『惚れ薬』が効きすぎるなんて、令和の時代にアリですか⁉

⑦
「花崎、体調悪かった?」
 練習終了とともに鵜飼は僕に駆け寄った。
 途中で僕が俯いていたからだろう。あのゲーム中に僕を見る余裕があったのかと感心する。

 鵜飼の身体は上気している。僕にまで熱気が伝わってくる。
 僕の心臓がバクバクと反応する!

 ――待て待て、近くに来るなって!
 照れくさいような変な気持ちが生じて、鵜飼を直視できない。
 僕はスッと視線を下げた。

「体調は全然平気。つか、鵜飼、めっちゃ、凄かった」
 本当はカッコいいって褒め倒したかったのに、何故か喉の奥に言葉が詰まって出てこない。
 胸が震えるほどの感動を伝えられなくて胃が締め付けられる。
 胸がドキドキしたり、胃がキュッとしたり。僕の中がごちゃごちゃだ。

「ほんと? 良かったぁ。花崎がいるし、いいとこ見せたかったんだよな。へへっ」
 鵜飼の声が嬉しそうで、彼の顔を見上げた。鵜飼は頬を染めて笑っている。
 ――さっきまで、超カッコよくプレーしていた鵜飼が、ここにいる。
 そう考えると心がモゾモゾする。
 特別に僕のそばに来ていると思うと、胸のキュンキュンが止まらない。

 だけど。
 鵜飼が僕に特別扱いしているのは、全て『惚れ薬』のせいかもしれない。
 だから、この優しさも、笑顔も、鵜飼の本心ではないかも。
 そう思うと、心がズキズキ痛みだす。

 ――僕は、こんなに部活に真摯に取り組む鵜飼に、なんてことをしたんだ!
 急激に襲い掛かる後悔。先ほどまでとは違う意味で、心臓がギリっと締め付けられた。

「あの、鵜飼。僕は、鵜飼に何か出来ないかな。鵜飼のして欲しい事って、ない?」
 猛烈な反省でそんな事を口にしていた。
「あ、じゃ、一緒に帰ろ。片付けはすぐに済むから。駅まで送るよ。体育館の出入り口にいてくれる?」
「そうじゃなくて! 僕が……」
 懸命に声を掛けたけれど。
「ごめん! 後で聞くから」
 鵜飼は軽快に片付けに戻っていく。
 それ以上引き止めることは出来なくて、僕はパイプ椅子を片付けて出入り口に移動した。

 九月後半になるとこの時間は空が薄暗い。
 暑さは残るけれど、陽が沈むのが早くなったと感じる。
 どうせなら暑さも和らいで秋っぽくなってくれれば良いのに。

 鵜飼を待つ間に自分で考えた。
 鵜飼に僕がしてあげられることは何だろう。
 今は鵜飼が惚れ薬でおかしくなっているだけだとして、それでもこんなに輝いている鵜飼をかき乱しているのは、申し訳なくて居たたまれない。
 だけど、僕が鵜飼にしてあげられることが、どんなに考えても思いつかない。

 どうして僕は鵜飼に惚れ薬の紅茶を飲ませてしまったのだ!
 後悔してもしきれない。

 ――ん? 待てよ。
 ソイゼで紅茶を飲んだ時。
 鵜飼は「願いを叶えたい」と言っていた。
 今、鵜飼が僕と仲良くしたいと思っているのが「惚れ薬」としての効果とすると、本当に鵜飼が叶えたい願いが他にあると言うことだ!
 あの時、鵜飼は何を願ったのだろう。
 その願いを僕が叶えてあげられないだろうか。いや、叶えるための精一杯の協力ができないだろうか。
 鵜飼が来たら、叶えたかった願いを聞いてみよう。そう思うと少しだけ僕の罪悪感が楽になった。

「あ、お疲れさまです」
 ――え?
 急に声を掛けられて振り返ると、大きな身体の一年生が三人いる。
 なぜ一年生と分かるかというと、僕の学校のジャージは学年でゼッケンの色が違うから。彼らのゼッケンには黄色マーカーがついている。
 だけど、なぜ知らない一年生に僕が挨拶されているのだ。
 理解できずに、背の高い一年生たちを見つめたまま、僕は首を傾げた。

「はぁ? 可愛いかよ」
「だな。さすが鵜飼先輩のツレだ」
 ――あ、鵜飼の名がでた。って事は、バレー部の人たちか!
 可愛いと言われたことは置いておくとして、この一年生たちは、僕が見学に来ていたことを知っていて挨拶してくれたのだ。
 ぼんやりしている場合じゃない。見学させてもらったお礼を言わないと。

「あ、えっと。バレー部、だよね。見学させてくれて、ありがとうございました」
 僕は軽くぺこりとお辞儀をした。
「あ、いえ。僕等は何もしてないですし」
「ただ、鵜飼先輩が見学者を連れてくるって珍しいんです。どんな人か気になって。女子かと思ったら男性でびっくりしました」
 それはそうだろう。モテ男子の鵜飼が連れて来たのが僕で申し訳ない。
「僕で、ごめん」
 ――あれ? 僕はなにを謝ってるんだ?
 流れで謝ってしまい、そんな自分にあきれる。

「もしかして、鵜飼先輩に入部勧誘されている、とかですか? 経験者ですか?」
「え? どこ中ですか? 身長からしてセッターかリベロです?」
 変な方向に誤解されている! 出身中学の詮索とかやめてほしい!
「いや、僕はバレーボールしたことないから!」
 必死に本当のことを伝えたのに、一年生たちは疑念の目を向けてくる。
 ――やめてくれ! 本当に僕はバレー未経験だし! 鵜飼、早く来て!

 目の前の圧に耐えられない。
「端森中学校だけど! 僕はバレー部に入っていないってば」
 言いたくなかったけれど、出身中学を聞き出すまで引きそうにない彼らに、僕の方が音を上げた。

「端森中? え? どこ?」
「お前、知ってる?」
「聞いたことあるような」
 知らなくていい。むしろ知らないでいてくれ。そう思ったけれど。

「あ! 今年の県選抜メンバーに端森中出身の人がいた。確かセッターの人」
 絶対に誰も知らないだろうと思ったのに、中学の名前が話題に上がり耳を疑う。
 ――え? 県選抜のメンバーに、僕の出身校の人がいる?
「そうだ! 気が合うって鵜飼先輩が言っていた人だ」
「あ、そっち繋がりってこと?」

 僕の心臓が冷えたようにズキンとする。

 もしかして、鵜飼は僕のことを知っている――?