最近のオレはちょっとおかしい。
涼真と『やりたいことリスト』をし始めてから特におかしい。
時々、ごく稀にだけど、涼真を見てたらやたらと胸がドキドキする。
部屋の相方で、友達なはずやのに。
それに涼真も涼真で、時々オレを見ただけで笑ってる。
オレは何もしてないのに。
ただ息してるだけのオレを見て、困ったように眉毛を下げて、目も柔らかい感じでふにゃっと笑ってる。
それで、そんな涼真を見たら、またオレの心臓はドキドキって速く脈打つ。
だからおかしい。
オレの経験上、めちゃくちゃ美人な先輩とかと付き合った時に感じたドキドキに似てる気がする。
「なあ、涼真。デートしよや」
風呂を上がってすぐ、部屋でゴロゴロと転がる涼真に言った。
「いいけど急にどした?」
「デート、最悪の場合二人でするって決めてたやん。オレが引退した日に」
「それは覚えてるけど。別にまだ焦るほどの時期でもないだろ」
もうすっかり冬ではあるが、卒業間近というわけではない。
冬休みが近づいてきたっていうだけ。
「っ、いいから。今度の土曜、デート行くで」
オレは寝転ぶ涼真のお尻を足でつついた。
すると涼真は「はいはい」と適当な返事を返してきた。
ほんまにわかってるんかな、デートって言葉の意味。
デート当日の土曜日になり、オレたちは早起きをした。
デートだというのに、お互いが同じ部屋で身支度をするから特別感が全く湧いてこない。
髪型をセットしようとしても、服装をキメようとしても、目の前にいるデート相手が楽しそうにオレを見ている。
待ち合わせの楽しみが全くない。
「大河、マフラー持ったか?」
「持ってるわ!おかんか!」
涼真は普段の登校時のような声掛けをしてくる。こいつほんまに分かってんのかな。
もしかしたらオレだけがデートやと思ってそわそわしてるのかもしれん。
空回ってるんかな、オレ。
「たっ、大河。あの……あれだ。なんかお揃いに……しよう」
涼真が部屋を出る直前に言ってきた。
「え?」
「え、じゃなくて、せっかくのデートなんだろ。お揃い、とかしなくていいの」
心臓の音が速くなる。
涼真も照れくさいのか、頭をポリポリとかいている。
なんか、心がくすぐったい。
「ええよ。何にする?タオルとか?」
とはいえ、涼真とお揃いの物はそんなに無い。
靴下とかタオルとか、小物が多い。
「あっ、そうや!マフラー、マフラー交換しよ。今日一日!」
オレは首に巻いたマフラーを外して、涼真に差し出した。
「じゃあそれで」
涼真も自分が持っていた薄いグレーのマフラーをオレに渡した。
オレはグレーのマフラーをして、涼真は派手目なオレンジのマフラーをつける。
涼真は普段のクールな感じと雰囲気が全然違う。
ねこに派手な首輪してるみたいや。
「じゃあ行こうぜ」
「おう、行こか」
マフラーからふわりと涼真の匂いがする。
同じ洗剤を使っているはずなのに、ちょっとだけ違う。
涼真もオレの匂いがするとか思ってたりするんかな。
もうすでにオレは自然と頬が緩んできて、にやけが止められそうにない。
遊園地に到着してすぐ、涼真とお揃いにできる物はないかとグッズショップへ向かう。
「何か被り物とかほしいな〜」
ぬいぐるみや、クッキー、遊園地をテーマにしたお土産が商品棚にたくさん並べられている。
その中でも、遊園地に入った瞬間からよく見かけていたハット型の被り物を見つけた。
「なあ、これは?」
遊園地のメインキャラであるワニを模したふかふかのハット。
寒さも防げるし、綺麗な顔をした涼真がこれを被っていたらなんとなく面白いと思う。
「……本気?」
涼真は若干、間を置いて言った。
これは絶対恥ずかしくて被るか悩んでる顔だ。
「本気。デートやろ」
オレはデートという言葉を盾に涼真に詰め寄る。
なんて便利な言葉だろう。
ふふふ、と笑いながら値札を見てみると、四千円と書かれてある。
「たかっ!四千円かあ……」
ここで買ってしまうとお土産代も昼飯代も怪しくなる。
「これは我慢しようぜ」
涼真は嬉しそうにオレから被り物を取り上げて、商品棚に戻した。
そして「まあ帰りに何か買おう」と言った。
まずは木製のジェットコースターから乗ることにした。
珍しく木製でできたジェットコースターはガタゴトと鳴らして走行するから結構怖いらしい。
数分並ぶとすぐに案内され、座席に座って、セーフティバーを引き寄せる。
「はいっ、それではみなさんっ。いってらっしゃ〜い!」
軽やかな声をした遊園地のお姉さんがゆらゆらと手を振ってオレたちを見送る。
「いってきまぁす」
オレはお姉さんに向かって手を振る。
お姉さんはふふっと小さく笑って、手を振りかえしてくれた。
「なあ、大河。落ちる時に声出さずにいこうぜ」
涼真がバカみたいな提案をしてきた。
「ええで。声出した方が昼飯奢りな」
オレはすぐに涼真の提案に乗ってやった。
絶対、オレが勝つ。
ジェットコースターは、ガタガタと上下にも左右にも緩やかに揺れながら上っていく。
頂上付近まで来ると風に吹かれるだけで軽く機体が軋むから喉がヒュッとなる。
「涼真っ、もう落ちるで!」
「今から声出した方が負けな」
「ええ!?なんて?」
「だからっ、今から!声禁止な!よーいスタート」
ボワっという風の音と、想像以上に大きな走行音に涼真の声がかき消されてしまう。
もう頂上や。
多分、勝負開始ってことやろう。
「いくでっ、さーん、にい、いっち、スタート!」
勝負開始の合図を言い切った瞬間にジェットコースターは落下を始めた。
体のみぞおち辺りが浮く。
空を見上げていたはずの体は地面に向かう。
オレは声が漏れてしまわないよう、腹に力を入れてセーフティバーを強く握り締めた……はずだったのに。
「はあー!?????」
落下と同時に大声が飛び出た。
「おいこら涼真あ」
涼真が落下直前にオレの手を握って、高々と手を挙げてバンザイしてやがる。しかも恋人繋ぎにして。
「手え!はなっ、おいっ」
涼真は口をぎゅっと閉じてオレの手を握る手を緩めそうにない。
絶対に離すものかと、涼真のデカい手がオレの手をぎゅうっと包み込んでいる。
なんでこいつは急に手を握ってきたんや。
しかも手長いくせにピンって腕伸ばしやがって。
引っ張るな。
「うわあああ」
涼真に握られた手もそうだが、ジェットコースター自体の揺れも物凄い。
ガタゴトどころじゃない。
木製の機体がそのまま爆散してしまうんじゃないかと思うくらい上下左右へ揺れ倒す。
揺れて手が離れそうになる度に、涼真の手がオレを追いかけて握り直してくる。
ただでさえガタガタという音で心臓バクバクしてんのに、何をしてくれてるんだこの男は。
「んぎぃ」
変な声が出た。
隣に座っていた小柄な女子にぶつかってしまわないように耐えたせいだ。
それと涼真のせい。
ようやく何回かの落下を乗り越えたジェットコースターは出発地点に戻ってきた。
乗っていた時間は二分か三分くらいだと思うが、涼真のせいで人生で一番長いジェットコースター体験に感じた。
「おい、涼真」
「声出した大河の負けだな」
ジェットコースターから降りた瞬間に、涼真がいたずらっ子みたいに笑って言った。
「ぼけ。あれはずるいやろ、急に手繋いでくるとか。そりゃ声出るやろ」
「だってデートだろ。手ぐらい繋ぐって」
涼真は悪びれることもなく言い返してくる。
デートで手を繋ぐってこんな感じだったか?
絶対に違うだろ。
こんなにあっさり言い返されるとオレだけが意識しているようで腹が立つ。
涼真はオレにドキドキしたりすることはないんかな。
ジェットコースターに乗ったオレたちは、次に急流すべりに向かった。
この遊園地にある急流すべりは、ジャングルの川を二人で丸太に乗って冒険するというテーマの水の中を走るジェットコースターみたいなものだ。
「これ、結構濡れるかなあ」
大きな水飛沫を上げて滑り落ちてくる様子を見ていると、タイミングの問題なのか、乗っている人の問題なのか、びしょ濡れになる時とそうでない時がある。
「運が良ければ濡れないだろうな」
「そうよな〜、びしょ濡れだけは避けたいけどなー」
髪の毛とか上着が少し濡れるくらいならいい。
冬だけどそのうち乾くだろうから。
でも、さすがにびしょ濡れはまずい。
見た目の問題というよりも風邪を引くんじゃないかと思うからまずい。
「じゃあ大河が前に乗れば良いよ。俺が後ろに乗るから」
涼真が淡々と言う。
「それにいざとなったら頭から上着被るわ。大河のマフラー濡らしたくないし」
「別にいいよ。マフラーは気にしなくても」
「いや、オレが大事にしたいから」
だめだ。
こういう些細な一言でさえ、キュンとする自分がいる。
大切に扱われている、そんな感じ。
「そ……れなら、お前の好きにしてくれていいけどさ」
涼真のオレだけを見つめる爽やかな笑みを見ると、自然とオレは顔が緩んでしまう。
ああ、かっこいいって、口には出さないけど心に浮かぶ。
急流すべりの待ち時間はほとんど無かった。
並ぼうと、前を歩く人に付いて歩いていたら案内された。
ラッキーや。
「それでは、セーフティベルトをお締めください。お荷物は落ちないよう足元にしまっておいてくださいねっ」
約束通り、二人乗りの丸太の前にオレ、後ろに涼真が座る。
ただ前後に座るっていうだけで、もうすでに面白くて笑いたくなる。
振り返ったらデカい男が鞄を足に挟んで大人しく座ってる。
「ん?」とか言って、何も考えてなさそうなのがまたおもしろい。
「準備は良いですか?ジャングルへ冒険、いってらっしゃ〜い!」
「いってきまーす!」
「うっす」
オレはまた遊園地のお姉さんに手を振った。
今度は、さっきの木製のジェットコースターとは違って丸太が進む度にちゃぷんと水が跳ねる。
晴天に水。
それだけで気分が上がる。
「見て!キリンおるで!」
「ほんとだ。こっちにサイいる」
「ほんまや!でか!涼真よりデカいな」
丸太が進むと左右にいろんな動物の像が出てくる。
ゾウにチーター、ヘビ。
進路のすぐそばに出てくる動物たちは可愛いし、草木の間に潜んでいる感じが本当にジャングルにいるみたいだ。
「坂、のぼるで!落ちる準備せな」
平坦な進路を涼真と動物を見つけて笑っているうちに、丸太はガガっと機械音を立てて水流から脱出し、頂上に向かって上ってゆく。
急流すべりのラストや。
涼真は宣言通り上着、被ってるんかな。
振り返りたいけど、さすがにちょっと怖い。
ガッガッと音を立てて上る。
「涼真!聞いてる?もう落ちるで!」
「え?なに?」
前から喋ると聞き取りづらいのか、涼真はゴソゴソと動いて聞き返してくる。
頂上付近まで来ると、結構高い。
水もドドドっと飛沫を上げて流れ落ちている。
「結構高いな!おい、もう落ちるで」
胸が高鳴る。
どれくらいの勢いで下るのか、サイドバーを握る手に力が入る。
冷たい水が頬に当たった。
「来た!!!行くで!」
「おうっ」
後ろから涼真の声が返ってきた。
「うおおおおおー」
木製のジェットコースターの時とは反対に、丸太が急流を滑り始めた瞬間から全力で絶叫する。
胃あたりの内臓が空に浮かぶ感覚がする。
水の上を滑り落ちる音もする。
背後からも涼真の「うおー」という楽し気な叫び声も聞こえてくる。
涼真は見た目のクールさとは違って、案外単純な奴だから、こういう水、激流みたいな遊び、絶対に好きだ。
バッシャーン。
丸太が猛スピードで下り坂を滑り落ち、平らな水辺で派手な水柱を上げ、スピードを緩めた。
コンマ数秒。
体を動かすよりも先にオレたちの真上から高く上がった水柱が崩れ、飛沫となって降ってきた。
「おわあっ、やばっ、涼真!」
「う……」
オレも涼真もそれぞれに声をあげた。
ずぶ濡れだ。
「ぷ……あははははっ」
予想以上の濡れっぷりに腹の底が笑いが込み上げる。
なにが前の席なら濡れないだ。
めちゃくちゃ濡れたやんけ。
上着どころか、涼真のマフラーも、髪の毛もしっかり濡れた。
オレの朝の頑張りは一瞬でパァや。
「やば、尻まで濡れてきた」
座席に滴る水がズボンを湿らす。
さすがにここまで濡れていたらお漏らしには見えないだろうが、少しでも尻が濡れる状況から免れたい。
そうこうしてるうちに、丸太は降り場に到着した。
セーフティベルトを外して、丸太から降りる。
オレが座っていた場所以外はびしょ濡れだった。
「おかえりなさい!帰り道に落ちてる時の写真がありますので、良ければチェックしてみてくださいね〜」
爽やかな遊園地のお兄さんが案内をしてくれた。
写真、撮られてたんか。
知らんかった。
もっとおもしろいポーズキメておけば良かった。
「あー大河、すまん。マフラー守れなかった……」
オレの後ろを歩く涼真が申し訳なさそうに謝ってきた。
振り返ると、前髪から水を滴らせ、オレのマフラーも濡らした涼真が立っていた。
「あははははっ、おま、お前!ははっ」
あかん。
オレもマフラー濡れてもうたしお互い様や、って言おうと思ったのに。
涼真がしょんぼりと謝ってきてるのに。
笑ったらあかん。
頭では分かっているのに言葉よりも先に笑いが飛び出して来て止められない。
「お前っ、風呂上がりみたいになっとるやんけ」
普段見慣れた涼真の風呂上がり。
首から上はいつもの風呂上がり状態だ。
「拭くものないから」
涼真は前髪にデカい手をやり、ガシガシと雑に手ぐしをしてからかきあげる。
「……っ」
ほら、またや。
また心臓が鳴った。
こんな涼真の仕草、いつも見てるやろ。
なのに何でや。
何で心臓からこんな速い音がするんや。
あかん。
かっこいい。
「……ここ出たらタオル、買いに行こ」
オレは「自分も濡れたしな」と付け足した。
案内標識に従って、進路を進む。
すると「思い出に一枚、どうですか」という声掛けと共に、急流すべり中に撮影された写真が壁に大きく表示されていた。
「あ、これ……」
さっきお兄さんが言ってたやつだ。
オレは前方の席だったから必死にサイドバーを握っていた。
涼真はどうなんだろう。
あれだけ申し訳なさそうに謝ってきたってことは、上着、被ってたんかな。
壁を見上げて自分たちが乗った丸太を探す。男二人が乗った丸太。
右から順に見ていくと、三番目にオレたちの写真を発見した。
「ぷっ……はあ?」
オレは吹き出した直後に、素直な心の声が漏れた。
「お前……ぜんっぜん上着被ってないやんけ」
写真に映る涼真は上着を被るどころか、前髪を風でオールバック状態にして、オレと同じようにサイドバーを掴んでいる。
それどころか叫んでいるからか、オレと表情まで一致している。
めちゃくちゃ楽しそう。
「おい、涼真」
あかん。
せっかく笑いが収まりかけてたのに、また腹の底から笑いが湧いてくる。
写真一枚だけでこんなにも笑い転げそうになっている。
「違うんだって」
「なにが違うねんボケ。申し訳なさそうに謝ってるから必死にオレのマフラーを水から守ろうとしてくれてたと思ったのに。ほんま……お前……全く被ってへんやんけ」
あかん、あかん。
笑ってしまう。
そりゃあオレのマフラーは濡れるだろうな。
頭上から降ってきたかなりの水を無防備な状態で受け止めたんだから。
あんなにも急流すべりに乗る前に、オレのマフラーが濡れてしまわないように守ると言ってたくせに、一ミリも守ってない。
しかも写真でバレるってどういうつもりなんだろうか。
もう、こいつの行動に関しては毎回驚かされる。
ただのオレのマフラーがボケるための小道具だったのかと思うくらいに。
「ちゃんと被ったんだって」
ぶっきらぼうに涼真が言う。
焦る様子は全く感じられない。
「丸太が落ちる前にさ、ぐいぐいってコート引っ張って、頭まで被ったんだけどさ」
「おう、それで?」
「落ち始めた瞬間に全部脱げた。普通に俺、顔面から水まともにくらったんだけど」
涼真が水が顔にかかるジェスチャーをする。
一生懸命、オレのマフラーを濡らさないようにした努力を語っている。
「ぷっ、あはははははっ。オレ、この写真買おう」
「いるか?この写真」
「いるいる、涼真のポンコツ記念として残す」
笑いを堪えきれなかった。
腹を抱えて笑ってしまう。
オレの真後ろに乗って、そんなヘンテコな行動をしていたって考えるだけで可笑しい。
また真剣に説明してる姿も可笑しくて、周囲のことなんて気にせずに笑ってしまう。
「はぁー、あかん。笑い死にしそう。でもまあ、いいや。とりあえず髪の毛と服乾かそう」
オレは涼真に提案する。
このまま外を歩き回ってると本気で風邪を引いてしまいそうだ。
オレは鞄の中からスポーツタオルを取り出し、涼真の頭にかける。
ごしごしと涼真の頭を乾かすようにタオルで拭く。
自分よりもデカい男とはいえ、少し屈んでオレに拭かれている姿は大型犬みたいにも思える。
「なあ、大河」
涼真の頭を拭いていたオレの両手が涼真に掴まれる。
心臓がドキっと音を立てる。
オレの両手を包み込んだ涼真の手はスルスルと滑って、オレの手首をぎゅうっと掴む。
逃げられない。
そう感じるくらいがっしりと掴まれる。
逞しい手だ。
「……なに」
拭きやすいようにって、オレの身長に合わせて屈ませていたから、涼真とまっすぐ視線が合う。
やばい。
タオルを被った涼真がかっこよく見える。
髪が乱れているのがかえって色っぽい。
あぁ、もう。心臓がうるさい。
「ありがと」
ふっ、と涼真が笑った。
なんやこれ。
顔が熱い。
さっきまで馬鹿みたいに笑っていたはずなのに、涼真がキラキラして見えてくる。
「どういたしまして」
オレは視線を涼真から逸らす。
涼真の、まっすぐ嬉しそうに見つめてくる視線にオレは耐えられそうになかった。
それからのオレたちは、髪と服の乾燥を兼ねて早めの昼飯を食べた。
最初の木製のジェットコースターでの勝負に負けたオレは、涼真に昼飯のハンバーガーのセットを奢らされた。
何の遠慮もせず、ダブルチーズバーガーのセットを頼み、さらにはコーラをLサイズにサイズアップするという暴挙つきで。
普通、ここは一番安いセットにするところやろ。
オレにご馳走された涼真は、それはそれは嬉しそうにハンバーガーを頬張っていた。
ちなみにオレは普通のチーズバーガーのセット。
昼飯を食べ、髪の毛も乾いてからは、空中ブランコにコーヒーカップ、メリーゴーランドそしてまたジェットコースターと、次々と興味が湧くままに乗っていった。
空中ブランコでは、オレの前の椅子に涼真が誘導されたから、オレは目の前にずっと飛ぶ涼真を眺めながら乗った。
小さな子どもに混ざってデカい男が静かに乗っている姿は、無駄に面白かった。
何も喋ることなく乗ってる姿を動画で撮れば良かった。
それに、コーヒーカップは安定のグルグル回しまくって酔いそうになった。
ここでも勝負しようぜ、とか涼真が言い出したから、つい乗ってしまった。
コーヒーカップで勝負がつかなかったオレたちは、メリーゴーランドで二人とも馬に乗り、競馬ごっこをした。
もちろん、ちゃんと座って。
どちらが騎手っぽさを出せるかを競った。
引き分けだった。
アトラクションからアトラクションの間を早歩きして乗りまくり、夕方になるまでに七個か八個は乗れたと思う。
昼からのオレたちはデートと呼べるかは怪しいところだけど、そんなこと気にならないくらい順調にゲラゲラと笑いまくって楽しめていた。
夕方になり、日が水平線へ落ちかけた頃、オレは涼真を観覧車に誘った。
だってデートといえばやっぱり観覧車だろう。
「なあ、涼真。今日のデ、デート……楽しかったなあ」
観覧車に乗ってすぐに平然を装って言った。
改めてデートという単語を発すると体の奥がむずむずする。
「そうだな。また来れたらいいよな」
涼真が静かに笑う。
夕日に包まれた涼真は目を細め、自然に微笑んでいる。
何をしても、どこにいても、やっぱりかっこ良く見える。
ゆっくりと、ゆっくりと観覧車は回る。
さっきまで近くに並んでいた人が徐々に小さく遠くなってゆく。
風の吹く音もする。
「……キス、する?」
涼真が言った。
「へ?きす?」
「キス。デートなんでしょ、これ」
まあ、たしかに。
オレだって観覧車に誘った時点で頭によぎった。
ここでもう一回キスしたら何か分かるのかなって。
だけど、まさかこんな不自然な流れで、しかも涼真からこんなにも真っ直ぐ言われるとは思ってなかった。
「したくねーの?」
涼真がふふっと笑う。
オレの反応を見て楽しむようなそんな笑み。
たぶん、これはいつもの煽りが半分くらいは含まれてると……思う。
半分はオレが乗ってこない、半分はオレが好奇心に負けて乗ってくる、だ。
「りょ、涼真は?」
「めちゃくちゃしたい」
あかん。ほら、キラッとした笑顔で即答してきた。
こいつが即答する時は遊び半分、からかい半分で言うてきてる時や。
「大河は?したくねーの?」
意地悪そうな笑みを浮かべて、返事を催促してくる。
この笑顔に負けたくない。
「……したい」
言ってしまった。
オレは結局好奇心に負けて、キスをしたい、なんて言葉を涼真に向かって言ってしまった。
口に出してみると想像以上に恥ずかしい。
「はい、決まり」
涼真が立ち上がる。
観覧車に乗る前にあれだけ立つなって言われてたのに。
「なんで立ったん」
「キスするからだろ。対面に座ってたらできないし。ちょっと顎上げろ」
それはそうか。
当たり前やな。
ちょっと涼真に主導権握られてドキドキしてもうたのかもしれん。
オレは涼真を見上げる。
すると涼真の手がオレの首元に触れる。
くすぐったい。
また、涼真が笑う。
その笑顔を見るとオレだけがドキドキさせられてるみたいに思う。
オレも涼真をドキドキさせたいのに。
「あ……待って。やっぱりオレが涼真にする」
たった今、涼真をドキドキさせる方法を思いついた。
涼真の好きにさせてるからあかんのや。
涼真に好き勝手させてるから、こっちがドキドキしてまうんや。
「むり。俺がする」
立ちあがろうとしたのに涼真に両方の肩を抑えられる。
「そもそも前に寄り道した時、お前にキスされてるし」
涼真が片方の口角をクイっと上げる。
覚えてたんか。
というより、キスやと認識してたのか。
何も言ってこなかったから忘れてるのかと思ってた。
「だから今度は俺の番だよな?大河は黙ってキスされてろ」
両肩に置かれていた手がまた首元に移る。
ゆっくりと首筋を撫で上げられる。
首元がぞくりとする。
「でっ、でも!オレがするってば!」
涼真の両手首を掴んで立ち上がる。
立つなと言われていたのにも関わらず、だ。
「は?お前、座っとけって。危ないだろ」
涼真が力ずくで座らそうとしてくる。
「いややってば!オレがお前にキスすんねん。涼真こそ座れ」
「なんでだよ。普通、順番だろ」
「なんの順番や」
「キスのだよ。お前はこの前唐突にキスしてきただろ」
「あれは事故みたいなもんやろ」
「どんな事故だよ。人の顔面掴んでおいて不可抗力はねえだろ」
涼真との攻防が止まらない。
さっきまで穏やかに動いていた観覧車は明らかにユラユラと揺れている。
「こわ、ばり揺れとるやんけ。揺らすな、大人しくキスされろオレに!」
「だからやだって言ってんだろ」
また揺れる。
頂上まであと数秒くらいしかない。
「もう、頂上になってまう」
どうにかしてオレからキスしてやろうとした瞬間だった。
ぐいっと胸ぐらを掴まれ、引き上げるようにして引っ張られる。
「んんっ」
涼真の唇が、オレの唇に触れた。
前とはまた違う感触がする。
強引で優しい感触。
全身の力が抜ける。
抗えない。
手に込めていた力は自然と緩み、涼真の首に伸ばしてしまっている。
「ん……はぁ……」
ゆっくりと唇が離れる。
もう終わりか、と思ってしまった。
物足りない。
「どう、だった」
涼真が照れくさそうに口元を歪める。
「べ、別に……嫌じゃない、けど」
素直になりきれない。
強がってしまう。
「涼真こそどうなん」
「俺も……別に嫌じゃねーよ」
涼真も強がっているのかな。
ぶっきらぼうに「別に嫌じゃない」と言った後の顔が、夕日に照らされて耳まで赤くなってる気がする。
「お前も嫌じゃないんかよ……一緒やんけ」
心臓がうるさい。
バクバクと音が鳴って止まらない。
顔がにやけるし、熱い。
涼真を見ると、やっぱり涼真も白い肌を耳まで赤くして笑っている。
「大河、顔赤いぞ」
「お前こそ真っ赤になってるで」
「これは夕焼けのせい」
涼真が夕日を指差す。
ゆっくりと沈んでいく夕日は空全体を鮮やかなオレンジ色のグラデーションに染め上げている。
「じゃあオレも夕焼けのせいや」
オレはふんっと鼻を鳴らして言ってやった。
涼真はオレとのキス、別に嫌じゃなかったんか。
そうか。
嫌じゃ……ないんか。
頭の中で涼真の言葉が浮かんでは消える。
オレと一緒やな。
涼真と『やりたいことリスト』をし始めてから特におかしい。
時々、ごく稀にだけど、涼真を見てたらやたらと胸がドキドキする。
部屋の相方で、友達なはずやのに。
それに涼真も涼真で、時々オレを見ただけで笑ってる。
オレは何もしてないのに。
ただ息してるだけのオレを見て、困ったように眉毛を下げて、目も柔らかい感じでふにゃっと笑ってる。
それで、そんな涼真を見たら、またオレの心臓はドキドキって速く脈打つ。
だからおかしい。
オレの経験上、めちゃくちゃ美人な先輩とかと付き合った時に感じたドキドキに似てる気がする。
「なあ、涼真。デートしよや」
風呂を上がってすぐ、部屋でゴロゴロと転がる涼真に言った。
「いいけど急にどした?」
「デート、最悪の場合二人でするって決めてたやん。オレが引退した日に」
「それは覚えてるけど。別にまだ焦るほどの時期でもないだろ」
もうすっかり冬ではあるが、卒業間近というわけではない。
冬休みが近づいてきたっていうだけ。
「っ、いいから。今度の土曜、デート行くで」
オレは寝転ぶ涼真のお尻を足でつついた。
すると涼真は「はいはい」と適当な返事を返してきた。
ほんまにわかってるんかな、デートって言葉の意味。
デート当日の土曜日になり、オレたちは早起きをした。
デートだというのに、お互いが同じ部屋で身支度をするから特別感が全く湧いてこない。
髪型をセットしようとしても、服装をキメようとしても、目の前にいるデート相手が楽しそうにオレを見ている。
待ち合わせの楽しみが全くない。
「大河、マフラー持ったか?」
「持ってるわ!おかんか!」
涼真は普段の登校時のような声掛けをしてくる。こいつほんまに分かってんのかな。
もしかしたらオレだけがデートやと思ってそわそわしてるのかもしれん。
空回ってるんかな、オレ。
「たっ、大河。あの……あれだ。なんかお揃いに……しよう」
涼真が部屋を出る直前に言ってきた。
「え?」
「え、じゃなくて、せっかくのデートなんだろ。お揃い、とかしなくていいの」
心臓の音が速くなる。
涼真も照れくさいのか、頭をポリポリとかいている。
なんか、心がくすぐったい。
「ええよ。何にする?タオルとか?」
とはいえ、涼真とお揃いの物はそんなに無い。
靴下とかタオルとか、小物が多い。
「あっ、そうや!マフラー、マフラー交換しよ。今日一日!」
オレは首に巻いたマフラーを外して、涼真に差し出した。
「じゃあそれで」
涼真も自分が持っていた薄いグレーのマフラーをオレに渡した。
オレはグレーのマフラーをして、涼真は派手目なオレンジのマフラーをつける。
涼真は普段のクールな感じと雰囲気が全然違う。
ねこに派手な首輪してるみたいや。
「じゃあ行こうぜ」
「おう、行こか」
マフラーからふわりと涼真の匂いがする。
同じ洗剤を使っているはずなのに、ちょっとだけ違う。
涼真もオレの匂いがするとか思ってたりするんかな。
もうすでにオレは自然と頬が緩んできて、にやけが止められそうにない。
遊園地に到着してすぐ、涼真とお揃いにできる物はないかとグッズショップへ向かう。
「何か被り物とかほしいな〜」
ぬいぐるみや、クッキー、遊園地をテーマにしたお土産が商品棚にたくさん並べられている。
その中でも、遊園地に入った瞬間からよく見かけていたハット型の被り物を見つけた。
「なあ、これは?」
遊園地のメインキャラであるワニを模したふかふかのハット。
寒さも防げるし、綺麗な顔をした涼真がこれを被っていたらなんとなく面白いと思う。
「……本気?」
涼真は若干、間を置いて言った。
これは絶対恥ずかしくて被るか悩んでる顔だ。
「本気。デートやろ」
オレはデートという言葉を盾に涼真に詰め寄る。
なんて便利な言葉だろう。
ふふふ、と笑いながら値札を見てみると、四千円と書かれてある。
「たかっ!四千円かあ……」
ここで買ってしまうとお土産代も昼飯代も怪しくなる。
「これは我慢しようぜ」
涼真は嬉しそうにオレから被り物を取り上げて、商品棚に戻した。
そして「まあ帰りに何か買おう」と言った。
まずは木製のジェットコースターから乗ることにした。
珍しく木製でできたジェットコースターはガタゴトと鳴らして走行するから結構怖いらしい。
数分並ぶとすぐに案内され、座席に座って、セーフティバーを引き寄せる。
「はいっ、それではみなさんっ。いってらっしゃ〜い!」
軽やかな声をした遊園地のお姉さんがゆらゆらと手を振ってオレたちを見送る。
「いってきまぁす」
オレはお姉さんに向かって手を振る。
お姉さんはふふっと小さく笑って、手を振りかえしてくれた。
「なあ、大河。落ちる時に声出さずにいこうぜ」
涼真がバカみたいな提案をしてきた。
「ええで。声出した方が昼飯奢りな」
オレはすぐに涼真の提案に乗ってやった。
絶対、オレが勝つ。
ジェットコースターは、ガタガタと上下にも左右にも緩やかに揺れながら上っていく。
頂上付近まで来ると風に吹かれるだけで軽く機体が軋むから喉がヒュッとなる。
「涼真っ、もう落ちるで!」
「今から声出した方が負けな」
「ええ!?なんて?」
「だからっ、今から!声禁止な!よーいスタート」
ボワっという風の音と、想像以上に大きな走行音に涼真の声がかき消されてしまう。
もう頂上や。
多分、勝負開始ってことやろう。
「いくでっ、さーん、にい、いっち、スタート!」
勝負開始の合図を言い切った瞬間にジェットコースターは落下を始めた。
体のみぞおち辺りが浮く。
空を見上げていたはずの体は地面に向かう。
オレは声が漏れてしまわないよう、腹に力を入れてセーフティバーを強く握り締めた……はずだったのに。
「はあー!?????」
落下と同時に大声が飛び出た。
「おいこら涼真あ」
涼真が落下直前にオレの手を握って、高々と手を挙げてバンザイしてやがる。しかも恋人繋ぎにして。
「手え!はなっ、おいっ」
涼真は口をぎゅっと閉じてオレの手を握る手を緩めそうにない。
絶対に離すものかと、涼真のデカい手がオレの手をぎゅうっと包み込んでいる。
なんでこいつは急に手を握ってきたんや。
しかも手長いくせにピンって腕伸ばしやがって。
引っ張るな。
「うわあああ」
涼真に握られた手もそうだが、ジェットコースター自体の揺れも物凄い。
ガタゴトどころじゃない。
木製の機体がそのまま爆散してしまうんじゃないかと思うくらい上下左右へ揺れ倒す。
揺れて手が離れそうになる度に、涼真の手がオレを追いかけて握り直してくる。
ただでさえガタガタという音で心臓バクバクしてんのに、何をしてくれてるんだこの男は。
「んぎぃ」
変な声が出た。
隣に座っていた小柄な女子にぶつかってしまわないように耐えたせいだ。
それと涼真のせい。
ようやく何回かの落下を乗り越えたジェットコースターは出発地点に戻ってきた。
乗っていた時間は二分か三分くらいだと思うが、涼真のせいで人生で一番長いジェットコースター体験に感じた。
「おい、涼真」
「声出した大河の負けだな」
ジェットコースターから降りた瞬間に、涼真がいたずらっ子みたいに笑って言った。
「ぼけ。あれはずるいやろ、急に手繋いでくるとか。そりゃ声出るやろ」
「だってデートだろ。手ぐらい繋ぐって」
涼真は悪びれることもなく言い返してくる。
デートで手を繋ぐってこんな感じだったか?
絶対に違うだろ。
こんなにあっさり言い返されるとオレだけが意識しているようで腹が立つ。
涼真はオレにドキドキしたりすることはないんかな。
ジェットコースターに乗ったオレたちは、次に急流すべりに向かった。
この遊園地にある急流すべりは、ジャングルの川を二人で丸太に乗って冒険するというテーマの水の中を走るジェットコースターみたいなものだ。
「これ、結構濡れるかなあ」
大きな水飛沫を上げて滑り落ちてくる様子を見ていると、タイミングの問題なのか、乗っている人の問題なのか、びしょ濡れになる時とそうでない時がある。
「運が良ければ濡れないだろうな」
「そうよな〜、びしょ濡れだけは避けたいけどなー」
髪の毛とか上着が少し濡れるくらいならいい。
冬だけどそのうち乾くだろうから。
でも、さすがにびしょ濡れはまずい。
見た目の問題というよりも風邪を引くんじゃないかと思うからまずい。
「じゃあ大河が前に乗れば良いよ。俺が後ろに乗るから」
涼真が淡々と言う。
「それにいざとなったら頭から上着被るわ。大河のマフラー濡らしたくないし」
「別にいいよ。マフラーは気にしなくても」
「いや、オレが大事にしたいから」
だめだ。
こういう些細な一言でさえ、キュンとする自分がいる。
大切に扱われている、そんな感じ。
「そ……れなら、お前の好きにしてくれていいけどさ」
涼真のオレだけを見つめる爽やかな笑みを見ると、自然とオレは顔が緩んでしまう。
ああ、かっこいいって、口には出さないけど心に浮かぶ。
急流すべりの待ち時間はほとんど無かった。
並ぼうと、前を歩く人に付いて歩いていたら案内された。
ラッキーや。
「それでは、セーフティベルトをお締めください。お荷物は落ちないよう足元にしまっておいてくださいねっ」
約束通り、二人乗りの丸太の前にオレ、後ろに涼真が座る。
ただ前後に座るっていうだけで、もうすでに面白くて笑いたくなる。
振り返ったらデカい男が鞄を足に挟んで大人しく座ってる。
「ん?」とか言って、何も考えてなさそうなのがまたおもしろい。
「準備は良いですか?ジャングルへ冒険、いってらっしゃ〜い!」
「いってきまーす!」
「うっす」
オレはまた遊園地のお姉さんに手を振った。
今度は、さっきの木製のジェットコースターとは違って丸太が進む度にちゃぷんと水が跳ねる。
晴天に水。
それだけで気分が上がる。
「見て!キリンおるで!」
「ほんとだ。こっちにサイいる」
「ほんまや!でか!涼真よりデカいな」
丸太が進むと左右にいろんな動物の像が出てくる。
ゾウにチーター、ヘビ。
進路のすぐそばに出てくる動物たちは可愛いし、草木の間に潜んでいる感じが本当にジャングルにいるみたいだ。
「坂、のぼるで!落ちる準備せな」
平坦な進路を涼真と動物を見つけて笑っているうちに、丸太はガガっと機械音を立てて水流から脱出し、頂上に向かって上ってゆく。
急流すべりのラストや。
涼真は宣言通り上着、被ってるんかな。
振り返りたいけど、さすがにちょっと怖い。
ガッガッと音を立てて上る。
「涼真!聞いてる?もう落ちるで!」
「え?なに?」
前から喋ると聞き取りづらいのか、涼真はゴソゴソと動いて聞き返してくる。
頂上付近まで来ると、結構高い。
水もドドドっと飛沫を上げて流れ落ちている。
「結構高いな!おい、もう落ちるで」
胸が高鳴る。
どれくらいの勢いで下るのか、サイドバーを握る手に力が入る。
冷たい水が頬に当たった。
「来た!!!行くで!」
「おうっ」
後ろから涼真の声が返ってきた。
「うおおおおおー」
木製のジェットコースターの時とは反対に、丸太が急流を滑り始めた瞬間から全力で絶叫する。
胃あたりの内臓が空に浮かぶ感覚がする。
水の上を滑り落ちる音もする。
背後からも涼真の「うおー」という楽し気な叫び声も聞こえてくる。
涼真は見た目のクールさとは違って、案外単純な奴だから、こういう水、激流みたいな遊び、絶対に好きだ。
バッシャーン。
丸太が猛スピードで下り坂を滑り落ち、平らな水辺で派手な水柱を上げ、スピードを緩めた。
コンマ数秒。
体を動かすよりも先にオレたちの真上から高く上がった水柱が崩れ、飛沫となって降ってきた。
「おわあっ、やばっ、涼真!」
「う……」
オレも涼真もそれぞれに声をあげた。
ずぶ濡れだ。
「ぷ……あははははっ」
予想以上の濡れっぷりに腹の底が笑いが込み上げる。
なにが前の席なら濡れないだ。
めちゃくちゃ濡れたやんけ。
上着どころか、涼真のマフラーも、髪の毛もしっかり濡れた。
オレの朝の頑張りは一瞬でパァや。
「やば、尻まで濡れてきた」
座席に滴る水がズボンを湿らす。
さすがにここまで濡れていたらお漏らしには見えないだろうが、少しでも尻が濡れる状況から免れたい。
そうこうしてるうちに、丸太は降り場に到着した。
セーフティベルトを外して、丸太から降りる。
オレが座っていた場所以外はびしょ濡れだった。
「おかえりなさい!帰り道に落ちてる時の写真がありますので、良ければチェックしてみてくださいね〜」
爽やかな遊園地のお兄さんが案内をしてくれた。
写真、撮られてたんか。
知らんかった。
もっとおもしろいポーズキメておけば良かった。
「あー大河、すまん。マフラー守れなかった……」
オレの後ろを歩く涼真が申し訳なさそうに謝ってきた。
振り返ると、前髪から水を滴らせ、オレのマフラーも濡らした涼真が立っていた。
「あははははっ、おま、お前!ははっ」
あかん。
オレもマフラー濡れてもうたしお互い様や、って言おうと思ったのに。
涼真がしょんぼりと謝ってきてるのに。
笑ったらあかん。
頭では分かっているのに言葉よりも先に笑いが飛び出して来て止められない。
「お前っ、風呂上がりみたいになっとるやんけ」
普段見慣れた涼真の風呂上がり。
首から上はいつもの風呂上がり状態だ。
「拭くものないから」
涼真は前髪にデカい手をやり、ガシガシと雑に手ぐしをしてからかきあげる。
「……っ」
ほら、またや。
また心臓が鳴った。
こんな涼真の仕草、いつも見てるやろ。
なのに何でや。
何で心臓からこんな速い音がするんや。
あかん。
かっこいい。
「……ここ出たらタオル、買いに行こ」
オレは「自分も濡れたしな」と付け足した。
案内標識に従って、進路を進む。
すると「思い出に一枚、どうですか」という声掛けと共に、急流すべり中に撮影された写真が壁に大きく表示されていた。
「あ、これ……」
さっきお兄さんが言ってたやつだ。
オレは前方の席だったから必死にサイドバーを握っていた。
涼真はどうなんだろう。
あれだけ申し訳なさそうに謝ってきたってことは、上着、被ってたんかな。
壁を見上げて自分たちが乗った丸太を探す。男二人が乗った丸太。
右から順に見ていくと、三番目にオレたちの写真を発見した。
「ぷっ……はあ?」
オレは吹き出した直後に、素直な心の声が漏れた。
「お前……ぜんっぜん上着被ってないやんけ」
写真に映る涼真は上着を被るどころか、前髪を風でオールバック状態にして、オレと同じようにサイドバーを掴んでいる。
それどころか叫んでいるからか、オレと表情まで一致している。
めちゃくちゃ楽しそう。
「おい、涼真」
あかん。
せっかく笑いが収まりかけてたのに、また腹の底から笑いが湧いてくる。
写真一枚だけでこんなにも笑い転げそうになっている。
「違うんだって」
「なにが違うねんボケ。申し訳なさそうに謝ってるから必死にオレのマフラーを水から守ろうとしてくれてたと思ったのに。ほんま……お前……全く被ってへんやんけ」
あかん、あかん。
笑ってしまう。
そりゃあオレのマフラーは濡れるだろうな。
頭上から降ってきたかなりの水を無防備な状態で受け止めたんだから。
あんなにも急流すべりに乗る前に、オレのマフラーが濡れてしまわないように守ると言ってたくせに、一ミリも守ってない。
しかも写真でバレるってどういうつもりなんだろうか。
もう、こいつの行動に関しては毎回驚かされる。
ただのオレのマフラーがボケるための小道具だったのかと思うくらいに。
「ちゃんと被ったんだって」
ぶっきらぼうに涼真が言う。
焦る様子は全く感じられない。
「丸太が落ちる前にさ、ぐいぐいってコート引っ張って、頭まで被ったんだけどさ」
「おう、それで?」
「落ち始めた瞬間に全部脱げた。普通に俺、顔面から水まともにくらったんだけど」
涼真が水が顔にかかるジェスチャーをする。
一生懸命、オレのマフラーを濡らさないようにした努力を語っている。
「ぷっ、あはははははっ。オレ、この写真買おう」
「いるか?この写真」
「いるいる、涼真のポンコツ記念として残す」
笑いを堪えきれなかった。
腹を抱えて笑ってしまう。
オレの真後ろに乗って、そんなヘンテコな行動をしていたって考えるだけで可笑しい。
また真剣に説明してる姿も可笑しくて、周囲のことなんて気にせずに笑ってしまう。
「はぁー、あかん。笑い死にしそう。でもまあ、いいや。とりあえず髪の毛と服乾かそう」
オレは涼真に提案する。
このまま外を歩き回ってると本気で風邪を引いてしまいそうだ。
オレは鞄の中からスポーツタオルを取り出し、涼真の頭にかける。
ごしごしと涼真の頭を乾かすようにタオルで拭く。
自分よりもデカい男とはいえ、少し屈んでオレに拭かれている姿は大型犬みたいにも思える。
「なあ、大河」
涼真の頭を拭いていたオレの両手が涼真に掴まれる。
心臓がドキっと音を立てる。
オレの両手を包み込んだ涼真の手はスルスルと滑って、オレの手首をぎゅうっと掴む。
逃げられない。
そう感じるくらいがっしりと掴まれる。
逞しい手だ。
「……なに」
拭きやすいようにって、オレの身長に合わせて屈ませていたから、涼真とまっすぐ視線が合う。
やばい。
タオルを被った涼真がかっこよく見える。
髪が乱れているのがかえって色っぽい。
あぁ、もう。心臓がうるさい。
「ありがと」
ふっ、と涼真が笑った。
なんやこれ。
顔が熱い。
さっきまで馬鹿みたいに笑っていたはずなのに、涼真がキラキラして見えてくる。
「どういたしまして」
オレは視線を涼真から逸らす。
涼真の、まっすぐ嬉しそうに見つめてくる視線にオレは耐えられそうになかった。
それからのオレたちは、髪と服の乾燥を兼ねて早めの昼飯を食べた。
最初の木製のジェットコースターでの勝負に負けたオレは、涼真に昼飯のハンバーガーのセットを奢らされた。
何の遠慮もせず、ダブルチーズバーガーのセットを頼み、さらにはコーラをLサイズにサイズアップするという暴挙つきで。
普通、ここは一番安いセットにするところやろ。
オレにご馳走された涼真は、それはそれは嬉しそうにハンバーガーを頬張っていた。
ちなみにオレは普通のチーズバーガーのセット。
昼飯を食べ、髪の毛も乾いてからは、空中ブランコにコーヒーカップ、メリーゴーランドそしてまたジェットコースターと、次々と興味が湧くままに乗っていった。
空中ブランコでは、オレの前の椅子に涼真が誘導されたから、オレは目の前にずっと飛ぶ涼真を眺めながら乗った。
小さな子どもに混ざってデカい男が静かに乗っている姿は、無駄に面白かった。
何も喋ることなく乗ってる姿を動画で撮れば良かった。
それに、コーヒーカップは安定のグルグル回しまくって酔いそうになった。
ここでも勝負しようぜ、とか涼真が言い出したから、つい乗ってしまった。
コーヒーカップで勝負がつかなかったオレたちは、メリーゴーランドで二人とも馬に乗り、競馬ごっこをした。
もちろん、ちゃんと座って。
どちらが騎手っぽさを出せるかを競った。
引き分けだった。
アトラクションからアトラクションの間を早歩きして乗りまくり、夕方になるまでに七個か八個は乗れたと思う。
昼からのオレたちはデートと呼べるかは怪しいところだけど、そんなこと気にならないくらい順調にゲラゲラと笑いまくって楽しめていた。
夕方になり、日が水平線へ落ちかけた頃、オレは涼真を観覧車に誘った。
だってデートといえばやっぱり観覧車だろう。
「なあ、涼真。今日のデ、デート……楽しかったなあ」
観覧車に乗ってすぐに平然を装って言った。
改めてデートという単語を発すると体の奥がむずむずする。
「そうだな。また来れたらいいよな」
涼真が静かに笑う。
夕日に包まれた涼真は目を細め、自然に微笑んでいる。
何をしても、どこにいても、やっぱりかっこ良く見える。
ゆっくりと、ゆっくりと観覧車は回る。
さっきまで近くに並んでいた人が徐々に小さく遠くなってゆく。
風の吹く音もする。
「……キス、する?」
涼真が言った。
「へ?きす?」
「キス。デートなんでしょ、これ」
まあ、たしかに。
オレだって観覧車に誘った時点で頭によぎった。
ここでもう一回キスしたら何か分かるのかなって。
だけど、まさかこんな不自然な流れで、しかも涼真からこんなにも真っ直ぐ言われるとは思ってなかった。
「したくねーの?」
涼真がふふっと笑う。
オレの反応を見て楽しむようなそんな笑み。
たぶん、これはいつもの煽りが半分くらいは含まれてると……思う。
半分はオレが乗ってこない、半分はオレが好奇心に負けて乗ってくる、だ。
「りょ、涼真は?」
「めちゃくちゃしたい」
あかん。ほら、キラッとした笑顔で即答してきた。
こいつが即答する時は遊び半分、からかい半分で言うてきてる時や。
「大河は?したくねーの?」
意地悪そうな笑みを浮かべて、返事を催促してくる。
この笑顔に負けたくない。
「……したい」
言ってしまった。
オレは結局好奇心に負けて、キスをしたい、なんて言葉を涼真に向かって言ってしまった。
口に出してみると想像以上に恥ずかしい。
「はい、決まり」
涼真が立ち上がる。
観覧車に乗る前にあれだけ立つなって言われてたのに。
「なんで立ったん」
「キスするからだろ。対面に座ってたらできないし。ちょっと顎上げろ」
それはそうか。
当たり前やな。
ちょっと涼真に主導権握られてドキドキしてもうたのかもしれん。
オレは涼真を見上げる。
すると涼真の手がオレの首元に触れる。
くすぐったい。
また、涼真が笑う。
その笑顔を見るとオレだけがドキドキさせられてるみたいに思う。
オレも涼真をドキドキさせたいのに。
「あ……待って。やっぱりオレが涼真にする」
たった今、涼真をドキドキさせる方法を思いついた。
涼真の好きにさせてるからあかんのや。
涼真に好き勝手させてるから、こっちがドキドキしてまうんや。
「むり。俺がする」
立ちあがろうとしたのに涼真に両方の肩を抑えられる。
「そもそも前に寄り道した時、お前にキスされてるし」
涼真が片方の口角をクイっと上げる。
覚えてたんか。
というより、キスやと認識してたのか。
何も言ってこなかったから忘れてるのかと思ってた。
「だから今度は俺の番だよな?大河は黙ってキスされてろ」
両肩に置かれていた手がまた首元に移る。
ゆっくりと首筋を撫で上げられる。
首元がぞくりとする。
「でっ、でも!オレがするってば!」
涼真の両手首を掴んで立ち上がる。
立つなと言われていたのにも関わらず、だ。
「は?お前、座っとけって。危ないだろ」
涼真が力ずくで座らそうとしてくる。
「いややってば!オレがお前にキスすんねん。涼真こそ座れ」
「なんでだよ。普通、順番だろ」
「なんの順番や」
「キスのだよ。お前はこの前唐突にキスしてきただろ」
「あれは事故みたいなもんやろ」
「どんな事故だよ。人の顔面掴んでおいて不可抗力はねえだろ」
涼真との攻防が止まらない。
さっきまで穏やかに動いていた観覧車は明らかにユラユラと揺れている。
「こわ、ばり揺れとるやんけ。揺らすな、大人しくキスされろオレに!」
「だからやだって言ってんだろ」
また揺れる。
頂上まであと数秒くらいしかない。
「もう、頂上になってまう」
どうにかしてオレからキスしてやろうとした瞬間だった。
ぐいっと胸ぐらを掴まれ、引き上げるようにして引っ張られる。
「んんっ」
涼真の唇が、オレの唇に触れた。
前とはまた違う感触がする。
強引で優しい感触。
全身の力が抜ける。
抗えない。
手に込めていた力は自然と緩み、涼真の首に伸ばしてしまっている。
「ん……はぁ……」
ゆっくりと唇が離れる。
もう終わりか、と思ってしまった。
物足りない。
「どう、だった」
涼真が照れくさそうに口元を歪める。
「べ、別に……嫌じゃない、けど」
素直になりきれない。
強がってしまう。
「涼真こそどうなん」
「俺も……別に嫌じゃねーよ」
涼真も強がっているのかな。
ぶっきらぼうに「別に嫌じゃない」と言った後の顔が、夕日に照らされて耳まで赤くなってる気がする。
「お前も嫌じゃないんかよ……一緒やんけ」
心臓がうるさい。
バクバクと音が鳴って止まらない。
顔がにやけるし、熱い。
涼真を見ると、やっぱり涼真も白い肌を耳まで赤くして笑っている。
「大河、顔赤いぞ」
「お前こそ真っ赤になってるで」
「これは夕焼けのせい」
涼真が夕日を指差す。
ゆっくりと沈んでいく夕日は空全体を鮮やかなオレンジ色のグラデーションに染め上げている。
「じゃあオレも夕焼けのせいや」
オレはふんっと鼻を鳴らして言ってやった。
涼真はオレとのキス、別に嫌じゃなかったんか。
そうか。
嫌じゃ……ないんか。
頭の中で涼真の言葉が浮かんでは消える。
オレと一緒やな。



