こうして、東雲とばりに関する話は。
学校の屋上に始まって、
学校の屋上で終わった。
ならば、後日談を語るとすれば、やっぱりこの場所だろう。
「うひゃー! きれー!」
扉を開けた瞬間に出迎えてくれる満点の星空。これを望むのはもう三度目だ。
「思ったより涼しーね!」
うれしそうに夕月が屋上を走り回る。まるで雪の中を走り回る犬みたいだ。
「あんまり走り回るなよ。危ないぞ」
「そーいや、かすみちゃんは?」
「七海先生ならまだ校舎内に――」
「ちょっと星宮さーん? 夜間立ち入りの書類、あなただけ名前書いてないでしょー? 一度下りていなさーい」
「だってよ、夕月」
「あっ、忘れてた。いってくる!」
ぱたぱたと、夕月の身体が校舎内の暗闇に消えていく。天体観測の開始には、もう少し時間がかかりそうだ。
「また二人きりね」
そう言って隣で笑うのは、天文部部長に復帰した、東雲とばり。
「そうですね」
「あら、うれしくないの?」
「うれしくないことはないです。ただ……ちょっと気まずいだけですよ」
俺は部長とは反対側を向いて答える。
結局のところ、俺は東雲とばりに振られた。
彼女曰く、
『私の望みを粉々に砕いた人と付き合えるわけないじゃない』
らしい。
俺の人生最初の告白は、あえなく散ってしまったということだ。
「言っておくけど」
念押し、とばかりに部長が口を開く。
「私はまだ、生きていくことを決めたわけじゃないわよ?」
もうひとつ、彼女に言われたこと。
『自分の命を諦める機会があれば、私は即座にそうするわ』
「わかってますよ」
でも。
「俺がそばにいる間は部長にそんなこと、絶対にさせませんから」
振られたとしても。恋人の関係でないとしても。
好きな人が死のうとすることは、なんとしても阻止する。
「ふふ、応援してるわよ」
「また心にもないことを」
薄い笑みはやっぱり彼女の本心を包んでいて、今の俺じゃうかがい知れない。少なくとも今は。
「そういえば晴人君」
「はい?」
「もう私のこと『とばり』って呼んでくれないの?」
「い、いやあの時は勢いというか」
「ふーん……?」
「えっと」
「ふう~ん?」
「そ、そうだ! 今夜は涼しいから、ココアでもどうですか?」
新しいおもちゃを見つけたみたいないつもの悪戯顔を浮かべてくるので、急いで話題を変える。ていうか今になって蒸し返さないでほしい。冷静になるとものすごく恥ずかしい。
俺は手早くリュックサックからボトルを取り出して、コップに注いでから、
「どうぞ」
「ありがと」
受け取って、ひと口。ほう、という吐息と湯気が、わずかに紅潮した頬のまわりを漂う。
「ふふふ」
「どうかしたんですか?」
「いえ? やっぱり私、晴人君の入れてくれたココア、好きだなと思っただよ」
「……」
その笑顔を見て、俺の胸は跳ねる。何の前触れもなく。不規則に脈打つ鼓動を感じて、自分の気持ちを思い知らされてしまう。
「それじゃあ、天体観測を始めましょうか。準備はよろしくね、晴人君」
「はいはい、わかりましたよ」
会話はいつものトーンに戻り、俺たちは空を見上げながら、天体望遠鏡の方へと歩き出す。
人はそう簡単に、言葉一つで、行動一つで、変わるものではない。俺は諦めないと誓い、彼女はいつだって諦めようとする。
でも、まったく変わらないということはない。夜空に浮かぶ星だって、変わらないように見えて、変わっている。そしてそれを、俺は身に染みてよくわかっている。
東雲とばりは、そういう人間なのだ、と。
そんな彼女を、俺は好きになったのだ、と。
どう足掻いても、受け入れるしかないのだ、と。
静かに。誰にも悟られないよう、心の中でそっと。
俺は諦めた。
学校の屋上に始まって、
学校の屋上で終わった。
ならば、後日談を語るとすれば、やっぱりこの場所だろう。
「うひゃー! きれー!」
扉を開けた瞬間に出迎えてくれる満点の星空。これを望むのはもう三度目だ。
「思ったより涼しーね!」
うれしそうに夕月が屋上を走り回る。まるで雪の中を走り回る犬みたいだ。
「あんまり走り回るなよ。危ないぞ」
「そーいや、かすみちゃんは?」
「七海先生ならまだ校舎内に――」
「ちょっと星宮さーん? 夜間立ち入りの書類、あなただけ名前書いてないでしょー? 一度下りていなさーい」
「だってよ、夕月」
「あっ、忘れてた。いってくる!」
ぱたぱたと、夕月の身体が校舎内の暗闇に消えていく。天体観測の開始には、もう少し時間がかかりそうだ。
「また二人きりね」
そう言って隣で笑うのは、天文部部長に復帰した、東雲とばり。
「そうですね」
「あら、うれしくないの?」
「うれしくないことはないです。ただ……ちょっと気まずいだけですよ」
俺は部長とは反対側を向いて答える。
結局のところ、俺は東雲とばりに振られた。
彼女曰く、
『私の望みを粉々に砕いた人と付き合えるわけないじゃない』
らしい。
俺の人生最初の告白は、あえなく散ってしまったということだ。
「言っておくけど」
念押し、とばかりに部長が口を開く。
「私はまだ、生きていくことを決めたわけじゃないわよ?」
もうひとつ、彼女に言われたこと。
『自分の命を諦める機会があれば、私は即座にそうするわ』
「わかってますよ」
でも。
「俺がそばにいる間は部長にそんなこと、絶対にさせませんから」
振られたとしても。恋人の関係でないとしても。
好きな人が死のうとすることは、なんとしても阻止する。
「ふふ、応援してるわよ」
「また心にもないことを」
薄い笑みはやっぱり彼女の本心を包んでいて、今の俺じゃうかがい知れない。少なくとも今は。
「そういえば晴人君」
「はい?」
「もう私のこと『とばり』って呼んでくれないの?」
「い、いやあの時は勢いというか」
「ふーん……?」
「えっと」
「ふう~ん?」
「そ、そうだ! 今夜は涼しいから、ココアでもどうですか?」
新しいおもちゃを見つけたみたいないつもの悪戯顔を浮かべてくるので、急いで話題を変える。ていうか今になって蒸し返さないでほしい。冷静になるとものすごく恥ずかしい。
俺は手早くリュックサックからボトルを取り出して、コップに注いでから、
「どうぞ」
「ありがと」
受け取って、ひと口。ほう、という吐息と湯気が、わずかに紅潮した頬のまわりを漂う。
「ふふふ」
「どうかしたんですか?」
「いえ? やっぱり私、晴人君の入れてくれたココア、好きだなと思っただよ」
「……」
その笑顔を見て、俺の胸は跳ねる。何の前触れもなく。不規則に脈打つ鼓動を感じて、自分の気持ちを思い知らされてしまう。
「それじゃあ、天体観測を始めましょうか。準備はよろしくね、晴人君」
「はいはい、わかりましたよ」
会話はいつものトーンに戻り、俺たちは空を見上げながら、天体望遠鏡の方へと歩き出す。
人はそう簡単に、言葉一つで、行動一つで、変わるものではない。俺は諦めないと誓い、彼女はいつだって諦めようとする。
でも、まったく変わらないということはない。夜空に浮かぶ星だって、変わらないように見えて、変わっている。そしてそれを、俺は身に染みてよくわかっている。
東雲とばりは、そういう人間なのだ、と。
そんな彼女を、俺は好きになったのだ、と。
どう足掻いても、受け入れるしかないのだ、と。
静かに。誰にも悟られないよう、心の中でそっと。
俺は諦めた。
