パレードの通り道近くはすでに人でごった返していた。
「ちょっと距離あるけど、このへんから見るしかないな」
「ああ」
比較的人口密度が小さい、少し離れた一角にスペースを陣取る。空はすっかり薄暗くなり、パレード用にイルミネーションも控えめにしているせいで、近くにいないと表情が見えない。
「そういやここのパレード、花火も上がるらしいな。星宮は見たことあんの?」
「えっ? いや、私もない、かな」
「ならしっかり目に焼き付けないとな! 写真も撮らねえと……でも花火の写真ってうまく撮れないんだよなー。いい撮り方とかねえのかな、晴人」
「今のスマホならきれいに撮れるんじゃないか?」
なんて言いながら、時間を確認。
開始五分前。そろそろだな。
「そうだ。俺、今のうちに飲み物買ってくるよ」
さも今思いついたかのように、俺は声を上げる。しかし、すべては打ち合わせ通りだ。ここでこの場を離れ、夕月と昴を二人きりにする。
「部長ついてきてもらえますか――って」
そして手はずどおりに後ろにいる部長に向かって声をかける……も、そこには誰もいなかった。
「部長……?」
ぐるりと見渡してみても姿はない。この人の多さだからはぐれたということも考えられるが……彼女がそんなミスを犯すだろうか。まさか先にこの場を離れたのか?
とりあえず、部長がいないならあとは俺がこの場を離れればいいだけ。そう思って、再び隣に目をやると、
そこには夕月しか、いなかった。
「え?」
もしかして昴もどこか行ったのか?
まさかここまで予定どおりにいかないなんて。ともかく、今は目の前の幼なじみのためにできることをやらないと。
「悪い、すぐに昴を探してくるから、お前はここで――」
「ま、待って!」
俺の言葉は、最後まで言えなかった。それ以上に大きい声で、夕月が遮った。
「夕月……?」
「探しに行くのは……大丈夫」
何を言い出すんだこいつ? 告白相手がいないことには何も始まらないだろうに。
「大丈夫ってお前」
ぎゅ。
夕月が、俺の服のすそを握る。それはお化け屋敷のときと同じ行動だったが、そこに明らかな意思があるのを、俺は感じ取った。
いかないで、という。
「ねえ、ハル」
まるで金縛りにあったみたいに動けない俺を呼ぶ。硬直して返事もできなかったが、それでも夕月は言葉を紡いだ。
「ハルって、好きな人はいるの?」
「いきなりどうしたんだよ。今はそれどころじゃ」
「答えてよ」
見上げながら、まっすぐこちらに視線を送る。有無を言わせないその語気に、思わず尻込みしてしまう。
「いや、俺は別に」
「とばり先輩……とかは?」
「部長? いや別にそういうのは」
夕月の質問もそうだが、状況がうまく飲み込めない。いなくなった二人を探しに行った方がいいということはわかりきっているのに、行動に移せない。どうしてそんなことを訊いてくるのか、と問いたいのに、口は動いてくれない。
だって、目の前にいる幼なじみの言葉が、表情が、真剣なものだったから。
そうして頭も身体も麻痺している俺に聞こえてきたのは、小さな小さな言葉だった。
「……ごめん」
「え?」
どうして夕月が謝ってくるんだ?
「嘘、なの……」
嘘? 嘘ってなんの……って。
「まさか」
ひとつの予感が、脳裏をよぎる。直後、予感は現実のものとなった。彼女の告白によって。
「私が午塚を好きだっていうのは……嘘」
「つまり、嘘の依頼をしてきた……ってことか?」
ひとつひとつ物事を整理するように訊くと、夕月は顔を伏せるようにして頷く。
「うん……」
嘘の、依頼。
夕月が昴を好きで。でも好きな気持ちを諦めようとしていて。その手伝いをしてほしくて。彼女は部長のもとを、『諦め屋』を訪ねた。はずだ。
それが偽りであった、ということか。
「なんでそんなことを」
ほかにも聞きたいことはあったが、真っ先に出てきたのはそんな問いだった。まずは彼女の意図を、気持ちを、知りたかった。
だが、返ってきた答えは、思いもよらないものだった。
「でも。嘘っていってもね、全部じゃないの」
「え……?」
どういうことだ? 全部じゃない?
「好きな人がいるっていうのは……ほんと」
瞬間、辺りが光で満ちた。パレードが始まったのだ。煌びやかなイルミネーションに、マスコットの着ぐるみたちが通り過ぎていく。湧き上がる歓声。響いてくる軽快な音楽。
けれど、そのどれもが俺たちのもとに届いてこなかった。反対に、俺たちもあちら側に干渉することはない。ガラスのような見えない壁で、隔てられているように。
イルミネーションが、彼女の顔を照らす。ゆらゆらと揺れる瞳。頬を赤くしているのは、きっと光のせいではない。そしてそれは同時に、俺の表情も鮮明にして、隠すことなく見せていることになる。
こんな状況に置かれて、考えない方がおかしい。だが、それはただの憶測でしかない。何時間にも思える一瞬を過ごし、次の言葉を待つ。
そして、夕月は引き結んだ唇を動かし、言った。
「私が好きなのは……ハル、なの」
声量は小さい。が、聞き逃すはずもない。口にしたのは、紛れもなく俺の名前なのだ。
俺は、ぎこちなく、唾を飲み込んだ。うまく呼吸ができない気がする。
「嘘ついたのは、ごめん。でも私は、ハルのことが……」
そこで彼女は目いっぱいためを作って、空気を吸い込んで、
「好き」
再び言った。己の気持ちを。たった一言。誰でもわかる単語で。
「怒ってくれていい。バカにしてもいい。でもどうしても伝えたくて……。これが私の……ほんとの気持ちなの」
まっすぐとこちらを見据える夕月。その目を見れば、言葉に偽りがないことは明白だ。
刹那。
どんっ、と。
花火が上がった音が聞こえた。きっと色鮮やかで、きれいな、夜空に花開いた夏の風物詩。
そんな美しい一瞬の花が彩るのは、初めての告白。
ずっと昔から一緒にいた女の子からの、告白。
そんな彼女の告白に。
「……ごめん」
俺はたった一言、そう返した。
「ちょっと距離あるけど、このへんから見るしかないな」
「ああ」
比較的人口密度が小さい、少し離れた一角にスペースを陣取る。空はすっかり薄暗くなり、パレード用にイルミネーションも控えめにしているせいで、近くにいないと表情が見えない。
「そういやここのパレード、花火も上がるらしいな。星宮は見たことあんの?」
「えっ? いや、私もない、かな」
「ならしっかり目に焼き付けないとな! 写真も撮らねえと……でも花火の写真ってうまく撮れないんだよなー。いい撮り方とかねえのかな、晴人」
「今のスマホならきれいに撮れるんじゃないか?」
なんて言いながら、時間を確認。
開始五分前。そろそろだな。
「そうだ。俺、今のうちに飲み物買ってくるよ」
さも今思いついたかのように、俺は声を上げる。しかし、すべては打ち合わせ通りだ。ここでこの場を離れ、夕月と昴を二人きりにする。
「部長ついてきてもらえますか――って」
そして手はずどおりに後ろにいる部長に向かって声をかける……も、そこには誰もいなかった。
「部長……?」
ぐるりと見渡してみても姿はない。この人の多さだからはぐれたということも考えられるが……彼女がそんなミスを犯すだろうか。まさか先にこの場を離れたのか?
とりあえず、部長がいないならあとは俺がこの場を離れればいいだけ。そう思って、再び隣に目をやると、
そこには夕月しか、いなかった。
「え?」
もしかして昴もどこか行ったのか?
まさかここまで予定どおりにいかないなんて。ともかく、今は目の前の幼なじみのためにできることをやらないと。
「悪い、すぐに昴を探してくるから、お前はここで――」
「ま、待って!」
俺の言葉は、最後まで言えなかった。それ以上に大きい声で、夕月が遮った。
「夕月……?」
「探しに行くのは……大丈夫」
何を言い出すんだこいつ? 告白相手がいないことには何も始まらないだろうに。
「大丈夫ってお前」
ぎゅ。
夕月が、俺の服のすそを握る。それはお化け屋敷のときと同じ行動だったが、そこに明らかな意思があるのを、俺は感じ取った。
いかないで、という。
「ねえ、ハル」
まるで金縛りにあったみたいに動けない俺を呼ぶ。硬直して返事もできなかったが、それでも夕月は言葉を紡いだ。
「ハルって、好きな人はいるの?」
「いきなりどうしたんだよ。今はそれどころじゃ」
「答えてよ」
見上げながら、まっすぐこちらに視線を送る。有無を言わせないその語気に、思わず尻込みしてしまう。
「いや、俺は別に」
「とばり先輩……とかは?」
「部長? いや別にそういうのは」
夕月の質問もそうだが、状況がうまく飲み込めない。いなくなった二人を探しに行った方がいいということはわかりきっているのに、行動に移せない。どうしてそんなことを訊いてくるのか、と問いたいのに、口は動いてくれない。
だって、目の前にいる幼なじみの言葉が、表情が、真剣なものだったから。
そうして頭も身体も麻痺している俺に聞こえてきたのは、小さな小さな言葉だった。
「……ごめん」
「え?」
どうして夕月が謝ってくるんだ?
「嘘、なの……」
嘘? 嘘ってなんの……って。
「まさか」
ひとつの予感が、脳裏をよぎる。直後、予感は現実のものとなった。彼女の告白によって。
「私が午塚を好きだっていうのは……嘘」
「つまり、嘘の依頼をしてきた……ってことか?」
ひとつひとつ物事を整理するように訊くと、夕月は顔を伏せるようにして頷く。
「うん……」
嘘の、依頼。
夕月が昴を好きで。でも好きな気持ちを諦めようとしていて。その手伝いをしてほしくて。彼女は部長のもとを、『諦め屋』を訪ねた。はずだ。
それが偽りであった、ということか。
「なんでそんなことを」
ほかにも聞きたいことはあったが、真っ先に出てきたのはそんな問いだった。まずは彼女の意図を、気持ちを、知りたかった。
だが、返ってきた答えは、思いもよらないものだった。
「でも。嘘っていってもね、全部じゃないの」
「え……?」
どういうことだ? 全部じゃない?
「好きな人がいるっていうのは……ほんと」
瞬間、辺りが光で満ちた。パレードが始まったのだ。煌びやかなイルミネーションに、マスコットの着ぐるみたちが通り過ぎていく。湧き上がる歓声。響いてくる軽快な音楽。
けれど、そのどれもが俺たちのもとに届いてこなかった。反対に、俺たちもあちら側に干渉することはない。ガラスのような見えない壁で、隔てられているように。
イルミネーションが、彼女の顔を照らす。ゆらゆらと揺れる瞳。頬を赤くしているのは、きっと光のせいではない。そしてそれは同時に、俺の表情も鮮明にして、隠すことなく見せていることになる。
こんな状況に置かれて、考えない方がおかしい。だが、それはただの憶測でしかない。何時間にも思える一瞬を過ごし、次の言葉を待つ。
そして、夕月は引き結んだ唇を動かし、言った。
「私が好きなのは……ハル、なの」
声量は小さい。が、聞き逃すはずもない。口にしたのは、紛れもなく俺の名前なのだ。
俺は、ぎこちなく、唾を飲み込んだ。うまく呼吸ができない気がする。
「嘘ついたのは、ごめん。でも私は、ハルのことが……」
そこで彼女は目いっぱいためを作って、空気を吸い込んで、
「好き」
再び言った。己の気持ちを。たった一言。誰でもわかる単語で。
「怒ってくれていい。バカにしてもいい。でもどうしても伝えたくて……。これが私の……ほんとの気持ちなの」
まっすぐとこちらを見据える夕月。その目を見れば、言葉に偽りがないことは明白だ。
刹那。
どんっ、と。
花火が上がった音が聞こえた。きっと色鮮やかで、きれいな、夜空に花開いた夏の風物詩。
そんな美しい一瞬の花が彩るのは、初めての告白。
ずっと昔から一緒にいた女の子からの、告白。
そんな彼女の告白に。
「……ごめん」
俺はたった一言、そう返した。
