俺は放課後にあまり寄り道をしないタイプだ。
天文部たるもの、放課後は真面目に部活動を勤しむべきだと思っているし(『諦め屋』のせいであまりできていないが)、部活が終わって下校時間になったら自転車でまっすぐ家へと帰る。そもそも寄り道するところがたくさんある駅前に行くには、俺の家を通り越さないといけない。
そんな俺が、今日は駅前のクレープ屋にいた。
「んん~、おいしー!」
隣には、クレープを頬いっぱいにご満悦のハムスター。夕月だ。
「あんまり一気に食べると喉につまるぞ。ってかもっと味わえよ」
「ふぁいひょーぶ、ふぁいひょーぶ」
何言ってるかわからん。
夕方ということもあって、駅前は帰宅途中のOLや大学生、高校生が行き交っている。そんな様子を眺めながら、クレープ屋の近くのベンチに腰を下ろしていた。
「ふぇーひょっと」
「なんだよ」
「ひょんとにふぁんふぇいしへる?」
「食べるかしゃべるか、どっちかにしてくれ」
ごくん、と俺まで聞こえるくらいに夕月は喉を鳴らして飲み込むと、
「ハル、ホントに反省してるの?」
「ああ……」
向けられたジト目を横目で流す。
「反省してるよ、もちろん」
「ほんとかなあー」
疑惑の眼差しを無視して、俺は右手のバナナクレープにかぶりついた。
昨日着替えを見てしまったこと。その罰として、夕月は放課後になるや否や、俺を強引に連れだした。ゲーセン、買い物……そして最後にこうしてクレープを食べている。もちろん罰なので、夕月が美味しそうに食べているデラックスクレープは俺のおごりだ。
いきなり付き合えと言ってきた時には物申したい気持ちにもなったが、罰がこれくらいで済んで正直助かった。部長みたいに脅しのネタに使われたらと思うと、ぞっとする。
「このデラックス、一度食べてみたかったんだよねー。あ、午塚にも自慢しよーっと」
まあ、一応機嫌は直っているみたいでよかった。楽しそうに自撮りを昴に送り付けているし。ほんと仲良さそうだな。
「てゆーかハルのやつも美味しそうだよねー、ひと口もーらいっ」
「あ、おい」
がぶり。気づけば俺が後生大事に味わっていたクレープは、生地だけになっていた。せっかくバナナを最後にとっておいたのに。
「お前なあ」
文句のひとつでも言おうとしたときには、奪われたクレープは夕月のお腹に消えてしまっていた。
「本当、よくそんなに食べれるな」
いくら陸上部で日々運動しているとはいえ、その細い身体のどこに吸い込まれていくのだろうか。あれか、甘いものは別腹というやつか。どうやら別腹はどこか違う宇宙にでもあるらしい。
「ちょっとハル。レディーのお腹じろじろ見るのはやめてよねー」
「レディーは人のクレープ強奪したりしないだろ」
そして口いっぱいに頬張ったりしない。
「なんか、久しぶりだねー」
「クレープ食べるのがか?」
「ちーがーうーよー。こうやってハルとふたりで遊んだりするのが」
「そうだったかな」
この前洗濯のために家に入れてもらったのは別として、最後に遊んだのはいつだったか、昔のことすぎて思い出せない。
「とばり先輩とは、よく行くの? こういうの」
「部長と?」
行ってるなら自分も混ぜろ、ということなんだろうか。部室にも来るくらいだしなあ。
「どうだろう。喫茶店とかに行ったことは何度かあるけど」
とは言ったものの、思い起こされるのはどれも『諦め屋』の活動の一環だった。
「……ふーん、そうなんだ」
俺の答えが興味をそそらなかったのか、夕月は手に残ったクレープを丸ごと口の中に放り込んだ。もう少し味わえよ。
俺は対照的に、残った生地を大事に噛みしめながら、昼休みのことを思い出していた。結局天川先輩の退部理由はわからず仕舞い。かといってあまり悠長にも構えていられない。放っておけば部長がどんな手段で高座の依頼を終わらせるとも限らない。
「なあ夕月」
「ふも?」
「二年の天川先輩って、知ってるか?」
同性の夕月なら、男子が知らない情報も持っているかもしれない。そう思って訊いてみることにした。
「うん、知ってるよー。まっひー先輩と同じクラスなんだよ」
「へえー」
まっひー先輩……ああ、桜庭まひる先輩のことか。
「私も先輩から聞いただけだから知ってるってほどじゃないんだけど、すっごい絵がうまいんだってー」
「そうなのか」
「家にはコンクールでもらった賞状とかが山ほどあるとかないとか」
「ふーん」
才能あるってことなんだろうな。この前見た木陰で佇むあの絵画的な雰囲気は、天川先輩の才能ゆえのものということか。
でもそれならどうして、天川先輩は美術部を辞めようとしているんだろう。
「ねえハルー?」
才能もある。昼休みにスケッチもしているから、絵が嫌いになったというわけでもない。なのに美術は辞める。
「ねえってばー」
絵を描きたい気持ちを凌駕するほど、美術部にいたくないということなのか。それほど、部の人間関係、つまりは高座といたくないってことか?
「おいこらー!」
「あいでで」
ぎゅうう、と頬をつねられて、視界に電気が走った。
「何するんだよ」
「だってハルが返事しないからー。クレープ喉に詰まらせて死んだのかと思ったじゃん」
「んなわけあるか」
お前じゃあるまいし。
「で、なんだよ」
「なんで天川先輩のことなんか突然訊いてきたの?」
「あ」
しまった。つい桜庭先輩の時と同じ気分で話していたが、夕月は今回、完全に部外者だ。
「別に、なんでもないよ」
「もしかして、昨日依頼に来た人に関係すること?」
「……さあな」
「むー」
あからさまに不機嫌になった。さっきクレープを頬張っていた時よりも大きく頬が膨らんでいる。最早ハムスターなんて喩えじゃ表現しきれない。風船みたいだ。
「どうしても話してくれないんだ?」
「まあな。訊くだけ訊いたのは悪かったけど」
一応、謝罪する。
「覗き魔のクセに」
「だからあれは事故みたいなものだって。それに、お詫びにクレープおごっただろ」
「足りない」
「は?」
「た・り・な・い」
勢いよく立ち上がる。そして屋台の方を指さして、
「まだ食べたい種類のクレープあるから、買ってきて」
翌日の昼休み。俺は購買から教室に戻る途中で声をかけられた。
「あ、宵山君」
高座だった。ガタイのいい見た目に反しておずおずとしている。
「どうかしたのか?」
「いや、その……依頼、どんな感じかなと思って」
結果報告にはまだ四日残されているが、やっぱり気になるのだろう。
「悪い。経過は話すなって部長に言われててさ」
天川先輩への聞き取りに失敗したこともあって、『諦め屋』の調査は暗礁に乗り上げていると言っても過言ではない。部長もさすがに「天川さん本人から聞く方法は考え直そう」と言っていた。
そんなわけで、今のところ不調です、なんて口が裂けても言えない。まして相手が依頼人となればなおさらだ。
わかりやすく残念がる高座は肩を落として、
「そっか……」
「ごめんな。でも色々動いてはいるから」
とりあえず、気休めだけ言っておく。これくらいなら問題ないだろう。
「あ、ありがとう」
「じゃあ俺、教室戻るから――」
「あっ、ちょっと待って」
もう話す内容もないし教室に戻ろうと足先に力を込めたところで、再び呼び止められた。
同じように何か言いたげだが、さっきとはまた違う気がする。すると、少し恥ずかしそうな表情を浮かべてから、
「あの、これ……」
一枚のチラシを渡してきた。
「これは?」
「今日から、展覧会やってて。そこに僕と天川先輩の絵が展示されてるんだ。もちろん、天川先輩のは退部前に描いた絵なんだけど」
「へえ……展覧会か」
「うん。地域の人たちが作品を出し合って展示する催しで、うちの美術部も毎年部員が作品を描いて展示してるんだ。まあ、今年限りになっちゃうんだけど」
自分で言い、高座は目を伏せる。彼の言う通り、美術部が廃部になるのでこれが最後の展覧会への出展となる。
「も、もし時間があったら観にきてもらえたら、と思って。ほら、その、依頼の役に立つかもしれないかなって」
「ああ……そうかもな」
「そ、それじゃあまた。依頼、よろしくね」
俺が何か言う前に高座は足早に離れていき、あっという間に姿が見えなくなった。そりゃそうだろう。恥ずかしいに決まってる。いくら依頼のためだからって。俺なら「自分の絵を見に来てくれ」なんて逆立ちしたって言えない。
展覧会、ね。
渡されたチラシに目を落とす。とりあえずスマホで写真を撮ってから、メッセージアプリで部長に送った。別段、黙っておく理由もない。
と、間髪を入れずにスマホが震える。部長からの返信だった。早すぎだろ。
『早速行きましょう』
即断即決。こと依頼に関して、誰かを諦めさせることに関して、東雲とばりには逡巡や躊躇という考えはないらしい。
そして続けざまに、もう一件メッセージが届く。
『もちろん晴人くんも来るわよね?』
拒否権など、俺にあるはずがなかった。
天文部たるもの、放課後は真面目に部活動を勤しむべきだと思っているし(『諦め屋』のせいであまりできていないが)、部活が終わって下校時間になったら自転車でまっすぐ家へと帰る。そもそも寄り道するところがたくさんある駅前に行くには、俺の家を通り越さないといけない。
そんな俺が、今日は駅前のクレープ屋にいた。
「んん~、おいしー!」
隣には、クレープを頬いっぱいにご満悦のハムスター。夕月だ。
「あんまり一気に食べると喉につまるぞ。ってかもっと味わえよ」
「ふぁいひょーぶ、ふぁいひょーぶ」
何言ってるかわからん。
夕方ということもあって、駅前は帰宅途中のOLや大学生、高校生が行き交っている。そんな様子を眺めながら、クレープ屋の近くのベンチに腰を下ろしていた。
「ふぇーひょっと」
「なんだよ」
「ひょんとにふぁんふぇいしへる?」
「食べるかしゃべるか、どっちかにしてくれ」
ごくん、と俺まで聞こえるくらいに夕月は喉を鳴らして飲み込むと、
「ハル、ホントに反省してるの?」
「ああ……」
向けられたジト目を横目で流す。
「反省してるよ、もちろん」
「ほんとかなあー」
疑惑の眼差しを無視して、俺は右手のバナナクレープにかぶりついた。
昨日着替えを見てしまったこと。その罰として、夕月は放課後になるや否や、俺を強引に連れだした。ゲーセン、買い物……そして最後にこうしてクレープを食べている。もちろん罰なので、夕月が美味しそうに食べているデラックスクレープは俺のおごりだ。
いきなり付き合えと言ってきた時には物申したい気持ちにもなったが、罰がこれくらいで済んで正直助かった。部長みたいに脅しのネタに使われたらと思うと、ぞっとする。
「このデラックス、一度食べてみたかったんだよねー。あ、午塚にも自慢しよーっと」
まあ、一応機嫌は直っているみたいでよかった。楽しそうに自撮りを昴に送り付けているし。ほんと仲良さそうだな。
「てゆーかハルのやつも美味しそうだよねー、ひと口もーらいっ」
「あ、おい」
がぶり。気づけば俺が後生大事に味わっていたクレープは、生地だけになっていた。せっかくバナナを最後にとっておいたのに。
「お前なあ」
文句のひとつでも言おうとしたときには、奪われたクレープは夕月のお腹に消えてしまっていた。
「本当、よくそんなに食べれるな」
いくら陸上部で日々運動しているとはいえ、その細い身体のどこに吸い込まれていくのだろうか。あれか、甘いものは別腹というやつか。どうやら別腹はどこか違う宇宙にでもあるらしい。
「ちょっとハル。レディーのお腹じろじろ見るのはやめてよねー」
「レディーは人のクレープ強奪したりしないだろ」
そして口いっぱいに頬張ったりしない。
「なんか、久しぶりだねー」
「クレープ食べるのがか?」
「ちーがーうーよー。こうやってハルとふたりで遊んだりするのが」
「そうだったかな」
この前洗濯のために家に入れてもらったのは別として、最後に遊んだのはいつだったか、昔のことすぎて思い出せない。
「とばり先輩とは、よく行くの? こういうの」
「部長と?」
行ってるなら自分も混ぜろ、ということなんだろうか。部室にも来るくらいだしなあ。
「どうだろう。喫茶店とかに行ったことは何度かあるけど」
とは言ったものの、思い起こされるのはどれも『諦め屋』の活動の一環だった。
「……ふーん、そうなんだ」
俺の答えが興味をそそらなかったのか、夕月は手に残ったクレープを丸ごと口の中に放り込んだ。もう少し味わえよ。
俺は対照的に、残った生地を大事に噛みしめながら、昼休みのことを思い出していた。結局天川先輩の退部理由はわからず仕舞い。かといってあまり悠長にも構えていられない。放っておけば部長がどんな手段で高座の依頼を終わらせるとも限らない。
「なあ夕月」
「ふも?」
「二年の天川先輩って、知ってるか?」
同性の夕月なら、男子が知らない情報も持っているかもしれない。そう思って訊いてみることにした。
「うん、知ってるよー。まっひー先輩と同じクラスなんだよ」
「へえー」
まっひー先輩……ああ、桜庭まひる先輩のことか。
「私も先輩から聞いただけだから知ってるってほどじゃないんだけど、すっごい絵がうまいんだってー」
「そうなのか」
「家にはコンクールでもらった賞状とかが山ほどあるとかないとか」
「ふーん」
才能あるってことなんだろうな。この前見た木陰で佇むあの絵画的な雰囲気は、天川先輩の才能ゆえのものということか。
でもそれならどうして、天川先輩は美術部を辞めようとしているんだろう。
「ねえハルー?」
才能もある。昼休みにスケッチもしているから、絵が嫌いになったというわけでもない。なのに美術は辞める。
「ねえってばー」
絵を描きたい気持ちを凌駕するほど、美術部にいたくないということなのか。それほど、部の人間関係、つまりは高座といたくないってことか?
「おいこらー!」
「あいでで」
ぎゅうう、と頬をつねられて、視界に電気が走った。
「何するんだよ」
「だってハルが返事しないからー。クレープ喉に詰まらせて死んだのかと思ったじゃん」
「んなわけあるか」
お前じゃあるまいし。
「で、なんだよ」
「なんで天川先輩のことなんか突然訊いてきたの?」
「あ」
しまった。つい桜庭先輩の時と同じ気分で話していたが、夕月は今回、完全に部外者だ。
「別に、なんでもないよ」
「もしかして、昨日依頼に来た人に関係すること?」
「……さあな」
「むー」
あからさまに不機嫌になった。さっきクレープを頬張っていた時よりも大きく頬が膨らんでいる。最早ハムスターなんて喩えじゃ表現しきれない。風船みたいだ。
「どうしても話してくれないんだ?」
「まあな。訊くだけ訊いたのは悪かったけど」
一応、謝罪する。
「覗き魔のクセに」
「だからあれは事故みたいなものだって。それに、お詫びにクレープおごっただろ」
「足りない」
「は?」
「た・り・な・い」
勢いよく立ち上がる。そして屋台の方を指さして、
「まだ食べたい種類のクレープあるから、買ってきて」
翌日の昼休み。俺は購買から教室に戻る途中で声をかけられた。
「あ、宵山君」
高座だった。ガタイのいい見た目に反しておずおずとしている。
「どうかしたのか?」
「いや、その……依頼、どんな感じかなと思って」
結果報告にはまだ四日残されているが、やっぱり気になるのだろう。
「悪い。経過は話すなって部長に言われててさ」
天川先輩への聞き取りに失敗したこともあって、『諦め屋』の調査は暗礁に乗り上げていると言っても過言ではない。部長もさすがに「天川さん本人から聞く方法は考え直そう」と言っていた。
そんなわけで、今のところ不調です、なんて口が裂けても言えない。まして相手が依頼人となればなおさらだ。
わかりやすく残念がる高座は肩を落として、
「そっか……」
「ごめんな。でも色々動いてはいるから」
とりあえず、気休めだけ言っておく。これくらいなら問題ないだろう。
「あ、ありがとう」
「じゃあ俺、教室戻るから――」
「あっ、ちょっと待って」
もう話す内容もないし教室に戻ろうと足先に力を込めたところで、再び呼び止められた。
同じように何か言いたげだが、さっきとはまた違う気がする。すると、少し恥ずかしそうな表情を浮かべてから、
「あの、これ……」
一枚のチラシを渡してきた。
「これは?」
「今日から、展覧会やってて。そこに僕と天川先輩の絵が展示されてるんだ。もちろん、天川先輩のは退部前に描いた絵なんだけど」
「へえ……展覧会か」
「うん。地域の人たちが作品を出し合って展示する催しで、うちの美術部も毎年部員が作品を描いて展示してるんだ。まあ、今年限りになっちゃうんだけど」
自分で言い、高座は目を伏せる。彼の言う通り、美術部が廃部になるのでこれが最後の展覧会への出展となる。
「も、もし時間があったら観にきてもらえたら、と思って。ほら、その、依頼の役に立つかもしれないかなって」
「ああ……そうかもな」
「そ、それじゃあまた。依頼、よろしくね」
俺が何か言う前に高座は足早に離れていき、あっという間に姿が見えなくなった。そりゃそうだろう。恥ずかしいに決まってる。いくら依頼のためだからって。俺なら「自分の絵を見に来てくれ」なんて逆立ちしたって言えない。
展覧会、ね。
渡されたチラシに目を落とす。とりあえずスマホで写真を撮ってから、メッセージアプリで部長に送った。別段、黙っておく理由もない。
と、間髪を入れずにスマホが震える。部長からの返信だった。早すぎだろ。
『早速行きましょう』
即断即決。こと依頼に関して、誰かを諦めさせることに関して、東雲とばりには逡巡や躊躇という考えはないらしい。
そして続けざまに、もう一件メッセージが届く。
『もちろん晴人くんも来るわよね?』
拒否権など、俺にあるはずがなかった。
