『惚れ薬』が効きすぎるなんて、令和の時代にアリですか⁉

⑨
「花崎は試した?」
 試したと言われれば、昨日の夜に味見はしてみたけれど。
 ま、一応、試したことになるのかもしれない。
「ああ、昨日……」
 鵜飼は真剣な顔になっている。茶色の垂れ目が真っすぐ僕を見つめる。
 僕に後ろめたいことがあるせいか、心臓がドキドキと動く。

「じゃ、俺もやる。本かして」
 これには焦る。嘘がバレてしまう!
「こんな変な本のこと信じるなよ。やる価値ないって」
「でも花崎はやったんだろ?」
 引いてくれない鵜飼に圧倒される。
「そう、だけどさ。怪しいじゃんか」
「いいって。やってみたい」
 それほどまでに叶えたい願いは何だろう。

 ふと教室での会話が蘇る。
 鵜飼はバレーボールの県選抜選手に選ばれている。
 バレーボールで絶対に勝ちたいとか、選抜レギュラーを取りたいとか、強く思うことがあるのかもしれない。
 だけど、本を貸すわけにはいかない。かといって、僕が今できるのは『惚れ薬』の紅茶だけだ。

 ――ええい! どうにでもなれ!
 困り果てて、僕はひとつの提案をした。

「じゃぁ、やってみるか? ここなら出来るぞ。つか、バカにするなよ?」
 僕はリュックからローズマリーとパンジーの花を入れたケースを出した。
 まだ保冷剤が冷たくて安心した。
 テーブルの上にそれらを並べる。

 鵜飼は目を丸くした。
「は? なにこれ?」
「ちょっと、な。昨日僕が使った材料。偶然、持っていただけ、だからな」
 偶然、の部分は強調しておいた。
「すげ。今すぐできるんだ。俺はどうすればいい?」
 目を輝かせないでくれ。嬉しそうな鵜飼の視線から目を逸らしたい。

「紅茶を僕が淹れるから、鵜飼は飲むだけ」
「うっわ。楽しみすぎる!」
 楽しみにしないでくれ。猛烈な後悔が僕の胸に渦巻く。
 ――鵜飼、マジゴメン!
 心の中でめちゃめちゃ謝った。
 ワクワクしている鵜飼に申し訳ない。でも、もう後には引けない。

 ドリンクコーナーで温かい湯をカップに入れて席に戻った。
 持ってきたローズマリーとパック紅茶を湯に浸す。透明な湯が徐々にキャラメル色に染まっていく。

 鵜飼が目を輝かせてそれを見つめている。そんなに期待するなよぉ、と心で叫んだ。
 僕の心臓が緊張で激しく動く。おかげで手が震えそうだ。

 紅茶の香りがフワリと広がり、その中に独特な薬草のような匂いが混じる。
 紅茶パックとローズマリーを引き上げて、ハチミツで甘みを足した。

「鵜飼、今から紅茶をかき混ぜるからな。そこにこの花びらを乗せる。花が一回転したら、紅茶を飲んで」
「おう。なんか、ドキドキしてきた」
「ははは。あ、そうだ。願い事を心で唱えろよ」
 適当なことを言っていると自分で思ったが、もうどうにでもなれ、の勢いだ。
「おし。分かった」
「いくぞ」

 カラカラとスプーンでカップを混ぜる美しい音が生まれる。
 そっと花弁を浮かべて、クルリと回る様をじっと見つめた。
 そして、鵜飼がカップを持ちあげてコクリと喉を鳴らした。

 ――味は、大丈夫だったかな。昨日みたいに草っぽくないといいけど。
 ハラハラしながら鵜飼を見守った。

「この花は食うの?」
 紅茶を飲み干した鵜飼が、カップの底に張り付いた花弁を指さす。
「いや、これは食べない。浮かべるだけだって」
「そっか。でも、これで、叶うといいなぁ」
 鵜飼が頬を染めて照れたように笑うから、僕の心がズキズキ痛んだ。
 鵜飼を騙してしまった。
 そんな罪悪感でいっぱいだった。

 その後、少し話をしてからソイゼを後にした。
 ――ま、あんな古い本の惚れ薬なんて効かないだろ。
 だって紅茶を飲んだだけだ。

 そう自分に言い聞かせると、僕の罪の意識は少し薄れた。

 ちなみに本によると、紅茶を淹れた人に惚れさせる効能がある。効果があるとすれば、なのだけれど。

 そして帰宅してから気が付いた。
 鵜飼に自分で作らせれば良かったのだ。
 僕はなんてバカなんだ!