「…………」
「…………」
俺と久城は、無言で見つめ合っていた。
寮の廊下でも、緞帳の前でもない。
ふたりきりの舞台の上で。
「……そういうことだったのか」
「ああ」
久城は苦々しい顔で頷いた。
久城の独白を聴き終えた俺は圧倒されていた。
あの頃のことは俺も思い出せる。
だが、俺の記憶と久城の語りでは印象が違っていた。
久城が日野と仲良くなかったこと。
俺の脚本のために演出を引き受けてくれたこと。
俺への好意について葛藤していたこと。
その気持ちを受け入れた上で俺と向き合ってくれていたこと。
なにひとつとして知らなかった。
もしも俺が語れることがあるとするなら、久城が有言実行したことぐらいだ。
二年生の秋から今まで久城は主演しか演じていない。
それらは全て俺が書いた脚本だった。
また、俺が久城を主演に指名したのはたった一度。
一年のときの文化祭だけ。
その後は久城が実力でオーディションを勝ち抜いた結果だ。
俺が久城を主役に当て書きを続けてきた。
しかし、久城もそんな俺に応えてくれた。
それは久城にプライドと才能があるからだと思っていた。
でもそれだけじゃないと今なら分かる。
「……すごいな」
目の前で赤裸々に語られた恋に、俺は感嘆する。
それには俺が書いてきた脚本よりも優れているどころか、世界で最も有名な恋愛劇にも負けないような情熱がこもっていた。
これが悲劇になるのか、喜劇になるのか。
それは、俺の気持ち次第だった。
……久城は悲劇になると思っているようだが。
「さて、ひと思いに殺してもらっていいかな?」
「なぜ!?」
断頭台に上がった囚人のように覚悟が決まり切った男に俺は慌てた。
——今までの語りは遺言だったのか!?
俺が聞き返す前に久城は答える。
「そりゃ自ら語ったとはいえ、この熱量を浴びた相手からキモい以外の感想が出るとは思えないんだけれど」
恋する男にしてはあまりに冷静な返答に俺も言葉に詰まる。
「それは、まあ……一般的にはそうだろうが……」
「殺してくれ」
「待て! 早まるな!!」
自らの命を犠牲にするまでの判断が迅速過ぎる久城を俺はなんとかこの世に引き止める。
普通の人なら簡単にリアクションができるのかもしれない。
だが、俺はこういう時にどう答えていいか分からない。
嬉しかった?光栄だった?ありがたかった?
どれもが当てはまらない。
どれもが足りない。
言葉では表しきれないほどの感情がこの肌の下で蠢いている。
この熱にひとことで返すのは不可能だ。
それでもあえて応えるなら——。
「久城に出会えたのは、俺の人生で最も幸運なことだと思った」
アドリブは苦手だ。
それでも心に浮かんだ言葉を必死に紡ぐ。
「こんなどうしようもなく愚かな俺を天才と呼んでくれてありがとう」
言葉だけじゃ足りない分を、声で、表情で、動きで届けようとする。
「お前が俺の主役でよかった」
目に見えないものを相手に伝えようと必死になる。
この想いこそが演劇だと思った。
そんな演劇こそが、俺と久城を繋いでいる。
「……神野」
俺の台詞を受け取った久城は、静かに俺を呼んだ。
その瞬間、俺は観客から役者に戻った。
「改めて伝えさせてくれ」
舞台の上で俺たちは向き合う。
真っ直ぐにお互いだけを見る。
観客はいない。
「——僕はお前が好きだ」
青い瞳が俺を射抜く。
久城が俺のことが本当に好きなのか疑っていた。
けれど俺はその目に宿る熱を知っている。
俺が抱いていた愚かな疑念は砕け散った。
「お前は僕の隣にいるべきだ」
自信に満ちた声が舞台に響く。
そして、俺の心にも。
「お前もそう思ってくれないか」
それは、俺が思い付かない美しい台詞だった。
だからこそ、俺も本気で返す。
久城蒼の相手役である神野洸太として。
「考えさせてください」
その瞬間の久城の顔を俺は一生忘れない。
「……正気か?」
好きな相手に絶対見せてはいけない顔をしていた。
言葉には言い表せないが、とにかくやばい顔。
「正気だ」
次に久城に当て書きをするなら殺人鬼役にしよう。
そう思いながら俺は堂々と頷いた。
「…………」
俺と久城は、無言で見つめ合っていた。
寮の廊下でも、緞帳の前でもない。
ふたりきりの舞台の上で。
「……そういうことだったのか」
「ああ」
久城は苦々しい顔で頷いた。
久城の独白を聴き終えた俺は圧倒されていた。
あの頃のことは俺も思い出せる。
だが、俺の記憶と久城の語りでは印象が違っていた。
久城が日野と仲良くなかったこと。
俺の脚本のために演出を引き受けてくれたこと。
俺への好意について葛藤していたこと。
その気持ちを受け入れた上で俺と向き合ってくれていたこと。
なにひとつとして知らなかった。
もしも俺が語れることがあるとするなら、久城が有言実行したことぐらいだ。
二年生の秋から今まで久城は主演しか演じていない。
それらは全て俺が書いた脚本だった。
また、俺が久城を主演に指名したのはたった一度。
一年のときの文化祭だけ。
その後は久城が実力でオーディションを勝ち抜いた結果だ。
俺が久城を主役に当て書きを続けてきた。
しかし、久城もそんな俺に応えてくれた。
それは久城にプライドと才能があるからだと思っていた。
でもそれだけじゃないと今なら分かる。
「……すごいな」
目の前で赤裸々に語られた恋に、俺は感嘆する。
それには俺が書いてきた脚本よりも優れているどころか、世界で最も有名な恋愛劇にも負けないような情熱がこもっていた。
これが悲劇になるのか、喜劇になるのか。
それは、俺の気持ち次第だった。
……久城は悲劇になると思っているようだが。
「さて、ひと思いに殺してもらっていいかな?」
「なぜ!?」
断頭台に上がった囚人のように覚悟が決まり切った男に俺は慌てた。
——今までの語りは遺言だったのか!?
俺が聞き返す前に久城は答える。
「そりゃ自ら語ったとはいえ、この熱量を浴びた相手からキモい以外の感想が出るとは思えないんだけれど」
恋する男にしてはあまりに冷静な返答に俺も言葉に詰まる。
「それは、まあ……一般的にはそうだろうが……」
「殺してくれ」
「待て! 早まるな!!」
自らの命を犠牲にするまでの判断が迅速過ぎる久城を俺はなんとかこの世に引き止める。
普通の人なら簡単にリアクションができるのかもしれない。
だが、俺はこういう時にどう答えていいか分からない。
嬉しかった?光栄だった?ありがたかった?
どれもが当てはまらない。
どれもが足りない。
言葉では表しきれないほどの感情がこの肌の下で蠢いている。
この熱にひとことで返すのは不可能だ。
それでもあえて応えるなら——。
「久城に出会えたのは、俺の人生で最も幸運なことだと思った」
アドリブは苦手だ。
それでも心に浮かんだ言葉を必死に紡ぐ。
「こんなどうしようもなく愚かな俺を天才と呼んでくれてありがとう」
言葉だけじゃ足りない分を、声で、表情で、動きで届けようとする。
「お前が俺の主役でよかった」
目に見えないものを相手に伝えようと必死になる。
この想いこそが演劇だと思った。
そんな演劇こそが、俺と久城を繋いでいる。
「……神野」
俺の台詞を受け取った久城は、静かに俺を呼んだ。
その瞬間、俺は観客から役者に戻った。
「改めて伝えさせてくれ」
舞台の上で俺たちは向き合う。
真っ直ぐにお互いだけを見る。
観客はいない。
「——僕はお前が好きだ」
青い瞳が俺を射抜く。
久城が俺のことが本当に好きなのか疑っていた。
けれど俺はその目に宿る熱を知っている。
俺が抱いていた愚かな疑念は砕け散った。
「お前は僕の隣にいるべきだ」
自信に満ちた声が舞台に響く。
そして、俺の心にも。
「お前もそう思ってくれないか」
それは、俺が思い付かない美しい台詞だった。
だからこそ、俺も本気で返す。
久城蒼の相手役である神野洸太として。
「考えさせてください」
その瞬間の久城の顔を俺は一生忘れない。
「……正気か?」
好きな相手に絶対見せてはいけない顔をしていた。
言葉には言い表せないが、とにかくやばい顔。
「正気だ」
次に久城に当て書きをするなら殺人鬼役にしよう。
そう思いながら俺は堂々と頷いた。
