⑦
「あっぶね。大丈夫?」
廊下の温度は高いけれど、それよりも熱を感じる身体。
ものすごい安心感のあるデカさ。
これ、鵜飼だろう。目を閉じたままだが、それは分かった。
「ごめ。眩暈。ちょい、視界戻るまで、待って」
「おお。座るか?」
そこまでしなくていい。立ち眩みは数秒で治まるから。
そう伝わるように願って、鵜飼に寄りかかったまま首をフルフル横に動かした。
鵜飼は分かってくれたのか、そのままじっと抱き留めてくれていた。
ほんの二十秒ほど。
人の腕の中にいるなど幼少期以来だ。包まれる心地よさに酔う。
――あ、いいな、これ。
そっと目を開けて視界に色が戻っていることを確認する。耳鳴りもしない。
「鵜飼、ありがと。もう大丈夫」
鵜飼の胸を手で押し返し、腕から抜けようとしたけれど。鵜飼が腕に力を込めた。
――は? なんで?
そう思ったのは一瞬。すぐに鵜飼から解放される。
抱き締められたと思ったのは勘違い?
鵜飼から一歩離れて、彼を見た。鵜飼は暑さのせいか、やや頬を染めている。
「調子、大丈夫かよ」
僕に目を向けないまま鵜飼が聞いてきた。
なぜ目を逸らすのだろう。僕はちょっと首を傾げた。
「ああ、平気。ちょっとさ、睡眠足りてないと眩暈起こしやすくて」
「まじか。今日は放課後やめとくか?」
その言葉に焦りが生まれる。
月光に浴びせたローズマリーは持ってきたし、食用パンジーは保冷剤も付けて来た。
これでソイゼに行けないなど残念すぎだ!
「いや、絶対に行こう。僕の楽しみなんだ」
鵜飼に詰め寄るように言っていた。その必死さがちょっとバカバカしいと自分で思ったほどだ。
「そっか。そうだな。楽しみ、か。へへっ」
引かれるかと思ったのに、鵜飼は嬉しそうだった。
――変な奴。
そう思った時。
「あ、花崎じゃん。何してんの?」
青木と渡辺が来ていた。鵜飼と一緒にいるところを見られると思わなかった。
「ああ、図書室に行くとこ。鵜飼と偶然会って」
「ああ、そうなん? どうする? 先行ってよっか」
青木と渡辺は僕たちから少し距離をおいている。
二人からモテキャラの鵜飼が苦手だと伝わってくる。
僕は青木たちの方に歩み寄った。
「もう図書室いくし。じゃな、鵜飼」
「ああ、じゃ、放課後な」
鵜飼は僕たちに付いてくることなく教室に戻っていく。
「なに? 鵜飼と仲良しじゃん」
「バッカ。偶然だって。ちょっと眩暈おこしてさ、支えてくれた」
「マジ? それ大丈夫かよ。保健室に行っとくか?」
足を図書室に向けながら、体調は大丈夫だと伝えた。
少しだけ気になって廊下を振り返ったけれど、鵜飼の姿はすでに見えなかった。
その放課後。
いつものようにホームルームの終礼とともに一気に動き出す教室の雰囲気に酔いしれていると、大きな影が僕を覆った。何となく分かってしまう。鵜飼だ。
「花崎は部活に入ってないよな」
すぐにソイゼに行くかと思ったのに、ガタンと音を立てて、鵜飼は前の席に座る。
――え? なんで?
鵜飼の行動が分からなくてポカンと彼の顔を見た。
ここで会話しようって意味だろうか。
「部活には、入ってないけど」
「そっか。いつも、すぐに帰らないよな」
気付かれていると思わなかった。鵜飼の真っすぐな瞳が僕を射貫く。
まさか教室の中の雰囲気を楽しんでいたとは言えずに目線を下げる。
――マジか。鵜飼は変なとこ見てんな。
僕は自分のことを探られるのは嫌だ。
「ソイゼ向かおうぜ」
リュックを持って席を立つと、鵜飼は大人しく付いてきた。
校舎を出てすぐにある自転車置き場を横目に見れば、いつもより空いている。
水曜日のノー部活ディは早く帰る生徒が多い。いつもはこの時間、自転車で埋め尽くされているのに。
そんな事を思いながら、朝も鵜飼と並んで歩いた道を進む。行きも帰りも鵜飼と一緒だ。
「花崎ってさ、ホームルームの後って、楽しそうに周り見てるよな。誰か特定を見ているワケじゃない。何を見てんの?」
急に話しかけられて鵜飼を見上げる。
僕は首を傾げて少し考えてから、口を開いた。
「あの雰囲気が好きなんだよ。静かにしていた皆が動き出すって感じ。空気が代わる瞬間って感じがさ。ただ、それだけ」
「へぇ。そうなんだ。じゃ、運動会の徒競走のスタートとかは? あれも急に走り出すよな」
「ああ、あれは数名だけじゃん。それより、止まっていた世界が動き出すみたいな感じがいいんだ」
「ふぅん、そんな風に考えたことなかった」
そんなことを話しながら、歩いて十分のソイゼに着いた。
店内にはチラホラ同じ制服の人が見える。水曜日は立ち寄る生徒も多い。
中に知っている顔がいなくて安堵する。
急に僕の心臓がドキドキしだす。
ゾイゼに着いてしまった!
紅茶に細工して出すなんて、鵜飼はどう思うだろう。変に思うに決まっている。僕なら嫌だと感じる。
絶対にやめた方がいい。残暑だってきついのに、温かい紅茶なんて飲みたくないし。
うん、やめよう。やっぱり、惚れ薬作戦は中止だ。
そう自分に言い聞かせて入店した。
「あっぶね。大丈夫?」
廊下の温度は高いけれど、それよりも熱を感じる身体。
ものすごい安心感のあるデカさ。
これ、鵜飼だろう。目を閉じたままだが、それは分かった。
「ごめ。眩暈。ちょい、視界戻るまで、待って」
「おお。座るか?」
そこまでしなくていい。立ち眩みは数秒で治まるから。
そう伝わるように願って、鵜飼に寄りかかったまま首をフルフル横に動かした。
鵜飼は分かってくれたのか、そのままじっと抱き留めてくれていた。
ほんの二十秒ほど。
人の腕の中にいるなど幼少期以来だ。包まれる心地よさに酔う。
――あ、いいな、これ。
そっと目を開けて視界に色が戻っていることを確認する。耳鳴りもしない。
「鵜飼、ありがと。もう大丈夫」
鵜飼の胸を手で押し返し、腕から抜けようとしたけれど。鵜飼が腕に力を込めた。
――は? なんで?
そう思ったのは一瞬。すぐに鵜飼から解放される。
抱き締められたと思ったのは勘違い?
鵜飼から一歩離れて、彼を見た。鵜飼は暑さのせいか、やや頬を染めている。
「調子、大丈夫かよ」
僕に目を向けないまま鵜飼が聞いてきた。
なぜ目を逸らすのだろう。僕はちょっと首を傾げた。
「ああ、平気。ちょっとさ、睡眠足りてないと眩暈起こしやすくて」
「まじか。今日は放課後やめとくか?」
その言葉に焦りが生まれる。
月光に浴びせたローズマリーは持ってきたし、食用パンジーは保冷剤も付けて来た。
これでソイゼに行けないなど残念すぎだ!
「いや、絶対に行こう。僕の楽しみなんだ」
鵜飼に詰め寄るように言っていた。その必死さがちょっとバカバカしいと自分で思ったほどだ。
「そっか。そうだな。楽しみ、か。へへっ」
引かれるかと思ったのに、鵜飼は嬉しそうだった。
――変な奴。
そう思った時。
「あ、花崎じゃん。何してんの?」
青木と渡辺が来ていた。鵜飼と一緒にいるところを見られると思わなかった。
「ああ、図書室に行くとこ。鵜飼と偶然会って」
「ああ、そうなん? どうする? 先行ってよっか」
青木と渡辺は僕たちから少し距離をおいている。
二人からモテキャラの鵜飼が苦手だと伝わってくる。
僕は青木たちの方に歩み寄った。
「もう図書室いくし。じゃな、鵜飼」
「ああ、じゃ、放課後な」
鵜飼は僕たちに付いてくることなく教室に戻っていく。
「なに? 鵜飼と仲良しじゃん」
「バッカ。偶然だって。ちょっと眩暈おこしてさ、支えてくれた」
「マジ? それ大丈夫かよ。保健室に行っとくか?」
足を図書室に向けながら、体調は大丈夫だと伝えた。
少しだけ気になって廊下を振り返ったけれど、鵜飼の姿はすでに見えなかった。
その放課後。
いつものようにホームルームの終礼とともに一気に動き出す教室の雰囲気に酔いしれていると、大きな影が僕を覆った。何となく分かってしまう。鵜飼だ。
「花崎は部活に入ってないよな」
すぐにソイゼに行くかと思ったのに、ガタンと音を立てて、鵜飼は前の席に座る。
――え? なんで?
鵜飼の行動が分からなくてポカンと彼の顔を見た。
ここで会話しようって意味だろうか。
「部活には、入ってないけど」
「そっか。いつも、すぐに帰らないよな」
気付かれていると思わなかった。鵜飼の真っすぐな瞳が僕を射貫く。
まさか教室の中の雰囲気を楽しんでいたとは言えずに目線を下げる。
――マジか。鵜飼は変なとこ見てんな。
僕は自分のことを探られるのは嫌だ。
「ソイゼ向かおうぜ」
リュックを持って席を立つと、鵜飼は大人しく付いてきた。
校舎を出てすぐにある自転車置き場を横目に見れば、いつもより空いている。
水曜日のノー部活ディは早く帰る生徒が多い。いつもはこの時間、自転車で埋め尽くされているのに。
そんな事を思いながら、朝も鵜飼と並んで歩いた道を進む。行きも帰りも鵜飼と一緒だ。
「花崎ってさ、ホームルームの後って、楽しそうに周り見てるよな。誰か特定を見ているワケじゃない。何を見てんの?」
急に話しかけられて鵜飼を見上げる。
僕は首を傾げて少し考えてから、口を開いた。
「あの雰囲気が好きなんだよ。静かにしていた皆が動き出すって感じ。空気が代わる瞬間って感じがさ。ただ、それだけ」
「へぇ。そうなんだ。じゃ、運動会の徒競走のスタートとかは? あれも急に走り出すよな」
「ああ、あれは数名だけじゃん。それより、止まっていた世界が動き出すみたいな感じがいいんだ」
「ふぅん、そんな風に考えたことなかった」
そんなことを話しながら、歩いて十分のソイゼに着いた。
店内にはチラホラ同じ制服の人が見える。水曜日は立ち寄る生徒も多い。
中に知っている顔がいなくて安堵する。
急に僕の心臓がドキドキしだす。
ゾイゼに着いてしまった!
紅茶に細工して出すなんて、鵜飼はどう思うだろう。変に思うに決まっている。僕なら嫌だと感じる。
絶対にやめた方がいい。残暑だってきついのに、温かい紅茶なんて飲みたくないし。
うん、やめよう。やっぱり、惚れ薬作戦は中止だ。
そう自分に言い聞かせて入店した。
