『惚れ薬』が効きすぎるなんて、令和の時代にアリですか⁉

⑧
 そんなある日。
 僕のチャンネルのコメント欄に、僕の写真や本名や、住所が書き込まれた。
 慌てて消しても、すぐに書き込みが入る。
 性格が最低とか、いい気になってイジメをしている、とか、悪意のコメントで埋め尽くされるようになった。
 そうなるとSNSで炎上するのは時間の問題だった。

 固定電話は迷惑電話が鳴り響き、家の写真をネットに流される事態になった。
 そうなってから、やっと親に何が起きているかを伝えた。

 警察と中学校への相談、ユーチューブチャンネルの閉鎖。すべてが非現実的で、自分のことだと思えない。
 僕の両親は民事訴訟を起こすと怒っていたが、彼らにも未来があるから、と学校と警察に説得された。厳重注意にしましょう、と。

 ――じゃ、僕の未来は? 僕の、壊された世界は?
 言いたい言葉が上手く口から出てくれない。
 ――もう、全部、嫌だ。
 僕はそこから部屋に引きこもるようになった。

 体重はグングン落ちたし、二学期が始まっても中学に登校できなかった。
 パソコンは電源を落としたまま。ネット関係の全てを見たくもなかった。

 全てを忘れてリスタートするために、同じ中学の出身者が誰も進学しない、遠方の高校を選んで受験した。

 出席日数は少ないし、落ちる覚悟で受験したが、結果は合格。
 泣いて喜んだのは両親だった。

 高校では目立たない。平凡に日常を終える。
 そう心に誓った。
 細くなった身体も、眩暈や不調を起こす精神も、全部が僕だ。苦しんだ証だ。
 その全てを抱えて僕は一歩を踏み出した。
 それは、精一杯の、僕の生きる覚悟だった。

 ◇◇◇
 ハッと意識が戻る。
 つい、中学時代の苦しさを思い出していた。
 今の僕は高校二年だ。
 あれは過去のこと。そう思っても、リアルに苦しさが戻ってくる。
 冷汗がじっとりと滲んでいる。

 はぁ、と大きく息を吐く。
「ヤッバ。何だ、これ。フラッシュバック?」
 きっとパソコンを立ち上げたせいだ。

 ――大丈夫かと思ったのに。
 胃が締め付けられるような気持ち悪さに襲われて、僕は椅子を離れた。
 ふと目に入ったビニルボールを手にする。

 ――鵜飼。
 ふわふわのビニルボールを抱きしめてベッドに転がった。パソコン画面に背を向けて。
 ――僕も鵜飼に膝枕してほしい。
 鵜飼の温もりが欲しい。
 そんな気分になる自分をハハッと笑う。

 鵜飼は『惚れ薬』で僕に興味があるだけ。
 僕が甘えたところで、応えてくれる鵜飼は本心からの優しさじゃないかも。
 そんなことを考えて、僕の目から涙が溢れる。

 ――優しさは、裏切る。

 でも、きっと鵜飼は裏切らない。
 そう思いたいのに、心のどこかで信じきれない自分がいる。

 僕は平凡でいたい。目立たずに高校生活を卒業まで送りたい。
 だけど。
 鵜飼の輝きを間近で見たい。
 鵜飼のそばに、いたい。

 ――もう! 僕は、どうしたらいいんだよ。
 悲鳴を上げたい自分の心とは裏腹に、心臓がドクドクと波打っている。
 鵜飼の事を想うだけでキュンとする心臓が痛くて苦しくて。

 ギュッとビニルボールを抱きしめて眠った。
 明日はきっと睡眠不足だ。こんな日は良く眠れないから。

 だけど、いっか。
 だって、登校すれば鵜飼が支えてくれるから。

 そう思えば胃の痛みも気持ち悪さも、全部がフワッと軽くなった。
 僕に優しくトスをする鵜飼の笑顔を思い浮かべた。
 鵜飼が僕に向けるボールは、全て優しく穏やかな弧を描いている。
 ふと僕の心が穏やかになった。