さてはて。
どうして神野洸太が文芸部に入部しなかったのか。
その理由は、実にシンプルだった。
「——文芸部を出禁だと!?」
僕は思わず頭を抱えた。
隣で南田もドン引きしている。
「オマエ、なーにやったんだよ……?」
「ううう……」
呆れる僕と南田を前に項垂れる神野。
しかし、可哀想だとは思わない。
なんて言ったって神野は文芸部を出禁になっていたのだから。
件の文化祭のステージ公演の練習中だった。
主演に選ばれた僕、共演者の南田、脚本の神野の三人で基礎練——ストレッチや軽い筋トレ、発声練習を済ませてから本格的に練習が始まるまで雑談していた。
きっかけは南田の一言だった。
「どうせなら神野を文芸部に送り込んで戦わせてみようぜ」
それは始業式から少し経ったくらいの頃だ。
神野が表彰されたことに僕たちも浮き足立っていた。
また文化祭に向けて強い仲間意識も芽生えていた。
僕らにとって神野洸太は、「うちの神野」だった。
南田と共に神野を連れて歩いていても「久城と南田は知ってるけど、アイツはだれだっけ?」と言われることもない。
僕としても誇らしい気持ちでいっぱいだった。
僕に相応しい天才と堂々と肩を組んで歩けるのだから。
南田に「嫌がられてんぞ」と突っ込まれても関係ない。
なんなら嫌がっている顔も悪くなかった。
とにかく僕らは調子に乗っていて男子高校生らしい——特に高校一年生らしい冗談を言い合っていた。
「文芸部に神野を? 悪くない考えだね?」
僕は珍しくニヤつきながら答えた。
「あの凡人たちが神野に負ける姿が見てみたいよ」
「文芸部が負けるの確定なのかよ!」
「当たり前だろう? うちの神野が負けるはずないんだから」
そうして南田とケラケラ笑い合う。
後から振り返ってみれば、かなり悪趣味な会話だ。
一年生の頃の僕たちは深く反省するべきだと思う。
それでもこれは冗談のつもりだった。
本気で神野を文芸部に送り込んで、文芸バトルなんてさせる気なんてなかった。
それがまさか、すでに勝負がついているとは——。
「……文芸部は難しいと思う」
僕らが盛り上がっていると神野がそう切り出した。
笑うのをやめて振り返るとそこに複雑な顔をした神野がいる。
「難しいって何がかな?」
「神野が負けるわけねぇだろ! 謙遜すんなよ!」
南田が陽気に肩を組む。
だが、神野の顔色は良くない。
「俺も負ける気はないが、そういうことではなく……」
「じゃあ、どういうことだよ?」
神野の肩に腕を回したまま南田が覗き込む。
「ああ、うう……」
謎の呻き声を漏らした後に、沈黙。
いつも以上に様子がおかしい神野。
僕らは顔を見合わせる。
そして根気良く神野の答えを待って数十秒後。
「——出禁なんだ、文芸部」
倒置法で告げられた衝撃の事実。
僕と南田は、同時に叫ぶ。
「えええええッ!?」
僕らは演劇部の一年でも屈指の声量を持つ二人だ。
そのため、もちろんこうなる。
「うるせえぞ!! 南田! 久城!」
「はい! 申し訳ありません!」
「急に大声出してすいませーん!」
謝罪を聞いた先輩が面倒臭そうに舌打ちをする。
しかし、それに苛立っている場合ではない。
言い渋る神野からなんとか詳しい事情を聞き出す。
そして、頭を抱えた。
「マジでとんでもねえことやってるじゃねえか!」
「体験入部で、先輩にダメ出しって……お前ね……」
これには南田だけではなく、僕も呆れて突っ込む。
なんと春の体験入部にて神野は文芸部を荒らしていた。
故意ではなく、過失なのだが——無自覚な天才の蹂躙である。
後に、学生向けの戯曲賞を総ナメにし、全校生徒の前で表彰される男は、自分の才能はおろか、凡人の能力についても把握していなかったためにやらかしてしまった。
時間制限ありライティングにて、一時間で五千字。
その後に回し読みして講評する際に、先輩の作品にダメ出し。
想像以上のクオリティーの低さに思わず苦言。
『え、まさかこれが本気で書いたものではないですよね……?』
そして、凡人の心を折るレベルでの超弩級の失言。
これは流石に入部は断られる。
他の部員のメンタルを守るためにも出禁も妥当かもしれない。
過ちを語り終えた神野は稽古場の隅に正座する。
「今になっては申し訳ないと思っている……」
神野は反省を態度で表していた。
またその顔色からして心から落ち込んでいるようだ。
確かに文芸部での神野の振る舞いは傲慢だ。
しかし、意図して傷付けようとしたわけじゃない。
コイツは本気で戸惑っていたのだ。
——周りと、自分との実力の差に。
公立の中学でも神野は周りから浮いていたらしい
だからこそ期待もあったのだろう。
風見ヶ丘なら、文芸部なら、居場所があると。
でも、そうじゃなかった。
その落胆と、現実を受け入れられない気持ちが言葉になって、誰かを傷付けてしまう結果になった。
そしてまたコミュニティーから弾き出される。
僕にとっても身に覚えのあることだった。
そしておそらく南田にも。
「そうか……」
「なるほどな」
またもや僕と南田はお互いへ視線を向ける。
腐れ縁だからか、目と目が合えば分かった。
言いたいことはどちらも同じだと。
「最高だな」
「最高じゃねえか」
僕らはハッキリと言い切った。
「……え?」
神野の惚けた声に、思わず笑う。
「マジかよぉ〜! もうバトってたのかよ!」
「しかもほぼ不戦勝とはなかなかやるじゃないか」
僕と南田がしゃがみ込んで神野を挟んでやる。
「いや……俺はまた空気を読めずにやらかして……」
神野は状況が理解できずに狼狽えている。
だが、気にしない。
僕らは、僕らが欲しかった台詞を神野に贈った。
「いいじゃん、読めなくたってよぉ〜?」
「そうだ、凡人と同じ空気を吸う価値あるか?」
「オレはそこまで言ってねえけど実力ありゃいい!」
「文芸部はお前に『合わなかった』。それだけだ」
僕の宣言に南田が茶化すように拍手を送る。
そうやってふざけている僕らの間から鼻を啜る音が聞こえた。
「……そうなの、かもな」
神野が絞り出した声に僕らは頷く。
「そうに決まってらぁ!」
南田が再び馴れ馴れしく肩に腕を回した。
僕もまた神野の腰を抱いて引き寄せる。
「僕が言っているのだから正しいに決まってる」
すると南田が眉を寄せて突っ込んでくる。
「オマエは自信ありすぎなんだよ。普通に肩組め」
「僕の腕だと余るだろ、お前とはくっ付きたくない」
「自慢と同時に喧嘩売ってくんじゃね〜!」
「売ってもないものを勝手に買うな、強盗か?」
「誰が喧嘩強盗じゃ、コラ?」
いつものように南田と僕が神野を挟んで言い争う。
柄にもないことをしていた自覚があったから、照れ隠しもあったと思う。
でも、神野はそんなことは気にしていなかった。
「……喧嘩強盗、っていいな」
何やらインスピレーションを得たらしい。
神野は一人でぶつぶつと呟き始める。
明らかに怪しい。
だが、僕と南田はそれを見慣れつつあった。
「オレらの隣で自分だけの世界に入るなって」
「まずはアイデア元に許可を取るべきじゃないかな」
「ああ、すまない! それもそうだよな」
僕の冗談に、神野は大真面目に返してくる。
神野はやっぱり天才で、ちょっと変なやつだ。
そして僕らと変わらない男子高校生。
「……それでどっちに許可を取ればいいんだ?」
「僕だね」
「オレだろ」
僕と南田が同時に答え、顔を見合わせる。
これで三度目だ。
「え、ええっと……」
「は?」
「あ?」
僕と南田が睨み合い、神野が悲鳴を上げる。
「俺を挟んでガンを飛ばし合わないでくれ!」
「はぁ?」
「あぁ?」
「俺にまでガンを飛ばさないでくれ!?」
久城蒼と南田絢人にとって、神野洸太は実に揶揄い甲斐のある友人だった。
どうして神野洸太が文芸部に入部しなかったのか。
その理由は、実にシンプルだった。
「——文芸部を出禁だと!?」
僕は思わず頭を抱えた。
隣で南田もドン引きしている。
「オマエ、なーにやったんだよ……?」
「ううう……」
呆れる僕と南田を前に項垂れる神野。
しかし、可哀想だとは思わない。
なんて言ったって神野は文芸部を出禁になっていたのだから。
件の文化祭のステージ公演の練習中だった。
主演に選ばれた僕、共演者の南田、脚本の神野の三人で基礎練——ストレッチや軽い筋トレ、発声練習を済ませてから本格的に練習が始まるまで雑談していた。
きっかけは南田の一言だった。
「どうせなら神野を文芸部に送り込んで戦わせてみようぜ」
それは始業式から少し経ったくらいの頃だ。
神野が表彰されたことに僕たちも浮き足立っていた。
また文化祭に向けて強い仲間意識も芽生えていた。
僕らにとって神野洸太は、「うちの神野」だった。
南田と共に神野を連れて歩いていても「久城と南田は知ってるけど、アイツはだれだっけ?」と言われることもない。
僕としても誇らしい気持ちでいっぱいだった。
僕に相応しい天才と堂々と肩を組んで歩けるのだから。
南田に「嫌がられてんぞ」と突っ込まれても関係ない。
なんなら嫌がっている顔も悪くなかった。
とにかく僕らは調子に乗っていて男子高校生らしい——特に高校一年生らしい冗談を言い合っていた。
「文芸部に神野を? 悪くない考えだね?」
僕は珍しくニヤつきながら答えた。
「あの凡人たちが神野に負ける姿が見てみたいよ」
「文芸部が負けるの確定なのかよ!」
「当たり前だろう? うちの神野が負けるはずないんだから」
そうして南田とケラケラ笑い合う。
後から振り返ってみれば、かなり悪趣味な会話だ。
一年生の頃の僕たちは深く反省するべきだと思う。
それでもこれは冗談のつもりだった。
本気で神野を文芸部に送り込んで、文芸バトルなんてさせる気なんてなかった。
それがまさか、すでに勝負がついているとは——。
「……文芸部は難しいと思う」
僕らが盛り上がっていると神野がそう切り出した。
笑うのをやめて振り返るとそこに複雑な顔をした神野がいる。
「難しいって何がかな?」
「神野が負けるわけねぇだろ! 謙遜すんなよ!」
南田が陽気に肩を組む。
だが、神野の顔色は良くない。
「俺も負ける気はないが、そういうことではなく……」
「じゃあ、どういうことだよ?」
神野の肩に腕を回したまま南田が覗き込む。
「ああ、うう……」
謎の呻き声を漏らした後に、沈黙。
いつも以上に様子がおかしい神野。
僕らは顔を見合わせる。
そして根気良く神野の答えを待って数十秒後。
「——出禁なんだ、文芸部」
倒置法で告げられた衝撃の事実。
僕と南田は、同時に叫ぶ。
「えええええッ!?」
僕らは演劇部の一年でも屈指の声量を持つ二人だ。
そのため、もちろんこうなる。
「うるせえぞ!! 南田! 久城!」
「はい! 申し訳ありません!」
「急に大声出してすいませーん!」
謝罪を聞いた先輩が面倒臭そうに舌打ちをする。
しかし、それに苛立っている場合ではない。
言い渋る神野からなんとか詳しい事情を聞き出す。
そして、頭を抱えた。
「マジでとんでもねえことやってるじゃねえか!」
「体験入部で、先輩にダメ出しって……お前ね……」
これには南田だけではなく、僕も呆れて突っ込む。
なんと春の体験入部にて神野は文芸部を荒らしていた。
故意ではなく、過失なのだが——無自覚な天才の蹂躙である。
後に、学生向けの戯曲賞を総ナメにし、全校生徒の前で表彰される男は、自分の才能はおろか、凡人の能力についても把握していなかったためにやらかしてしまった。
時間制限ありライティングにて、一時間で五千字。
その後に回し読みして講評する際に、先輩の作品にダメ出し。
想像以上のクオリティーの低さに思わず苦言。
『え、まさかこれが本気で書いたものではないですよね……?』
そして、凡人の心を折るレベルでの超弩級の失言。
これは流石に入部は断られる。
他の部員のメンタルを守るためにも出禁も妥当かもしれない。
過ちを語り終えた神野は稽古場の隅に正座する。
「今になっては申し訳ないと思っている……」
神野は反省を態度で表していた。
またその顔色からして心から落ち込んでいるようだ。
確かに文芸部での神野の振る舞いは傲慢だ。
しかし、意図して傷付けようとしたわけじゃない。
コイツは本気で戸惑っていたのだ。
——周りと、自分との実力の差に。
公立の中学でも神野は周りから浮いていたらしい
だからこそ期待もあったのだろう。
風見ヶ丘なら、文芸部なら、居場所があると。
でも、そうじゃなかった。
その落胆と、現実を受け入れられない気持ちが言葉になって、誰かを傷付けてしまう結果になった。
そしてまたコミュニティーから弾き出される。
僕にとっても身に覚えのあることだった。
そしておそらく南田にも。
「そうか……」
「なるほどな」
またもや僕と南田はお互いへ視線を向ける。
腐れ縁だからか、目と目が合えば分かった。
言いたいことはどちらも同じだと。
「最高だな」
「最高じゃねえか」
僕らはハッキリと言い切った。
「……え?」
神野の惚けた声に、思わず笑う。
「マジかよぉ〜! もうバトってたのかよ!」
「しかもほぼ不戦勝とはなかなかやるじゃないか」
僕と南田がしゃがみ込んで神野を挟んでやる。
「いや……俺はまた空気を読めずにやらかして……」
神野は状況が理解できずに狼狽えている。
だが、気にしない。
僕らは、僕らが欲しかった台詞を神野に贈った。
「いいじゃん、読めなくたってよぉ〜?」
「そうだ、凡人と同じ空気を吸う価値あるか?」
「オレはそこまで言ってねえけど実力ありゃいい!」
「文芸部はお前に『合わなかった』。それだけだ」
僕の宣言に南田が茶化すように拍手を送る。
そうやってふざけている僕らの間から鼻を啜る音が聞こえた。
「……そうなの、かもな」
神野が絞り出した声に僕らは頷く。
「そうに決まってらぁ!」
南田が再び馴れ馴れしく肩に腕を回した。
僕もまた神野の腰を抱いて引き寄せる。
「僕が言っているのだから正しいに決まってる」
すると南田が眉を寄せて突っ込んでくる。
「オマエは自信ありすぎなんだよ。普通に肩組め」
「僕の腕だと余るだろ、お前とはくっ付きたくない」
「自慢と同時に喧嘩売ってくんじゃね〜!」
「売ってもないものを勝手に買うな、強盗か?」
「誰が喧嘩強盗じゃ、コラ?」
いつものように南田と僕が神野を挟んで言い争う。
柄にもないことをしていた自覚があったから、照れ隠しもあったと思う。
でも、神野はそんなことは気にしていなかった。
「……喧嘩強盗、っていいな」
何やらインスピレーションを得たらしい。
神野は一人でぶつぶつと呟き始める。
明らかに怪しい。
だが、僕と南田はそれを見慣れつつあった。
「オレらの隣で自分だけの世界に入るなって」
「まずはアイデア元に許可を取るべきじゃないかな」
「ああ、すまない! それもそうだよな」
僕の冗談に、神野は大真面目に返してくる。
神野はやっぱり天才で、ちょっと変なやつだ。
そして僕らと変わらない男子高校生。
「……それでどっちに許可を取ればいいんだ?」
「僕だね」
「オレだろ」
僕と南田が同時に答え、顔を見合わせる。
これで三度目だ。
「え、ええっと……」
「は?」
「あ?」
僕と南田が睨み合い、神野が悲鳴を上げる。
「俺を挟んでガンを飛ばし合わないでくれ!」
「はぁ?」
「あぁ?」
「俺にまでガンを飛ばさないでくれ!?」
久城蒼と南田絢人にとって、神野洸太は実に揶揄い甲斐のある友人だった。
