親睦会で出会って以来、小川と江藤の二人からは頻繁に遊びの誘いを受けるようになった。
「おぉー透! こっちこっち!」
放課後に同じテーブルを囲んで食事をするファミレスや、時間を忘れて盛り上がるカラオケ。どうやって知り合ったのか全く分からないけど、小川がどこからか連れてきた別の学部の女の子が何人か混ざることもあった。
「ねぇねぇ、君は名前何て言うのー?」
「う、上杉 透です──」
「じゃあ透っちだね! これからよろしくー!」
テンション高くそんな風に言葉を掛けられ、思わず頬を赤らめてしまう。初めこそ少し気後れしていたけど、彼女達に「透っち」なんて軽い愛称で呼ばれ、不思議と悪い気はしなかった。高校時代に経験したことないほど賑やかに過ごす時間は、僕の心に少しずつ温かい温度を取り戻させてくれた。
自分にもまだ、こうやって誰かと笑い合える日常が存在していたんだ。その事実を実感できただけで、重荷のようにのしかかっていた負の感情が、少しずつ軽くなっていく気がした。
だけど……そのトラウマは、そう簡単には消え去ってくれないのだと悟る。
*
「てかさ、あの教授の課題マジで多すぎだと思わねぇ? まだ五月だってのに飛ばしすぎだろ」
「文句を言う前に手を動かしたらどうなんだ秀介。シラバスに書いてあった通りだぞ」
ある日の昼休み。混雑する学食の賑やかな喧騒の中、僕達三人は四人掛けのテーブルを囲んでいた。山盛りの唐揚げ定食を豪快に口へ運ぶ小川と、綺麗に並べられた日替わり定食を静かに食べる江藤。二人の他愛も無いやり取りを眺めながら、僕は小さく笑みを浮かべていた。
だけど……会話のふとした弾みで「高校時代の部活」や「受験の思い出」といった話題が出ると、僕の思考は途端にあの暗い泥沼へ引き戻されてしまう。
二人の優しさと、自分へ向けられる真っ直ぐな友情。それが眩しければ眩しいほど、自分の中に渦巻く薄汚い感情とのギャップに吐き気がした。それはかつて、インターハイ出場を決めて輝いていたカズを見ていた時と同じ劣等感。僕はそんな醜い感情を隠したまま、二人の前で笑っていい人間なのだろうか……。
「……透? どうした、顔色悪いぞ。メシも残してんじゃねぇか」
「おい、大丈夫か透? 体調悪いなら午後から休めよ、講義のノートはコピー取って渡すから」
「へっ? あぁ……ごめんごめん。ちょっとぼーっとしてた」
小川と江藤の心配そうな視線に気付き、僕は慌てて首を振る。しかし……誤魔化しのきかない二人の真剣な眼差しに見つめられ、僕はついに耐えきれなくなった。
この温かい居場所を失うのは怖い。だけど、自分の心の奥底にある傷を隠したまま、二人と付き合い続けることにも限界を感じていた。
「……実はさ。僕、高校の時に……すごく嫌な思いをしててさ」
ぽつり、ぽつりと、僕は二人の前で語り始めた。
スクールカーストを振りかざした、蓮根の執拗な嫌がらせ。大好きだったのに居場所が無くなったハンド部。数えきれないほどの負の連鎖が重なり、精神的に追い詰められていた毎日。そして、蓮根への復讐のことばかりを考えるようになり、全く身が入らなかった受験勉強。
話すにつれて手先が冷たくなり、声が震える。僕はポケットからスマホを取り出し、今でも消せずに保存してあるSNSのスクリーンショットを二人に見せた。そこには蓮根とその取り巻きが投稿していた、見るに堪えない残酷な言葉が幾つも残されている。
「……」
画面を覗き込んだ小川の表情から、普段の明るい笑顔が完全に消えていた。ゆっくりと箸を置き、腕の血管がくっきりと浮かび上がるほど拳を強く握りしめている。
「──その蓮根って奴、どこの大学だ」
「へっ? えっと、たしか……」
とてつもない気迫に押されながら、僕は蓮根のSNSアカウントを開いた。ご丁寧に、自分が今通っている大学名がはっきりと映し出されている投稿も多い。
それを見た瞬間──余っていたもう一つの椅子を、小川は勢いよく蹴り飛ばして立ち上がった。ガタァン! と大きな音が響き、周囲の学生達が一瞬こちらを振り返る。
「その大学、今すぐ乗り込もうぜ! 透にこんな陰湿なことしやがって、恥ずかしくねぇのか! 一発ぶん殴ってやらねぇと気が済まねぇ!」
顔を真っ赤にし、本気で怒りを爆発させる小川。ノリの良い普段の姿からは想像できない荒れっぷりに、僕は思わず息を呑んだ。
「待て、秀介」
その途端、隣に座る江藤が、静かながらも断固とした声で割り込んだ。立ち上がった小川の腕を素早く掴み、グッと下へ引き戻す。
「放せよ純! こんなの間違ってるに決まってるだろ!」
「落ち着けって言ってんだ秀介! 乗り込むなんて現実的じゃない──透の気持ち、少しは考えろ」
江藤はあくまで冷静な言葉で小川を制し、静かに座り直させた。小川は納得いかない様子で荒い息を吐きながらも、江藤の説得に応じて渋々腰を下ろす。
学食に広がる雑踏の中、僕たちのテーブルだけが異質な雰囲気に包まれていた。
江藤は一度ふぅっと息を吐いて、僕の座る方へ向き直す。そして、今までにない真剣な表情を浮かべながら──重い空気を切り裂くように口を開いた。
「いいか透、よく聞いてくれ」
