「美里のことで話がある」と栞に連絡をすると、「分かった」とだけ返信が来た。手帳の中身のことが本当ならば、栞に確認しなければならない。
栞は、僕が今からいう言葉を、全て悟っているかのように、優しくコーヒーを出してくれた。そして僕をまっすぐ見つめた。何から言い出すのかと、見定められているような気がする。僕は息をのみ、コーヒーを一口飲んだ。
「ははは、そんなかしこまらないでよ。別に、勝手に手帳みたからって怒ったりしないって」
「え?なんでそれ知ってんの」
「なんでって私が美里に、手帳でも置いていったら?って、提案したんだもの」
「っ、どういうことだ」
「……碧には協力してほしくて、美里にはうまくいってそうさせたの」
「美里美里って……俺はその話を……」
「ああ……そっか、そこからだね」
栞は目の前のコーヒーを手に取り、一口飲んだ。
「美里はコーヒーが飲めなかった。なのに何で今の美里は飲めるのか。ただ大人になったから飲めるようになったって、普通そう思うわよね。そんな些細な事、疑問に思うわけがない。でも、碧は薄々疑問に思ってたでしょ。あの子、焦ってたよ」
「彼女は……その……っ」
うまく言葉にならない。だって、だってそれが本当なら、俺が共に過ごした高校の頃の彼女は……。
「そう、彼女は美里の双子の妹、名前は、“美晴”」
すました顔で口にする栞に恐怖を感じる。その恐怖は、今の今まで、こんな大事なことを口にしなかった栞の、覚悟に、だ。
「い、いつから……だ、だって、小学生の頃から美里を知ってるけど、双子の妹がいるなんて話、誰からも聞いたことない。そんなことってあるか?あんなに一緒に過ごして、大体、その妹はなんで小学校にいなかった。……いや、そんなことどうでもいい。本物の美里はどこにいるんだ?美里は無事なんだよな?!」
「落ち着いて。大丈夫、美里は無事よ。日記にも書いてあったでしょ。病院で眠ったままだって」
「こんな、13年も?!そんなことって……」
「そんなこと、あるのよ。美里はあの火事のショックで目を覚まさない。美里の人生が止まったままになるなんて、私も美晴も耐えられなかった。だから美晴は、美里がいつ起きてもいいように、現実の世界に戻ってきても、生活ができるように、美里として生きることにした。手帳に書いてあったことよ。あれに書いてあることが全て」
「そ、そんな……っ、じゃあ、あの高校生の頃に感じた違和感は、妹の美晴だから、ってことか。あの頃一緒にいたのは美里じゃなかった……」
栞に言われるまで、何かの作り話だと思っていた。でも、高校の頃に転校してきて、当時の彼女に感じた違和感は今でも覚えている。すっぽり中身が入れ替わった気がして、寂しくなった。けど、それはあの火事が原因だと思っていたのに。
「碧は、私からしたらただの従兄妹で、頼りどころなんてないと思ってる。でも、美里も美晴も、碧の事好きになるんだもん。ほんと、嫌になる」
「……?今それ、関係あるか?ってか、美里って俺のこと、好きだったのか?!」
「あーやっぱり気が付いてなかったんだ?あんなに好き好きって感じだったのに」
「え、うそ……って、美晴もって」
「あの子が、もう碧に嘘つきたくないって言うから、手帳置いて読ませたらって言ったのよ。美里のことが好きな碧を見るのが辛くなったんでしょ、その気持ちわかるから同情しちゃった」
「っ、あのさ、さっきから、栞は……俺のことが好きなのか?」
栞は驚いた表情を浮かべた後、呆れ顔でため息をつく。。
「はー??んなわけないでしょ!この馬鹿碧!」
「え、じゃあなんでそんな嫉妬口調で……もしかして、美里のことが好きなのか?」
小さな咳払いをして、少し照れたような表情を見せた。
「……そうよ。あんたより前から好きよ」
「……っそ、そうだったのか……全然気が付かなかった。まじか」
「なに、女だから、女好きになるのおかしいって?」
「いや、びっくりしてるだけで、おかしいなんて思わないよ。美里を好きになる気持ちわかるし」
「あんたと一緒にしないでよ。私の想いには、覚悟があるの。ちなみに、美里も美晴も、知らないから、余計な事言ったらぶん殴るよ?」
「知らないのか……分かった」
「んで、碧が聞きたいのはもう一つあるんでしょ」
「ああ、そうだ。その、美晴だったってことにも驚いたけど、美晴が今やろうとしていることを、栞は止めたい、ってことであってんだよな?」
手帳に書かれていた、最近の日記。そこには、加賀くんのお父さんへの制裁の計画が書かれていた。自分と同じ境遇の子供を助けたいと、彼女は本気で思っている。危ないことはしないって、生徒の側にいられなくなることはしないって言っていたけれど、あれは嘘だ。加賀くんとお母さんを助けるためには、彼女は手段を選ばない。あの頃のように、行動をとる。
「そう、私は止めたいの。だって、美里として生きているのに、罪を犯すなんて、ありえないわ」
「うん、してはいけないことをしようとしてるんだもんな」
「ええ、美晴を傷つけないように、助けようと思うと、やっぱり碧の協力が必要だと思った。美晴はあんたが好きだし、あんたの言うことは聞くかなって」
「つまり、美晴は、また火を放とうとしてるって認識でいいんだよな」
「うん、あの頃と同じようにやればうまくいくと思ってる」
「高校生の頃、彼女は自分が火を放ったって言ってた。それは、美里を守るためにしたってことか。美晴も、そのー、暴力を受けていたんだよな、今彼女にも傷があるわけだし」
愛花ちゃんが傷を見たと言っていたし、二人で母親から暴力を受けていたんだ。
「そうね、美里と、自分を守るためにしたのよ。もう全部言うけど、咲人からも少し聞いたんでしょ?私もそこにいたって」
「ああ、それは聞いた」
「じゃあ、あの日の話を、してあげる。私はあの火事が起こる少し前に、美里の家に行ったの。それで……」
栞は淡々とあの頃の話をした。話しているときの表情が、不気味に歪んでいたことは、栞には言わなかった。今まで、美里と思っていた子が、双子の妹で、美里は生きているけれど眠ったままで、そんな秘密、こうも完璧に隠すことができるだろうか。並大抵な精神力では到底できない。事実、僕が栞なら、とっくに壊れているはずだ。それに、大人が二人も亡くなっているあの火事もそうだ。火を放って殺したんだと思っていた。でも真実は違う。
栞は、美里と美晴の秘密を、そして、あの頃の火事の秘密を、嘘に嘘を重ねて、真実にしてきたんだ。僕とは違う。あの時、美里だと思っていた美晴が言った「私と和泉くんは違う人間」という言葉。それは、こういう事だったんだ。ただ、嘘がつける、付けないじゃない。どの嘘がつけるか、どのレベルの嘘が、どれほど簡単につけるのか、という話だ。きっと、栞はそっち側の人間で、美里は、美晴は、僕じゃなくて、栞に助けを求めた。その事実が、こうも胸をえぐることになるとは、思っていなかった。
栞は、僕が今からいう言葉を、全て悟っているかのように、優しくコーヒーを出してくれた。そして僕をまっすぐ見つめた。何から言い出すのかと、見定められているような気がする。僕は息をのみ、コーヒーを一口飲んだ。
「ははは、そんなかしこまらないでよ。別に、勝手に手帳みたからって怒ったりしないって」
「え?なんでそれ知ってんの」
「なんでって私が美里に、手帳でも置いていったら?って、提案したんだもの」
「っ、どういうことだ」
「……碧には協力してほしくて、美里にはうまくいってそうさせたの」
「美里美里って……俺はその話を……」
「ああ……そっか、そこからだね」
栞は目の前のコーヒーを手に取り、一口飲んだ。
「美里はコーヒーが飲めなかった。なのに何で今の美里は飲めるのか。ただ大人になったから飲めるようになったって、普通そう思うわよね。そんな些細な事、疑問に思うわけがない。でも、碧は薄々疑問に思ってたでしょ。あの子、焦ってたよ」
「彼女は……その……っ」
うまく言葉にならない。だって、だってそれが本当なら、俺が共に過ごした高校の頃の彼女は……。
「そう、彼女は美里の双子の妹、名前は、“美晴”」
すました顔で口にする栞に恐怖を感じる。その恐怖は、今の今まで、こんな大事なことを口にしなかった栞の、覚悟に、だ。
「い、いつから……だ、だって、小学生の頃から美里を知ってるけど、双子の妹がいるなんて話、誰からも聞いたことない。そんなことってあるか?あんなに一緒に過ごして、大体、その妹はなんで小学校にいなかった。……いや、そんなことどうでもいい。本物の美里はどこにいるんだ?美里は無事なんだよな?!」
「落ち着いて。大丈夫、美里は無事よ。日記にも書いてあったでしょ。病院で眠ったままだって」
「こんな、13年も?!そんなことって……」
「そんなこと、あるのよ。美里はあの火事のショックで目を覚まさない。美里の人生が止まったままになるなんて、私も美晴も耐えられなかった。だから美晴は、美里がいつ起きてもいいように、現実の世界に戻ってきても、生活ができるように、美里として生きることにした。手帳に書いてあったことよ。あれに書いてあることが全て」
「そ、そんな……っ、じゃあ、あの高校生の頃に感じた違和感は、妹の美晴だから、ってことか。あの頃一緒にいたのは美里じゃなかった……」
栞に言われるまで、何かの作り話だと思っていた。でも、高校の頃に転校してきて、当時の彼女に感じた違和感は今でも覚えている。すっぽり中身が入れ替わった気がして、寂しくなった。けど、それはあの火事が原因だと思っていたのに。
「碧は、私からしたらただの従兄妹で、頼りどころなんてないと思ってる。でも、美里も美晴も、碧の事好きになるんだもん。ほんと、嫌になる」
「……?今それ、関係あるか?ってか、美里って俺のこと、好きだったのか?!」
「あーやっぱり気が付いてなかったんだ?あんなに好き好きって感じだったのに」
「え、うそ……って、美晴もって」
「あの子が、もう碧に嘘つきたくないって言うから、手帳置いて読ませたらって言ったのよ。美里のことが好きな碧を見るのが辛くなったんでしょ、その気持ちわかるから同情しちゃった」
「っ、あのさ、さっきから、栞は……俺のことが好きなのか?」
栞は驚いた表情を浮かべた後、呆れ顔でため息をつく。。
「はー??んなわけないでしょ!この馬鹿碧!」
「え、じゃあなんでそんな嫉妬口調で……もしかして、美里のことが好きなのか?」
小さな咳払いをして、少し照れたような表情を見せた。
「……そうよ。あんたより前から好きよ」
「……っそ、そうだったのか……全然気が付かなかった。まじか」
「なに、女だから、女好きになるのおかしいって?」
「いや、びっくりしてるだけで、おかしいなんて思わないよ。美里を好きになる気持ちわかるし」
「あんたと一緒にしないでよ。私の想いには、覚悟があるの。ちなみに、美里も美晴も、知らないから、余計な事言ったらぶん殴るよ?」
「知らないのか……分かった」
「んで、碧が聞きたいのはもう一つあるんでしょ」
「ああ、そうだ。その、美晴だったってことにも驚いたけど、美晴が今やろうとしていることを、栞は止めたい、ってことであってんだよな?」
手帳に書かれていた、最近の日記。そこには、加賀くんのお父さんへの制裁の計画が書かれていた。自分と同じ境遇の子供を助けたいと、彼女は本気で思っている。危ないことはしないって、生徒の側にいられなくなることはしないって言っていたけれど、あれは嘘だ。加賀くんとお母さんを助けるためには、彼女は手段を選ばない。あの頃のように、行動をとる。
「そう、私は止めたいの。だって、美里として生きているのに、罪を犯すなんて、ありえないわ」
「うん、してはいけないことをしようとしてるんだもんな」
「ええ、美晴を傷つけないように、助けようと思うと、やっぱり碧の協力が必要だと思った。美晴はあんたが好きだし、あんたの言うことは聞くかなって」
「つまり、美晴は、また火を放とうとしてるって認識でいいんだよな」
「うん、あの頃と同じようにやればうまくいくと思ってる」
「高校生の頃、彼女は自分が火を放ったって言ってた。それは、美里を守るためにしたってことか。美晴も、そのー、暴力を受けていたんだよな、今彼女にも傷があるわけだし」
愛花ちゃんが傷を見たと言っていたし、二人で母親から暴力を受けていたんだ。
「そうね、美里と、自分を守るためにしたのよ。もう全部言うけど、咲人からも少し聞いたんでしょ?私もそこにいたって」
「ああ、それは聞いた」
「じゃあ、あの日の話を、してあげる。私はあの火事が起こる少し前に、美里の家に行ったの。それで……」
栞は淡々とあの頃の話をした。話しているときの表情が、不気味に歪んでいたことは、栞には言わなかった。今まで、美里と思っていた子が、双子の妹で、美里は生きているけれど眠ったままで、そんな秘密、こうも完璧に隠すことができるだろうか。並大抵な精神力では到底できない。事実、僕が栞なら、とっくに壊れているはずだ。それに、大人が二人も亡くなっているあの火事もそうだ。火を放って殺したんだと思っていた。でも真実は違う。
栞は、美里と美晴の秘密を、そして、あの頃の火事の秘密を、嘘に嘘を重ねて、真実にしてきたんだ。僕とは違う。あの時、美里だと思っていた美晴が言った「私と和泉くんは違う人間」という言葉。それは、こういう事だったんだ。ただ、嘘がつける、付けないじゃない。どの嘘がつけるか、どのレベルの嘘が、どれほど簡単につけるのか、という話だ。きっと、栞はそっち側の人間で、美里は、美晴は、僕じゃなくて、栞に助けを求めた。その事実が、こうも胸をえぐることになるとは、思っていなかった。



