僕のかわいいが一番ッ!

 四月は出会いと別れの季節だ。
 新しく買ったピンクのカーディガンを羽織った。一年前よりも中に着ているシャツが身体に馴染んでいる気がする。鏡に反射する僕は、少しだけ大人になっている気がした。
 いつものリュックを背負って階段を駆け降りる。


「行ってきます!」


 リビングにいる家族に声を掛けた。いってらっしゃい、という言葉を背中に家を出た。
 外は快晴で、暖かい日差しが体を包み込む。


 いつも通りに通学して校門に着いた。歩きながら大きな校舎を見上げる。
 去年は確かここで決意を固めたはずだ。

  ——僕はこの学校(せかい)で一番可愛い、を目指す。

 もちろん今でもこの夢は変わらない。でも、前とは少しだけ意味が違っているかもしれない。
 雫くんたちはもう登校しているだろうか。顔が浮かんできて、歩みを早めた。



 大きな掲示板に紙が貼り付けられている。遠くてよく見えないが、おそらくあれがクラス替えの名簿だろう。その前には人だかりができてザワザワとしていた。

 その集団の中に見覚えのある顔を見つけた。向こうもこちらに気付き、パタパタと近づいて来た。


「ゆうくーん! おはよっ!」
「おはよー! クラスどうだった?」
 聞くと、パァと花が咲いたように笑った。
「僕も、ゆうくんも、智弥くんも全員同じクラスだったよ!」
「ほんと⁉︎ やったね!」


 また同じクラスになれたことに安堵して、微笑みが溢れた。
 二人でハイタッチをする。パチンッという音が響き渡った。


「おうおう。なんだか楽しそうですねぇ」


 背後からぬっとやって来たのは、少し遅れてやってきた智弥くんだった。


「あっ、智弥くん! 智弥くんも僕らも同じクラスだったよー!」
「おぉーマジ? 他誰いんのか確認してこよ」


 智弥くんは物怖じしない様子で人だかりの中に体を進めていった。



「僕も一緒だよ……来部くん」


 突然そっと低音で耳元に囁かれ肩が跳ねる。耳を押さえながら慌てて振り返ると高身長の彼が立っていた。


「わぁっ! は、早峰くん」


 早峰くんの姿を確認した雫くんが僕を腕で慌てて包み込んだ。同時に早峰くんからも引き離される。


「えーっ! 早峰くんも?」


 早峰くんはニヤリと笑った。ミステリアスで妖艶な空気が纏わりついている。


「そう。よろしくね、来部くん」


 僕を抱きしめていた雫くんが、歯を出していぃーと威嚇した後、叫んだ。


「僕もいるんですけど!」
「あぁ、よろしく。さ、来部くん僕のところへおいでよ」


 僕の後ろにいた雫くんへ適当に挨拶した後、僕の腕を掴んだ。


「いっちゃダメー!」
「お前ら何してんの」


 人だかりから戻ってきた智弥くんが僕らの様子を見て呆れていた。


「じゃあ、可愛いで勝負ね」


 雫くんが早峰くんに指を突きつける。早峰くんはふんっと鼻で笑った。


「僕が一番可愛いでしょ」


 彼の低音が響き渡った。雫くんは負けじとベロを出して挑発した。


「僕の方が可愛いもんねー!」


 二人だけが参加しているのが嫌で僕も名乗りをあげた。


「いーや、僕の方が可愛いもん!」
「はぁまたなんかやってんの?」
「「「じゃあ、智弥くんがジャッジして!」」」
「また俺ー? もういいって。ほら、教室行くぞ」


 完全に僕らに呆れた智弥くんは頭を掻いて欠伸をしていた。
 

 全員でわいわいと教室へ入り、それぞれの席に着いた。クラスの顔ぶれはかなり変わっており、なんだか心がそわそわしている。

 僕の席はみんなと少し離れてしまったけれど、雫くんがよく見える席だった。少しの間見ていると、今もまたこっそり飴を口の中に入れていた。ふふっと笑いがつい漏れてしまう。

 前の席はとんでもないくらいガタイが大きい人が座ってきた。壁のような威圧感がある。
 ツンツン突いて自己紹介をしてみる。前の席の彼はぎこちない笑みを見せた。僕はいつもの調子でニコッと笑いかける。


「よろしくね!」
「よろしくっす」


 ペコペコと振り返りながらお辞儀をしていた。
 ふと窓の外に視線を向けた。外は風が強くて窓がギシギシと鳴っていた。満開になった桜がその風で散らされ、窓の外を桜色に染め上げていた。

 視線を戻して雫くんを見ると、彼はこちらを振り返って見つめていた。雫くんがちっちゃく手を振ってくる。僕もちっちゃく手を振り返すと、彼はニコッと笑みを見せた。


 一瞬で僕の心は甘く溶かされた。


 ──僕の、かわいいが一番だ。