『惚れ薬』が効きすぎるなんて、令和の時代にアリですか⁉

⑨
 帰りの電車の中でゆっくり考えた。
 そもそも鵜飼は僕と接点がなかったのだ。僕に興味がなかったはず。変わったのは、ここ数日。
 だから、早くに惚れ薬の効果から目を覚ましてもらいたい。
 これ以上、僕もドキドキしたくないし。

 ――僕が鵜飼に惹かれてしまったら。その時に、鵜飼が僕を冷たく見放したら。
 ブルっと寒気が走る。そんな事になったら……。

 鵜飼が科学のノートを借りたいなどと言い出さなければ、こんなことにならなかったのに。
 考えることが多すぎて頭がゴチャゴチャだ。

 大きく一息を付いて、やや混んでいる快速電車内を見つめる。
 いつもは明るい時間帯に電車に乗ってしまうから、陽が落ちてからの混雑を知らなかった。
 バレーボールの楽しさを知ったのも今日だ。そして、鵜飼の輝きを知ったのも。
 ――僕は知らないことばかり、だ。

 混とんとする自分の考えの中に、確かにひとつあるとしたら。
 ――鵜飼を傷つけたくない。
 それは確かな僕の想いだ。
 暗くなった窓の外に目を向けて、切なさに眉をひそめた。


 翌日。朝の登校中。
「花崎、おはよ」
 ――やっぱり来た。
 今日もいるかな、とは思っていた。
 予想通りに現れる鵜飼に頬が緩む。
 鵜飼を見れば、朝から爽やかな光を背負っている。相変わらず茶髪はキラキラだ。
「鵜飼、おはよ」
 あれだけ夜にモヤモヤ悩んだのに、本人が目の前に来ると全てどうでもいいか、と思えてしまう。

 ――うん。イケメンの笑顔はすごいや。
 そう考えて、少し訂正する。
 イケメンだから鵜飼がモテているワケじゃない。バレーボールをする姿を見たら、誰でも鵜飼のファンになるだろう。

「昨日の帰りは大丈夫だった? 家に着いたの何時?」
 鵜飼はいつも僕の心配ばかりだ。こうなっているのが惚れ薬のせいだと思うと胸が痛い。

「大丈夫だって。八時には着いたし。誰だって部活や塾で遅くなることがあるだろ。それと同じ」
「うん。望んでそうしてるのなら良いけどな。昨日は俺がお願いしたし。体調も心配だったし」
 優しさにキュンとする。またしてもモテ要素を見つけてしまった。

 思わず僕は笑みをこぼした。
「鵜飼って不思議な奴だよな。良い奴だ」
「え?」
 意味が分からないという鵜飼の顔。
「何でもない。なぁ、また練習を見に行っていい? 今度は二階席でいいからさ」

 練習は見たいけれど一年生たちには会いたくない。だから目立たないように二階にいたい。
「ええ? 俺としては一階にいてほしい。だってさ、花崎は腹出しちゃうかもしれないだろ? あんなの、誰にも見せるわけにはいかん!」
 ――いやいや、何言ってんだ! あれは先に鵜飼がやったんだろう。
 そう思ったが考え直す。

 鵜飼は練習中に汗を拭くために腹が出てしまったのかもしれない。
 けれど、僕は違ったかも。
 教室で腹なんて出さないし、やっぱりあれは僕が注意されて当然だ。
 見学者として連れて行った鵜飼に迷惑をかけた行動だったかも。
 
「うん。あの、下品なことして、ごめん」
 男だらけの場であり、少し気が緩んでいた。そんな自分が情けない。
 そう反省したのだけれど。

「花崎が腹を見せるのは、俺だけにしてほしい」
 ――は? はぁぁ?
 爽やかな口調で僕の心臓がドキリとすることを言うな!
 とても真に受けることなどできない。
 どうにか冗談に持っていきたい!

「犬の服従ポーズってことだな。わんっ」
 笑い飛ばそうとしたのに。鵜飼は愛おしそうに僕を見下ろした。
 ――ええ? ちょっと、何だ?
 気のせいじゃない。鵜飼の目にハートが宿っている! 
 鵜飼が頬を染めて嬉しそうに口を覆う。
「最高か。かっわいぃ。もう一回、ワンってやって」

 ――いやいやいや! 最高、じゃなーい!
 あはは、と苦笑いで誤魔化して足を進めた。

 学校に着いてから「おや?」と気が付く。

 昨日の朝は人の目が気になって仕方がなかった。鵜飼の隣を歩くのが嫌だった。それなのに。
 今日はこの状況を受け入れている自分がいる。
 ――変なの。

 鵜飼といると腹の奥が温まる感覚がする。
 きっと、鵜飼が真っ直ぐだからだ。
 バレーボールにも、自分の気持ちにも裏がなくストレート。
 だから安心できるのだ。

 今は惚れ薬で勘違いしているけれど、好きになった人にはこんな風に熱を向けるのだろう。

 ――鵜飼に本当に好意を持たれたら、幸せだろうな。

 そう思い、僕の心がチクリとした。