『惚れ薬』が効きすぎるなんて、令和の時代にアリですか⁉

①
 九月も終わりに入るのに、相変わらず暑い。どうしてこんなに暑さが続くのだろう。ため息をついて空を見上げれば、僕を大きな影が覆う。

「おはよ、花崎」
 輝く笑顔を見ると僕まで頬が緩む。
「おはよ、鵜飼」
 恒例になった鵜飼との登校。もうすっかり慣れた。並んで歩いても人目が気にならない。
 僕は実は度胸があるのだと知った。

 初めて男子バレー部の見学をしてから、二日に一回は見学に行っている。
 僕はバレーボールにどんどんのめり込んでいる。この楽しさを知らなかったなんて損をしていた気分だ。
 それくらいバレーボールにハマっている!
 だけど、分からないこともある。

 バレーボールを知りたくて、ネットで企業チームの試合を見てみた。けれど、画面で見ても僕の胸がキュンキュンしない。
 鵜飼のジャンプを見た時の高揚感がない。スーパー選手と言われるプロ選手のスパイクが決まっても『鵜飼の方がカッコイイし、すごいんだけど』と思ってしまう。
 プロを見ても、他のバレーボールの映像を見ても、僕の心はドキドキしない。

 思い出して胸がキュンとするのは、鵜飼が鳥のように宙を舞う瞬間。スパイクが決まって満面の笑みを浮かべてハイタッチする瞬間。
 考えるだけで胸が苦しくなるほどのときめきが生まれる。

 僕は推し活をする人の気持ちがやっと理解できた。僕の推しは鵜飼だ。
 これはAIに聞いたのだけど、僕のように「心から応援したい」「推しの活躍が自分のことのように嬉しくて、日常に強いワクワクが生まれる状態」これを『推し』ができたと言うらしい。

 これまでオタクの推しなど理解できないと思っていたのだが、その価値観が逆転した。今ならアイドルやアニメに『推し活』をする人にエールを送れる。僕にとって鵜飼は『推し』だ!これは間違いない事実。

 ――そうだ。僕のドキドキは、『推し』であり、『好き』とは違う。絶対に。

 そう思うたびに唇の内側を噛みしめる。男である鵜飼にときめくわけがない。これは、推し、だ。
 自分を納得させるたびに泣きたくなるような心の痛みが襲い掛かる。

 ――考えるな! これは全部、惚れ薬のせいだし! 中世魔女のレシピのせいだ!

 だって、中世の魔女は『魔女狩り』されるくらい力があったのだ。きっと惚れ薬だって効果があるはず。鵜飼の目にハートが宿るのも、僕が変にドキドキするのも、全部は『惚れ薬』のせいだ!

 ああ、いや、僕は惚れ薬を飲んでいないのだけど。

「何か考え中?」
 ふと聞こえた言葉に僕の全身がビクっと反応する。
 やってしまった。今は、鵜飼と登校中だ。考えに耽っていた自分を反省する。
「いや、ごめん。えっと、睡眠不足、かな」
 ははは、と笑いを浮かべると、鵜飼は心配そうな顔になった。

「えっと、眩暈は? 倒れそう、とかは?」
 鵜飼の不安に心当たりがありすぎて『しまった』と思う。
 僕は鵜飼の前で眩暈やふらつきを起こしていて、脆弱男子の認定をされているのだ。
「いや、やっぱ何でもない。気にしなくていいって」
 必死に取り繕うが、鵜飼は半目になって僕を見つめる。
「よし、今日はこのまま保健室行くぞ」
「はぁぁ?」
 今は朝の登校中なのだけれど! 
 このまま保健室にいったら、学校に何をしに来たのだと言われそうだ。

「鵜飼、大丈夫だから」
 保健室に連れて行こうとする鵜飼を必死になだめて学校に向かった。全力で心配してくれる鵜飼が可愛く思えてくすぐったい。

 下駄箱に到着して、ふと思う。八月より陽射しは和らいでいる。もうじき十月だ。
 ――もう高校二年が半分過ぎたってことかぁ。はっや。
 一学期の終わりまでは、まさか僕が鵜飼といるようになるなんて考えもしなかった。
 僕にとって鵜飼は自分と違う世界の人だった。あの頃は、デカい身体を思い出しても顔が浮かばなかったし、と笑えてくる。

「花崎、教室行こ」
 しまった。ぼんやりしてしまった。
立ち止まって僕を待っている鵜飼の隣にトトッと駆け寄った。トンっと頭で腕に触れれば、頬を染めた顔がニカっと僕を見下ろす。
「鵜飼、遅刻するぞ」
「え? それ、俺のセリフじゃね?」
 二人でクスクス笑いながら早足で校舎内を歩く。
 ――マジで一学期の僕にこの状況を教えてあげたいよ。
 フフっと笑いながら教室に駆けこんだ。

「花崎、忘れてるなよ。今日は水曜日だ。放課後の約束」
小声で話す鵜飼に口角をニッと上げて返事とした。

 ――忘れるワケないだろ。
 心の中で呟いた。