引退したらやりたいこと

 「涼真、涼真、涼真!!!」

 学校から帰宅し、寮の部屋に入った瞬間に呼んだ。

「うるっさ。なに」

「オレ、今さっき告白された!」

 クリスマス直前。

冬休みになる終了式の帰り道だった。

下駄箱で靴を履き替える時に声をかけられ、そのまま告白された。

「橋本っていう一年の女子に!なんか小柄やけど綺麗な感じの子」

「あ……よか、ったな」

 涼真がポツリと言って、ぎこちなく微笑んだ。

なにその反応。

もっとうおーって祝ってくれるんかと思った。

「付き合う、のか?」

 大きく息を吸った涼真が聞いてきた。

「えーどうしよかな。結構美人やったんよなあ」

「じゃあ付き合えよ」

「んー喋ったことないし、好きでもないしなあ。まあ、サッカー部のマネージャーの友達の子やねんけどな」

 喋ったことはないけど知っている。

今日まで名前は知らんかったけど、マネとよく喋ってたし、よく試合も観にきてたから何となく知ってる。

「……引退したらやりたいことリストの中にあった彼女を作るってやつ、叶えるチャンスだろ」

 涼真がオレに背中を向けてテレビをつける。

「そうやけど〜。とりあえずデートしたいって言うてたから行ってくるわ!」

 久しぶりに来た、この感じ。

女の子からのデートのお誘い。

涼真みたいなデカい奴とはちがって、女の子に下から見上げられると可愛くてキュンとする。

「あっそ」

「ちなみにな、ちょっと前に一緒に行った遊園地あるやろ。あれに行こってことになってん。クリスマスに!すごくない?」

 涼真は無言だった。

寝転がったまま返事をしない。

「なあ、オレだけ告白されたから拗ねてるん?羨ましいんやろ」

 涼真の尻を足でつつく。

「別に。遊園地デート、楽しんでこいよ」

 涼真は立ち上がり、オレの頭にポンと手を置いて部屋から出て行った。

「なーんやあいつ。愛想悪すぎやろ」

 つまらん奴。
別に一緒に喜んでくれても良いのに。



 約束のクリスマス当日。

朝、起きて身支度をする。

顔を洗って、髪を整えて。

「なあ涼真ぁー、オレもう行ってくるでー。起きへんのー?」

 いつもなら絶対に起きるのに、今日は布団に篭ったまま起きてこない。

二段ベッドの一段目に寝てるはずやから絶対に起きてると思う。

「まあいいや。お土産、なんかいる?」

 やっぱり返事がない。

「なあて。起きてるやろ、おいっ」

 オレは涼真の脇腹を目掛けて布団をつついた。

「なっ、やめろ、馬鹿」

「やっぱ起きてるやん。なんかお土産、いる?」

「いらない」

 寝起きだからか少し不機嫌そうだ。

頭に寝癖をつけて、目の下にもクマをつけている。

「じゃあほんまに何も買ってこーへんからなっ。まあいいや、これつけて行ってお前を半分連れて行っとくわ」

 そう言って棚に置いてある、くまのぬいぐるみキーホルダーを手に取る。

ワニの被り物を被ったぬいぐるみのキーホルダー。

「馬鹿か、お前。それは置いていけよ」

「何で」

「はぁ……デートなんだろ。何でそれをわざわざ持って行くんだよ」

「お前の代わり」

「くっ……いや、だからっ、何で。ああ、もう!いいからそれは置いていけ。代わりにせんべいみたいなのあっただろ。あれ買ってきてくれ。こっそりな」

 涼真は寝起きのボサボサ頭のままオレの前に立って、オレからキーホルダーを奪い取った。

せっかく付けて行こうと思ったのに。


 遊園地に着くと、橋本さんはすでに到着していた。

「おはようございますっ、小湊先輩」

 ツヤツヤとした黒髪が頭を下げた時に風でなびく。

「おはよう。待たせてごめんな」

「い、いえ。今来たところだったので、全然大丈夫です」

 橋本さんは小さく首を振る。

一つ一つの動作が可愛らしい。

涼真と来た時とは全然違う。

前は、一緒に起きて、一緒に電車乗ってきたから、歩きながら「きたきた〜」とか徐々にテンションを上げていってた。

「入園料、オレが出すわ」

 後輩女子や。

いいところを見せたい。

ちょっとくらい格好つけても良いよな。

「いやいや、払いますっ。来てもらったのはこちらなので」

「いや、ええで。せっかくのクリスマスやし、払わせてや」

 結局オレが入園料は払った。

橋本さんは大事そうにチケットを受け取って、眺めてた。

かわいいなあ。

 「最初に何乗る?絶叫とか大丈夫な人?」

 涼真となら迷うことなくジェットコースターに向かって走り出すけど、今日はあかん。

なぜなら橋本さんはかわいい女子やから。

気使わなあかん。

「全然大丈夫です!あ、けど、コーヒーカップとかはどうですか?」

 にこっと笑って提案してくれる。

さらに「マップ、持ってるので道分かります!」と見せてくれた。

「じゃあ、コーヒーカップ行こか」

 オレも微笑む。

寒いはずやのに心がほんわかする。


「実はちょっと前にさ、涼真っていう寮の相部屋の奴とここ来てん」

 コーヒーカップを目指して歩きながら橋本さんと喋る。

つい最近来たばかりだというのに、もう懐かしい。

「そうなんですね。今日、ここで良かったですか?すみません」

「いい、いい!全然っ。この間、楽しかったなあって思って」

「なら良かったです。涼真って、鮎川涼真先輩ですか?」

「そうそう、バスケ部のな」

「鮎川先輩、結構モテますよね。一年の中でも噂してますっ、クールだし、イケメンだしって。あ、でも私は小湊先輩がかっこいいって思ってます……とか言って」

 橋本さんが恥ずかしそうに俯く。

語尾が小さくなってた。

くすぐったい気持ちになる。

「ははっ、ありがとう。涼真はモテるよな、わかる」

 あいつは普段スカした感じをしてるけど、優しいし、面白い。

誰だって好きになると思う。

 橋本さんと涼真の話をしているうちに、コーヒカップのアトラクションに到着した。

順番を待ち、水色のコーヒーカップに座る。

涼真と乗った時と窮屈さが全然違う。

なんというか広い。

それに、橋本さんは一生懸命コーヒーカップを回してくれてる。

「オレ、次交代するわ」

「ありがとうございます」

 ハンドルを持ち、ゆっくりと回す。ゆっくり、ゆっくりと。

酔ってしまわないように優しく。

「涼真とこれ乗った時さ、あいつ力任せにぶん回しやがってさ。ははっ、途中からぐるぐる回りすぎてトレーニングかと思った」

「ははっ、なんか意外ですね。鮎川先輩ってそんなことするように見えないのに」

「それがするねんなあ。あいつ結構、お子ちゃまだから」

 話しながら思い出す。

オレと涼真が乗ったのは赤いコーヒーカップだったな。


 コーヒーカップを降りてからは、メリーゴーランドに乗って、トロッコに乗ってお化け屋敷に入った。

そういえば、ゆっくりと動く乗り物は涼真と来た時にはほとんど乗らなかった。

とにかく速度が出る、落下する、みたいな疾走感があるアトラクションばかり繰り返し乗っていた気がする。

また今度、涼真と来た時にはゆっくり系のアトラクションも乗ろう。

「ジェットコースター、乗りますか?」

 橋本さんが木製のジェットコースターを指差した。

「あれ……」

 例のジェットコースターだ。

落下中に喋らない勝負をして、涼真に手を握られて叫んでしまったやつ。

ガタガタととんでもなく揺れるやつ。

「だめでしたか?」

 橋本さんが恐る恐る俺を見上げる。

「ううん、ちょっと涼真のこと思い出しただけ!乗ろ乗ろ」


「やったぁ。でもちょっと、緊張しますね」

 嬉しそうに目を細めて笑う。

少し動く度にさらりとした黒髪が揺れる。

花のような良い香りがする。

 ジェットコースターを乗るための列に並び始めると、橋本さんが尋ねてきた。

「鮎川先輩、ここでも何かされてたんですか?」

「そう。あいつとな、ジェットコースター乗ってる最中は声出さんとこって勝負してん。昼飯かけて」

「ふふっ、楽しそう」

「うん!でな、ちょうどあの辺、もう落ちるぞ〜ってくらいにさ」

 カタカタと軽快な音を立てて、急勾配を上るコースターを見上げる。

「あのぼけ、何を思ったんか知らんけど、急に恋人繋ぎをしてきてさ」

「えぇ?」

「しかもその手を高々とバンザイしよって。男二人が恋人繋ぎして手上げるってな。もうびっくりしたのと、ツッコミたいのとで大声出
してしまってん、オレ」

「あはは、鮎川先輩。結構お茶目、なんですね」

「お茶目どころちゃうって。あいつそれに笑ってこれはデー……」

「ん?」

 橋本さんが首を傾げる。

「いや、なんでもない。結局、オレが負けてんけど、あいつは昼飯を遠慮なく頼みまくるという」

 なんとなくデートって言いかけて、やめた。

あの瞬間の涼真の表情とか言葉とか、雰囲気は自分の中で閉じ込めておきたくなった。

あれ、なんでやろう。

なんで、そんなこと思ったんやろう。

 搭乗の順番が来て、ジェットコースターに乗り込む。

隣からの圧迫感がない。

涼真よりも20センチ以上も小さいもんな。

そりゃそうか。

 木製のジェットコースターが動き出す。

この前と同じ、オレと涼真を見送ってくれた姉さんが「いってらっしゃーい」と手を振る。

「いってきますっ」

 今度はオレじゃなくて、橋本さんが小さく手を振っていた。

 ガタガタと揺れる。

揺れは前と全然変わってない。

徐々にジェットコースターは急斜面を上っていく。

風が吹く。

「お、おち、おち、落ちますっ。わわわっ」

 橋本さんの動揺する声がする。

「大丈夫やで。もっと揺れるからっ」

 冗談を言う。

「怖かったらオレのこと掴んでてええよ」

「はい……ありがとうございま……きゃあああああああ」

 勢いよく急降下し、橋本さんの可愛らしい絶叫が聞こえる。

ごうごうと風の音がして、ガタゴトと左右に揺れる。

あれ。

なんやろう。

「うわあああ」

 オレも声を出す。

隣の橋本さんを見る。

必死にセーフティバーを握ってる。

可愛いなあ。

でも何やろう。

涼真の時とは何か違う。

オレ、前に乗った時、こんなに冷静やったかな。

こんなに隣気にしながら叫んでたんかな。

何でやろう、心の奥底から湧き上がってくるような可笑しさがない。

隣で目瞑ってる橋本さん、めっちゃ可愛いのに。

「うぐっ……」

 変な考え事をしたら、ジェットコースターは停止した。

ぼーっとしていたからか、オレの体にセーフティバーはめり込んだ。

「結構、速かったですね、これ」

 橋本さんは髪を整えながら笑った。

「せやな。結構揺れたし。壊れるかと思った。はは……」

 オレも笑う。

そんなオレを見て、また橋本さんが笑った。



 昼飯をご馳走した後、園内の喫茶店に入りなおしてしばらく休憩をした。

橋本さんの交友関係、サッカーへの興味、普段の趣味。

いろいろ聞かせてもらった。

どれも部活三昧だったオレや涼真には、経験したことが無いものばかりだった。

友達とよく行くカフェ。夜の長電話。制服で寄り道なんかは日常茶飯事らしい。

同じ学校の生徒やのに、全然違う世界の人みたいや。

「橋本さんってさ、なんかしたいことってあるん?」

 気がつけば質問をしていた。

「私、ですか?私は……こ、小湊先輩とまた、遊びたい……です」

 橋本さんの顔が赤くなる。

白くてふわっとした頬がピンクになる。

可愛らしい上目遣いで、恐る恐るとオレを見てる。

「あの……今度は鮎川先輩も誘って、ダブルデートとかできたら小湊先輩も楽しいのかなーって……」

 橋本さんは唇をきゅっと噛んだ。

「ダブル、デートか」

 あの涼真と。

涼真の隣に誰か女子がいて、オレの隣には橋本さんがいるんか。

涼真の隣に女子?

「楽しそうやな、たしかに。でも涼真に合う相手ってイメージつかんかも」

 ははは、と弱く笑った。

なんか想像できへんというより、想像したくない。

「鮎川先輩の隣ってなるとハードル高そうですね。あ、でも、なんとなく今日一日で鮎川先輩の隣は小湊先輩のイメージあります。男同士の友情って感じで、ふふっ」

 橋本さんが笑う。

男同士の友情、か。

オレたちはその友情とやらで表せる感じなんかな。

頭がぐるぐるする。

「オレ、涼真のこと好きやからなあ〜、はは」

「ですよね、ですよね。ずっと鮎川先輩のお話をされていたので、絶対大好きだなって思ってましたっ」

「え、オレそんなに涼真の話してた?」

「はい。すっごい楽しそうに話してます」

 橋本さんの笑顔が胸に刺さる。

キラキラした視線が痛い。

「あーえっと、その。ごめんな、涼真の話ばっかりして」

「全然ですっ!鮎川先輩のお話を聞かせてくれるの嬉しいですよ?」

 なんて良い子や。

オレやったら、いつまで友達の話してるねんって言いそうになる。

「でもちょっと、羨ましいです。小湊先輩にそんなに話してもらえるなんて」

 橋本さんはむっと口を尖らせる。

「でも、今日は私に小湊先輩をひとりじめさせてくださいね」

「あぁ、うん。そやな」

 橋本さんはニッと笑った。

普通の男ならこの一言と、この表情で一撃やろうなと思う。

まっすぐ素直な言葉に、可愛らしい笑顔。ほとんどの男は絶対に好きになると思う。


 カフェから出た後も次々とアトラクションに乗っていく。

空中ブランコに、ジェットコースター。

その度に涼真との記憶を思い出す。

涼真がくだらないことばかりしてて、それをツッコミながら笑っていたなって。

 夕暮れ時になると、園内はクリスマス仕様の装飾がパッと光が灯った。

もうすぐ沈んでしまいそうな夕日と、キラキラした電飾。

光が灯った瞬間には、小さな子どもたちの嬉しそうな声が聞こえた。

クリスマスの楽しみはこれからだ、と言われているみたいだ。


 観覧車に乗ると、橋本さんは「すごい綺麗ですね」と嬉しそうに写真を撮っている。

たしかに華やかな景色だと思う。

「鮎川先輩とも観覧車、乗ったんですか?」

 橋本さんが可愛らしく首を傾げた。

「うん。乗ったよ」

「やっぱり!」

「やっぱり?でも、あいつこの動いてる観覧車で立ち上がってさ」

「うんうん」

 橋本さんは頷く。

観覧車も回っている。

前と同じや。

「それで……頂上で……」

 キス、したんや。

理想的なデートの締めくくりとしてのキスじゃなかった。

お互いにどっちからキスするかで揉めて、気づけば頂上になってて、慌てて、涼真に強引に引っ張られてキスされたんやった。

あーあ、なんで今気づいてもうたんやろう。

オレ、めちゃくちゃあいつのこと好きやん。

もう泣きそうや。

「小湊先輩……?」

 橋本さんの心配そうな声が届く。

「あ、ごめん。えっと何か、忘れてもうた……はは」

「鮎川先輩が立ち上がってたんですよね」

「あぁ、そう!アホやろ、オレら。でも夕日はめっちゃ綺麗やった」

 ごめん、橋本さん。

忘れてなんかない。

涼真と行った日はドキドキしすぎて夕日なんかまともに見てなかった気がする。

「ほんと、綺麗ですよね」

 橋本さんが夕日を浴びながら微笑んだ。

 観覧車を降りてすぐ、橋本さんがオレの服の裾を掴んだ。

「あの……あのっ、手、繋いでもいいですか」

 ピンと張った服から緊張が伝わってくる。

「……でも付き合うとかはでき」

「付き合うとかは考えてもらわなくて大丈夫なんですっ」

 橋本さんがオレの言葉を遮った。

「ず、ずっと小湊先輩に憧れていて、好きになってしまって。希望はないって分かってるんです……ずっと、鮎川先輩の話をされていたから、きっと鮎川先輩に敵わないなって」

「あっ、それはほんまにごめん」

「いえ、逆に落ち着けました。それにちょっとだけ安心したところもあるんです。楽しそうに鮎川先輩のことを話す小湊先輩を見て、他の女の子に取られちゃうことはないだなって。ふふっ」

 橋本さんはまたニッと笑った。


「だから、最後に私なわがままを聞いて、思い出をくださいっ」

 橋本さんが手を伸ばす。ほらほら、と手を揺らして催促する。

「うん。わかった。ありがとうな」

 オレは橋本さんの手を握った。

小さくて華奢な橋本さんの手。

ふわふわしてる。

涼真のデカくてゴツい感じと全然ちがう。

「ほんま、ありがとうな。橋本さん」

「先輩、どうせ今、鮎川先輩の手とは違うなって思ってたでしょ」

 下からじろりと見上げられる。

見透かされている。

情けない。

「う……まあ、ちょっと」

「ずっと仲良しでいてくださいね。

でもこの遊園地を出るまでは小湊先輩をひとりじめさせてください」

 胸の奥がきゅっと苦しくなった。