それから季節は移ろい、僕は三年生に進級した。クラス替えという淡い期待はあっけなく打ち砕かれ、僕を取り巻く地獄の日常は進級と同時にさらに悪質化していった。
ターゲットが僕に移ってからというもの、蓮根のSNSアカウントの標的も完全に僕へと切り替わっていた。
『上杉透、陰でコソコソ陰口言ってるのダサすぎw』
『ハンド部でも浮いてるらしいぞwマジで痛いw』
タイムラインを開けば、根も葉もない噂や、教室での僕の孤独な姿を嘲笑う言葉が並んでいる。クラスメイト達はスマホの画面を凝視しながら、僕と目が合えば露骨に避けていく。スクールカーストという、決して目には見えない異様な序列。学校全体がその支配力に抑圧され、誰もが蓮根の顔色を伺って必死に生きている。
蓮根は自分の周りに従順なイエスマンしか置かない。彼が何か言えば笑い、彼が誰かを名指しで批判をすれば一緒になって叩く。心の底から、反吐が出るほどの気持ち悪さを感じていた。
そもそも……最初にカズの悪口をSNSで拡散して叩き始めたのは蓮根だ。僕はただ、カズを理不尽に傷付けることが許せなくて……放課後の教室でたった一言、愚痴を零しただけじゃないか。それだけのことで、どうして僕がこんな目に遭わされなきゃいけないんだ。学校内では除け者にされ、大好きなハンドボールのコートにも居場所は無く、SNSではありとあらゆる誹謗中傷を今でも浴び続けている。僕が一体、何をしたっていうんだ……。
「クソッ……クソッ……!」
暗い部屋の中、消化しきれない嫌悪感に苛まれながら、受験の参考書を見つめる。
夏が近付き、本来なら三年生として受験勉強に没頭しなければいけない時期だった。だけど……どれだけシャーペンを握りしめても、内容は一切頭に入ってこない。
頭の中を支配しているのは、黒くドロドロとした暗い感情だけだった。
(どうやって、あのクソ野郎に復讐してやろうか……)
あんな奴の思い通りに潰されてたまるか。どうにかして、あの薄汚い本性を公にして、絶望のどん底に叩き落としてやりたい。奴のやってきた悪行の証拠でも集めて告発するか? それとも……。
いや……どれだけ思考を巡らせても、現実的な正解なんてどこにも見つからなかった。行き場の無い激しい怒りと焦燥感だけが胸の中で何度も何度も渦巻き、僕は無意識のうちに自分の髪を掻きむしり続けていた。
*
そして──僕がそんな泥沼のような日常でもがいている間にも、時間は残酷に流れていく。
カズは、僕とは全く違う世界線を走っていた。走り幅跳びでさらに成長を続けるカズは、今年もインターハイ出場を決めて連日猛練習を重ねていた。いっそのこと早く引退したいと思いながらハンド部で活動を続ける僕の視線の先で、カズは眩しい日差しを浴びながら、圧倒的な実力で飛躍を続ける。
やがて夏が過ぎ、カズはインターハイでの実績を買われて──有名大学へのスポーツ推薦を本当に勝ち取った。進路が決まってからもカズは休むことなく、さらなる高みを目指して自主練や大学でのトレーニングに明け暮れていた。
そして気が付けば……僕はカズと二人で放課後にファミレスへ行ったり、他愛も無い雑談を交わしたり、ボウリングに興じたりすることもなくなった。カズが僕を避けているわけではない。廊下ですれ違えば、カズは変わらない笑顔で声をかけてくれる。だけど……その眩しさとかっこよさが、今の僕にはただただ苦しかった。
カズは走り幅跳びという自分の武器で、理不尽な誹謗中傷を跳ね返したのだから。相談しようにも、あまりにも惨めで……そんな話題で会話は切り出せない。
カズは未来へ向かって一直線に進んでいる。スポーツ推薦で大学を決め、確固たる居場所と実績を持ち、周りから称賛されている。全校集会で表彰される後ろ姿を指差して笑う者は、もういない。
それに比べて……僕はどうだ?
生き甲斐でもあったハンド部は、この上ない後味の悪さを残して引退した。不注意で口にした愚痴で蓮根に目をつけられ、教室でも部活でも孤立し、復讐の妄想に囚われながら……受験勉強すら手につかないでいる。
「あぁ……本当に最悪だ。高校生活、最初からやり直したい……」
放課後、一人で校門を出ながら、夕日に染まるグラウンドを振り返る。
あんなに近くにいたはずのカズが、今はまるで手の届かない遥か遠くの存在に思えた。僕は誰にも気付かれないまま、一人で底無しの暗闇へと沈んでいた。
