『惚れ薬』が効きすぎるなんて、令和の時代にアリですか⁉

⑩
 その日の二時間目の休み時間。

 僕はクラスメイトの青島に声を掛けてみた。どうしても聞きたいことがあったから。

 そもそも、惚れ薬なんて存在するのだろうか。
 僕は冗談のつもりだったのだけれど、本当に効いてしまうものなのか。

 クラスメイトの青島は心霊現象とかオカルトが好きで有名。
 どうにか鵜飼に見つからないように、鵜飼がトイレに立った隙を狙って青島に声を掛けた。
 だけど。

 青島は呆れ顔で僕をゆっくり一瞥して、一言を放った。
「え? 花崎って、アホなのか?」
 ちょっと待ってほしい! 勇気を振り絞ったのに、アホの一言で終わらすな。
「いやいや、ちょっと、待って……」
「あのなぁ、高校生にもなって魔女とか惚れ薬とか、かなりヤベェ奴に思われるからな。花崎、厨二病も大概にしろよ」
 青島はサッサと話を切り上げて席に戻ってしまう。

「花崎、どうかした? 青島に用事?」
 いつの間にか戻ってきた鵜飼が僕のピッタリそばに張り付いてくる。

 定位置に来ました、みたいな顔をするな。相変わらずのハートを瞳に浮かべるな!

 僕には解決したい問題が山積みなのに、鵜飼の穏やかな笑みを見ると、どうでもいいかと思えてしまう。
 惚れ薬が本当に効くのか、今更考えても仕方がないか。
 切り替えが大切だ。惚れ薬について相談できないのなら、それは保留案件にしたほうがいい。

 先に鵜飼の願いを叶える方向にシフトチェンジだ!


 昼休み。
 今日も鵜飼と二人で食事を食べる。向かい合って机に弁当を置く。
 弁当の蓋をカポっと開けるとマグロの漬け焼きのいい匂いが漂う。マグロ焼きは白米が進むから好きなおかず。
 鵜飼もバコっと蓋を開けた。
 鵜飼の弁当には唐揚げが五個以上詰まって見える。いや、さすがに肉が多いだろ、と思ったが、あの練習を思い出せば納得の量だ。食べないと身体がもたないはずだ。

「鵜飼の弁当、米一合は入っていそうだ」
「お、わかる? 一合ちょうど。で、部活の前用の総菜パンもある」
「は? 部活前に食うのかよ。ビビるわ」
「おう。部室で食べておかないと、マジでバテるんだよ」
「鵜飼はデカイからな」

 褒めたつもりだったけれど。鵜飼がピタッと動きを止めた。

「デカくなりたいけどな。はぁ。県選抜のアタッカーの中じゃ、小さいんだよ」
小さくため息をこぼすから驚いた。鵜飼は身長百八十五センチある。それなのに、小さい?
 何を考えたのか、肩を落とした鵜飼は無言になった。
「鵜飼……」
 本当に悩んでいるのが伝わってくる。
「あ、ごめん。ほら、ここの高校だと俺はデカいし、バレー上手いって言われるけどさ。上には上がいるんだ」

 鵜飼の苦悩に触れた気がした。
 もしかして鵜飼の悩みはバレーボールのことだろうか。
 だとすると、僕にできることは何だろう。
 必死に言葉を探した。その間に、いただきます、と鵜飼が弁当を口に運ぶ。
 僕は自分の手元を見た。鵜飼が大きくなりたいのならば、僕のマグロの照り焼きをあげよう。うん。それがいい。

「鵜飼、これ、やる」
 マグロを一切れ、鵜飼に向けて差し出した。鵜飼は驚いたように口の中をゴクンと飲みこむ。
「はぁ⁉ いいのか?」
「うん」
 箸に掴んだマグロをどこに置けばいい、と聞こうとしたけれど。

 鵜飼は目を閉じてカポっと口を開けた。

 ――おお? これは、口に入れろってこと⁉
 思いがけない状況に、思わずマグロを落としそうになる。
 だけど、このまま『待て』をするのも可哀そうだ。冷汗がでる! 本当に鵜飼は何を考えているのだ!

 ――もう、どうなっても知らんからな!
 僕は鵜飼の口にマグロを入れた。口に入った瞬間に唇が閉じる。鵜飼が半目を開けてニカっと笑った。
 ――ヤッバ! キュンする!
 僕の心臓が肋骨から飛び出るかと思った。それくらい心臓が跳ね上がった。ドドドッと走る余韻が身体に響く。

「うっま」
 幸せそうな顔。僕の緊張が蕩けていく。
「鵜飼、白米と一緒がうまいぞ」
 声を掛ければ、大きな口に白米が運び込まれた。
 目を見開いて「本当だ! 美味しいな」と顔全体で語り掛けてくる。

 ――なんだ、このデカい可愛い生き物は!
 前を直視できずに視線を教室内にふいっと向けた。そうしたら。

 周囲の生徒が目を丸くして僕たちに注目していた!
 ――うっそ! 見られていた⁉
 あまりの恥ずかしさに椅子から落ちそうになった。
 ワナワナ震える僕とは対照的に鵜飼は頬を染めて嬉しそう。僕との温度差が大きすぎる。

「鵜飼は、マジで度胸あるよな」
 ため息交じりに一言が出た。
「ん? そうか?」
 ニッコリ笑う鵜飼は、僕にとって鉄人に思えた。

 この鵜飼でもバレーボール県選抜では苦労しているのか。
 そう思うと、なにか助けになりたいと思う自分がいる。
 ふと、鵜飼は僕が練習を見ていれば調子がいいと言っていたことを思い出した。

 白米と卵焼きを口に入れて咀嚼しながら考えた。僕に出来ること。鵜飼のためになること。

「なぁ、県選抜って練習はどこでしてる? 僕が見に行ったら変かな」
 応援できるのなら行きたい。そう思ったけれど。
「ん。別にいいけど。う~ん、そうだな。県選抜は俺の顔が利くわけじゃないから、ギャラリーとしてなら見学できるかな。どうだろ」
 鵜飼はあまり嬉しそうじゃない。茶色の瞳が笑っていない。表情が少し曇っている。

 ――僕が見に行かない方が、いいのかな。
 県選抜は部活とは違う感覚なのかも。
 県選抜のことはあまり触れない方がよさそうだ。
 触れて欲しくなさそうなところには深入りしない。僕はその大切さを知っている。

 話題を変えよう。そう思った。

「水曜日ってノー部活デーじゃん。来週、どこか寄って帰る?」
 僕の提案に鵜飼の表情がパッと明るくなる。
「まじ? 二人で?」
「もちろん」
 当たり前だ。二人で出かけて、鵜飼いの願いを聞くのだから。
「うわ、めっちゃ嬉しい」
 頬を染めて破顔する鵜飼を見ると、僕まで嬉しくなる。一緒になって笑い合った。

 鵜飼との昼時間は明るくて楽しい。
 鵜飼といると目立ちすぎて困ると思っていたのに、いつの間にかこれが僕の普通になっている。
 本当は、目立つのは嫌なのだけれど。

 鵜飼といるのは、胸がキュンとしたり笑いが込み上げたり。せわしないけれど、イヤじゃない。

 まるで鵜飼という、居心地のいい光に包み込まれたみたいだ。