⑤
鵜飼は落ち着いている。ごくりと唾を飲む僕と対象的だ。
「花崎が、俺に心を開きますようにって」
「はぁ⁉」
「自分を隠す花崎が、俺だけに心を許したら、どんだけ達成感あるんだって。一緒にいる青木たちにも見せない顔を、俺だけが知ったらって考えると、たまらなくて。あの時はまだ、花崎が好きとか自分で分からなかったから。純粋に気になる気持ちが抑えられなくて、さ」
鵜飼の願いが僕に心を開いてほしい、だったなんて。信じられない。
まぁ、あの紅茶を飲んだときには、きっと興味本位もあったのだろうけれど。
と言うか、待てよ。
とっても大事なことを聞いた気がする。
そう。鵜飼が言っていた。
『花崎が、好き』
思い返して、頭がビビッとしびれる。
――ええ⁉ 僕のことを、好き⁉
急に心臓がバックンバックンと踊り出す。
全身に熱風を浴びたように汗が止まらない!
「ぼ、僕を、えっと……」
言葉にならない!
「花崎が、好きだ。俺のことは突き放せばいいのに、受け止めてくれる花崎がいいなって思う。優勝したら、全部正直に話すつもりだった。けど、まさか県選抜落ちすると思っていなくて。思った以上に落ち込んで。その上、花崎に振られて、嫌われたら、もう立ち直れないって思った。避けて、ごめん」
鵜飼は本当にストレートだ。気持ちがド直球で、聞いているだけで灼熱の風に晒されているようだ!
――お願いだから僕の心臓の具合に気がついてくれ!
「う、鵜飼は、怖いとか、緊張する、とか、ないのかよ……」
僕はこんなにアワアワしているのに!
「しているよ。マッチポイントのサーブ打つときくらい、ドキドキしてる」
鵜飼の言葉に『嘘だ!』と叫びたかったけれど。
でも――。
土曜の試合を思い出す。
あの大声援と、一本も落とせないゲームの緊迫感。
「鵜飼でも、緊張するのか」
「ははっ。俺、毎回心臓が爆ぜそうってくらい緊張しまくりだけど」
鵜飼を見上げる。やっぱりコイツは、凄い。自分の心に打ち勝って、あのバレーコートに立っているのだ。
鵜飼は何も感じないわけじゃない。苦しさも緊張も自分で乗り越えて、皆の中心でプレーしているのだ。
――かっこいい、よな。
僕の胸がキュンと動く。
「そっか。全然そんな風に見えなかった」
「なんだよ。俺は何度も花崎を見て自分を励ましていたのに」
二人で笑い合ったとき。
「こらぁ! 何年だ! こんなとこでサボりか!」
大きな怒声がして僕と鵜飼は二人してビクッと背筋を伸ばした。
――やっば! これ、体育の荒波だ!
生活指導担当の荒波先生に見つかるなんて不運だ。
鵜飼と顔を見合わせて、がっくりと項垂れた。
荒波先生は、少し離れた距離から怒りを露わに大股でこちらに向かってくる。
これ以上怒られないように、僕と鵜飼いは諦めモードでその場に立った、けれど。
近づく荒波先生と、僕たちの間に、ザッと音を立てて立ちはだかる人物が!
その人を見て、勢いづいていた荒波先生が、驚愕の顔で足を止めた。
「は? 木村、先生?」
僕らに背を向けて、初老の女性教師、木村先生が若い荒波先生を睨み付ける。
「荒波先生! いつもあなたは教頭先生から注されているではないですか! そうやって感情にまかせて大声を出さない! 生徒を威嚇しない! そもそも、なんですか! 今は職員室にいる時間ではないですか。まったく、いつまでたっても学生気分が抜けきらないのでは、教育者として困ります!」
一気にまくし立てる木村先生に荒波先生はタジタジになる。
「あ、いや、その。木村先生、ですが、授業時間に、ですね、生徒がこんなところにいたら……」
荒波先生は眉毛を下げて困り顔だ。
こんな顔を見たことがなくて、僕と鵜飼いはポカンとしてしまった。
「だ、か、ら! あなたは半人前なんですよ! まず、生徒の事情を聞く! それを怠っていませんか!」
木村先生の独特のキンキン声が響く。耳が痛い。
この声に苦手意識を持っている生徒は多い。
「はぁ、あの、申し訳ありません」
あの荒波先生が謝った! びっくりだ!
すごい場面を見てしまった。
「ま、よろしい。この二人は私が、休ませております。体調不良ですよ。落ち着いたら保健室につれていくところでした」
ええ⁉
木村先生が、僕らをかばった⁉
起きていることが現実と思えない。
「ああ、そうで、したか。これは、すみません。えっと、お前たち、調子が悪いのなら、座っていなさい」
荒波先生が木村先生を気にしながら、僕らに優しい声を掛ける。
――うっわ。先生の力関係を見た気がするよ……。
肩をしょげながら荒波先生が去って行く。
その姿が見えなくなると、木村先生がクルッと僕らに向いた。
木村先生は気難しい顔で僕と鵜飼いを睨め付けた。
あ、これは、一難去ってまた一難?
そんな不安で心臓が震える。どうしよう!
鵜飼を見れば、鵜飼も眉を下げている。
「あなた方!」
木村先生は眼鏡をグイっと直しながら、キンキン声を張り上げた。
「はいっ」
僕らはその場にビシッと『気をつけ!』の姿勢をとった。
「いいですか。青春は、突然なのです! 今なのですよ!」
「はい?」
「え?」
「分かれば、よろしい」
木村先生はそれ以上何も言わずに去って行く。
――何が、起こったのだろう。
理解が追いつかなくて、しばらく僕らは立ち尽くした。
「青春、じゃねぇよ。木村先生が突然に、だ……」
鵜飼の呟くような言葉に、僕はブンブンと首を縦に振った。
「木村先生、いつからココにいたのかな」
「プハっ! あの木村先生が! 青春だって!」
「あはは!」
鵜飼いと腹を抱えて笑った。
心が温かくて。笑いながら流れる涙が熱くて。
クラスの皆も、木村先生も、僕の周りは最高だ!
そんな最高の中心に、鵜飼がいる。
胸が満たされる。
――鵜飼は、やっぱり鵜飼だ。大好きだ!
「よ、っと」
急に鵜飼いに抱きしめられて、あっという間に僕は鵜飼いの膝の上に座った状態になる。
――うっわ! 急すぎる!
鵜飼の密着に笑いが引く。代わりに胸がキュンキュンと動き出す。
「なぁ、花崎。お前の、気持ちは?」
僕が鵜飼に惹かれているのなんて分かっているくせに。
でも……。
「鵜飼、バレーボールの大会で次に優勝したら、僕から伝える」
鵜飼は一瞬表情を暗くしたが、少し考えて、ニッと笑った。
「そっか。そう来なくっちゃ。よっし、ヤル気出た。花崎、絶対応援に来いよな!」
「うん。鵜飼の試合は全部、僕が応援する。だから、頑張れ」
鵜飼の膝の上から、彼を見上げて微笑みかけた。
鵜飼は愛おしそうに僕を見つめて……。
一瞬だけ、唇に触れた熱が、嵐のように全身を駆け回る。
呼吸が速くなり、頬が熱い。
――うっわ! うわぁぁ‼
悲鳴を何とか飲み込む。
青空を背景にして、鵜飼が微笑む。
「なぁ、あの『惚れ薬』、花崎に試していい?」
「はぁぁ⁉」
僕らはバカのように笑い合った。
鵜飼は落ち着いている。ごくりと唾を飲む僕と対象的だ。
「花崎が、俺に心を開きますようにって」
「はぁ⁉」
「自分を隠す花崎が、俺だけに心を許したら、どんだけ達成感あるんだって。一緒にいる青木たちにも見せない顔を、俺だけが知ったらって考えると、たまらなくて。あの時はまだ、花崎が好きとか自分で分からなかったから。純粋に気になる気持ちが抑えられなくて、さ」
鵜飼の願いが僕に心を開いてほしい、だったなんて。信じられない。
まぁ、あの紅茶を飲んだときには、きっと興味本位もあったのだろうけれど。
と言うか、待てよ。
とっても大事なことを聞いた気がする。
そう。鵜飼が言っていた。
『花崎が、好き』
思い返して、頭がビビッとしびれる。
――ええ⁉ 僕のことを、好き⁉
急に心臓がバックンバックンと踊り出す。
全身に熱風を浴びたように汗が止まらない!
「ぼ、僕を、えっと……」
言葉にならない!
「花崎が、好きだ。俺のことは突き放せばいいのに、受け止めてくれる花崎がいいなって思う。優勝したら、全部正直に話すつもりだった。けど、まさか県選抜落ちすると思っていなくて。思った以上に落ち込んで。その上、花崎に振られて、嫌われたら、もう立ち直れないって思った。避けて、ごめん」
鵜飼は本当にストレートだ。気持ちがド直球で、聞いているだけで灼熱の風に晒されているようだ!
――お願いだから僕の心臓の具合に気がついてくれ!
「う、鵜飼は、怖いとか、緊張する、とか、ないのかよ……」
僕はこんなにアワアワしているのに!
「しているよ。マッチポイントのサーブ打つときくらい、ドキドキしてる」
鵜飼の言葉に『嘘だ!』と叫びたかったけれど。
でも――。
土曜の試合を思い出す。
あの大声援と、一本も落とせないゲームの緊迫感。
「鵜飼でも、緊張するのか」
「ははっ。俺、毎回心臓が爆ぜそうってくらい緊張しまくりだけど」
鵜飼を見上げる。やっぱりコイツは、凄い。自分の心に打ち勝って、あのバレーコートに立っているのだ。
鵜飼は何も感じないわけじゃない。苦しさも緊張も自分で乗り越えて、皆の中心でプレーしているのだ。
――かっこいい、よな。
僕の胸がキュンと動く。
「そっか。全然そんな風に見えなかった」
「なんだよ。俺は何度も花崎を見て自分を励ましていたのに」
二人で笑い合ったとき。
「こらぁ! 何年だ! こんなとこでサボりか!」
大きな怒声がして僕と鵜飼は二人してビクッと背筋を伸ばした。
――やっば! これ、体育の荒波だ!
生活指導担当の荒波先生に見つかるなんて不運だ。
鵜飼と顔を見合わせて、がっくりと項垂れた。
荒波先生は、少し離れた距離から怒りを露わに大股でこちらに向かってくる。
これ以上怒られないように、僕と鵜飼いは諦めモードでその場に立った、けれど。
近づく荒波先生と、僕たちの間に、ザッと音を立てて立ちはだかる人物が!
その人を見て、勢いづいていた荒波先生が、驚愕の顔で足を止めた。
「は? 木村、先生?」
僕らに背を向けて、初老の女性教師、木村先生が若い荒波先生を睨み付ける。
「荒波先生! いつもあなたは教頭先生から注されているではないですか! そうやって感情にまかせて大声を出さない! 生徒を威嚇しない! そもそも、なんですか! 今は職員室にいる時間ではないですか。まったく、いつまでたっても学生気分が抜けきらないのでは、教育者として困ります!」
一気にまくし立てる木村先生に荒波先生はタジタジになる。
「あ、いや、その。木村先生、ですが、授業時間に、ですね、生徒がこんなところにいたら……」
荒波先生は眉毛を下げて困り顔だ。
こんな顔を見たことがなくて、僕と鵜飼いはポカンとしてしまった。
「だ、か、ら! あなたは半人前なんですよ! まず、生徒の事情を聞く! それを怠っていませんか!」
木村先生の独特のキンキン声が響く。耳が痛い。
この声に苦手意識を持っている生徒は多い。
「はぁ、あの、申し訳ありません」
あの荒波先生が謝った! びっくりだ!
すごい場面を見てしまった。
「ま、よろしい。この二人は私が、休ませております。体調不良ですよ。落ち着いたら保健室につれていくところでした」
ええ⁉
木村先生が、僕らをかばった⁉
起きていることが現実と思えない。
「ああ、そうで、したか。これは、すみません。えっと、お前たち、調子が悪いのなら、座っていなさい」
荒波先生が木村先生を気にしながら、僕らに優しい声を掛ける。
――うっわ。先生の力関係を見た気がするよ……。
肩をしょげながら荒波先生が去って行く。
その姿が見えなくなると、木村先生がクルッと僕らに向いた。
木村先生は気難しい顔で僕と鵜飼いを睨め付けた。
あ、これは、一難去ってまた一難?
そんな不安で心臓が震える。どうしよう!
鵜飼を見れば、鵜飼も眉を下げている。
「あなた方!」
木村先生は眼鏡をグイっと直しながら、キンキン声を張り上げた。
「はいっ」
僕らはその場にビシッと『気をつけ!』の姿勢をとった。
「いいですか。青春は、突然なのです! 今なのですよ!」
「はい?」
「え?」
「分かれば、よろしい」
木村先生はそれ以上何も言わずに去って行く。
――何が、起こったのだろう。
理解が追いつかなくて、しばらく僕らは立ち尽くした。
「青春、じゃねぇよ。木村先生が突然に、だ……」
鵜飼の呟くような言葉に、僕はブンブンと首を縦に振った。
「木村先生、いつからココにいたのかな」
「プハっ! あの木村先生が! 青春だって!」
「あはは!」
鵜飼いと腹を抱えて笑った。
心が温かくて。笑いながら流れる涙が熱くて。
クラスの皆も、木村先生も、僕の周りは最高だ!
そんな最高の中心に、鵜飼がいる。
胸が満たされる。
――鵜飼は、やっぱり鵜飼だ。大好きだ!
「よ、っと」
急に鵜飼いに抱きしめられて、あっという間に僕は鵜飼いの膝の上に座った状態になる。
――うっわ! 急すぎる!
鵜飼の密着に笑いが引く。代わりに胸がキュンキュンと動き出す。
「なぁ、花崎。お前の、気持ちは?」
僕が鵜飼に惹かれているのなんて分かっているくせに。
でも……。
「鵜飼、バレーボールの大会で次に優勝したら、僕から伝える」
鵜飼は一瞬表情を暗くしたが、少し考えて、ニッと笑った。
「そっか。そう来なくっちゃ。よっし、ヤル気出た。花崎、絶対応援に来いよな!」
「うん。鵜飼の試合は全部、僕が応援する。だから、頑張れ」
鵜飼の膝の上から、彼を見上げて微笑みかけた。
鵜飼は愛おしそうに僕を見つめて……。
一瞬だけ、唇に触れた熱が、嵐のように全身を駆け回る。
呼吸が速くなり、頬が熱い。
――うっわ! うわぁぁ‼
悲鳴を何とか飲み込む。
青空を背景にして、鵜飼が微笑む。
「なぁ、あの『惚れ薬』、花崎に試していい?」
「はぁぁ⁉」
僕らはバカのように笑い合った。
