③
鵜飼いはニカッと笑みを浮かべて僕の手を引いく。
――待て待て! 手を離せっ!
焦って周囲を見たけれど。クラスメイトは特に僕らを気にしていない。
――あれ? 思ったほど、目立っていない、かも。
まぁ、注目されないのなら嬉しい。
体育館は誰もいなかった。
「風通そう。さすがに暑いな」
「昇降口あけるか」
「おう」
四カ所ある昇降口の扉をガラガラっと開ければ風がフワリと抜けていく。体育館の静寂が、なぜか綺麗に思える。
――いつもは、床からバンバン音が伝わってきて、声が溢れるのに。
賑やかなバレー部を知っているからこそ、この絵画のような静かさが印象的。
「花崎」
鵜飼いの声にハッと顔を向ければ、いつの間にか鵜飼いはバレーボールを手にしている。
「は? バレーやるの?」
「そ。花崎はいつも楽しそうに見てるじゃん。やってみない?」
「ええ⁉ 無理だって!」
「ちょっとボール触るだけ。大丈夫だって」
はい、とでも声が聞こえそうなほど気軽に鵜飼がボールをトスした。
「わわわ!」
フワリと舞い上がった白いボールが僕に向かってくる。白球がゆっくりと優しい弧を描く。
――これ、どうすればいいんだよ!
頭が一瞬パニックになる。
だけど。
鵜飼から贈られたボールを床に落としてはいけない。そう感じた。バレーボールはボールが床にワンバウンドしたらゲームが終わる。
――落としたら、だめだ。
持っていた荷物がバサッと床に落ちる。
僕は白球に手を伸ばした。バレー部員がしているように、見よう見まねでバシンと白球をレシーブした。
バンっとボールが弾ける。
――できた! やった!
そう思ったのは一瞬だけ。
鵜飼に向けて返したつもりが、ボールは明後日の方向に飛んで行く。
「やっば! ごめん」
恥かしいほどにへたくそなレシーブに自分で笑う。
――やっぱダメだったか。
だけど。
飛んで行くボールに向かって鵜飼が走った。
キュキュッと上靴の音を響かせて、あっという間にボールに追いつく。
姿勢を低くして落下地点に到着した鵜飼は、軽やかに白球をレシーブする。
またしてもボールが宙に舞い、柔らかい弧を描く。
――うっわ。鵜飼、カッコよ。
制服のまま、満面の笑顔で動く鵜飼がキラキラしている。
白いボールが僕に向かう。
――なんか、楽しい、かも。
もう一度、僕はレシーブをした。鵜飼に向けたはずの白球は、先ほどよりは鵜飼に近い方向に飛ぶ。
「ごめん! 上手く飛ばないよ」
声を掛ければ「全然、いいって」と明るい声が返って来る。
――よし!
ヤル気が起きて、次の球はしっかり返したい、と思ったのだけれど。
エイっと力を込めてレシーブしたはずのボールはビュンっと飛んで床に落ちた。
「まじかぁ。ごめん。せっかく鵜飼がレシーブしてくれてたのに」
ちょっと悔しい。
「いいって。急にボール渡したのに、よくレシーブしたな。ボール返してくれて嬉しかった」
鵜飼は嬉しそうに笑う。それを見ると僕もつられる。
「こんな数回だけど、楽しいな」
ボールを手にして鵜飼が僕のそばに来る。
「だっろ? ボール追うのって楽しいんだ」
鵜飼はバレーボールをポンポンとその場でトスする。サッカーのリフティングのように数回その場でトスを繰り返す。
こんな近くで鵜飼のプレーを見るのは初めてだ。鵜飼の頭上に白球がポンポン踊る。
両掌にフワリとボールが吸い込まれて、また宙に舞う。その繰り返し。軽やかな動きに目が奪われる。
鵜飼の動きは無駄がなく、熟練されたものだと分かる。
――やっぱ、鵜飼はすごい。
そう思うけれど。でも、ちょっと素直にそれを伝えるのは恥ずかしい。
「すっげ。今、ワキくすぐったらどうなる?」
つい、からかうような言葉が出ていた。鵜飼が驚いた顔をして、ボールをキャッチする。
「ヤッバいだろ! 花崎は恐怖人間かよ。トスをしてる脇を狙うとは!」
大げさに鵜飼が脇を閉めてブルブル震えるから笑った。
「つか、座ろ。花崎、暑さ大丈夫?」
「うん。人が居ないからかな。思ったよりも暑くない」
「だろ。やっぱ、人の熱って籠るよな。こうして風を通すと体育館って涼しいし、気持ちいいんだ」
鵜飼が床にペタッと座る。僕も真似て座った。
鵜飼はバレーボールをコロコロと床に転がす。
静かな体育館に外のざわめきが入り込む。
――なんか、現実から切り離された世界、みたいだ。
不思議な感覚。
鵜飼は目を細めてボールを見つめている。
制服を着ていてもバレーボールがよく似合う。
大きな手のひらが、白球を撫でるように扱う。
僕はそれを目で追った。
時間がとてもゆっくりに感じた。
鵜飼いはニカッと笑みを浮かべて僕の手を引いく。
――待て待て! 手を離せっ!
焦って周囲を見たけれど。クラスメイトは特に僕らを気にしていない。
――あれ? 思ったほど、目立っていない、かも。
まぁ、注目されないのなら嬉しい。
体育館は誰もいなかった。
「風通そう。さすがに暑いな」
「昇降口あけるか」
「おう」
四カ所ある昇降口の扉をガラガラっと開ければ風がフワリと抜けていく。体育館の静寂が、なぜか綺麗に思える。
――いつもは、床からバンバン音が伝わってきて、声が溢れるのに。
賑やかなバレー部を知っているからこそ、この絵画のような静かさが印象的。
「花崎」
鵜飼いの声にハッと顔を向ければ、いつの間にか鵜飼いはバレーボールを手にしている。
「は? バレーやるの?」
「そ。花崎はいつも楽しそうに見てるじゃん。やってみない?」
「ええ⁉ 無理だって!」
「ちょっとボール触るだけ。大丈夫だって」
はい、とでも声が聞こえそうなほど気軽に鵜飼がボールをトスした。
「わわわ!」
フワリと舞い上がった白いボールが僕に向かってくる。白球がゆっくりと優しい弧を描く。
――これ、どうすればいいんだよ!
頭が一瞬パニックになる。
だけど。
鵜飼から贈られたボールを床に落としてはいけない。そう感じた。バレーボールはボールが床にワンバウンドしたらゲームが終わる。
――落としたら、だめだ。
持っていた荷物がバサッと床に落ちる。
僕は白球に手を伸ばした。バレー部員がしているように、見よう見まねでバシンと白球をレシーブした。
バンっとボールが弾ける。
――できた! やった!
そう思ったのは一瞬だけ。
鵜飼に向けて返したつもりが、ボールは明後日の方向に飛んで行く。
「やっば! ごめん」
恥かしいほどにへたくそなレシーブに自分で笑う。
――やっぱダメだったか。
だけど。
飛んで行くボールに向かって鵜飼が走った。
キュキュッと上靴の音を響かせて、あっという間にボールに追いつく。
姿勢を低くして落下地点に到着した鵜飼は、軽やかに白球をレシーブする。
またしてもボールが宙に舞い、柔らかい弧を描く。
――うっわ。鵜飼、カッコよ。
制服のまま、満面の笑顔で動く鵜飼がキラキラしている。
白いボールが僕に向かう。
――なんか、楽しい、かも。
もう一度、僕はレシーブをした。鵜飼に向けたはずの白球は、先ほどよりは鵜飼に近い方向に飛ぶ。
「ごめん! 上手く飛ばないよ」
声を掛ければ「全然、いいって」と明るい声が返って来る。
――よし!
ヤル気が起きて、次の球はしっかり返したい、と思ったのだけれど。
エイっと力を込めてレシーブしたはずのボールはビュンっと飛んで床に落ちた。
「まじかぁ。ごめん。せっかく鵜飼がレシーブしてくれてたのに」
ちょっと悔しい。
「いいって。急にボール渡したのに、よくレシーブしたな。ボール返してくれて嬉しかった」
鵜飼は嬉しそうに笑う。それを見ると僕もつられる。
「こんな数回だけど、楽しいな」
ボールを手にして鵜飼が僕のそばに来る。
「だっろ? ボール追うのって楽しいんだ」
鵜飼はバレーボールをポンポンとその場でトスする。サッカーのリフティングのように数回その場でトスを繰り返す。
こんな近くで鵜飼のプレーを見るのは初めてだ。鵜飼の頭上に白球がポンポン踊る。
両掌にフワリとボールが吸い込まれて、また宙に舞う。その繰り返し。軽やかな動きに目が奪われる。
鵜飼の動きは無駄がなく、熟練されたものだと分かる。
――やっぱ、鵜飼はすごい。
そう思うけれど。でも、ちょっと素直にそれを伝えるのは恥ずかしい。
「すっげ。今、ワキくすぐったらどうなる?」
つい、からかうような言葉が出ていた。鵜飼が驚いた顔をして、ボールをキャッチする。
「ヤッバいだろ! 花崎は恐怖人間かよ。トスをしてる脇を狙うとは!」
大げさに鵜飼が脇を閉めてブルブル震えるから笑った。
「つか、座ろ。花崎、暑さ大丈夫?」
「うん。人が居ないからかな。思ったよりも暑くない」
「だろ。やっぱ、人の熱って籠るよな。こうして風を通すと体育館って涼しいし、気持ちいいんだ」
鵜飼が床にペタッと座る。僕も真似て座った。
鵜飼はバレーボールをコロコロと床に転がす。
静かな体育館に外のざわめきが入り込む。
――なんか、現実から切り離された世界、みたいだ。
不思議な感覚。
鵜飼は目を細めてボールを見つめている。
制服を着ていてもバレーボールがよく似合う。
大きな手のひらが、白球を撫でるように扱う。
僕はそれを目で追った。
時間がとてもゆっくりに感じた。
