『惚れ薬』が効きすぎるなんて、令和の時代にアリですか⁉

⑥
 第一試合は鵜飼のチームの快勝だった。ワンセットも落とすことなく、ストレート勝ち。
 試合を見に来て良かった。練習のゲームとは迫力が違う。ドキドキも、声援も。
 そして何より、いつも見ている鵜飼が別人のように思える。

 ――鵜飼、なんだよなぁ。
 とてもそう思えない。
 まるでバレーコートのフロアが映画の中みたいだ。
 鵜飼はバレーボール映画の主演俳優だ。うん、間違いない。
 そう考えて少し笑う。
 僕は本当にアホだ。

 すでに始まっている第二試合を眺めて、僕は小さくため息をつく。

 少し頭を整理しないといけない。
 鵜飼は県選抜の練習で池田と出会ったのだろう。
 県選抜の練習は八月から開始したらしい。
 池田が僕と同じ中学だから、きっと話題作りか何かで、僕のことを鵜飼に教えた。
  それまでは鵜飼が僕を気にしたことなどなかったはず。

 ――なんか、夏が嫌いになりそ。
 中学の時に大きな変化があったのは夏休みだし。
 夏は僕にとっての鬼門かもしれない。

「やだな」
 つい独り言がこぼれた。
 気持ちを切り替えようと試合に目を向ける。

 鵜飼は出ていないけれど、他の高校の試合も見応えがある。
 ――すっごい、みんな輝いてるなぁ。
 汗を流す姿が眩しい。
 鵜飼のようなアタッカーのポジションには背の高い男子がついている。
 鵜飼とおなじくらいの背の高さ。
 ――うん。鵜飼に僕の身長を五センチあげられたらいいな。

 近くの席の応援がワッと盛り上がっている。
 その熱気に少し元気をもらう。
 コートの中では赤いユニフォームの高校と青いユニフォームの高校が熱戦を繰り広げている。
 ――鵜飼のが、高く跳ぶな。
 スパイクを決めた選手を見ていたとき。

 ドサッと隣に人が座ったのが分かった。
 ――ん?
 僕の周りは空席が多いのに。
 ハッとする。顔を見なくても、分かってしまう。

「大会中は会えないんじゃないのか?」
「……そのつもり、だったんだけど……」
 めずらしく気弱な声に、アホだなぁと目の奥がジンとする。
「鵜飼、こんなとこ来ていいのか?」
「こんなとこ、って……」
 分かっている。鵜飼なりに悩んでここに来たのだろう。

 さきほどまで自信たっぷりにスパイクを決めていた選手とは思えないほど、シュンとしている。
 ――ほんとに、バカだなぁ。
 本当は鵜飼を撫でてあげたい。その大きな背を、大丈夫だよってさすりたい。僕が支えてあげたい。
 だけど。

「鵜飼、勝つんだろ? 単独行動している場合か? バレーはチームワークなんだろ?」
「……うん」
 鵜飼の丸まっている背がビクリと揺れる。
 本当は優しくしたい。でも、グッと堪える。

「鵜飼、今日は、最高にカッコイイ。応援してるし、勝って」
 そうしたら、ゆっくり話をしよう。
 そう伝わるように願った。

 鵜飼が顔を上げた。
 よく見れば鵜飼はジャージ姿だ。きっとユニフォームの上から着ている。

「あの、花崎。ちゃんと謝りたくて……」
「ストップ。それ以上は優勝したら、だろ? まだ、ダメだ」

 鵜飼の唇に人差し指を押し当てる。
 言葉にするな、と示したつもりだけど。

 鵜飼の唇の生々しさにドキッとする。
 熱い体温を指に感じる。湿った吐息が、ゾクリとする何かを生む。

 鵜飼は目を見開いて静止した。
 ――待て待て! 止まるな! 僕の手の引っ込め方が分からなくなるだろうが!
 どうしよう! このまま何事もなかったかのように手を引けばいいのだろうか?
 ――うわ~! もう、もう! 
 限界だぁ、と思った時。

 鵜飼がレロっと僕の指を、舐めた。

 ――はぁぁ⁉ 意味が分からん!
 というか、舐めるなぁ! なにをどう訴えていいんだよ! 
 というか、そもそも鵜飼の唇に触れる僕もどうなんだよ!

 引っ込みがつかなくなった僕の指を、鵜飼の大きな手が覆う。
 スッと口から離されて、だけど僕の手が捕らわれて。

「あ、あの、鵜飼?」
 鵜飼は僕の右手を両手に包んだまま、目を閉じた。
 ――ちょっと、どうすればいいんだよぉ。
 泣きを入れたい気持ちで鵜飼の動きを待つ。その時間が長く感じて。
 僕の血流がドクドクと激しくて。

 だけど、鵜飼の瞳を見れば、ハートが宿っているのが分かった。
 それに安心する僕がいる。
 ――はは。やっぱ、鵜飼だ。
 笑いたくて泣きたくて。

 鵜飼は大きくひと呼吸をすると、僕の手を解放した。
「じゃ、行ってくる」
 凛とした声に胸が温かくなる。
「おう」
 小さく右手でガッツポーズを示せば、鵜飼も軽く右手を上げる。
 スッと席を立つ鵜飼を見送った。その背に、さきほどの試合中の仕草が重なる。

 ――つか、試合に集中しろっての。
 ふふっと込み上げる笑いを僕の胸に秘めた。