相変わらず辛辣だ。
しかし、正論をぶちかましていたときとは違う。
柔らかい声で語る。
「あばたもえくぼ、という言葉があるでしょう」
「ああ……」
「あなたが欠点だと思うことが、久城氏にとっては愛おしいものになることもあるのです」
だからあまり自分の欠点ばかりをなくそうとするのもよくありません、と逆井は続ける。
「これはあくまでもワタシの経験則ですが……必ずしも優れた相手を好きになるわけではないと思います。自分にはないものを持っている相手に惹かれるのが恋といいますか——」
「経験則……?」
話の途中で思わず引っかかった言葉を繰り返せば、逆井にぎろりと睨まれる。
「なんですか、ワタシに恋愛経験がないとでも?」
「え? あるのか!?」
声を上げた直後に俺はすぐに自分の口を塞ぐ。
……逆井が相手とはいえ流石に失礼だった。
「いや、すまない……失言だった……」
睨んでくる逆井に俺は愛想笑いをする。
それに対して目の前の男は鼻を鳴らした。
「言っておきますが、この手の話においてはワタシはあなたよりも先を行っておりますよ。神野氏ぃ〜?」
「なに! どういうことだ!?」
逆井は胸の前で腕を組んでふんぞり返る。
「ワタシには愛しいパートナーがおりますから!」
「ぱ、パートナー……!?」
危うく俺は椅子から落ちそうになった。
あの逆井宗一郎に、パートナーがいる!?
その衝撃に自分の悩みが吹っ飛ぶところだった。
「ど、どんな人なんだ……?」
俺は恐る恐る尋ねた。
逆井は片眉をピクリと動かす。
「……知りたいんですか?」
「知りたい」
食い気味に俺は答えた。
すると逆井はニッコリと微笑んだ。
「——教えません」
「えええっ!?」
俺は勢いよく立ち上がる。
「な、なんで!? 気になるじゃないか!」
「貴方のような好奇心の猛獣に話すことなどございません。下手すれば脚本のネタにされかねませんから」
「うっ……それは……ネタにしないと約束する!」
「信じられませんな!」
軽く鼻で笑われて、俺は顔を顰める。
「俺は話したじゃないか……」
「貴方が勝手に話しただけでしょう?」
しかもアドバイス欲しさに一方的に、と指摘されてしまえば、何も言い返せない。
「せめてどうやって付き合ったかだけでも……」
ずるずると椅子に座り込む俺に逆井はチラリと視線を向ける。
「……そんなに他人の恋愛話が好きでしたか?」
俺はゆるく首を横に振る。
「いいや……ただ久城とのことに参考にしたいんだ」
俺には恥ずかしながら他人に好意を向けてもらった経験も、向けられた経験もない。
そもそも中学までは他人との密度あるコミュニケーションを取ったこともなかった。
当たり障りのない会話。
それすらまともに出来ずに向けられる苦笑い。
俺は俺のルールの中で動いていても他人はそうじゃない。
『神野くんって空気読めないよね』
『本当に人の気持ちが分かんないって言うか……』
『頭が良くてもあれじゃあさ……』
悪口にも満たない拒絶が薄い壁になって俺を阻む。
仲良さそうに話すクラスメイトを遠くから見る。
俺はそこにはいけない。
ずっとそう思っていた。
そんな俺を受け入れてくれたのが久城たちだった。
俺が空気が読めない発言をしてもちゃんと教えてくれて、笑い飛ばしてくれる。
もしも傷付けてしまったらちゃんと怒って、何が悪かったのか一緒に考えてくれる。
そんなことをしてくれる人たちは、初めてだった。
俺に居場所をくれた。
俺の欠点を受け入れてくれた。
俺の才能を認めてくれた。
『お前は僕が世界で一番愛している天才だろうが!』
そして、俺を愛してくれた。
「久城と同じ気持ちを返せるようになりたいんだ」
愚かな自分をまだ信じられない。
それでも久城の想いは信じたい。
「久城の想いも、愚かな自分も恐れずに受け入れたい。そのためならどんなことでもするし、どんな方法でもいい」
その方法を見つけようと本を読み漁った。
それでも見つけられない。
いったい答えはどこにあるのか。
「どうしたらいいんだ……」
途方に暮れた弱々しい声が溢れた。
逆井は最後の頼みの綱だった。
ひとりで考えても答えは出ない。
それはきっと俺が愚かだから。
俺が情けないから。
俺が失敗ばかりだから。
俺が——。
「——本当に馬鹿ですねえ」
四回目の馬鹿が俺の耳に届く。
「久城氏がもう教えてくれているではありませんか」
逆井が目を細めて笑っている。
それはいつもの意地悪そうな笑みではない。
年相応の、どこか無邪気な笑顔。
「ただ、久城氏の隣にいればいいだけですよ」
逆井の指が丸メガネのフレームを押し上げる。
「神野氏には久城氏の隣に立つ資格があるんです」
分厚いレンズが小窓から差し込む西陽を反射する。
「貴方がいくら悩もうともその事実は変わらない」
逆井宗一郎は立ち上がると神野洸太を見下ろす。
「だってあなたはワタシの嫌いな天才なんですから」
久城蒼は、神野洸太が好きだ。
では、神野洸太は久城蒼が好きなのか?
その問いの答えは考えるまでもなかった。
それが逆井宗一郎の第一声だった。
図書館の奥にある自習スペース。
その中でもグループ学習向けに設けられ、私語が可能である個室に俺と逆井は向かい合わせに座っていた。
「そんなくだらないことで悩んでいるとは……我がライバルながら情けない」
俺の〝友人〟の話を聞き終えた逆井は、呆れ返った顔だった。
「ら、ライバル……? よくわからないが、これは俺の友人の話で——」
「神野氏に友人がいらっしゃるんですかぁ?」
容赦無く刺された俺はテーブルに突っ伏す。
「い、いるよ……久城とか……南田とか……」
「お二人はご友人の話に登場してしまいましたねえ」
一瞬で論破された俺は沈黙を余儀なくされる。
「ほんっとに馬鹿なんですねえ」
また言われてしまった。
でもそれもしょうがないのかもしれない。
今、俺は逆井宗一郎と恋バナをしている。
恐ろしい字面ではあるが、理には適っている。
逆井宗一郎は、何かと俺に突っかかってくる男だ。
一方で文芸部として多くの文学に触れ、頭の回転も速い。
脚本コンペの件で俺たちと対立した際も、久城にやり込められたとはいえ、ズバズバと問題点を指摘してみせた。
そんな逆井からアドバイスを貰うのは、いい考えだと思った。
ただ、俺自身の話を赤裸々に語るのも恥ずかしいので、友人の話として聞かせた——が、すぐに嘘だと見抜かれて、余計な恥をかいているところである。
……やはり俺には役者の才能はない。
俺は後悔しつつも、改めて逆井と向き合った。
「……俺の話だ」
「わかっております。それであなたが久城氏と釣り合わない云々と悩んでいるという話でしたよね?」
逆井はメガネを指で押し上げながら目を細めた。
「——馬鹿なんですか?」
三回も同じことを言われた。
言い返す間もなく逆井は畳み掛ける。
「あなたが久城氏と釣り合うわけないでしょう? 見目はともかく演技の才能もなければ、ただ脚本が書けるだけの根暗で傲慢で人の気持ちが分からないクズが」
「そこまで言うか……?」
流れるように、というより濁流レベルでこき下ろされた俺はショックを受ける。
久城の話を聞いていて、自分でもそういう側面があるのかもしれないなと薄々気付きかけていた。
それを真正面からぶつけられるとなかなかキツイ。
しかし、逆井宗一郎が俺に遠慮するはずもない。
「そもそも現時点で対等になろうとするのが烏滸がましいのです。あなたが格上の相手に好意を向けてもらったなら、それに感謝して釣り合うように努力すればいい話ではありませんか」
「ぐ……」
返す言葉もないほど見事な正論に俺は唸る。
「しかも久城氏は、神野氏が自らの隣にいるに相応しいと考えている。これは好意であると同時に存在の肯定です。そこまでしてもらっておいて釣り合わないと拒絶するのは単なる怠惰ではないでしょうか?」
「た、たいだ……」
「要するに——」
丸メガネがかちゃりと音を立てて押し上げられる。
分厚いレンズの奥から鋭い目線が俺を貫く。
「——猛烈にダサい、という結論です」
丸められた台本での一発よりも強烈な一言が俺の心を引っ叩いた。
「は、はは……ははは……」
「泣いている場合ですか?」
空笑いに混じってじんわりと目が潤んでくる。
だが、逆井は冷静である。
「泣きたいのはくだらない理由で告白を保留にされている久城さんのほうだと思いますが?」
「おっしゃる通りで……」
俺はティッシュで鼻をかみながらも頷いた。
こうして逆井に斬り捨ててもらうとようやく自分の甘えが見えてくる。
……そうだ、俺は久城に好意を向けてもらっている立場だ。
久城は俺と釣り合うかなんて考えているどころか、久城の隣に俺が相応しいと信じている。
だからこそ、想いを伝えてくれたし、俺の脚本で主演を演じてくれていたし、最終公演の相手役にも俺を選んでくれた。
それなのに俺が久城と釣り合うかどうか悩んでいるのは、久城に対する侮辱に近い。
俺が日野に謝罪して台本を書いてやろうとしたときと同じだ。
久城は俺を好きになってくれた。
それなのに俺が俺を信じられない。
そのせいで久城の好意まで拒絶しかけている。
俺はまた同じ失敗で久城を傷付けようとしていた。
……なんて情けない。
「俺ってどうしてこんなにダメなんだろうな……」
思わずボソリと呟いた。
逆井に聞かせたいわけではなかった。
ただの独り言。
けれども逆井はそれを聞いていた。
「——久城氏は、そう思っていないと思いますけれどね」
その言葉に俺は呆然とする。
「……え?」
「マヌケ顔をこちらに向けないでください」
逆井は相変わらず辛辣だ。
しかし、正論をぶちかましていたときとは違う。
柔らかい声で語る。
「あばたもえくぼ、という言葉があるでしょう」
「ああ……」
「あなたが欠点だと思うことが、久城氏にとっては愛おしいものになることもあるのです」
だからあまり自分の欠点ばかりをなくそうとするのもよくありません、と逆井は続ける。
「これはあくまでもワタシの経験則ですが……必ずしも優れた相手を好きになるわけではないと思います。自分にはないものを持っている相手に惹かれるのが恋といいますか——」
「経験則……?」
話の途中で思わず引っかかった言葉を繰り返せば、逆井にぎろりと睨まれる。
「なんですか、ワタシに恋愛経験がないとでも?」
「え? あるのか!?」
声を上げた直後に俺はすぐに自分の口を塞ぐ。
……逆井が相手とはいえ流石に失礼だった。
「いや、すまない……失言だった……」
睨んでくる逆井に俺は愛想笑いをする。
それに対して目の前の男は鼻を鳴らした。
「言っておきますが、この手の話においてはワタシはあなたよりも先を行っておりますよ。神野氏ぃ〜?」
「なに! どういうことだ!?」
逆井は胸の前で腕を組んでふんぞり返る。
「ワタシには愛しいパートナーがおりますから!」
「ぱ、パートナー……!?」
危うく俺は椅子から落ちそうになった。
あの逆井宗一郎に、パートナーがいる!?
その衝撃に自分の悩みが吹っ飛ぶところだった。
「ど、どんな人なんだ……?」
俺は恐る恐る尋ねた。
逆井は片眉をピクリと動かす。
「……知りたいんですか?」
「知りたい」
食い気味に俺は答えた。
すると逆井はニッコリと微笑んだ。
「——教えません」
「えええっ!?」
俺は勢いよく立ち上がる。
「な、なんで!? 気になるじゃないか!」
「貴方のような好奇心の猛獣に話すことなどございません。下手すれば脚本のネタにされかねませんから」
「うっ……それは……ネタにしないと約束する!」
「信じられませんな!」
軽く鼻で笑われて、俺は顔を顰める。
「俺は話したじゃないか……」
「貴方が勝手に話しただけでしょう?」
しかもアドバイス欲しさに一方的に、と指摘されてしまえば、何も言い返せない。
「せめてどうやって付き合ったかだけでも……」
ずるずると椅子に座り込む俺に逆井はチラリと視線を向ける。
「……そんなに他人の恋愛話が好きでしたか?」
俺はゆるく首を横に振る。
「いいや……ただ久城とのことに参考にしたいんだ」
俺には恥ずかしながら他人に好意を向けてもらった経験も、向けられた経験もない。
そもそも中学までは他人との密度あるコミュニケーションを取ったこともなかった。
当たり障りのない会話。
それすらまともに出来ずに向けられる苦笑い。
俺は俺のルールの中で動いていても他人はそうじゃない。
『神野くんって空気読めないよね』
『本当に人の気持ちが分かんないって言うか……』
『頭が良くてもあれじゃあさ……』
悪口にも満たない拒絶が薄い壁になって俺を阻む。
仲良さそうに話すクラスメイトを遠くから見る。
俺はそこにはいけない。
ずっとそう思っていた。
そんな俺を受け入れてくれたのが久城たちだった。
俺が空気が読めない発言をしてもちゃんと教えてくれて、笑い飛ばしてくれる。
もしも傷付けてしまったらちゃんと怒って、何が悪かったのか一緒に考えてくれる。
そんなことをしてくれる人たちは、初めてだった。
俺に居場所をくれた。
俺の欠点を受け入れてくれた。
俺の才能を認めてくれた。
『お前は僕が世界で一番愛している天才だろうが!』
そして、俺を愛してくれた。
「久城と同じ気持ちを返せるようになりたいんだ」
愚かな自分をまだ信じられない。
それでも久城の想いは信じたい。
「久城の想いも、愚かな自分も恐れずに受け入れたい。そのためならどんなことでもするし、どんな方法でもいい」
その方法を見つけようと本を読み漁った。
それでも見つけられない。
いったい答えはどこにあるのか。
「どうしたらいいんだ……」
途方に暮れた弱々しい声が溢れた。
逆井は最後の頼みの綱だった。
ひとりで考えても答えは出ない。
それはきっと俺が愚かだから。
俺が情けないから。
俺が失敗ばかりだから。
俺が——。
「——本当に馬鹿ですねえ」
四回目の馬鹿が俺の耳に届く。
「久城氏がもう教えてくれているではありませんか」
逆井が目を細めて笑っている。
それはいつもの意地悪そうな笑みではない。
年相応の、どこか無邪気な笑顔。
「ただ、久城氏の隣にいればいいだけですよ」
逆井の指が丸メガネのフレームを押し上げる。
「神野氏には久城氏の隣に立つ資格があるんです」
分厚いレンズが小窓から差し込む西陽を反射する。
「貴方がいくら悩もうともその事実は変わらない」
逆井宗一郎は立ち上がると神野洸太を見下ろす。
「だってあなたはワタシの嫌いな天才なんですから」
久城蒼は、神野洸太が好きだ。
では、神野洸太は久城蒼が好きなのか?
その問いの答えは考えるまでもなかった。
