デート可愛い対決から数日が経った。
ある日の部活帰り。
「ちょっと寄り道しちゃお!」という雫くんの一言でファミレスに来ていた。
「でっかぁ! 幸せだー!」
イチゴがたくさん乗っかって真っ赤になった大きなパフェを前にして、雫くんは満面の笑みを見せていた。今にも頬がぽろりと取れてしまいそうだ。
僕の前にも同じものが聳え立っている。
「いただきます!」
雫くんは元気に挨拶をしてから、細長いスプーンを使ってパクパクと素早く口に運んでいる。
「んまーい! 超幸せ!」
顔よりも大きかったパフェがどんどんとかさを減らしていく。
僕も遅れないように「いただきます!」と挨拶をしてから、一口食べた。
「ほんとだ! んまい!」
クリームの甘さと甘酸っぱいイチゴの味と香りが美味しい。期間限定なのが勿体無いくらいだ。
二人で黙々と食べ進めていき、僕のパフェが半分くらいになったところで雫くんが口を開いた。
「あのさ! なんでゆうくんは可愛くなりたいと思ったの?」
「え……?」
唐突な話題に目を丸くしてしまう。雫くんはいつもと変わらない微笑みで僕を見ていた。
「前に可愛くならなきゃだめだから、って言ってたから。なんでなんだろうなぁーって!可愛くならなきゃダメな理由って何?」
こてんと首を傾げた。
「それは……」
僕は何故可愛いを目指しているのかを雫くんに話すことになった。
それは中学三年生の夏休みを前にしたある日だった。
冷房は効いているけれど、まだ暑い教室でぐだぐだと彼と過ごしていた。授業の合間の十分ほどの休み時間は僕らにとってオアシスだった。
机に頬を付けて少しの冷たさを感じながら、だらけた。机を支えている金属の部分に腕を引っ付ける。ちょっとだけ体が冷えた。でも、まだ夏がまとわりついている。
「暑すぎるー……溶けちゃうよぉ……」
「もう溶けてんじゃん」
ははっと快活に笑う彼のせいでまた体が熱くなる。一向に冷める気配はない。
彼は、剛志くん。中学二年生になってから初めて同じクラスになってビビビと電流が流れたように好きになった。理由は単純でめちゃくちゃ自分のタイプだった。ただそれだけ。
野球部だからかいつも焼けていて、しっかりとした体格だった。
最初は見た目が好きだったが、一緒に時を過ごしていくうちに彼の何もかもに惹かれていった。授業中にだらしなく寝てるところとか部活中のかっこいい姿とか、重いものを代わりに持ってくれたり。後輩にだけ見せる顔に嫉妬したりして。
僕のことを好きになってくれたらどんなにいいかと願うだけで、それ以外は望まなかった。
「剛志くんは、もう傷癒えたの?」
彼は一ヶ月くらい前に付き合った彼女と別れたばかりだった。
「お前それ言うなよー。癒えた傷がまた開いただろうが!」
「えへへ、ごめんね」
剛志くんは顔をふざけたように顰めた。
僕と付き合えば良いじゃん、とか思ったけど言えるわけないし。
自分で考えて恥ずかしくなって笑いながら机に伏せた。机が冷たくて気持ちがいい。
「……優」
声には先ほどまでのふざけが無かった。いつになく真剣に名前を呼ばれて、慌てて顔を上げて彼に目線を向けた。
「……何?」
「……優って」
隣にいた彼の手がすっと僕の髪を撫でる。
「可愛い顔してるよな」
これまでに全く見たことのない優しい表情をしていた。それが友達に向ける顔とはどうしても思えなかった。
ぽーっと日に照らされるように顔が熱くなったけど、彼から目を離せなかった。
彼の方が先にパッと目線を逸らした。同時に僕を撫でていた手も引っ込んでいた。
その日はお互いに少し気まずいまま過ごしたが、次の日になるとすっかり元の空気に戻ってしまった。
あれはなんだったのか、聞くのも変だし、何もせずにただ彼の隣でこっそりと恋心を持って過ごしていた。
夏休みまであと一週間を切ったところで、先生から衝撃の連絡があった。
「前川剛志くんは、ご家庭の事情で転校することとなりました」
教室内でえー!と驚く声でざわざわしている。
ノートの端に落書きをするために持っていた鉛筆を力無く落とした。机の上でカタンと虚しく響いた。
ゆっくりと隣にいる彼を見た。彼は正面をまっすぐ見ていた。そこに感情はなく事実を受け入れるだけの表情をしていた。
先生が何か話していた気がするが、全て耳から通り抜けていった。聞き取れたのは、七月までしかこっちに居られないことだけだった。
彼と過ごせる残り時間を突然突きつけられて、茫然とした。何故もっと早く言ってくれなかったのか。僕はそこまでの仲じゃなかった、というわけなのか。
朝礼が終わってすぐ隣に話しかけた。
「転校って……」
「悪いな。親の都合でさ。卒業まであとちょっとなのにな」
ははっと力無く笑った。
出発する日を教えてもらっており、剛志くんを送るために駅のホームまで来ていた。家族は先に荷物を持って車両に乗っていた。ホームには同じように別れを惜しむ人達が何組かいた。
「元気でな」
「うん。剛志くんも元気でね」
僕の目には涙がじわじわと溜まってきていた。
「ありがと。ほんと優は可愛いな」
僕の頭をポンポンと撫でて、またあの時の優しい笑顔を見せる。加えて、切なさも含んでいるような表情だった。ほんの少しだけ彼の目も赤くなっていた。
僕の頬に涙がツーと伝わっていくのが分かった。
「じゃ、またね」
彼はくるりと背を向け、車両のドアへと歩みを進める。
「またね! 絶対!またいつかね!」
背中に叫ぶと、彼は手を軽く上げて振った。
出発した電車の音がいつまでも耳にこびりついていた。
「……だから学校で一番可愛くなることが出来れば、また会った時に、剛志くんが僕に振り向いてくれるんじゃないかなって思ったんだ。一番になるくらい可愛くなって、いつか会った時に剛志くんの横を堂々と歩きたいんだ」
初めて自分の野望を話した。それも敵である雫くんに。
なぜか雫くんには全てを話しても良いって思ってしまった。
「ふぅん……そっかぁ……なんだかロマンチック」
雫くんは、目を伏せて大きなパフェの底をスプーンでつつきながら口を尖らせている。
このタイミングなら聞けるかもしれない。
「雫くんは……なんでそんなに可愛くしてるの?」
「んーと、僕はねー」
伏せていた目をこちらに向ける。まん丸で艶やかな瞳はいつ見ても宝石みたいだった。
思わず唾を飲み込む。直接は言いたくないけど、雫くんはずっと可愛い。僕には敵わないと思わせるほどの根っからの可愛さがある。
雫くんの空気を吸う音すら聞こえるほど耳を傾けた。
「理由はないの!」
「……えっー?」
今日一日で一番大きな声を出した気がする。なんかこうもっと誰かに憧れてとか、誰かが好きでとかじゃないの?
頭の中で理由はない、という雫くんの声がこだましている。
動揺している僕を気にせず、雫くんは言葉を続けた。
「生まれた時から可愛くて、物心ついた時には自分が可愛くて仕方がなかったの。だから、理由はなーんにもない!」
「……そっかぁ、いいなぁ……」
僕は努力して可愛いを目指している。でも、それは剛志くんの存在を知ってから。それよりもずっと前から、生まれながらに雫くんは可愛いが当たり前だった。
雫くんの背中はうんと遠くにある。今から走っても追いつけそうもない距離にある。
普段は気を付けて上げている口角が下がってしまう。
「でも……ゆうくんみたいに誰かのために可愛くなりたい、って思えるの、すごく可愛いと思う」
「……っ別に……!」
真っ直ぐに僕を見つめるその顔は、本当に馬鹿にしたり見下したりなんてしない。ただ真っ直ぐに僕の心を照らしている。
自分の顔がイチゴよりも真っ赤になっている気がしてすぐに目を逸らした。
「ね!今の僕とーっても可愛かった?」
雫くんは冗談っぽく聞いてきた。
「……ちょっとね」
目を逸らしたまま聞こえるか聞こえないかくらいで呟く。そのまま誤魔化すようにスプーンでパフェを掬って口に放り込んだ。甘さが口の中に広がる。チラッと雫くんの方を見ると微笑みを見せていた。
ある日の部活帰り。
「ちょっと寄り道しちゃお!」という雫くんの一言でファミレスに来ていた。
「でっかぁ! 幸せだー!」
イチゴがたくさん乗っかって真っ赤になった大きなパフェを前にして、雫くんは満面の笑みを見せていた。今にも頬がぽろりと取れてしまいそうだ。
僕の前にも同じものが聳え立っている。
「いただきます!」
雫くんは元気に挨拶をしてから、細長いスプーンを使ってパクパクと素早く口に運んでいる。
「んまーい! 超幸せ!」
顔よりも大きかったパフェがどんどんとかさを減らしていく。
僕も遅れないように「いただきます!」と挨拶をしてから、一口食べた。
「ほんとだ! んまい!」
クリームの甘さと甘酸っぱいイチゴの味と香りが美味しい。期間限定なのが勿体無いくらいだ。
二人で黙々と食べ進めていき、僕のパフェが半分くらいになったところで雫くんが口を開いた。
「あのさ! なんでゆうくんは可愛くなりたいと思ったの?」
「え……?」
唐突な話題に目を丸くしてしまう。雫くんはいつもと変わらない微笑みで僕を見ていた。
「前に可愛くならなきゃだめだから、って言ってたから。なんでなんだろうなぁーって!可愛くならなきゃダメな理由って何?」
こてんと首を傾げた。
「それは……」
僕は何故可愛いを目指しているのかを雫くんに話すことになった。
それは中学三年生の夏休みを前にしたある日だった。
冷房は効いているけれど、まだ暑い教室でぐだぐだと彼と過ごしていた。授業の合間の十分ほどの休み時間は僕らにとってオアシスだった。
机に頬を付けて少しの冷たさを感じながら、だらけた。机を支えている金属の部分に腕を引っ付ける。ちょっとだけ体が冷えた。でも、まだ夏がまとわりついている。
「暑すぎるー……溶けちゃうよぉ……」
「もう溶けてんじゃん」
ははっと快活に笑う彼のせいでまた体が熱くなる。一向に冷める気配はない。
彼は、剛志くん。中学二年生になってから初めて同じクラスになってビビビと電流が流れたように好きになった。理由は単純でめちゃくちゃ自分のタイプだった。ただそれだけ。
野球部だからかいつも焼けていて、しっかりとした体格だった。
最初は見た目が好きだったが、一緒に時を過ごしていくうちに彼の何もかもに惹かれていった。授業中にだらしなく寝てるところとか部活中のかっこいい姿とか、重いものを代わりに持ってくれたり。後輩にだけ見せる顔に嫉妬したりして。
僕のことを好きになってくれたらどんなにいいかと願うだけで、それ以外は望まなかった。
「剛志くんは、もう傷癒えたの?」
彼は一ヶ月くらい前に付き合った彼女と別れたばかりだった。
「お前それ言うなよー。癒えた傷がまた開いただろうが!」
「えへへ、ごめんね」
剛志くんは顔をふざけたように顰めた。
僕と付き合えば良いじゃん、とか思ったけど言えるわけないし。
自分で考えて恥ずかしくなって笑いながら机に伏せた。机が冷たくて気持ちがいい。
「……優」
声には先ほどまでのふざけが無かった。いつになく真剣に名前を呼ばれて、慌てて顔を上げて彼に目線を向けた。
「……何?」
「……優って」
隣にいた彼の手がすっと僕の髪を撫でる。
「可愛い顔してるよな」
これまでに全く見たことのない優しい表情をしていた。それが友達に向ける顔とはどうしても思えなかった。
ぽーっと日に照らされるように顔が熱くなったけど、彼から目を離せなかった。
彼の方が先にパッと目線を逸らした。同時に僕を撫でていた手も引っ込んでいた。
その日はお互いに少し気まずいまま過ごしたが、次の日になるとすっかり元の空気に戻ってしまった。
あれはなんだったのか、聞くのも変だし、何もせずにただ彼の隣でこっそりと恋心を持って過ごしていた。
夏休みまであと一週間を切ったところで、先生から衝撃の連絡があった。
「前川剛志くんは、ご家庭の事情で転校することとなりました」
教室内でえー!と驚く声でざわざわしている。
ノートの端に落書きをするために持っていた鉛筆を力無く落とした。机の上でカタンと虚しく響いた。
ゆっくりと隣にいる彼を見た。彼は正面をまっすぐ見ていた。そこに感情はなく事実を受け入れるだけの表情をしていた。
先生が何か話していた気がするが、全て耳から通り抜けていった。聞き取れたのは、七月までしかこっちに居られないことだけだった。
彼と過ごせる残り時間を突然突きつけられて、茫然とした。何故もっと早く言ってくれなかったのか。僕はそこまでの仲じゃなかった、というわけなのか。
朝礼が終わってすぐ隣に話しかけた。
「転校って……」
「悪いな。親の都合でさ。卒業まであとちょっとなのにな」
ははっと力無く笑った。
出発する日を教えてもらっており、剛志くんを送るために駅のホームまで来ていた。家族は先に荷物を持って車両に乗っていた。ホームには同じように別れを惜しむ人達が何組かいた。
「元気でな」
「うん。剛志くんも元気でね」
僕の目には涙がじわじわと溜まってきていた。
「ありがと。ほんと優は可愛いな」
僕の頭をポンポンと撫でて、またあの時の優しい笑顔を見せる。加えて、切なさも含んでいるような表情だった。ほんの少しだけ彼の目も赤くなっていた。
僕の頬に涙がツーと伝わっていくのが分かった。
「じゃ、またね」
彼はくるりと背を向け、車両のドアへと歩みを進める。
「またね! 絶対!またいつかね!」
背中に叫ぶと、彼は手を軽く上げて振った。
出発した電車の音がいつまでも耳にこびりついていた。
「……だから学校で一番可愛くなることが出来れば、また会った時に、剛志くんが僕に振り向いてくれるんじゃないかなって思ったんだ。一番になるくらい可愛くなって、いつか会った時に剛志くんの横を堂々と歩きたいんだ」
初めて自分の野望を話した。それも敵である雫くんに。
なぜか雫くんには全てを話しても良いって思ってしまった。
「ふぅん……そっかぁ……なんだかロマンチック」
雫くんは、目を伏せて大きなパフェの底をスプーンでつつきながら口を尖らせている。
このタイミングなら聞けるかもしれない。
「雫くんは……なんでそんなに可愛くしてるの?」
「んーと、僕はねー」
伏せていた目をこちらに向ける。まん丸で艶やかな瞳はいつ見ても宝石みたいだった。
思わず唾を飲み込む。直接は言いたくないけど、雫くんはずっと可愛い。僕には敵わないと思わせるほどの根っからの可愛さがある。
雫くんの空気を吸う音すら聞こえるほど耳を傾けた。
「理由はないの!」
「……えっー?」
今日一日で一番大きな声を出した気がする。なんかこうもっと誰かに憧れてとか、誰かが好きでとかじゃないの?
頭の中で理由はない、という雫くんの声がこだましている。
動揺している僕を気にせず、雫くんは言葉を続けた。
「生まれた時から可愛くて、物心ついた時には自分が可愛くて仕方がなかったの。だから、理由はなーんにもない!」
「……そっかぁ、いいなぁ……」
僕は努力して可愛いを目指している。でも、それは剛志くんの存在を知ってから。それよりもずっと前から、生まれながらに雫くんは可愛いが当たり前だった。
雫くんの背中はうんと遠くにある。今から走っても追いつけそうもない距離にある。
普段は気を付けて上げている口角が下がってしまう。
「でも……ゆうくんみたいに誰かのために可愛くなりたい、って思えるの、すごく可愛いと思う」
「……っ別に……!」
真っ直ぐに僕を見つめるその顔は、本当に馬鹿にしたり見下したりなんてしない。ただ真っ直ぐに僕の心を照らしている。
自分の顔がイチゴよりも真っ赤になっている気がしてすぐに目を逸らした。
「ね!今の僕とーっても可愛かった?」
雫くんは冗談っぽく聞いてきた。
「……ちょっとね」
目を逸らしたまま聞こえるか聞こえないかくらいで呟く。そのまま誤魔化すようにスプーンでパフェを掬って口に放り込んだ。甘さが口の中に広がる。チラッと雫くんの方を見ると微笑みを見せていた。
