⑤
体育館はエアコンが効いているけれど、教室のように快適ではない。
外よりはいいけれど、この中で動くのはかなりキツイだろう。
僕は準備された椅子に座って、ストレッチやランニングでウォームアップするバレーボール部員を眺めた。
僕が座っている椅子は鵜飼が準備してくれた。体育館にあるパイプ椅子だ。
目立ちたくないと言った僕の気持ちを尊重してくれて、一階の通路脇に設置してくれた。だけど僕の高校の体育館は二階の観覧席がある。
そこから見ている、と言ったのに、鵜飼はお願いだから一階にいて、と懇願してきた。
一階と二階の何が違うのか聞いたら、「一階にいると見上げなくても花崎が見えるから」と言われて、ちょっとドキッとした。
「じゃ、次~! サーブ練習」
「はいっ!」
顧問先生の声に反応して部員が一気に走り出す。コートの外に立ち、一斉にサーブを打ち始める。
キュッ、キュッとシューズが音を立てる。バシッとボールを打つ音。バシンッと床にボールが叩きつけられる音。
――スゴイ。音の洪水だ。
音は耳だけじゃなくて肌でも感じるのだと知った。
ビリビリくる迫力だ。
僕は膝に乗せたリュックをギュっと抱きしめた。練習風景に鳥肌が立つほど感動していた。
その時。
タンっと軽快にジャンプをする姿が目に入った。
ボールを投げて高く飛んだのは、鵜飼だ。
助走は三歩程度だったのに、軽やかに背をしならせて飛び上がり、一気にボールを叩きつける。
緩やかに上がっていたボールが鵜飼の手に当たった瞬間、高速で飛んだ。
いや弾丸になってぶっ飛んでいく、の表現が似合う。
「すっげ……」
あまりの感動に声が出ていた。
教室で頬を染めていた鵜飼とは思えない。茶色の瞳は真剣にボールを追っている。白い肌に汗が流れている。
バレーボール部の練習着である黒いTシャツが汗で濡れているのが分かる。上半身の厚みが見えてドキッとする。逆三角形の美しいラインだ。
「かっこよ……」
一言が漏れていた。周囲に人が居なくて安心する。
ちなみにこの体育館はバレーボール部とバスケット部が使っていて、部外者見学は禁止らしい。騒がれて集中できないから、と鵜飼が言っていた。
確かにコレは、女子なら黄色い歓声が上がるレベルだろう。
僕はスポーツを直接見学したことが無かったから、この生々しい活動の音に、躍動感に圧倒された。
そして素人目にも鵜飼がずば抜けて上手い選手だと分かった。まるで魔術のようにボールを軽やかに扱う。
楽しそうな笑顔と、真剣な表情の切り替わりが早い。
練習の最中、急に鵜飼が黒Tシャツの腹部をまくり上げて、顔の汗を拭いた。
チラリと見える腹筋。締まったウエスト。
――うっわ!
白い肌が上気していて、これはヤバい! 思わず目線を外した。
――ん? なんで僕は床を見てるんだ?
思わず鵜飼から目線を外したけれど。そもそも同じ男なのだから、見ても、見られても、やましさなど無いはずだ。
でも脳裏には鵜飼の綺麗な腰回りがハッキリと焼き付いている。思い出すと心臓がキュッとする感覚が生じる。
――なんだこれ?
意味が分からず、リュックを脇に置いた。そのまま、ぺろりと自分の制服のシャツを捲り上げた。じっと見つめる。
うん。平らなぺろんとした腹だ。色は鵜飼より白いかな。
ムニっと脇を掴んでみるけれど、僕の心臓はキュンともドキリともしない。
――うん。男の腹なんて、何ともないよな。
コクコクと一人で頷いていたが。
キュッキュッキュッとすごい勢いのシューズの音が近づいてきた。はっと顔を上げると、目の前に息を切らした鵜飼がいる。
――ええ? さっき、あっちのコートにいたじゃん!
「鵜飼、足、はっや……」
僕を見下す鵜飼は真っ赤な顔でワナワナと立ち尽くす。そして、僕の手からシャツを奪い、そっと降ろして、僕の腹を隠した。
「は、花崎。何をっ、してんだ」
鵜飼の声は震えている。何か、怒っている? そんな気がして、僕は座ったまま姿勢を正した。
「え? なに?」
鵜飼は何か言いたげに僕を見下ろしていたけれど、大きく息を吐いてから、口を開いた。
「腹は、風邪ひくと困るから、出したら、ダメだ!」
――は? 風邪?
ポカンとしてしまう。何を言っているのだ。練習中に鵜飼だって出していたくせに。
と言うか、腹を出したら風邪をひく、だと⁉
それは、まるで。
「鵜飼は、昭和のオカンかっつの! ははっ」
イケメン鵜飼の言葉とは思えなくて吹き出してしまった。
そんな僕を見て鵜飼は大きく息を吐いた。
「もう、何て言ったらいいんだ……。花崎が想定外すぎて」
これにはカチンとくる。
「僕が想定外じゃないだろ。明らかに鵜飼が……」
言いかけてやめた。鵜飼の僕へのおかしな行動は『惚れ薬』のせいかもしれないし。そうすると全ては僕のせいなのだ。
「次! スパイク練習!」
後ろから聞こえた声に鵜飼が反応する。
「あ、俺、行くわ。花崎、腹は出すなよ」
立ち去り際に念を押されて「分かったから、行けって」と鵜飼を送った。
またキュッと軽快な音を響かせて鵜飼がコートに戻っていく。
――鵜飼、すごい熱かった。
近くに来た鵜飼の体温がいつもより高いのを感じた。オーラが凄かった。
まだ自分の周りに熱が残っていそうで、鵜飼が触れた僕の手を触ってみた。体温が全然違う。その感覚が名残惜しくて僕は手を握りしめた。
体育館はエアコンが効いているけれど、教室のように快適ではない。
外よりはいいけれど、この中で動くのはかなりキツイだろう。
僕は準備された椅子に座って、ストレッチやランニングでウォームアップするバレーボール部員を眺めた。
僕が座っている椅子は鵜飼が準備してくれた。体育館にあるパイプ椅子だ。
目立ちたくないと言った僕の気持ちを尊重してくれて、一階の通路脇に設置してくれた。だけど僕の高校の体育館は二階の観覧席がある。
そこから見ている、と言ったのに、鵜飼はお願いだから一階にいて、と懇願してきた。
一階と二階の何が違うのか聞いたら、「一階にいると見上げなくても花崎が見えるから」と言われて、ちょっとドキッとした。
「じゃ、次~! サーブ練習」
「はいっ!」
顧問先生の声に反応して部員が一気に走り出す。コートの外に立ち、一斉にサーブを打ち始める。
キュッ、キュッとシューズが音を立てる。バシッとボールを打つ音。バシンッと床にボールが叩きつけられる音。
――スゴイ。音の洪水だ。
音は耳だけじゃなくて肌でも感じるのだと知った。
ビリビリくる迫力だ。
僕は膝に乗せたリュックをギュっと抱きしめた。練習風景に鳥肌が立つほど感動していた。
その時。
タンっと軽快にジャンプをする姿が目に入った。
ボールを投げて高く飛んだのは、鵜飼だ。
助走は三歩程度だったのに、軽やかに背をしならせて飛び上がり、一気にボールを叩きつける。
緩やかに上がっていたボールが鵜飼の手に当たった瞬間、高速で飛んだ。
いや弾丸になってぶっ飛んでいく、の表現が似合う。
「すっげ……」
あまりの感動に声が出ていた。
教室で頬を染めていた鵜飼とは思えない。茶色の瞳は真剣にボールを追っている。白い肌に汗が流れている。
バレーボール部の練習着である黒いTシャツが汗で濡れているのが分かる。上半身の厚みが見えてドキッとする。逆三角形の美しいラインだ。
「かっこよ……」
一言が漏れていた。周囲に人が居なくて安心する。
ちなみにこの体育館はバレーボール部とバスケット部が使っていて、部外者見学は禁止らしい。騒がれて集中できないから、と鵜飼が言っていた。
確かにコレは、女子なら黄色い歓声が上がるレベルだろう。
僕はスポーツを直接見学したことが無かったから、この生々しい活動の音に、躍動感に圧倒された。
そして素人目にも鵜飼がずば抜けて上手い選手だと分かった。まるで魔術のようにボールを軽やかに扱う。
楽しそうな笑顔と、真剣な表情の切り替わりが早い。
練習の最中、急に鵜飼が黒Tシャツの腹部をまくり上げて、顔の汗を拭いた。
チラリと見える腹筋。締まったウエスト。
――うっわ!
白い肌が上気していて、これはヤバい! 思わず目線を外した。
――ん? なんで僕は床を見てるんだ?
思わず鵜飼から目線を外したけれど。そもそも同じ男なのだから、見ても、見られても、やましさなど無いはずだ。
でも脳裏には鵜飼の綺麗な腰回りがハッキリと焼き付いている。思い出すと心臓がキュッとする感覚が生じる。
――なんだこれ?
意味が分からず、リュックを脇に置いた。そのまま、ぺろりと自分の制服のシャツを捲り上げた。じっと見つめる。
うん。平らなぺろんとした腹だ。色は鵜飼より白いかな。
ムニっと脇を掴んでみるけれど、僕の心臓はキュンともドキリともしない。
――うん。男の腹なんて、何ともないよな。
コクコクと一人で頷いていたが。
キュッキュッキュッとすごい勢いのシューズの音が近づいてきた。はっと顔を上げると、目の前に息を切らした鵜飼がいる。
――ええ? さっき、あっちのコートにいたじゃん!
「鵜飼、足、はっや……」
僕を見下す鵜飼は真っ赤な顔でワナワナと立ち尽くす。そして、僕の手からシャツを奪い、そっと降ろして、僕の腹を隠した。
「は、花崎。何をっ、してんだ」
鵜飼の声は震えている。何か、怒っている? そんな気がして、僕は座ったまま姿勢を正した。
「え? なに?」
鵜飼は何か言いたげに僕を見下ろしていたけれど、大きく息を吐いてから、口を開いた。
「腹は、風邪ひくと困るから、出したら、ダメだ!」
――は? 風邪?
ポカンとしてしまう。何を言っているのだ。練習中に鵜飼だって出していたくせに。
と言うか、腹を出したら風邪をひく、だと⁉
それは、まるで。
「鵜飼は、昭和のオカンかっつの! ははっ」
イケメン鵜飼の言葉とは思えなくて吹き出してしまった。
そんな僕を見て鵜飼は大きく息を吐いた。
「もう、何て言ったらいいんだ……。花崎が想定外すぎて」
これにはカチンとくる。
「僕が想定外じゃないだろ。明らかに鵜飼が……」
言いかけてやめた。鵜飼の僕へのおかしな行動は『惚れ薬』のせいかもしれないし。そうすると全ては僕のせいなのだ。
「次! スパイク練習!」
後ろから聞こえた声に鵜飼が反応する。
「あ、俺、行くわ。花崎、腹は出すなよ」
立ち去り際に念を押されて「分かったから、行けって」と鵜飼を送った。
またキュッと軽快な音を響かせて鵜飼がコートに戻っていく。
――鵜飼、すごい熱かった。
近くに来た鵜飼の体温がいつもより高いのを感じた。オーラが凄かった。
まだ自分の周りに熱が残っていそうで、鵜飼が触れた僕の手を触ってみた。体温が全然違う。その感覚が名残惜しくて僕は手を握りしめた。
