僕のかわいいが一番ッ!

 季節は進み、春の穏やかな暖かさから梅雨のじとじとを超え、夏の気配を見せ始めていた。僕らの可愛い対決は拮抗していた。というより……


「僕の方が可愛いもん!」
「いやいや僕の方が可愛いでしょ!」
「昨日は江宮だっけ。んーじゃあ、今日は来部かな」
「ちょっと! 智弥くん最近なんか適当じゃない?」
「えーそうかな?」


 ほぼ毎日どっちが可愛いかを聞かれ、うんざりし始めていた智弥くんは最近特に心がここにないみたいだった。


「じゃあ、今度は隣町にショッピングデートしに行く? 久々にみんなで外行こうよ。今週末なんてどう?」


 雫くんが率先して発言をした。光の入った上目遣いで今日も彼は強い。


「あー悪い。今週末ちょっと外せない用事あんだよな」
「何ー? 僕らより大事な用事?」
「そう。本当のデートがあんの」


 智弥くんは嬉しさが込み上げ、口角をにんまりと上げていた。これが最近の、適当な判断をする原因らしい。

 僕はなんだか胸が締め付けられた。あの時の水族館以来、智弥くんが剛志くんに重なってしまっている。


「僕らの智弥くんなのにねー」
「……そうだよー」


 雫くんはそんなつもりがないのがわかる空気だったが、僕にはその空気が出せるほど剛志くんと分けて考えられていなかった。


「じゃあ、僕らだけでデート行こっか」


 これまでに三人で出かけるのは何回かあったが、雫くんと二人だけでどこかに出かけるのは○ンリオピューロランド以来だ。


「……いいよ? 行ってあげる」
 少し強気に可愛さを乗せてみる。
「ふふっ、何その言い方。可愛いね」


 それでも雫くんはいつだって余裕な雰囲気で差を自覚させられる。


「雫くんバカにしてるでしょー?」
「してないよっ! 可愛いから可愛いって言っただけだもん!」
「むー」


 口を尖らせて反抗の意を表した。
 そういえば、雫くんもずっと変だった。僕と雫くんの可愛い対決なはずなのに、僕に対して可愛いと何度も言ってくるようになった。訳が分からない。
 智弥くんが五本指を僕らに見せた。


「ちょっと待って、俺のデート話にもっと食いつかないの?」
「「うん」」


「何でここ揃うんだよ!」


 
 週末、早速雫くんと二人で隣町にある大きなショッピングモールに来ていた。ここには全てのものが揃っている。二階より上のフロアは真ん中の床が無く吹き抜けになっていて、下の階を見られるようになっていた。


「僕ね、買いたいものあるんだー! あそこの店の、ズボンなんだけどー」
「うん!」


 雫くんのお目当てであるという二階にある洋服屋さんに向かっていたところだった。


「……あれは……」


 向こうから歩いてくる見覚えのある見た目に思わず足が止まった。あの切れ長の目に焼けた肌。頼り甲斐のある肩幅は明らかに彼だということを表していた。そして、隣の女性は一体……?

 心臓がドクンドクンと音を立てる。


「……どうしたの? 具合悪い?」


 視線を動かさず前を見ている僕に気付き、雫くんも目線を追った。僕は締まり切った喉から声を漏らした。


「……剛志くん……?」
「剛志くんって、あの?」


 雫くんが小さな声で呟いた。


「うん……」


 雫くんの質問に頷きながらも前から歩いてくる彼から目を離せなかった。全身の血が体の中を素早く循環している。

 僕がずっと想い続けていた人が今目の前で歩いている。東京に行ったはずの彼が。
 まだ僕は学校で一番になるどころか、クラスの中で一番になるのも苦戦しているところだ。それなのにもう再会してしまった。

 予定よりもうんと早い遭遇にどうしていいか分からなかった。話しかけるべきなのか、あえて話しかけないべきなのか。

 質問が頭からぽこぽこと湧いて出てきて、完全に混乱している。
 ただ見るだけで何も喋れず立ち止まっていると、少し離れたところで歩いていた彼が先に気付いた。


「あれ? 優?」
「あっ、剛志くん……」


 剛志くんは僕に気付き駆け寄ってきた。隣の女性はゆっくりと後ろから着いてきていた。


「優ー! 久しぶりだなぁ!」
「久しぶりだね。こっちに戻ってきてたんだ」


 剛志くんはあの時と変わらない雰囲気だった。少しだけ大人びた感じもするけれど、彼は彼のままだ。接しているだけで身体が嬉しさに湧き立ってくる。自分の動揺を悟られないようにあの時と同じ温度で、自然になるように心がけた。


「そうなんだよ。数ヶ月は東京に居たんだけど、すぐ戻ってきて四月からはこっちでさ。まぁこっちつっても隣町なんだけど」


 彼の仕草や雰囲気で胸がいっぱいになった。スマホの画面や思い出の中で見るよりもやっぱり会うとかっこよくて惚れ惚れする。もうずっと話していたいし、離れたくない。でも、隣町に来ていたなら連絡が欲しかったと願ってしまうのは欲張りすぎだろう。

 剛志くんの半歩後ろに隠れている女性は俯き気味に立っていた。


「あの……そちらの女性は?」
「あぁ、俺の彼女」


 剛志くんは恥ずかしそうにはにかみながら連れを紹介した。いきなり心臓に何本も槍が刺されたような痛みを感じた。痛い。苦しい。会えて浮かれていた自分があまりに滑稽にすら感じる。


「あっ、えっ、そうなんだ……」


 頭が真っ白になりただ意味のない返事をすることしか出来なかった。


「どうも、こんにちは」


 剛志くんの彼女が小さな声で挨拶をしてペコっとお辞儀をした。


「……どうも……」


 僕も軽くお辞儀をした。彼女はたぶん良い人なんだろう。世間からは美人と言われていそうだし、剛志くんが好きになるということは性格もちゃんと良いんだろう。

 今にもここから逃げ出したい気持ちだった。
 俯いて目を彷徨わせてしまう僕に、剛志くんは首を傾げた。


「ていうか、優ってそんな感じだっけ」
「……そんな感じって?」
「んー、なんかほら。可愛い感じの服?」


 その言葉に肯定ではない意味が含まれているのが伝わってくる。彼の表情を見ると、片方の口角だけが上がっていた。


「……でも、剛志くんが僕のこと可愛い顔してるよな、って。だからそれに合わせて……」
「……可愛い? 俺そんなん言ったっけ」


 彼は薄ら笑いで答えた。全身が沸騰しそうになる。


「ほら……あの時。夏休み前の」
「えーそうだっけ。あんま覚えてないや」


 僕が情報を付け加えても、笑いながら頭を掻いていた。


「んー男に可愛いつってもねぇ。別に付き合うわけじゃないんだし。今の彼女の方が可愛いからなぁ」


 ヘラヘラ笑う彼を見ていると、視界がボヤけてきた。


「夏休み前なら、ほら、元カノと別れたばっかりだったじゃん? 俺おかしかったのかもな」


 剛志くんの全ての言葉が体を締めつけて息が出来ない。震える手を俯きながら太ももに押し付けることしか出来なかった。


「あのさぁ。いい加減にしなよ」


 頬に涙が流れるのと同時に、雫くんの冷たい声が鼓膜を揺らした。



「何、誰?」
「ゆうくんの大切なクラスメイトだけど?」
「は? 俺、中学ん時に一緒だったんだけど? 何?高校でちょっと一緒になったくらいで」
「だから? 一緒にいたのに何にもゆうくんのこと見えてないじゃん。今だってそう。何にも分かってない」
「はぁ? 意味分かんねぇんだけど」
「ゆうくんは! 可愛くなるために努力してるんだよ! なのに、何その言い方。ぜっんぜん可愛くない!」


 雫くんは声を荒げた。僕は膝から崩れ落ちそうになっていた。立っているのすらやっとだ。

 なんで、僕のために雫くんは……

 勢いそのままに雫くんは言葉を繋げた。


「隣にいる彼女さんのことも見えてないじゃん。靴擦れしてるのにも気付いてないんでしょ!見てるようで全く見えてないんだよ!」
「え?」


 剛志くんは彼女を見ると、彼女は何も言わず俯いていた。髪の毛で隠れて表情は見えなかった。ちらっと足元を見ると、確かに足首の辺りが赤くなっているようにも見える。


「ゆうくんのかわいいは、君には勿体無いから!」


 見たことのない剣幕だった。その迫力に剛志くんは圧倒され、言葉を発せずにいた。
 

「いくよ、ゆうくん」



 視界がぼやけてあまり見えていない僕を雫くんは腕を取って連れ出した。
 ショッピングモールの中でも端っこの柱の影まできた。人通りは少ない場所だった。


「うっうっ……」


 既に溢れていた涙は剛志くんから離れて、堰を切ったように流れてきた。雫くんが正面から肩を摩ってくれていた。


「僕はっ……何のためにっ……うぅっ……」


 鼻水を啜りながら言葉を吐き出した。雫くんは、うんうん、と静かに言葉を受け止めてくれていた。
 混乱していた頭がようやく整理され始めて、絶望を突きつけてくる。


 僕がこれまでにやってきた努力は?全ては彼のためだった。学校で一番になりたいのも、全部。
 これまでの行いの全てを無碍にされて、どうしていいか分からなかった。

 雫くんは可愛いでいることが当たり前だった。でも、僕は全部彼のため。

 僕は……可愛くない……もうどうにでもなればいい……もうなにも……

 突然ぎゅっと強く抱き締められた。温もりが伝わってくる。


「ゆうくん……」


 今度は背中をトントンと撫でられた。全てが包み込まれて心地よかった。雫くんがすっと息を吸い込んだ。


「僕のために可愛くいてよ……」


 雫くんのために……?


 彼の優しい声が染み渡った。剛志くんの鏡像がパリンと割れていく。

 雫くんの肩に体を預けて目一杯泣いた。泣いても泣いても枯れることがなかった。