蓮根と対峙したその日から、僕を取り巻く環境は一変した。分かりやすく、そして徹底的に、僕は学校という社会から徐々に隔離されていった。
最初に異変を感じたのは、翌朝の教室だった。
「おはよう、みんな」
いつも通り登校し、昨日話をしたばかりのクラスメイトに声をかける。ところが……彼らは僕と目が合った瞬間、びくっと肩を跳ね上がらせると、気まずそうに目を逸らした。そしてそのまま僕の声を無視し、そそくさと自分の席を離れていってしまう。結局、挨拶すら返してくれなかった。
嫌な予感は、昼休みに更なる確信へと変わった。いつも一緒に購買部へ行ったり、机を突き合わせて弁当を食べたりしていたクラスメイト達の元へ向かう。ところが……僕が弁当箱を持って近づいた瞬間、会話がピタリと途切れた。
「あっ……ごめん透、今日これからちょっと用事あってさ」
「俺も、先生に呼ばれててさ」
彼らはそう言って、僕の視線から逃げるように弁当を抱え、早足で教室を出て行ってしまう。
誰がどう見ても分かる明らかな嘘だった。残された僕は、ポツンと一人で自分の席に座るしかなかった。静まり返った教室の中で、無数の視線だけが周囲から痛いほど突き刺さる。教室の隅で固まっている女子のグループや、蓮根の顔色を伺っている男子達が、僕の方を見ながらひそひそと囁き合っている。口元を隠し、ニヤニヤと嘲笑うような表情。耳を澄ませなくても、彼らが何を話しているのかなんて手に取るように分かった。
僕の日常が、刻々と黒く塗り潰されていく。喉の奥がギュッと絞めつけられるような圧迫感に、僕はただ黙って冷たくなった弁当を口に運ぶことしかできなかった。
だけど……まだ僕には、ハンドボールがある。
どれだけ教室で無視されようと、砂と汗にまみれてボールを追いかけるコートだけは、僕の居場所であり続けてくれるはず。そう信じて──六限終わりのチャイムが鳴り響いたとともに、気を取り直してコートへ向かった。
ところが……そんな淡い期待すらも、容赦なく打ち砕かれることになる。
「んっ……? 僕のこと全く見てない……?」
コートから見える景色が、いつもと明らかに違う。紅白戦が始まったオフェンスのパス回しで、僕はチームメイトの誰とも目が合わなかった。その違和感を感じながらも、動き慣れた戦術で相手チームを攻め立て、フリーの体勢を作って声を張る。
「こっちだ! パス!!」
しかし……ボールを持ったチームメイトは僕を一瞥しただけで露骨に視線を外し、無理な体勢で遠くの別のチームメイトへパスを出した。そして結局、そのパスはカットされ、相手チームの得点となる悪循環が生まれてしまった。
そんな瞬間が、一度や二度ではない。僕がコートを駆けまわって何度フリーになろうが、どれだけ絶好のポジションを確保しようが、僕の元へボールが回ってくることは一度もなかった。
「何でだよ……。そんなプレー普段しないだろ」
部活のチームメイトですら、誰も僕と目を合わせようとしない。まるでそこに僕が存在していないかのような、徹底的なシカトっぷり。困惑と焦りが渦巻く中で、僕は正常な判断ができないほど追い込まれていく。
そんな中、チームメイトが無理やり出したパスが再びカットされた。相手チームにカウンターを食らい、同じ流れで得点を失った──その直後だった。
「おい透! ちゃんとお前のところでボール収めろよ!!」
同じコートに入っていたチームメイトの一人が、あからさまに荒らげた声で怒りを露わにする。
「えっ……。いやいや、僕ずっとパス出すように声出してただろ。ポジショニングだって──」
「言い訳してんじゃねぇよ! 自分のミスを人のせいにするから、何回もカウンターされるんだろうが!!」
不当すぎる叱責だった。どう見ても僕のミスではない場面で、すべての責任が僕一人に押し付けられる。昨日まで一緒に笑顔でハイタッチを交わしていたはずのチームメイトが、見たこともないほど冷たい怒りを僕に向けていた。
周りの部員達を見渡す。やはり……誰一人として僕を庇ってくれる者はいなかった。それどころか、「あいつのせいでオフェンスのリズムが乱れる」とでも言いたげな、冷ややかな視線を向けてくる。気まずそうに顔を背けるか、聞こえないフリをして散っていく者ばかりだった。
「はぁ……マジかよ。こんなところまで影響があるなんて……」
誰もいないコートの隅で、汗を拭いながら小さく呟く。
まさか……ここまでだとは思わなかった。ハンド部という、蓮根と関わりが無いコミュニティーの中にまで、彼の圧力が侵食していたのだ。僕を仲間外れにして悪者にすることで、自分達が蓮根のターゲットになることを防ごうとしている。その意図が透けて見えて、あまりの絶望に思わず目眩がした。
大好きなはずのハンドボールが……。僕の生き甲斐だったコートが……。いまや鋭い牙を剥いて、僕を痛めつける場所に変わり果ててしまった。
