③
体育館の昇降口。日陰の外階段。教えてもらった情報をもとに小走りで向かった。
日陰になっている場所。
――いた。
大きな背中を丸めて鵜飼が体育座りをしている。
ぼんやりと宙を見つめている。
僕は静かに彼の隣に腰かけた。
日が当たる場所は暑さが残るけれど、日陰なら過ごしやすい。肌に当たる風が涼しくて気持ちがいい。
―――もう夏は過ぎたなぁ。
鵜飼の見つめる空に心で語り掛ける。
鵜飼は僕から逃げない。
けれど、僕を見ようとしない。
この微妙な距離感が少し辛い。
「これ、教室でもらった。鵜飼にって」
川本から受け取ったドーナツを鵜飼の膝の上にのせる。鵜飼は宙に向けていた目を膝に移す。
「鵜飼、そっとしといた方がいいかもって思ったんだけど、ゴメン。隣に、いてもいい?」
断わられたらどうしよう。
そんな不安で汗が滲む。
緊張で心臓がバクバクと激しく動く。
鵜飼はいつだって僕を優先してくれて、僕に優しい。
その鵜飼に断られることを想像すると、怖くなる。
鵜飼はドーナツを手に取ると、カサカサと包装紙を鳴らした。そのまま、グイっと大きく伸びをする。
――なんだ? これは、どんな意味?
鵜飼の反応にビクビクして緊張する僕がいる。
いや、落ち着け、自分。
「はぁ、花崎って、変なヤツ」
ぽつりと呟く鵜飼の言葉は、意外にも普通の声音でホッとする。
だけど、僕を変って言ったのか?
鵜飼が少しおかしいのは、膝枕とか、指ペロとかで分かるけれど、僕が変ってことはないだろう。
「鵜飼の頭の中って、どうなってんだよ……」
つい本音が漏れた。
――しまった! 今は鵜飼を励まそうと思ったのに。
落ち込んでいる鵜飼に向ける言葉じゃない。つい、いつものペースで話してしまった。
マズイ、と思いながら鵜飼に目を向ければ、彼は少し頬を緩ませて僕を横目で見つめている。
その瞳の穏やかさに心がホワッとする。
だけど。
「俺、県選抜、外れたわ」
僕の心臓がドキリと動く。触れて良いのか分からずに緊張していた本題が鵜飼の口から出た。
どう返事をしていいのか分からず、口が震える。
胸がハクハクとする。
「……うん」
頷くしかできない自分が情けなくて、手をギュっと握りしめる。
「大会でマークされて、良いところを見せられなかったから仕方ないけどな。ギリギリを競っていたんだ。背が高くてブロックが得意なヤツか、俺か」
淡々と話す鵜飼は、また宙に目線を向ける。
感情が読めない彼の顔をじろじろ見られなくて、僕も宙を見る。
「……うん」
結局、また僕は頷きだけ。握った手が痛い。
「負けたくなかった。いつもエースのポジションにいた俺が、県選抜ではビリ争いしているなんて、悔しくて。絶対に俺が残るって自分に言い聞かせていたけどさ。でも、頑張ってもダメなことってあるんだな」
涼しい風が肌に触れる。鵜飼の言葉に胸が苦しい。
僕の目がジワッと熱くなる。
――泣くな! 僕が泣くな!
そう言い聞かせたけれど。
「……っひっ」
堪えきれずに僕の口から嗚咽が漏れた。たまらずに膝に顔を隠した。
楽しそうにバレーボールをする鵜飼を知っているから、心が痛い。胸が張り裂けると思うほど辛い。
「あ~、もうバレーやめよっかなぁ」
耳に届く声に僕の全身がビクっと反応した。
「だめだ! それは、絶対に!」
ガバっと顔を上げて、気が付いたら僕は鵜飼の腕に縋り付いていた。
驚いたように目を見開く鵜飼の表情が目に飛び込んでくる。ハッとする。
――僕はなにをしているんだ!
急に顔が熱くなり、ソロソロと鵜飼の腕から手を放す。
――うう、居たたまれない。
服の袖でグイっと涙を拭って、何となく空を見た。青い空に白い雲が映える。空が高い。
「知らなかった。花崎って熱いヤツなんだな」
プハッと鵜飼が笑う。
――あ、久しぶりの笑顔。
先週までは当たり前だと思っていた笑顔だ。
その笑顔が僕の心をジンと刺激する。笑ってくれて、よかった。
心に嬉しさが芽生える。
「僕はもともと熱くないって。鵜飼が、こうさせるんだ」
「俺が?」
「そうだろ。僕の心に飛び込んできて、あっという間に僕の気持ちを動かして。おかげで、バレーボールが、好きになった、し」
ついでに鵜飼も好きになったし。それはとても言えずに、言葉を飲みこむ。
「そっか。そうだよな。俺が勝手に興味持って、花崎をかき乱したかもな。つか、これ食お」
川本からもらった手のひらサイズの揚げドーナツの袋を鵜飼が開ける。それを僕に差し出してくる。
「いや、僕はいいよ」
「昼食ってないんだろ。一緒に食お」
鵜飼は何でもお見通しだ。
「つか、鵜飼は昼メシどうした?」
「食ってない」
「僕ら、ダメじゃん。成長期なのに」
「だな」
互いに空を見上げて、ははっと笑った。
――うん。大丈夫。僕らは、まだ一緒に笑える。
胸に巣くっていた不安感が和らいでいく。
手の中にあるドーナツにパクリとかじりつく。
素朴な味がジワッと口に広がる。
その甘みが僕らのギスギスを溶かしてくれるようで、胸が温かい。
「うっま」
「確かに」
咀嚼していると、『キーンコーン』と午後の授業開始の合図が鳴った。
体育館の昇降口。日陰の外階段。教えてもらった情報をもとに小走りで向かった。
日陰になっている場所。
――いた。
大きな背中を丸めて鵜飼が体育座りをしている。
ぼんやりと宙を見つめている。
僕は静かに彼の隣に腰かけた。
日が当たる場所は暑さが残るけれど、日陰なら過ごしやすい。肌に当たる風が涼しくて気持ちがいい。
―――もう夏は過ぎたなぁ。
鵜飼の見つめる空に心で語り掛ける。
鵜飼は僕から逃げない。
けれど、僕を見ようとしない。
この微妙な距離感が少し辛い。
「これ、教室でもらった。鵜飼にって」
川本から受け取ったドーナツを鵜飼の膝の上にのせる。鵜飼は宙に向けていた目を膝に移す。
「鵜飼、そっとしといた方がいいかもって思ったんだけど、ゴメン。隣に、いてもいい?」
断わられたらどうしよう。
そんな不安で汗が滲む。
緊張で心臓がバクバクと激しく動く。
鵜飼はいつだって僕を優先してくれて、僕に優しい。
その鵜飼に断られることを想像すると、怖くなる。
鵜飼はドーナツを手に取ると、カサカサと包装紙を鳴らした。そのまま、グイっと大きく伸びをする。
――なんだ? これは、どんな意味?
鵜飼の反応にビクビクして緊張する僕がいる。
いや、落ち着け、自分。
「はぁ、花崎って、変なヤツ」
ぽつりと呟く鵜飼の言葉は、意外にも普通の声音でホッとする。
だけど、僕を変って言ったのか?
鵜飼が少しおかしいのは、膝枕とか、指ペロとかで分かるけれど、僕が変ってことはないだろう。
「鵜飼の頭の中って、どうなってんだよ……」
つい本音が漏れた。
――しまった! 今は鵜飼を励まそうと思ったのに。
落ち込んでいる鵜飼に向ける言葉じゃない。つい、いつものペースで話してしまった。
マズイ、と思いながら鵜飼に目を向ければ、彼は少し頬を緩ませて僕を横目で見つめている。
その瞳の穏やかさに心がホワッとする。
だけど。
「俺、県選抜、外れたわ」
僕の心臓がドキリと動く。触れて良いのか分からずに緊張していた本題が鵜飼の口から出た。
どう返事をしていいのか分からず、口が震える。
胸がハクハクとする。
「……うん」
頷くしかできない自分が情けなくて、手をギュっと握りしめる。
「大会でマークされて、良いところを見せられなかったから仕方ないけどな。ギリギリを競っていたんだ。背が高くてブロックが得意なヤツか、俺か」
淡々と話す鵜飼は、また宙に目線を向ける。
感情が読めない彼の顔をじろじろ見られなくて、僕も宙を見る。
「……うん」
結局、また僕は頷きだけ。握った手が痛い。
「負けたくなかった。いつもエースのポジションにいた俺が、県選抜ではビリ争いしているなんて、悔しくて。絶対に俺が残るって自分に言い聞かせていたけどさ。でも、頑張ってもダメなことってあるんだな」
涼しい風が肌に触れる。鵜飼の言葉に胸が苦しい。
僕の目がジワッと熱くなる。
――泣くな! 僕が泣くな!
そう言い聞かせたけれど。
「……っひっ」
堪えきれずに僕の口から嗚咽が漏れた。たまらずに膝に顔を隠した。
楽しそうにバレーボールをする鵜飼を知っているから、心が痛い。胸が張り裂けると思うほど辛い。
「あ~、もうバレーやめよっかなぁ」
耳に届く声に僕の全身がビクっと反応した。
「だめだ! それは、絶対に!」
ガバっと顔を上げて、気が付いたら僕は鵜飼の腕に縋り付いていた。
驚いたように目を見開く鵜飼の表情が目に飛び込んでくる。ハッとする。
――僕はなにをしているんだ!
急に顔が熱くなり、ソロソロと鵜飼の腕から手を放す。
――うう、居たたまれない。
服の袖でグイっと涙を拭って、何となく空を見た。青い空に白い雲が映える。空が高い。
「知らなかった。花崎って熱いヤツなんだな」
プハッと鵜飼が笑う。
――あ、久しぶりの笑顔。
先週までは当たり前だと思っていた笑顔だ。
その笑顔が僕の心をジンと刺激する。笑ってくれて、よかった。
心に嬉しさが芽生える。
「僕はもともと熱くないって。鵜飼が、こうさせるんだ」
「俺が?」
「そうだろ。僕の心に飛び込んできて、あっという間に僕の気持ちを動かして。おかげで、バレーボールが、好きになった、し」
ついでに鵜飼も好きになったし。それはとても言えずに、言葉を飲みこむ。
「そっか。そうだよな。俺が勝手に興味持って、花崎をかき乱したかもな。つか、これ食お」
川本からもらった手のひらサイズの揚げドーナツの袋を鵜飼が開ける。それを僕に差し出してくる。
「いや、僕はいいよ」
「昼食ってないんだろ。一緒に食お」
鵜飼は何でもお見通しだ。
「つか、鵜飼は昼メシどうした?」
「食ってない」
「僕ら、ダメじゃん。成長期なのに」
「だな」
互いに空を見上げて、ははっと笑った。
――うん。大丈夫。僕らは、まだ一緒に笑える。
胸に巣くっていた不安感が和らいでいく。
手の中にあるドーナツにパクリとかじりつく。
素朴な味がジワッと口に広がる。
その甘みが僕らのギスギスを溶かしてくれるようで、胸が温かい。
「うっま」
「確かに」
咀嚼していると、『キーンコーン』と午後の授業開始の合図が鳴った。
