僕のかわいいが一番ッ!

 授業と授業の間の休み時間は短いけれど、隙あらば雫くんをじーっと見つめることに勤しんでいた。敵のリサーチは戦いの基本!だと思う。

 智弥くんはどこかに行ってしまっていて姿が見えないので、アピールは取っておくことにする。

 雫くんはというと、周りを少しキョロキョロ見て鞄の中に手を突っ込んだ。何かと思えば、小さな飴を一つ取り出してパクっと口の中に入れた。自由な校風とはいえ、お菓子の持ち込みは禁止されている。

 意外とちょっと悪いところもあるんだ……

 今のところ僕しか知らない一面だと思う。もし何かあった時の切り札にしよう。ニヤリと片側の口角を上げる。

 その後、雫くんは鏡を取り出した。顔をむにむにとストレッチしている。ましゅまろみたいなほっぺだ。隙間時間にもストレッチを怠らないという徹底ぶり。

 どこをほぐしているのだろうと見ていると、鏡の中の雫くんと目が合い慌てて逸らした。少し経ってからもう一度見てみると、もうその目は僕を見ておらず、ただ自分磨きをしていた。
 そんな風に敵調査をしていると、クラスメイトの話す声が丁度耳に入ってきた。


「あ、てかさ、知ってる? 駅前の裏路地にあった本屋がいきなり可愛い系の雑貨屋に変わってたわ」
「うーわ、マジ? ジャ○プ買えねぇじゃん」


 会話をしているクラスメイトの二人は最悪ーと嘆いていた。

 可愛い系の雑貨屋……

 本屋が潰れたことよりも、僕はそっちのほうが気になってしまった。忘れないように携帯にこっそり「雑貨屋さんに行く」とメモをした。

 今日から部活の体験入部が始まる。智弥くんと雫くんはそれぞれ部活に参加しに行っており、一人で帰ることになった。
 僕が気になっている家庭部の体験入部は今日はないので、早速学校からの帰り道に寄ってみることにした。

*

 元々本屋があった裏路地には、雑貨屋がこっそりと店を構えていた。近付くと天井の近くにはぬいぐるみのくまちゃんがぶら下がっている。表には動物やスイーツの形をした消しゴムや流行りの膨らんだシールが置かれていた。全体的にハッピーバッグみたいな雰囲気だった。

 全部可愛くて胸がときめく。お金がいっぱいあったら全てを買い占めたい。
 他にはどんなものがあるのだろうとワクワクしながら店内に足を踏み入れた。

 お花のような甘い香りと古着屋さんのような香りが混ざった空気が流れている。音楽は今人気のアイドルの曲が流れていた。


「わぁ……かわいい……」


 思わず声が漏れてしまうほどに可愛らしいものがたくさん集められていた。レイアウトは本屋の名残がある気がするが、内装はピンクや赤のチェックに包まれて可愛らしい。

 奥に進むとステッカーのコーナーが出てきた。とっても可愛い。全部欲しい。
 他にも可愛い雑貨が所狭しと並べられていた。

 中でも一際気になったのは、奥まった場所にある小さなくまちゃんのキーホルダーだった。ふわふわな毛質のぬいぐるみキーホルダーで、たくさんの色が並んでいる。とっても可愛い。

 でも、なんだか見たことあるような面影……

 少し考えてからハッと思い出した。雫くんだ。

 このくまちゃんキーホルダーは雫くんに似ている。特に、ピンクの隣に並んだ水色のくまちゃん。そっくりだ。

 雫くんの微笑みを思い出して、うぅーと嘆いた。
 本当はピンクのくまちゃんが欲しい。

 でも、もしここで水色のくまちゃんを買えば、どんな時も敵を忘れないよう身につけることができる。

 ほんの少しだけ悩んでから、水色のくまちゃんキーホルダーを手に取った。

 まず雫くんに勝たなければ、学校で一番にはなれないから。

 目に入ってきたとびきり可愛いフレークシールも一緒に手に取って、レジへと向かった。
 赤のギンガムチェックの紙袋に入れてもらった。家に帰ってすぐに封を開けた。

 水色のくまちゃんが袋から顔を出す。まるで小さな雫くんがひょこんと顔を出しているみたいに見えた。


「負けないからっ!」


 雫くん(仮)にひとまず威嚇してから鞄に着けた。
 勝つことを諦めない、と誓った。
 挑んでみなよ、とでも言いたげな水色のくまちゃんキーホルダーと目が合った。

*

 登校する前に、今日こそ勝つぞ!と鞄の水色のくまちゃんキーホルダーに宣言した。これを毎朝の日課にしよう。
「行ってきます!」と元気に挨拶してから学校へと向かった。

 今日は智弥くんだけが来ていて、まだ雫くんは来ていなかった。僕は鞄を机に置いて席に座った。


「智弥くん、おはよ」
「おはよーあれ、キーホルダー着いてる。どこかで買ったん?」


 振り返って挨拶をしてくれた智弥くんは、すぐに鞄についたくまちゃんキーホルダーに気付いた。


「そう! 新しくできた雑貨屋さんで買ったんだよ」
「へぇー可愛いな」


 雫くんに可愛いって言ってるみたいでムッとした。


「……別に」
「え? 可愛いから買ったんじゃないの?」
「……あ! な、なんでもない!」
「……?」


 慌てる僕に智弥くんは首を傾けた後、前を向き直した。その目線の先に、雫くんがふっと現れた。


「おはよっ! 二人とも!」
「おう。おはよう」
「おはよっ、雫くん!」


 雫くんが席に座り鞄を机に置いた。鞄には昨日までなかったものがぶら下がっていた。

 あっ、あれは……

 僕が口に出すよりも先に智弥くんが声に出した。


「あれ? それくまのキーホルダー?」
「そうだよっ! 可愛いでしょ」


 可愛いでしょ、と言われた雫くんのピンクのくまちゃんキーホルダーが揺れた。


「来部のと一緒?」
「えっ? ゆうくんと一緒?」


 雫くんは目をまん丸と見開き、ぽかんと口を開けた。


「うん。ほら、これ」


 智弥くんが僕のキーホルダーを指差した。見られるのがなんだか恥ずかしくて、手で急いで隠したが二人に見られてしまった。


「あー本当だ! お揃いだねー」


 雫くんは先程まで驚いていたのに、もうニコニコとしたいつもの笑顔に戻っていた。


「二人で買いに行った……?と聞きたいところだけど、その反応を見るにたまたま?」
「うん……雫くんが持ってるなんて知らなかった」
「えーすご。マジで息ぴったりじゃん」


 顔が熱くなるのを感じながら雫くんを見ると、何故か満面の笑みでこちらを見ていた。
 

 今日も智弥くんは体験入部をしたい部活があるとかで、一緒に帰ることはできなかった。
 僕はもう帰ろうと鞄を机に置いたところで、雫くんがパッとどこからか駆け寄ってきて僕の腕をきゅっと掴んだ。


「ゆうくん! 今日は一緒に帰ろっ!」


 本来なら敵と帰宅するなんてしたくはないけれど、帰る最中にも雫くんの可愛いの技術を盗めるかもしれない。


「……いーよ。 今日だけ特別だからね!」
「やったぁ!」


 普段からスキップしてるみたいにふわふわと歩く雫くんを横に連れて、帰宅することになった。
 

 校門を抜け、駅まで二人でとことこ歩いていく。車道には多くの車が行き交っている。近くに様々な学校があるらしく、この時間になると色んな制服の生徒が歩いていた。

 そんな中、雫くんが上目遣いで僕を見つめた。


「ねぇねぇゆうくん。あのくまちゃんのキーホルダー、あそこの新しい雑貨屋さんで買ったの?」
「……そうだよ。雫くんも?」
「うん!」


 雫くんは頷きながらニコッと笑った。やっぱりくまちゃんキーホルダーに似ている。


「雫くんはなんでピンクのくまちゃんキーホルダー買ったの?」


 ふと気になって聞いてみることにした。雫くんは水色が好きなはず。
 僕の鞄についたくまちゃんがゆらゆら揺れた。
 んーとねー、と前置きをしてからぼそっと呟いた。


「ゆうくんを忘れないようにするため……」
「……! 僕も同じ、だよ!」


 雫くんも僕と同じで、敵を忘れないようにするためにくまちゃんキーホルダーを手に入れていた、ということだろう。

 正直、このくまちゃんキーホルダーは僕よりも雫くんの方が似てると思うけど。


「ふふふ、僕ら一緒だね!」


 雫くんが弾けるように笑った。その笑顔に胸がドキッとした。

 何、今の……

 まだ心臓が早く動いている。雫くんを知れば知るほど、可愛さが増していく。

 うん、とだけそっけなく返事をして雫くんから目を逸らした。
 雫くんと僕は電車の向きが反対で、改札内に入ってからお別れだ。
 プシューと電車が来ている音が聞こえていた。


「あっ、僕、もう行かなきゃ! ゆうくんバイバイ! また明日!」
「バイバイ!」


 笑顔で手を振りながら地下鉄の階段をパタパタと駆けて行った。

 一挙手一投足が可愛い。どうやったらあんな風になれるんだろう……

 雫くんの仕草を思い出しながらホームに降りた。
 まだ電車が来るまでは少し時間がある。鞄についたくまちゃんキーホルダーを見つめて、ツンツンと小突いた。


「なんで君はそんなに可愛いのさー」


 くまちゃんキーホルダーが楽しそうに揺れた。

*

 次の日、僕は体験入部に行くために身の回りを整理していた。智弥くんは今日も体育着に着替えている。


「智弥くん、今日も体験入部?」
「そう。気になるの多くてさぁ。一昨日は、バスケ部で昨日が陸上、今日は卓球部」
「へぇーすごいねぇ」


 智弥くんの行動力に驚かされる。雫くんがひょこっと横から顔を出した。


「ゆうくんは、何の部活気になってるの? そろそろ教えてよー!」


 昨日部活の話になったときは、内緒にしていた。


「僕は……家庭部かなぁ」
「え! 僕も気になってた!」
「昨日は手芸部って言ってたじゃん!」
「ゆうくんが家庭部行くなら僕も家庭部行く!」


 昨日の段階でこうなるかも、という予想をしていたから言わなかったんだけど、想像していた通りになってしまった。

 だって……

 水色のエプロンを着て調理をする雫くんが頭の中に浮かんでくる。エプロンにはくまちゃんのアップリケが付いている。可愛い顔にクリームを付けたりして……

 絶対に可愛い。可愛すぎるから、ダメだ。


「ダメ! 雫くんがエプロン着たら可愛いもん!」
「ゆうくんだけ抜け駆けなんてずるいよー。僕も行くもんねー」


 僕が家庭科室に向かっていると、後ろからパタパタと着いてきている音が聞こえた。
 振り返って雫くんに声をかける。


「なんでついてくるの!」
「別に! 僕も家庭部気になっただけだもん!」


 家庭科室に入ると既に新入生が何人かと先輩が集まっていた。
 受付を済ませて、体験入部が始まるのを待った。
 ある程度の人数が揃うと先生もやってきた。
 新入生と在校生が混ざったグループ分けでマドレーヌを作っていくらしい。
 受付の順でグループ分けがされていく。


「なんで雫くんがいるのさ」
「そっちこそ。なんでゆうくんがいるの」


 何故か雫くんと同じグループになってしまった。家庭部から一時的に借りている大きなエプロンを着けている雫くんは既に可愛い。


「二人とも友達?」


 肩幅の広い先輩が気を利かせて話しかけてくれた。


「僕ら同じクラスで」
「友達というよりライバルって感じかもです」


 雫くんと交互に話す。先輩はその返答に眉を下げてははは、と笑った。


「そうなんだ。君たち面白いね。ライバルなところ申し訳ないけど、協力して作っていくからね」
「「大丈夫です!」」


 声が揃ったので雫くんの方を見ると、向こうもこっちを見ていた。


「ははは、息ぴったり。それなら安心だ」


 先輩がまたおおらかに笑いながら、銀の机に並べられた食材の説明に入った。


「これは、卵と……」


 先輩たちの指示に従いながら調理を進めていく。僕は白い粉を振るっていた。


「結構大変だー」


 雫くんがボウルの中をかき混ぜながら嘆いている。いつの間にか雫くんのほっぺに生地が少し付いている。

 言わんこっちゃない。もしここに智弥くんがいたら絶対に今日の可愛いジャッジは雫くんのものになっていた。

 僕の担当を先輩と代わってもらい、ちょうど休憩していた雫くんに近付いた。


「なーに?」


 僕を見て悪戯に微笑んだ。自分のハンカチを体に押し付けるようにグッと渡した。


「ほっぺ付いてるよ」
「えーどこ? ゆうくん拭いてー」


 猫撫で声で甘えてくる。可愛いから、ちょっとムッとした。


「……仕方ないなぁ」


 ハンカチでほっぺを拭った。ハンカチ越しでもほっぺの大福みたいな柔らかさが伝わってくる。


「とれた?」
「取れたよ。僕のおかげで」
「ありがとう! じゃあ、ゆうくんも」
「え……?」


 いつの間にか雫くんはハンカチを取り出していて、僕の鼻を拭った。


「ゆうくんもついてたよ」


 ニッと口角を上げた。かぁっと顔が赤くなる感覚があった。雫くんのことを見ていられなくて目を逸らした。


「……ありがと……」


 ぼそっと呟くと、雫くんはニコッと笑って僕のお礼を受け取って元の作業に戻った。
 
 マドレーヌの生地が焼かれているのをオーブンの窓越しに見つめた。黄色の生地が徐々に茶色に色付いていく。
 気付くと夢中になって見ていた。隣をふと見ると同じように夢中になってマドレーヌを見ている雫くんがいた。オレンジ色に照らされている。お互いに目がパッと合ったが、すぐに目を逸らした。今日はすごく恥ずかしい。
 ピピっと焼き上がりを知らせるタイマーが鳴った。
 オーブンを開けると、ふわぁと甘い香りが鼻を抜ける。

 美味しそう……

 今にもよだれが出そうになりながら、先輩の指示のもと、慎重に取り出した。耐熱グローブをしているのにじんわりと熱が伝わってきて少しだけ焦りながら、机にトンと置いた。アルミの容器に入った美味しそうな花が咲いている。


「おぉー」


 グループのみんなから歓声が上がった。


「来部くんありがとう。じゃあ、みんなで分けようか」


 一人二個ずつマドレーヌを取り分けた。


「ここからは自由に飾り付けタイム! よーいどん!」


 先輩の掛け声を皮切りに、それぞれが用意された生クリームやチョコ菓子、アラザンなどを使って自由にマドレーヌを飾り付けていく。

 僕はクッキーやクリームを使ってくまちゃんを作ってみた。結構可愛く出来たと思う。雫くんに似せてみた。食べたら可愛さが吸収できるんじゃないかな、なんて想像してみたりした。

 ふふん、と満足げに笑いながら、机を挟んだ右斜め前にいる雫くんの方を見ると、雫くんも可愛い雰囲気の飾り付けをしている。僕の視線に気付くと、手元のマドレーヌをこちらに差し出した。


「はいっ、ゆうくんにあげる。僕の特製マドレーヌ」


 アルミのカップに乗ったこんがり焼けたマドレーヌの上に、似顔絵がクリームで描かれていた。ピンクのチョコスプレーで洋服を表現しているらしい。

 これ、僕……?

 驚きつつ雫くんの方を見ると、声に出さずに口を動かした。

 ゆ・う・く・ん・だ・よ

 僕は何も言っていないのに心を見透かされたみたいだった。


「……僕のもあげる」


 このままだとなんだか負けた気がして、自分の手元にあったくまちゃんマドレーヌを雫くんの元へと渡した。
 受け取った瞬間、わぁー!と声を上げた。


「くまちゃんだー!可愛い!」


 にこにこと僕のマドレーヌを見ている。その声に釣られて先輩たちも雫くんの手元にある僕のマドレーヌを覗いていた。


「おぉーほんとだ。可愛い。江宮くんが作ったの?」
「いいえ! ゆうくん、あ、えーと、来部くんが作りました!」


 雫くんは手をパッと広げて僕を目立たせた。先輩が近づいてきて僕の手元を覗いた。僕の手元にあるこの可愛いマドレーヌは……


「すごいなぁ。お、どれどれ。その手元にあるのはもしかして……」


 先輩が期待を持って雫くんに視線を向けた。


「そうです! 僕が作りました!」


 人差し指で自身のことを指している。普通だったらあざとくなりそうなそんな仕草も雫くんの前では日常となった。


「二人とも器用だなー。良い才能だ。ぜひ家庭部へ」


 いつの間にか集まっていた先輩三人が横に並んで選挙ポスターみたいにガッツポーズをしていた。


「あはは……検討します」
「さぁてみんな! マドレーヌを食べるぞー!」


 おぉー!と男らしい掛け声が家庭科室内を響き渡った。
 文化部とは思えない大きな声量に思わず肩が跳ねた。
 自分が作ったマドレーヌを一つ手に取り、パクッと食した。


「んーまいー!」


 頭の中にハッピーな音楽が流れ出した。
 甘くて美味しすぎる!
 こんなにも手作りが美味しいのかと思わず目をつぶって感動した。
 雫くんもニコニコと幸せそうに食べている。見ているだけで幸せが伝播してくる。

 あっという間に一個食べ終わってしまった。
 自分が描かれているマドレーヌは食べにくい。
 じっとマドレーヌを見つめていると、頬杖をついている雫くんが「ねぇねぇ」と声をかけてきた。


「早く食べないと僕が食べちゃうよっ」
「だめ! 僕が食べるの!」


 僕が描かれたマドレーヌを自分の方に引き寄せた。

 パクッ

 一口口に入れた。自分が口の中で咀嚼される。変な感じ。
 でも、マドレーヌの味は頬が落ちそうだ。僕が飾り付けたものよりも美味しい気がする。


「おいし……」
「でしょー!」


 丸い目をきゅっと細くして笑っていた。
 
 始終、先輩達の謎のノリに翻弄されたりしながら、体験入部は終わった。
 甘い香りで充満した部屋を出て、廊下を歩いていると突然、少しだけ空いた窓から虫が飛び出てきた。おそらく甘い香りに誘われてきた蝿か何かだろう。


「あ、虫」
「いいいいい無理いいいいいい」
 情けない声で雫くんが僕に抱きついてきた。
「僕虫無理なのぉ! 無理無理無理!」
「大丈夫だよぉ」


 窓を大きく開けて蝿を追い払う。ぶぅんと大きな羽音をたてて外に逃げていった。


「ほら、もう居ないよ」
「ありがとー! ゆうくんは救世主だぁー。僕虫だけはほんっと苦手なの」


 いつも余裕な雫くんが初めて見せた表情だった。
 もしかして、これも雫くんの可愛い作戦なのかもしれない。虫が苦手で抱きつく、ってあざといし。
 むっ、と雫くんに上目遣いで睨んで威嚇する。


「なにぃー?」


 こっちの心情を何も知らない雫くんは眉を下げ、首を傾げた。

 
 教室に戻った僕たちは、帰りの準備を進める。


「智弥くんまだかなぁ」
「まだ終わらなそうだったね」


 家庭科室から教室に戻ってくる最中、卓球部が部活を行っている体育館を覗いたが、まだまだ終わる気配がなさそうな雰囲気だった。
 教室で待っていると、廊下を歩く先生に見つかってしまい、部活終わったら早く帰るように、と怒られてしまった。
 メモを智弥くんの鞄に残して、僕たちは先に校舎を後にした。

 
 
 結局、僕たちは家庭部に入ることにした。(なぜか雫くんも一緒に入ると言い出した。)
 家庭部は、週に一回だけ料理を作るという活動内容だ。智弥くんはというと、陸上部にしたらしい。家庭部よりも活動時間が多く、一緒に帰れない日が出てくるようになった。

 智弥くんと帰れない日は自然と可愛い勝負の結果はお預けとなる。
 雫くんとの可愛い対決は一進一退で、やや雫くんが優勢だった。

 今日も智弥くんは部活に勤しんでおり、雫くんと二人だけで帰ることになった。


「ねぇ、ゆうくん」
「……なに?」


 もうすっかり暗くなった帰り道を歩いていると、雫くんが急に真剣な声を発した。いつもとは少し違う声色に体が強張る。


「僕とデートしようよ」
「で、でぇと?」


 まん丸でお菓子みたいな瞳が真剣に僕を見つめていた。僕は目をぱちぱちとさせて聞き返すことしか出来なかった。