ファミレスでカズと過ごした時間も、終電ギリギリまでボウリングを楽しんだ時間も、かけがえのない青春のひと時だった。そして翌日も、その次の日も──僕達の平穏な日常は変わらず続いていくはずだった。
しかし……その平穏は、思わぬところから崩れ去ることになる。異変に気づいたのは、ある日の昼休みだった。
「んっ……? 何だよこれ」
クラスメイトと昼ご飯の弁当を頬張りながら、何気なくスマホを開く。いつもは流し見程度にチェックしている、見慣れたSNSのタイムライン。最近やたらと更新している投稿主のアカウント名を見て、胸の中にざらりとした不快感が広がった。
蓮根 岳。
僕達の学年で、スクールカーストの頂点に君臨する男だ。いつも取り巻きを何人も従えて、我が物顔で廊下を歩いている。どこにそんなカリスマ性があるのか分からないけど……僕やカズとは良くも悪くも住む世界が違い、これまで関わることすらない存在。
そんな蓮根がSNSに投稿していたのは、一枚の画像と短い文章だった。
『インターハイ選手様の走り幅跳びwwただ砂場に飛び込んでるだけで草』
画像には、部活中に砂場へ跳躍するカズの姿が写っていた。遠目から盗撮された、ピントも合っていない粗い写真だ。
一瞬、思考がフリーズした。怒りよりも先に、何が面白いのか意味が分からなかった。どういう経緯で蓮根がカズの写真を撮り、こんな風に煽るような投稿をしているのか……。そのコメント欄を見ると、蓮根の取り巻きと思われるアカウントが
『スカウトへのアピールでこれは痛すぎる』
『ちょっと有名になったからって調子乗ってるよな』
と、蓮根の投稿に便乗する陰湿な返信で溢れ返っていた。
「ちっ──クソかよこいつら」
思わず舌打ちが漏れる。心底くだらないと思った。
だけど、この時の自分はまだ楽観的に捉えていた。カズほどの有名なアスリートになれば、陰口を叩く奴の一人や二人は出てくる。人の噂も七十五日と言うし、放っておけばそのうち蓮根達も飽きるだろう。そう自分に言い聞かせ、画面を閉じた。
しかし……僕の甘い考えはすぐに打ち砕かれることになる。翌日も、その次の日も、蓮根の投稿は止まらなかった。それどころか、学校生活の至るところで、その悪質さは日に日に増していく。
『今日の練習も大した記録出てなくて笑ったww』
『全体集会でイキってるけど、普段は地味でキモい』
『調子乗ってるから全員で無視しよーぜ』
投稿には画像だけに留まらず、動画や事実無根の誹謗中傷が次々と添えられていく。
そして、蓮根の影響力は絶大だった。悪意に満ちたその投稿には、瞬く間に大量の[いいね]が付いてしまう悪循環。校内の生徒達の間で噂として広まっていくのに時間はかからなかった。
「こんなことして何が楽しいんだよ……」
最初は気にしないようにしていた。だけど、意識してSNSを見ないようにしていても、学校内の様子が明らかに変わっていることを痛感してしまう。校内ですれ違う生徒達がカズを見てヒソヒソと囁き合ったり、露骨に避けたりする空気感に、心の中の怒りは限界まで膨れ上がっていく。
僕はそんな雰囲気の中でも、変わらずカズと接し続けた。少しでも記録を伸ばそうと毎日鍛錬を重ねて、自分の限界と戦いながら砂場へ跳躍しているカズの努力を、僕は誰よりも近くで見てきたからだ。何も知らない蓮根に、他人の努力を踏みにじり面白半分で嘲笑う権利なんて、一体どこにあるというのか──。
廊下で蓮根が率いるグループとすれ違う時、彼らはわざとらしく大声でカズの陰口を吐き捨てながら通り抜けていく。その背中を睨みつけながら、僕は握りしめた拳を震わせる。僕は果てしなく燃え上がる怒りを抑え込むのに必死だった。
