『惚れ薬』が効きすぎるなんて、令和の時代にアリですか⁉

⑨
 翌朝。
 晴天が続くなぁ、と空を見上げながら登校した。
 やっぱり夜は眠れなかった。
 パソコン立ち上げたのが良くなかったのかな。

 睡眠不足の目に太陽の光が染みる。
 ――早く鵜飼が来ないかな。
 そう思ったとき。

「花崎、おはよ!」
 低い声が聞こえて心がホワッとする。嬉しくて頬が緩む。
「鵜飼、おはよ」
 いつものように返事をした、けれど。
「え?」
 鵜飼が僕の顔を覗き込んで、真顔になった。
「ん? なに?」
 鵜飼の態度の意味が分からず、僕は首を傾げた。

「花崎、今日はマジで保健室に直行な」
「は?」
「顔色悪すぎ。目が腫れているし」
 ドキリとする。鵜飼は僕の事をよく見てくれている。やっぱり、鵜飼だ。
「いや、朝来てすぐに保健室とか、意味わからんし」
 口では強がって見せているけれど、鵜飼の大きな背中に寄りかかってみたい衝動が湧き上がる。
 ――いやいや、僕は何を考えているんだ! 
 子どもじゃあるまいし。

 昨日は中学での嫌なことを思い出してしまったから、ちょっとだけ心が弱っている。
 そんな自分が情けない。思わず大きなため息が出てしまった。

「花崎、ちょいストップ」
「ん?」

 鵜飼が足を止めたから僕もつられて停止した。鵜飼は自分のリュックを前側に回す。
 ――何だ? 何してんだ?
 意味が分からずに立ち止まっていると、鵜飼は僕の前にかがんだ。

「ほい。乗って」
「は? はぁぁ⁉」

 乗るって、背中に? 
 何を言ってるんだよ、と思う気持ちと、この背中に抱きつきたいという気持ちが心の中で衝突する。

 ――乗って、いいのかな。ちょっとだけ、甘えても、いいのかな。
 目の前の大きな背中を見て、涙が滲みそうになる。
 どうして鵜飼は僕が望むことが分かったのだろう。
 いや、分かったわけではない。きっと、ただの偶然だ。
 調子の悪い人を背負う優しさは、特別僕に向けられているとは限らない。
 だけど。
 今の僕にとって、この優しさが最上級に嬉しい。弱い心を包みこまれたように、満たされる。

 ――鵜飼!

 名を呼んで抱きついてしまいたい。そんな衝動を必死に飲み込もうとしたとき。

「おはよう。鵜飼、荷物は持ってくぞ」
 ハッとして振り返ると、青木がいた。
 ――見られていた!
 急に恥ずかしくなり、一歩後ろに下がったけれど。

 急に僕の視界が揺れた。
「うっわ!」
「やば! 花崎⁉」
 青木が支えてくれて転ばずに済んだけれど。
 周囲の人がチラチラとこちらを見る。

 立ち上がった鵜飼は険しい顔をして、自分の荷物をその場に置いた。
 青木に背を支えられた僕に接近する。

「花崎、言うことを聞いて、俺の背中に乗って」
 ちょっと凄みさえある茶色の瞳に逆らうことなどできず、コクリと頷いた。
 青木は「じゃな」と言って、鵜飼いの荷物を手に持ち、先に行ってしまう。
 鵜飼は僕の頬にそっと触れてから、もう一度僕の前にかがんだ。

 ――今だけ、いっか。
 目の前の魅力的な誘惑に身体を預ける。

 大きな背に乗ると、鵜飼の体温が僕に伝わってくる。
 鵜飼の息づかいも、筋肉の動きも、全部を直に感じる。

「よっと。花崎、落ちるなよ」
 鵜飼が掛け声とともに立ち上がった。グンと圧がかかり、僕の身体が持ち上がる。
 ――うっわ。おんぶされてるよ! 恥っず!
 そう思いながら、高い体温の背中に縋るように抱き付いた。

「鵜飼、ありがと」
 小さくお礼を言うと、鵜飼はコクっと頷いた。
 安定した足取りで鵜飼が前に進む。
 ――きっと、注目されている。
 周囲を見たくなくて、僕は逞しい肩に顔を埋めた。

「花崎、目を閉じてればいい。大丈夫。目立っていないから」
 優しい声にドキリとする。
「……うん」
「目立ちたくないのが望みなのは、知っているから」
 ――覚えていてくれた!
 以前に願いを聞かれたとき、僕は鵜飼に『目立ちたくない』と言った。
 ほんの一度きりの会話だったのに。その時の僕の言葉を心に留めてくれていた。
 ――鵜飼。
胸がジンと熱くなる。鵜飼にしがみ付く手に力が入る。

「なぁ、俺を絞め殺すなよ」
 ふいに聞こえた言葉に「え?」と眉をひそめた。
 途端に沸々と怒りが湧く。
 ――いやいや、めっちゃ、感動してたんですけど! いい感じだったんだけど!
 固まった僕の様子が背中から伝わったのか、鵜飼がクスクス笑っている。

「ヘッドロックしたる」
「ははは、ヤメロ! つか、元気そうで良かった」
 顔は見えないけれど、鵜飼の声から本当に安堵したのだと伝わってくる。
 それがすごく嬉しい。

 ――ああ、鵜飼が好きだなぁ。

 ん? 鵜飼が、好き? 
 いや、僕は何を考えているんだ! 
 好きとか変な事を考えたせいで顔が熱くなる。

 ――違う! これは、推しとしての、好きだ!変な意味じゃない!

 必死に自分に言い訳をして、鵜飼の背に顔を隠した。